浜崎ヒカルのブログ推理小説

ブログを利用して推理小説を書いています。 鉄道ミステリーが中心になります。

2016年02月

 10月15日、朝8時頃、高野内と園町は、東京駅分駐所に出勤した。
 桑田警部や、貴代子、真希、鶴尾、奈々美も出勤していた。
「高野内君、園町君、ニシイという男だが、本庁に調べてもらった結果、該当者が1人出たよ」
 と、桑田警部は言った。
「どのような人物ですか?」
 と、高野内が言うと、
「ホワイトボードに書いて説明するよ。奴の写真も手に入れたし」
 と、桑田警部は言った。
 そして、桑田警部は、ニシイという男について、知り得た情報を、ホワイトボードに書き、写真をマグネットで留めた。
 ニシイという男は、本名が、西井紳二(ニシイ・シンジ)だという。岡山県岡山市出身だった。
 写真をみると、スポーツ刈りの頭髪で、銀縁のメガネをかけている。
「この男が、岩崎真実の婚約者だったニシイですね」
 と、園町は、入念そうに言った。
「警部、一度、その男に会ってみたいですね」
 と、高野内は言った。
 すると、桑田警部は、
「残念ながら、その男は死亡している」
 と言った。
 それを聞いた高野内は、軽く驚いた表情で、
「死亡って、病死ですか?」
 と言った。
「いや。殺されたそうだよ」
 と、桑田は答えた。
「殺されたのですか?」
 と、園町が言うと、
「そうだろう。詳しくは本庁から捜査一課と捜査二課がもうすぐ説明しに来られるから、聞きたいことは、本庁の捜査員に聞いてくれたまえ」
 と、桑田は言った。
「捜査一課だけではなく、二課も来るということは、なにか複雑な事件の予感がしますね」
 と、高野内は言った。

 午前9時半頃、分駐所に、警視庁捜査一課の佐田真由子警視と岡田俊一警部が来た。ほかには、50歳くらいにみえる男と40代半ばくらいにみえる男がいた。ともに、スーツ姿だった。
 50歳くらいの男は、
「私は、捜査二課の警部の徳中英明(トクナカ・ヒデアキ)といいます」
 と、自己紹介をした。
 それに続いて、40代半ばくらいの男は、
「捜査二課の警部補の福川雅治(フクガワ・マサハル)といいます」
 と言った。
「ところで、なぜ捜査一課だけではなく、捜査二課の方も来られたのでしょうか?」
 と、高野内が言うと、
「わたしが説明するわ」
 と、真由子は言ったあと、
「岩崎真実の婚約者だったというのかしら」
 と言い、それに続いて、
「西井紳二という人物は、情報産業の会社の社長として、岩崎真実だけではなく、複数の女性に手を出していたそうよ」
 と言った。
 すると、真希が、
「ろくでなさそうな男ですね」
 と言った。
「そうでしょう」
 と、真由子は言ったあと、
「西井は、岩崎真実のほか、何人もの女性に近づいては、偽りの婚約をして、女性に、大金を出させたことがわかっているわ」
 と、説明するように言った。
 すると、今度は、貴代子が、
「酷い男ですね。完全に女性の敵です。殺されても同情できませんわ!」
 と言った。その声には怒りがこもっていた。
「これで、西井紳二という男が何者かがわかったでしょ。岩崎真実の本当の婚約者ではなく、婚約者を装っていたことが」
 と、真由子が言うと、高野内は、
「すると、西井紳二は、結婚詐欺師ですか?」
 と、入念そうに聞き返した。
「高野内さん、そのとおりよ」
 と、真由子は言った。
「西井紳二が結婚詐欺師ということは、岩崎真実も、西井による結婚詐欺の被害者だったのですね」
 と、高野内が言うと、真由子は、
「そうよ」
 と答えた。
「それで、捜査二課の方も来られたのですね」
 と、高野内が納得したように言うと、今度は、徳中が、
「そうです」
 と言ったあと、
「西井紳二は、情報産業の会社の社長という肩書きで、首都圏に住む婚活中の女性に近づき、偽りの婚約をしたうえに、女性から、会社のために大金が必要とか言って、大金を出させていました。被害者は、東京都内のほか、神奈川県や埼玉県、千葉県に、岩崎真実を含めて10人いることがわかっています」
 と、説明した。
「その西井紳二という男は、殺害されたと聞いたのですが、犯人の目星はついているのですか?」
 と、今度は、園町が聞いた。
 すると、真由子は、
「北海道警は、岩崎真実の父親の岩崎正信をホシと睨んでいたそうよ。でも…」
 と、真由子は、少し元気のなさそうな声になった。
「岩崎正信が西井紳二殺害のホシですか?」
 と、高野内は、少し驚いたような声を出した。
「北海道警は、そのように睨んでいたのだけど、岩崎正信には、強固なアリバイがあることがわかっているの。それで、残念なことに、その事件はまだ未解決のままなのよ」
 と、真由子は言った。
 すると、高野内は、
「北海道警が捜査に関わっていたということは、西井紳二は、北海道で殺害されたのですね」
 と言った。
「ええ。そうよ」
 と、真由子が言うと、高野内は、
「北海道のどこで殺害されたのですか?」
 と聞いた。
「新千歳空港よ」
 と、真由子は答えた。
「そういえば、一昨年、新千歳空港のトイレで殺人事件があったのを、ニュースとかで見たおぼえがあります」
 と、高野内が言うと、
「その事件のホトケが西井紳二で、道警は、捜査の結果、岩崎正信をホシと睨んだのだけど、岩崎にはアリバイがあって、それが崩せないから、今も逮捕できないの」
 と、真由子は言った。
 それに続いて、岡田が、
「北海道警は、我々警視庁にも捜査協力を求めているんだ。高野内さんは、アリバイ崩すのが得意そうだし、ぜひ協力をお願いしたい」
 と言った。そのときの岡田の表情は、高野内に対して、なにかを期待しているような顔だった。
「わかりました」
 と、高野内は言ったあと、
「これが解決したら、早崎裕允が殺された件も、スムーズに解決しそうな気がします」
 と、自信ありそうに言った。

 東京駅分駐所では、新幹線『のぞみ218号』で早崎裕允が殺害された件と、新千歳空港で西井紳二が殺害された件の捜査に関する話し合いが同時に行なわれることになった。
 早崎裕允は、2013年10月8日、新大阪発東京行きの『のぞみ218号』の車内で殺害された。死亡推定時刻は午前10時前後である。
 早崎の住所は、東京都足立区竹ノ塚。岡山県出身である。年齢は35歳。恐喝の前科があることも既にわかっている。
 真由子たちが持ってきた資料によると、西井紳二は、2011年10月29日、北海道の新千歳空港の男性用トイレで殺害されたという。死亡推定時刻は、午後1時から2時の間である。
 死亡時、西井の住所は不定で、本籍地と出身地は岡山県岡山市である。殺害された当時の年齢は44歳。血液型はA型である。
 西井は、詐欺や横領などで複数の逮捕歴がある。
 過去には、岡山市郊外でプレハブ事務所の中古車店を経営していて、知人から自動車を押し買いしたり、ある顧客には、中古車を本来の相場よりも大幅に高い値で強引に売りつけたり、またある顧客に対しては、車検のために車検代金とともに預かった自動車の車検を受けずに、また所有者に車を返さずに、車と現金を預かったままとんずらしたことなどが、資料に記載されていた。
 資料に眼を通しながら、高野内は、
「西井という男は、車を利用した悪徳商法や、結婚詐欺などを繰り返していたのですね。かなりのワルですね」
 と言うと、
「そうよ」
 と、真由子は返事した。
「それだと、その男は、あちこちで大勢の人たちから恨みを買っているんじゃないのですか」
 と、高野内が言うと、
「そうねえ」
 と、真由子は答えた。
「それなら、西井に殺意を抱いている人間は、何人いても不思議はないと思うのですが、どうして、容疑者が岩崎正信だと特定できたのですか?」
 と、高野内は質問した。
「それはね」
 と、真由子は言ったあと、
「結婚詐欺の被害の女性たちも、西井が岡山で悪徳中古車店を経営していたときの被害者たちも、みんな、新千歳空港どころか北海道に行っていないというアリバイがあるのよ。しかも、そのアリバイ、特に妙な点や不自然な点とかはなかったわ」
 と言った。
「しかし、岩崎正信にも、西井紳二殺害時のアリバイがあるのでしょう」
 と、高野内が怪訝そうな顔で言うと、
「そうだけど、岩崎は、事件当日、新千歳空港経由で北海道を訪れていたのよ。層雲峡へ行っていたことがわかっているわ」
 と、真由子は言った。
 それに続いて、今度は、岡田が、
「北海道警の捜査内容によると、西井紳二は、死亡時、『新千歳空港着13時35分』と書かれたメモを所持していました。道警は、それを有力な手がかりとみて捜査した結果、羽田空港を12時ちょうどに出発する新千歳空港行きの全日空63便の搭乗客に犯人がいると判断し、調べた結果、偽名で搭乗していた男が1人いることがわかったそうです」
 と、説明するように言った。
「その羽田発の全日空63便に、岩崎が搭乗していたのですか?」
 と、高野内が入念そうに聞くと、
「道警は、そのようにみています。それで、その全日空63便は、新千歳空港着が、西井の残したメモと同じ13時35分着です」
 と、岡田は答えた。
 それからまもなく、
「しかしねえ…」
 と、真由子は元気なさそうな声で言った。
「もしかすると、岩崎正信は、13時35分には新千歳空港にはいなかったと主張しているのですか?」
 と、高野内が聞くと、
「そうよ。岩崎が主張したアリバイについても、あとで説明するわ」
 と、真由子は言った。
「どういうアリバイでしょうかね。ぜひ知りたいですね」
 と、高野内は、真剣そうな表情で言った。
「岩崎には、確かにアリバイがあるけど、北海道警も、岡山県警も、犯人は岩崎以外考えられないと主張しているわ」
 と、真由子は言った。
 それを聞いた高野内は、軽く驚いた表情になり、
「西井紳二は、岡山出身だとはわかりましたけど、奴は、新千歳空港で殺されたのでしょう? どうして、岡山県警が?」
 と、怪訝そうに言った。
「それも、これから説明するわ」
 と、真由子は言った。
 こうして、高野内たちには、西井という男は、新千歳空港で殺害されたことや、北海道警は、岩崎を犯人だとにらんでいること、容疑者の岩崎はアリバイがあることを主張していることなどがわかった。

 午後1時50分頃、高野内と園町は、新宿区内にあるオフィスビルに到着した。
 新宿駅から徒歩でもそれほど時間がかからないところにあるビルだった。
 そのビルには、岩崎真実が勤務していた情報処理関連の会社が入っている。
 ビル入口付近にいた警備員に、警察手帳を見せて、用件を告げると、中に入り、岩崎真実の勤務先だった会社の事務室に入った。
 社内にいた事務員の女性に、警察手帳を見せて、用件を言うと、女性事務員は、誰かを呼んだ。
 しばらくすると、30代後半くらいに見える女性が出てきた。
「警察の方ですか」
 と、その女性は言った。女性は、長身の美人だった。
「私は、警視庁鉄道警察隊の高野内といいます」
 と、高野内は、警察手帳を見せながら名乗った。
 すると、相手の女性は、
「私は、石塚美智恵(イシヅカ・ミチエ)といいます」
 と言いながら、高野内に名刺を渡した。
「我々は、ある事件の捜査をしているのですが、岩崎真実さんのことについても調べる必要が出てきました」
 と、高野内が言うと、
「真実が何かしたのですか?」
 と、美智恵は聞き返した。
 すると、今度は、園町が、
「我々が知りたいのは、岩崎真実さんがどのような方だったかと、彼女が亡くなる前後、何か変わったことがなかったかとかですね」
 と言った。
「そうですね」
 と、美智恵は言ったあと、
「真実は、亡くなる1年ほど前に、情報産業の会社の社長をしている男性と結婚できそうだとか言っていましたわ」
 と、何かを思い出したように言った。
「その社長の男性は、どのような人だったか、わかりますか?」
 と、高野内が聞くと、
「いいえ。私は一度も会っていませんし、名前は、何だったかしら」
 と、美智恵は言いかけたあと、
「確か、名字がニシイだったと思います」
 と言った。
「ニシイですか」
 と、高野内が念のために聞き返すと、
「ええ。そうだったと思いますわ」
 と、美智恵は言った。
「岩崎さんは、同僚の方に好かれていましたか? それとも嫌われていましたか?」
 と、今度は、園町が聞いた。
「真実は、人付き合いはあまり上手じゃないけど、勤務態度はまじめで、特に同僚からは嫌われていたとは思えませんわ」
 と、美智恵は答えた。
「じゃあ、誰かに恨まれるような人ではなかったのですね」
 と、園町が入念そうに言うと、
「ええ。真実は人の恨みを買うような人じゃないですわ」
 と、美智恵は、はっきりとした口調で答えた。
「わかりました。どうもありがとうございました」
 と、高野内と園町は、礼を言ったあと、
「失礼します」
 と言いながら、美智恵の前から去った。
 そして、覆面車に戻った。
 高野内は、覆面車のハンドルを握りながら、
「ニシイという人物についても調べてみる必要がありそうだな」
 と言うと、
「そうですね」
 と、園町。

 高野内と園町が分駐所に戻った頃、午後3時を過ぎていた。
 分駐所には、桑田警部がいた。
「警部、岩崎真実が勤務していた会社の人から聞いたのですが、彼女は、ニシイという、情報産業の社長をしている男と婚約をしていた可能性があることがわかりました」
 と、高野内は言い、それに続いて、園町は、
「そのニシイという男についても、調べてみたいと思うのです」
 と言った。
 すると、桑田警部は、頷きながら、
「わかった。ニシイという苗字で情報産業をしている男に該当者がいないか、本庁に調べてもらうように依頼するよ」
 と言った。
 まもなく、貴代子、真希、鶴尾、奈々美の4人が、分駐所に戻ってきた。
「磯野さん、早崎裕允殺害の件で、新たに何かわかったことはありませんか?」
 と、高野内が聞くと、
「いえ。残念ながら、まだ何も」
 と、貴代子は答えたあと、
「殺害犯行時の岩崎正信のアリバイも崩れないままですわ」
 と、真希が不満そうな顔で言った。
「そうか。アリバイ成立のままか」
 と、高野内は、がっかりした。
 すると、今度は、鶴尾が、
「高野内さん、松本中央署の刑事に、岩崎正信について、いろいろ聞いてみたら、妙なことがわかりました」
 と言った。
「どういうことだ?」
 と、高野内が鶴尾の顔をじっと見ながら聞くと、
「岩崎正信は、8日に、『あずさ10号』に乗っていたときに、車掌に、喫煙室があるかどうか聞いたそうですね」
 と、鶴尾は言った。
「ああ、そうだが」
 と、高野内が答えると、鶴尾は、
「岩崎正信の勤務先の同僚などから聞いた話だと、岩崎は、タバコをまったく吸わないそうです」
 と言った。
 すると、高野内は、
「妙だな」
 と言ったあと、
「これで、岩崎正信が早崎裕允殺害の犯人だと、ますます確信できるな」
 と、自信ありそうに言った。
「えっ、高野内君、どういうこと? 岩崎正信は、早崎裕允殺害時、中央本線の特急『あずさ10号』に乗っていたという、強固なアリバイが成立しているのよ」
 と、貴代子は、怪訝そうな顔で言った。
「タバコを吸わない人物が、全車両禁煙の特急列車で、車掌に喫煙室があるかどうか聞くのは、どう考えてもおかしいですよね」
 と、高野内が言うと、
「そうだけど」
 と、貴代子は言った。
「それなのに、岩崎正信は、わざわざそのような行動をとったのは、殺害時、『あずさ10号』に乗っていたことを印象付けるためだと、俺は思います」
 と、高野内は言った。
「つまり、アリバイ作りのため?」
 と、貴代子が入念そうに聞くと、
「そうだと思います」
 と、高野内は言った。
「でも、『あずさ10号』が茅野と小淵沢の間を走っていたときに、車掌に話しかけていた人物が、午前10時前後に、『のぞみ218号』の車内で、早崎裕允を殺害するのは、どう考えても不可能よ。それでも、岩崎正信が犯人だというの?」
 と、貴代子は、不思議そうな顔をした。
「はい」
 と、高野内は、返事をしたあと、
「確かに、今の時点では、岩崎正信は、アリバイが成立しています。しかし、不自然に作られたアリバイである以上は、何か崩す方法はあると、俺は思うのですが」
 と言った。
「確かに、高野内さんの言うとおり、妙ですね。でも、そのアリバイ、本当に崩せるのですか?」
 と、今度は、奈々美が言った。
「作られたアリバイは、必ず崩す方法があるはずだ」
 と、高野内は答えた。
「ところで、高野内君は、岩崎真実について、何かわかったことあるの?」
 と、今度は、貴代子が聞いた。
 すると、高野内は、岩崎真実や黒坂由利について知り得たことを説明し、それに続いて、真実が、ニシイという情報産業の社長をしている男と婚約していた可能性があることも話した。
 それを聞いた貴代子は、
「ニシイという男、どういう人物かしら。気になるわね」
 と言った。
「今回の事件解決には、ニシイという男についても、調べてみる必要があると、俺は思います」
 と、高野内は、はっきりとした口調で言った。
 すると、今度は、桑田警部が、
「ニシイという人物については、該当者がいないか、本庁が調べているから」
 と言った。
「ニシイという男について、早く知りたいですね」
 と、高野内は言った。
 ニシイとは、一体、どのような人物なのか。
 そのときの高野内たちは、まだ想像がつかなかった。

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