浜崎ヒカルのブログ推理小説

ブログを利用して推理小説を書いています。 鉄道ミステリーが中心になります。

2007年03月

 平山のことを知っていると思われる女が、下車していった。その女は、島田から、大阪までの車内補充券を買った。
 しかし、深夜の富山駅で、途中下車していった。
(何か都合が悪くなって、下車したのだろうか?)
 島田は、その女のことが気にかかった。
 そして、それを佐々木たちや水野たちに知らせた。
 すると、佐々木警部は、
「そういうことは、もっと早く知らせて欲しかったですね」
 と、不快そうに言った。
「すいませんでした」
「で、その女の人は、どの車両のどの席にいたか、わかりますかね」
「自由席の1号車です」
 と、島田が答えると、佐々木は、
「1号車の乗客の身元は、俺が確認した。どの席かわかれば、誰かわかる。案内してくれ」

 島田は、佐々木警部と一緒に、先頭の1号車へ行った。
 1号車は、普通車自由席で、真ん中にある通路の両側に、4人掛けのボックスシートが並んでいる。
 ほとんどのボックスでは、乗客たちが腰を降ろして眠っていた。1区画だけ、乗客のいないボックスがあった。
 島田は、それを指差しながら、
「刑事さん、あのボックスシートにおった女性です」
 すると、佐々木は、メモ書きした手帳を出して、
「えーっと、その座席の女性客は、安倉美紀(アクラ・ミキ)という、岡山県岡山市在住の38歳の店員ですね」
「岡山県在住ですか。じゃあ、平山君の出身地ですね」
 島田は、軽く驚いたような声を出した。
「平山さんは、岡山県出身ですか?」
「そうです」
「なら、岡山つながりで、平山車掌が殺された件に、何か関係している可能性も否定できないな。だが、財布がなくなっていることから、列車強盗の可能性が高いと、我々は、見ているのですよ」
 と、佐々木警部。

 安倉美紀という女は、平山が乗務しているかどうかを聞いてきた。そして、平山が、殺されてしまった。その女は、平山が殺された件に何か関わっているのだろうか?
 今の島田には、何もわからない。
 そのままでは、平山は、浮かばれないだろう。
 島田は、だんだんと腹が立ってきた。
 勤務態度も良く、人当たりも良く、みんなから好かれていた平山が、トイレで首を絞められて殺されてしまったのだ。
 そのような島田が乗務中の『きたぐに』は、富山の次の停車駅である高岡に近づいてきた。
 島田は、乗務員室に駆け込むと、ドアの開閉を行なった。
 高岡を出た上り『きたぐに』は、金沢に停車する。
 列車が発車すると、すぐに車内巡回をした。
 列車は、だんだんと山の中に入り、倶利伽羅越えともいう、富山県と石川県の県境を越えていった。そこは、蒸気機関車の時代には、難所といわれていたが、現在の電車は、難なく通過する。
 列車は、遅れを取り戻し、金沢には、定刻の3時7分に到着した。そして、11分に発車した。
 深夜にも関わらず、自由席には、20人近い乗車があった。
 金沢を出た列車は、次は、小松に停車する。
 小松には、3時30分に到着した。そして、30秒後に発車した。

 小松駅を出て間もない頃、佐々木警部が、島田に近づいてきた。
 そして、
「島田さん、唐突だが、あなたの血液型を教えて欲しいのですが」
 すると、島田は、少し驚いた表情を見せながら、
「O型ですが、どうして、そんなことを聞くんですか?」
「O型に間違いないのですね」
 佐々木は、入念に聞いた。
「ええ。まちがいあらへんです」
 と、島田が答えると、佐々木は、急に笑顔を見せながら、
「あなたを疑ったりしてすいませんでした」
「えっ、どうゆうことですか?」
「実は、平山さんの爪の中から、平山さんと異なる皮膚が出てきたのです。そして、調べたら、血液型がAB型ということが判明しました。ちなみに、平山さんは、あなたと同じO型です」
「それで、私にそうゆう質問されたんですね」
「そうです。それで、あなたは、容疑者ではないということと、犯人は、AB型の人物ということがわかりました。AB型の人物は、少ないですから、犯人を突き止めるのは、時間の問題と思われます」
 それを聞いた島田は、
「ほんまですか? 早く犯人捕まって欲しいですわ」

 4時1分、福井駅に到着した。朝早くから大阪周辺に出かける人たちの乗車が目立った。6分に発車した。
 上り『きたぐに』は、武生、敦賀、長浜の順に停車し、5時20分に、米原に停車した。自由席の乗客は、徐々に増えていった。米原からは、東海道本線に入る。車内放送を再開し、次の京都停車を告げた。
 6時16分、京都に停車した。京都では、自由席だけではなく、寝台車からも多数の下車客がいた。
 京都を出ると、新大阪に停車した。その駅も下車客が多い。新幹線に乗り換えて、さらに西へ行く客も少なくない。次は終点なので、新たな乗客はいない。
 新大阪を出た『きたぐに』は、淀川の鉄橋を渡り、ビル街の中を走り、終点の大阪駅には、6時49分に到着した。これから駅は、通勤客でごった返してくるだろう。
 島田は、8時間近い乗務を終えて、ホームに下車した。
 いつもなら、ほっとした表情になるのだが、今はそうはいかなかった。
 同乗していた平山が殺されてしまったからである。佐々木警部は、犯人を突き止めるのは時間の問題と言っているが、まだ、完全に安心はできなかった。なにか、頭に重たいものが圧し掛かったような感じだった。
(一刻も早く、平山君を殺した犯人が捕まってほしい)
 島田は、そのことで頭がいっぱいだった。

 平山は、トイレの中で横になっていた。
 すでに息はなかったのを確認した島田は、トイレを施錠した後、乗務員室へ駆け込んだ。
 そして、業務用の携帯電話で、
「こちら、502M急行『きたぐに』の車掌の島田ですが、同乗中の車掌がトイレで亡くなってるのです。
至急、警察へ連絡お願いします」
 そのときの島田は、かなり動揺していた。
 島田は、列車の車掌になってから、33年が経つ。その間、同乗中の車掌が、急に体調を崩したことは何回かあった。しかし、死亡していたのは初めてだからである。
 しばらくして、島田の業務用携帯電話が鳴り、すぐに出た。
 すると、次の糸魚川駅で、警察官が乗車してくるという知らせがあった。

 午前1時過ぎ、新潟県の糸魚川中央警察署では、2人の男性刑事が覆面パトカーで出動した。
 佐々木(ササキ)という56歳の警部と、村松(ムラマツ)という40歳の巡査部長である。
 2人は、列車の車掌がトイレで死亡していたという通報を受けてである。
 鑑識員も4人ついてきた。
 糸魚川駅に到着すると、駅舎の改札口を通り、『きたぐに』が入線するホームへ行った。
 ホームには、2人の制服警官の男性がいた。2人とも、鉄道警察隊の腕章をつけている。
 1人は、50代半ばくらいで、もう1人は、20代後半くらいだった。
 佐々木と村松は、2人の鉄道警察隊員に警察手帳を見せて、身分を名乗ると、50代半ばくらいの警察官は、
「富山県警鉄道警察隊の水野(ミズノ)といいます」
 そして、20代後半くらいの警察官は、
「同じく、富山県警鉄道警察隊の松島(マツシマ)です」
 2人とも、『きたぐに』に警乗して、富山の鉄道警察隊の分駐室へ戻る予定だったという。
 1時22分の定刻より、約1分遅れて、『きたぐに』が入線してきた。
 そして、列車が停車すると、ドアが開き、6号車の乗務員室から、車掌がホームを監視していた。
 佐々木たち2人の刑事と、水野たち2人の鉄道警察隊員は、6号車へ行き、車掌に、
「警察ですが、車掌さんが亡くなったという通報を受けて来ました」
 すると、50過ぎに見えるその車掌は、
「私は、島田といいますが、同乗中の車掌の平山君がトイレで亡くなってました」
「いつごろ亡くなったか、わかりますかね?」
 佐々木が聞くと、
「直江津駅に停車のとき、ドアを開け閉めすることになっとった平山君が、ドアの操作をせえへんかったのです。それで、何かおかしいと思うて、平山君がおるはずの最後部の乗務員室へいったらおらへんかったので、車内を探したら、トイレで亡くなっていました」
 と、島田車掌。
「平山車掌の遺体は、そのままにしていますかね?」
「はい。7号車のトイレの中です。まったく動かしていません」
「じゃあ、我々を案内してくれ」
 佐々木、村松、水野、松島の4人は、島田車掌のあとをついて、7号車のトイレへ向かった。7号車は、A寝台車である。
 ドアには故障中の貼り紙がしてあった。島田車掌は、誰が貼ったかわからないという。
 島田が、トイレのドアを開けると、JRの制服を着た人が横たわっているのが、眼に入った。
 佐々木たちも、もう既に息がないのを確認した。首周りを調べると、何か絞められたあとがあった。
「これは、絞殺にまちがいないな」
 と、佐々木警部。
 村松も、遺体やその周りを調べていた。
「警部、財布がなくなっていますね。あと、JRの車掌さんなら、必ず持っているはずの携帯端末もなくなっています」
 と、村松が言うと、佐々木は、
「列車強盗の仕業かもしれんな」
 平山の遺体は、担架に載せられ、毛布で覆われた。そして、ホームへ降ろされた。鑑識員のうち2人が署まで運ぶのだ。
 残り2人の鑑識員は、トイレ周辺の指紋の採取などをしている。
「列車強盗の仕業だとすると、犯人は下車している可能性があるが、念のため、職務質問して、乗客1人1人の身元も確認してまわろう」
 と、佐々木警部が言うと、村松は、
「そうですね。後日、なにか捜査の手がかりになりそうですね」
 そして、佐々木、村松、水野、松島の4人の警察官は、手分けして、乗客1人1人に、住所、氏名、電話番号、下車予定駅などを聞き、切符と、身分証明書があれば、それも見せてもらうことにした。
 列車のほうも、10分ほど遅れて、発車した。
 今晩の乗客は、新潟県内の近距離客を除くと、250人前後だという。
 佐々木は1号車から2号車、村松は3号車から5号車、水野は6号車から8号車、松島は9号車から10号車の乗客に、質問して、身元を確認することにした。
 寝ているところを起こされたことに腹を立てた乗客や、返答を拒む乗客もいたが、強盗殺人事件の捜査をしていることを言うと、どの乗客も、身元確認に協力してくれた。自分自身が強盗殺人の犯人と間違われるのを恐れたためだろう。
 2時8分頃、定刻より、10分ほど遅れて、魚津駅に停車した。深夜のため、乗降客はわずかだった。
 乗客の身元確認も、6割ほどは済んでいる。
 魚津駅を発車した『きたぐに』は、次は、富山に停車する。
 乗客の身元確認は、引き続き行なわれた。
 
 上り『きたぐに』の富山到着は、2時16分だが、その日は、9分遅れて、25分頃に到着した。発車予定時刻は、定刻では、25分だが、26分に発車となった。これで、遅れが大幅に取り戻せた。
 深夜だが、富山県の県庁所在地、富山市の代表駅のせいか、ある程度の乗降があった。
 島田は、走り出した列車の乗務員室の窓から、ホームの様子を監視していた。
 すると、1号車にいた女性客の顔が目に入った。島田が大阪までの急行券を発券した客で、岡山までの乗車券を持っていたはずである。そう、平山車掌が乗務しているかどうか聞いていた人でもある。
(大阪まで乗るはずじゃなかったのか…)
 島田は、女性のほうを見ていたが、列車は、どんどんスピードを上げる。そして、富山駅のホームを離れていった。
(あの人が、平山君が殺された事件に関する何かをしているのだろうか…)
 島田の頭の中は、そのことでいっぱいになった。

 07年2月20日の夜10時過ぎ、毎年、この時期は、新潟の町は、大変寒く、雪が降ることが多い。
 しかし、その年は、暖冬の影響か、雪は降らず、例年ほども寒くなかった。
 新潟駅付近にある乗務員宿泊所では、車掌の島田健太郎(シマダ ケンタロウ)が、同乗する平山泰彦(ヒラヤマ ヤスヒコ)と一緒に、乗務する列車の入線に間に合うように、駅に向かっていた。
 島田は、53歳。JR西日本大阪車掌区に所属していて、夜行列車から、通勤電車まで、様々な列車の乗務を担当している。車掌としての乗務歴は、33年のベテランである。
平山は、45歳で、島田と同じ大阪車掌区に所属している。
 島田は、生まれも育ちも兵庫県の神戸市で、今は、須磨区に在住している。息子と娘が1人ずついたが、どちらも、就職のために上京し、今は、妻と2人暮らしである。勤務先の大阪車掌区へは、東海道本線と山陽本線を利用している。
 平山は、大阪府の吹田市に住んでいる。
 島田は、高校を卒業後、すぐに、JRの前身である国鉄に入社した。初めて、車掌として、国電に乗務したことや、経験を積んで、特急や急行の乗務をするようになった頃のことを、時々思い出す。
 平山は、岡山県出身で、彼も、高校卒業後、すぐに、JRの前身の国鉄に入社した。乗務歴は、25年程で、勤務態度もまじめで、人当たりの良いことで、他の人からも好かれている。

 22時30分前後、ホームのアナウンスが、急行『きたぐに』大阪行きの入線を告げると、島田と平山の2人の車掌は、最後尾の10号車の停車位置へ行き、列車が停車すると、乗務員ドアから、車内に入り、乗降用のドアを開けた。
 今晩、乗務する列車は、新潟発大阪行きの夜行急行列車『きたぐに』で、新潟を22時55分に発車し、終点の大阪には、翌日の6時49分に到着する。
 『きたぐに』は、数少なくなったJRの急行列車の一つで、元特急用の寝台・座席兼用車両583系電車を使用した唯一の定期列車である。
 列車は、10両編成で、先頭の1号車から4号車までの4両が普通車自由席、5号車と8号車から10号車がB寝台車、6号車がグリーン車、7号車がA寝台車になっている。
 列車の発車まで、時間が十分にある。その間、島田と平山は、寝台車やグリーン車の乗客の車内改札を行なった。旅行のシーズンオフのせいか、いつもよりは、乗客は少ないが、それでも、半分以上の寝台は売れていた。
 列車の発車時刻が近づくと、島田は6号車、平山は10号車の乗務員室に入った。
 そして、平山がドアを閉め、列車は動き出した。
 島田は、6号車の乗務員室から、車内放送を開始した。主な停車駅と到着予定時刻、車両の案内、乗客への注意事項、乗務する車掌の紹介を告げ、放送を終えた。
 車内放送を終えると、島田は、すぐに、自由席車両へ向かって車内を歩いた。
 自由席は、ほとんどの席が埋まっていた。
 先頭の1号車の客室内に入り、最も先頭よりまで歩くと、乗客のほうを向いて、脱帽しながら、おじぎをした。
 そして、
「ご乗車ありがとうございます。大変恐れ入りますが、ただいまから、乗車券、急行券の拝見をさせていただきます」
 と、言ったあと、乗客1人1人に、
「恐れ入ります」
 と、声をかけながら、乗車券と急行券を持っているかどうか確認していった。
 帰宅中のサラリーマンやOLと見られる客も多く、その多くは急行券を持っていなかったので、車内補充券の発行に追われた。
 そのとき、1号車にいる1人の女性客が、島田のほうをじろじろ見ていた。
(なにか用があるのかな?)
 そう思いながら、島田は、
「恐れ入ります。乗車券と急行券を拝見させていただきます」
 と、女性客に声をかけた。
 30代半ばは過ぎているように見えるが、美人だった。
 女性客は、
「急行券をまだ買っていないのですが」
「そうですか。乗車券はお持ちでしょうか?」
「ええ。持っていますわ」
 と、言いながら、女性は、乗車券を提示した。乗車区間は、新潟から岡山までになっている。
「この列車には、どちらまで乗車されますか?」
「大阪までです」
 島田は、携帯式の端末機で、大阪までの急行券を発券し、
「では、1260円お願いします」
 女性客が、1260円を手渡すと、急行券を渡し、島田が、
「ありがとうございました」
 と、言うと、
「あのー、平山さん、いま乗務されているんですね」
「うちの車掌の平山でしょうか?」
「はい」
「平山は、一番後ろの車両の乗務員室にいますが、呼んできましょうか?」
「いえ。いいですわ」
「わかりました」
 島田は、その女性の前から去ると、車内改札の続きを行なった。
 1号車の車内改札が終わると、2両目の2号車の車内改札を始めた。
 2両目の車両の車内改札を終えたとき、新津駅の到着時刻が近づいた。
 車内放送を行なうために、6号車の乗務員室に戻った。
 そのときの島田は、1号車の女性客のことが頭から消えなかった。平山のことを知っているらしい。

 新津には、23時9分に到着した。そして、23時10分には、発車した。次は、加茂に停車する。
 新津発車後は、島田は、3号車に行き、車内改札を行なった。
 3号車の車内改札を終えると、今度は、4号車も行ない、自由席の車内改札を終了した。
 加茂駅には、23時24分に到着して、すぐに発車した。
 加茂を出ると、東三条に停車した。
 自由席の車両からは、どんどん下車していったが、寝台車からは、下車する客はいない。

 23時30分、東三条を発車すると、島田は、平山に会い、
「平山君、俺がさっき1号車で車内改札した女性の人に、平山君のことを知っとるとゆう人がおったで」
 それを聞いた平山は、少し驚いた表情で、
「本当ですか? どんな感じの人です」
「30台半ば過ぎに見える人やけど、結構美人だったで」
「そうですか。ところで、ひょっとしたら、死んだ弟が、やっと、浮かばれることになるかもしれないのです」
「平山君の弟さんかね?」
「そうです。岡山で中学校の教師をしていたのですが、15年近く前に亡くなったのです。その弟がやっと浮かばれそうなのです」
「そうか、少しでも弟さんが浮かばれることを、俺も願っているよ」
 と、島田は、言ったが、15年前は、島田と平山は、違う車掌区に所属していたので、弟が亡くなったという情報について、詳しくは知らない。

 23時39分、『きたぐに』は、見附に到着した。そして、すぐに発車した。次は、長岡に停車する。
 23時49分に、列車は、長岡駅に停車した。比較的大きな市の駅で、新幹線からの乗り継ぎ客も結構いる。普通車、寝台車、グリーン車ともに、かなりの乗車があった。
 23時53分に、列車は、長岡を発車した。
 長岡を出てしばらくすると、午前0時になった。日付は、21日に変わった。
 列車は、来迎寺、柏崎、柿崎に停車していった。
 柿崎を出た『きたぐに』は、次は、直江津に停車する。
 島田は、車内を巡回した。
 もう多くの乗客は、寝静まっている。
 そのような車内を狙った窃盗も少なくないので、不審な人物がいないかどうか、眼を光らせながら、車内を歩いた。

 0時53分、『きたぐに』は、直江津駅に停車した。直江津からは、北陸本線に入る。
 島田は、乗務員室の窓を開けて、ホームの様子を確認している。しかし、乗降用のドアが開いていなかった。ドアの開閉は、平山が担当している。
(おかしいな)
 と、思った島田は、車内の連絡用電話で、平山のいる乗務員室へ発信した。しかし、誰も電話に出ない。
 しかたがないので、島田がドアの開閉をした。
 『きたぐに』は、定刻より、1分ほど遅れて、56分に発車することになった。
(まじめな勤務態度の平山君が、どうして、ドアの開閉をしなかったのだろうか?)
 そう思いながら、島田は、平山のいる車両に向かって、車内を歩いた。
 10号車に着くと、最後部の乗務員室のカギを開けて、入ってみた。
 しかし、平山はいなかった。途中ですれ違いもしなかった。
(トイレかな)
 と、思った島田は、後ろの車両から、1両ずつ、トイレの中を確かめることにした。
 10号車、9号車、8号車のトイレは、空っぽだった。
 A寝台車である7号車に入った。そして、トイレの前へ着くと、『故障中』と書かれた貼り紙が、眼に入った。
(まさか…)
 ドアは、ロックされて開かなかったが、合鍵で開けてみた。
 すると、誰か人が横になっていた。
 よく見ると、その人は、JRの制服を着ていた。
「ひ、平山君…」
 トイレの中には、車掌の平山が倒れていたのだ。もう息がなかった。
「うわーっ!」
 島田は、顔を青くしながら、トイレから出た

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