浜崎ヒカルのブログ推理小説

ブログを利用して推理小説を書いています。 鉄道ミステリーが中心になります。

2009年06月

 高野内、園町、窈子、江波の4人が乗った覆面車は、国道53号線を北上していた。
 運転しているのは高野内で、助手席には、園町が座っている。
 覆面車は、市街地を抜けると、郊外地域に入った。
 広い駐車場を持った平屋建ての店舗が多いが、しばらく走ると、左前方に大きな病院も見えた。
 また、マンションも至るところで眼に入ってきた。
 大きな病院のそばを通り過ぎると、目の前に山が迫ってきた。
 高野内は、『津山』と書かれた標識の案内に従うように、車を走らせた。
 山の中に入り、トンネルを抜け、峠道を下り、しばらく走ると、津山線の線路が見えた。単線非電化の路線なので、架線は張られていない。
 また、ほぼ同時に、岡山三大河川の一つである旭川が見えてきた。
 その辺りから、しばらくは旭川沿いを走った。
 旭川と別れると、少しして、『久米南町』と書かれた標識が見えた。久米郡久米南町に入ったのである。
 窓の外には、山間の田園風景が広がっていた。
 東京で生まれて、埼玉県南部で育った高野内にとっては、なかなか見られない風景だった。
 しかし、それを楽しんでいる余裕はほとんどない。
 車窓には、津山線の線路が見えたり、隠れたりを繰り返した。国道53号線は、岡山市御津地域から津山市までは、JRの津山線と並行している。
 久米南町を過ぎると、久米郡美咲町に入った。
 そして、美咲町を過ぎると、やっと津山市に入った。
 しばらく走ると、津山市街地である。
 津山市街地で、吉井川を渡ると、国道53号線と別れて、北上した。
 市街地を抜け郊外に入って、しばらくすると、高野内は、ある一戸建ての住宅の前に車を止めた。

「多分、ここだな」
 と、高野内は、住宅のほうへ眼を向けながら言った。
 生垣や塀に囲まれた庭のある2階建ての木造住宅で、庭には、芝生が敷き詰めてあり、立派な庭木が何本か植えてある。
 高野内たち4人は、車から降りると、玄関の扉のほうへ、眼を向けた。
 玄関の表札には、『戸塚文雄 善子』と書かれていた。
「間違いなさそうですね」
 と、窈子が言うと、
「何か話を聞けたら、聞きたいな」
 と、高野内は言いながら、玄関へ向かって歩いた。
 そして、扉をノックしながら、
「ごめんください。戸塚さん、おられませんか?」
 それから少し待つと、足音が近づき、玄関が開けられた。
 そこには、70過ぎに見える男が立っていた。
「何か御用でしょうか?」
 と、相手が言うと、高野内は、警察手帳を見せながら、
「私、警視庁・鉄道警察隊の高野内といいますが、戸塚雅明さんの件で知りたいことがあります」
 相手は、少し緊張した顔で、
「東京の刑事さんが、どうして、雅明のことを?」
「我々が捜査をしている殺人事件と、雅明さんがトラック運転中に起こした事故と、雅明さんが亡くなった件が、関連している可能性が出てきました
 それで、それらの事件の捜査のために、お聞きしたいことがあるのですが」
 すると、相手は、
「雅明のことなら、赤磐南署の刑事さんも聞きに来ましたよ。その刑事さんたちにも話したと思いますが、雅明が刑務所に入っているとき、そいつの部屋を整理していたら、変な暗号みたいな紙が出てきましたね」
 すると、高野内は、バッグから暗号の書かれた紙を取り出し、相手に見せながら、
「これのことですよね」
 と、確認するように言った。
「そうですが」
 と、男は言った。
 その紙切れには、ハムの絵と、樹木の絵と、Sの字が書かれている。
 いったい、それは、何を意味するのか、高野内たちは、まだ解らなかった。
「この紙切れは、雅明さんが残したメッセージのようにとれるのですが、それが何かを知りたいのです」
 と、高野内が言うと、相手は、少し不機嫌な顔で、
「そのために、わざわざうちへ来られたのですか?」
「そうです。その暗号が、何か事件解決への手がかりになると、私たちは思います」
「こんな絵と、Sの文字が、何を意味しているのか、わしゃ、わからんよ」
 と、相手は、困惑の表情を見せた。
「それが何を意味しているのか、ぜひ知りたいのです」
 すると、相手は、表情を落ち着かせながら、
「刑事さん、せっかく来られたのだから、もし良かったら上がっていってください」
 と言った。
 その男は、雅明の父親、文雄には違いないだろう。
 彼は、高野内たちなら、雅明の死亡の真相を突き止めてくれるだろうと、信じているのだろうか。
 高野内は、そのような相手を見ながら、家の中へ入った。
 園町、窈子、江波も、入っていった。
 そして、床の間へ案内された。
 8畳の部屋で、真ん中に、大きな座卓が置かれていた。
「どうぞ、腰を下ろしてください。汚い家ですみませんが、お茶をお出ししますので」
 と、男が言うと、いったん、高野内たちの前から去った。
 高野内たちは、座卓のそばに腰を下ろした。
 それから何分かして、70過ぎに見える老女と一緒に、高野内たちの前へ来た。お茶を持ってである。
「刑事さん、申し遅れましたが、わしは、戸塚文雄といいます」
 と、男は言い、
「私は、雅明の母の善子といいます」
 と、老女は言った。
 そして、善子は、座卓にお茶を置いて、並べながら、
「刑事さん、私は、雅明は、自殺したんじゃないと思います。雅明は、簡単に死ぬような人じゃないけん」
「捜査を進めた結果、出所後、何者かに自殺を装って殺害された可能性が高くなりました。
 そして、その紙切れに書かれた暗号が、事件解決への糸口になると、私たちは思っています。
 それで、その暗号が何を意味しているのかを知りたいのです」
 と、高野内は言いながら、例の紙切れを座卓の上に置いた。
「何度もゆうが、わしゃー、わからんけえのー」
 と、文雄は言った。
「樹木とハムと、Sの文字が、いったい、何を意味しているのでしょうかね?」
 と、江波。
 高野内は、メモ帳を出して、
『木 ハム S』の文字を書いた。
 それを見た園町は、
「木にハム…」
 と言いかけたあと、突然、
「わかりましたよ」
 と、少し大きな声で言った。
「園町、何がわかったのか?」
 と、高野内が聞くと、
「その暗号の意味ですよ」
「それは、何を意味しているのかな?」
「木へんの右側に、カタカナ、縦書きで、ハムと書いたらわかりますよ」
 それを聞いた高野内は、メモ帳に、園町に言われたとおりに書いた。
 すると、それが『松』の字のように見えた。
「そうか。鍵は、松の木のそばにあるんだな」
「そうです。そして、Sは、南を意味しているんだと思います」
「ということは、松の木の南に何かあるということか? これで謎が解けそうだな」
 と、高野内は、歓声をあげるように言った。
 すると、江波が、
「しかし、どこの松の木ですか。松の木といっても、至るところにたくさんありますよ」
 と言った。
「そうだな。その松の木はどこだろうか」
 と、高野内は、苦悩の表情を見せた。
 そのとき、
「刑事さん」
 と、文雄の声。
「戸塚さん、なにか心当たりがあるのでしょうか?」
 と、高野内が聞くと、
「思い出しましたよ。うちの庭木の松です」
 と、文雄は言った。
「どうして、そう思われるのですか?」
 と、高野内が怪訝そうに言うと、
「雅明が、トラックで事故を起こして捕まるちーと前じゃったと思います。うちの庭に1本だけー、松の木を植えていて、その周りは芝生に囲まれとるんですが、その松の木の南側の芝生が剥がされてーたことがあったんです。おそらく、雅明が、そこを掘って、何かを埋めたのだと思います」
 と、文雄は、庭を指差しながら、説明した。
 窓の向こうに、1本の松の木が見えた。形の整った、美しい樹である。
 高野内たち4人も、松の木のほうへ眼を向けた。
 そして、高野内は、
「戸塚さん、せっかくの立派なお庭を荒らしてしまうことになって申し訳ありませんが、あの松の木のそばを掘らしてもらってよろしいですかね」
 と、頭を下げながら言うと、
「どうぞ。これで、雅明の死の真相へ近づけると思うたら、庭が荒れるのぐれー、たいしたことないけん」
 と、文雄は言った。
 高野内は、園町、窈子、江波のほうを向いて、
「よし! じゃあ、松の木の南を掘るぞ。これから作業服とショベルを買いに行こう」
 そして、高野内たち4人は、覆面車で、作業服店へ行き、それぞれの体型に合った作業着を買い、そのあと、園芸用品店へ行って、ショベルを4つ買った。
 それから、再び、戸塚夫婦の家の前へ戻った。
 玄関から、文雄、善子の2人が、庭のほうを見ていた。
「それでは、これから掘らせていただきます」
 と、高野内は言い、4人は、松の木に近づいた。
 松の木のそばには、一体何が隠されているのか?
 そのときの高野内たちは、まだ何もわからなかった。

 高野内、園町、窈子、江波の4人は、岡山駅に着くと、改札を出て、タクシー乗り場へ向かった。
 そして、タクシーで、岡山県警本部へ向かった。
 岡山県警本部は、県庁と同じ場所に建っている。
 県警本部の建物に入ると、捜査会議室へ向かった。
 室内に入ると、佐田真由子がいた。黒いセーターにミニスカートとブーツの、捜査官らしくない姿だった。
「ごくろうさま」
 と、真由子が言うと、
「お疲れ様です」
 と、高野内は、頭を下げた。
「西住にはかなりやられましたが、それでも、いくつか謎が解けてきました」
 と、高野内が言うと、
「安倉美紀と浜田耕太郎の件でしょ。岡田君からも聞いたわよ」
 と、真由子。
「私たちも、いろいろ考えてみた結果、安倉美紀は、西住伸吾の巧妙な指示に従って、自ら河口湖へ向かい、そこで浜田と共に心中を装って、西住伸吾に殺害された可能性が高いとわかりました」
 と、高野内は言い、推理内容を説明した。
 すると、真由子は、
「話は、岡田君や田村さんからも聞いているわ。安倉美紀と浜田耕太郎の2人の遺体が乗っていた車は、高井戸の中古車店から積載車で河口湖へ運ばれたのでしょう」
 と言った。
「我々もそのように見ています。それを証拠に、その車は、どのNシステムに記録されていませんし、走行距離計が1kmしか動いていませんでしたね」
「そのようね。それで、さっき岡田君に調べてもらったら、あなたたちの推理が正しい証拠が出てきたわ」
「証拠といいますと」
「中央道の料金所のETCシステムやオービスの記録を調べたら、該当する車が通過した記録が出てきたわ」
「本当ですか」
 と、高野内が言うと、真由子は、何かが印刷された紙を片手に、
「西住モーターズ・高井戸店名義の積載車が、26日の午前7時13分に、ETC専用の入口を通過しているわ」
「2人が死亡したのが7時頃なら、その時間に通過できますね」
「ええ。そうでしょ。そして、中央道富士吉田線の上り車線にあるオービスにも記録されているわ。河口湖インターと都留インターの間よ」
 と、真由子は言いながら、写真を高野内たちに見せた。
 乗用車の積載用のトラックが写っていた。ドライバーの顔は、西住伸吾であることが確認できた。
 写真の隅には、日時と記録した速度が記載されていた。2月26日の午前7時16分で、速度は、時速127kmだった。
「西住伸吾にとっては、一刻も早く河口湖を離れて、高井戸へ戻りたかったのでしょうから、オービスの存在に気付かず飛ばしたんだと思うわ」
 と、真由子は言った。
「なるほど。朝の中央道は、都内で上り線が渋滞しがちですから、比較的空いている山梨県で、かなり飛ばしたのですね」
 と、園町が納得した顔で言った。
「そして、その後、その積載車が、8時6分に、高井戸インターのETC専用出口を通過している記録があるわ」
 と、真由子。
「西住モーターズ・高井戸店は、高井戸インターからも、高井戸駅からも、それほど遠くないですから、この時間に高井戸へ着けば、9時40分までに、品川の東京支社へ出勤できますね」
 と、高野内が納得したように言うと、
「そうよ」
 と、真由子は言った。
「これで、安倉美紀と浜田耕太郎の件について、西住伸吾のアリバイは崩れましたね」
 と、江波が言うと、
「佐田警視、これから、西住伸吾の逮捕状を請求しに行きたいと思うのですが」
 と、高野内は、真剣そうな表情で言った。
「ちょっと待って」
 と、真由子が制止するように言うと、
「どうしてですか?」
 と、高野内は、不思議そうな顔で言った。
「確かに、安倉美紀と浜田耕太郎殺害の件では、アリバイはなくなったけど、鴨井圭殺害の件がまだ残っているわ」
「そうですが、鴨井圭の件も、『サンライズ瀬戸』の車内で鴨井圭を殺害した後、『はやぶさ』に戻った方法以外は、解っていますので、早く逮捕して、自供させたほうがいいと思います」
「あの男が、そう簡単に自供して話すかしら」
 と、真由子が言うと、
「そうですね」
 と、高野内は言い、そのあと、
「では、佐田警視は、どのようにお考えでしょうか?」
「あなたたちが来るより前に知った情報によると、明日の昼、岡山の郊外の葬儀場で、浜田耕太郎の告別式が盛大に行なわれるわ。そのあと、記者会見があるそうよ。そのときに、逮捕状を持った上、証拠を突きつけて、あの連中を逮捕しましょう」
 真由子は、少し笑みを浮かべながら言った。
「わかりました。じゃあ、私たちも、西住親子たちが、一連の殺人に関わった証拠を、一つでも多く捜したいと思います」
「じゃあ、お願いするわ」
 と、真由子は言ったあと、
「妹尾さんと難波さんには、西住伸吾が、『サンライズ瀬戸』の車内で、鴨井圭を殺害後、下車したと思われる姫路駅付近と、大阪の鴨井圭の自宅や事務所を調べてもらっているし、近藤さんと真野さんには、荻田勲や安倉美紀の身辺に関することを中心に調べてもらっているわ」
「私たちも、まだ解けていない謎を解きたいと思います」
「謎って、何かしら?」
「近藤警部が、戸塚雅明の実家から持ち帰った、暗号みたいな紙切れです」
「あれ、一体、何を意味しているのか見当がつかないのよ。高野内さんは、何と思う?」
「正直なところ、今の段階では、まだわかりません」
 と、高野内は言ったあと、
「それを解くカギは、津山の実家にありそうな気がするのです。我々も、一度、そこへ行って調べてみたいと思うのですが、よろしいでしょうか?」
「わかったわ」
 そして、高野内、園町、窈子、江波の4人は、覆面車を借りて、津山へ向かうことにした。
 暗号のような紙切れを持ってである。紙切れには、ハムの絵と、樹木の絵と、Sの字が書かれている。
 いったい、それは、何を意味するのだろうか?
 そのときの高野内たちは、まだわからなかった。
 高野内たちは、紺色のアリオンの覆面車に乗った。高野内の運転である。
「津山に何かがありそうな気がする」
 と、高野内は、ハンドルを握りながら言った。
 津山に、一体、事件を解くどんな手がかりがあるのだろうか。
 そのときの高野内は、まだわからなかった。

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