10月22日の午後5時半頃、高野内、園町、鶴尾、奈々美の4人は、長野県警松本中央署の林警部、森下刑事と一緒に、松本市郊外にある岩崎正信の家の前にいた。
門扉越しに岩崎に話しかけていた。
もちろん、殺人の容疑で、岩崎正信を引っぱるためである。
しかし、岩崎は、犯行を否認していた。
「岩崎さん、本当に、無関係ですかね?」
と、高野内が言うと、
「しつこいですね。私は、美ケ原で殺された男とは何の接点もないし、何年も、そこには行っていないんですよ」
と、岩崎は、怒ったような声で言った。
すると、今度は、森下が、
「我々捜査員も、はじめは、美ケ原の事件の犯人は、殺された男からストーカー行為をされていた女だと思っていました」
と言った。
「じゃあ、何で私が容疑者になるのですかね?」
と、岩崎は、不快そうな顔をした。
すると、高野内が、
「美ケ原で殺害された室野という男は、黒坂由利さんにストーカーをしていたことがわかっています。しかし、黒坂さんは、犯行時のアリバイがありました。それに対して、岩崎さんをゆすっていた早崎という男が、殺害された件については、あなたにはアリバイがありましたが、黒坂さんのアリバイははっきりとしませんでした」
と、説明するように言った。
すると、岩崎は、
「何が言いたいのですか?」
と、不快そうに言った。
「つまり、交換殺人です」
と、高野内は、はっきりとした口調で言った。
それに続いて、今度は、森下が、
「室野は、女性にストーカー行為をしていた前科のある男です。殺害現場に、女性用の化粧品が落ちていれば、捜査員が、犯人は女と思い込み、男のあなたは、容疑者から外れると計算したのでしょうね」
と、岩崎の顔をじっと見ながら言った。
すると、岩崎は、
「何を言うんだ? 私は知らん。犯人は、室野という男からストーカーされていた女の人だろう。口紅とファンデーションも、そのときに落として、それに気づかずに逃げたんじゃないのですか」
と、はっきりとした口調で答えた。
それを聞いた高野内は、
「岩崎さん、今、何と言いましたか?」
と言うと、
「だから、室野を殺して逃げたのは、ストーカー行為をされた女の人と言ったんだ。口紅とファンデーションも、そのとき、その女の人が落としたのだろう。それがどうしたというのですか?」
と、岩崎は答えた。
今度は、奈々美が、
「岩崎さん、わたしたち警察官は、犯行現場に落ちていた化粧品については、まだ外部には知らせていないのですよ。それなのに、化粧品が、口紅とファンデーションだと、よくわかりましたね。化粧品には、口紅やファンデーション以外にも、マスカラとかアイシャドウとか、他にもいろいろあるのですよ」
と、強い口調で言った。
すると、岩崎の顔色が、一瞬青ざめた。
それに続いて、奈々美は、
「それはどういうことか説明してもらえますか」
と言った。
「それはだな…」
と、岩崎は言いかけたが、それからあとの言葉が出てこなかった。
今度は、林が、
「岩崎さん、それがどういうことかわかっていますね。もちろん、署まで来て、話してもらえますね!」
と、少し大きな声で言った。
そして、高野内たちと林、森下は、岩崎正信を車の後部座席に乗せて、松本中央署へ戻った。
松本中央署に到着後、高野内と林が、岩崎正信を取調室へ連れて入った。
取調室に入った岩崎は、美ケ原で室野祐治を殺害したことを認める供述をした。
もう逃れることはできないと観念したのだろう。
続いて、早崎裕允の殺害を実行したのは黒坂由利だが、犯行の計画を立てて、由利に依頼したのも自分だと、岩崎は供述した。
その内容は、ほとんどが高野内たちの推理どおりだった。
それに続いて、岩崎は、岡山駅で広塚貴明を殺害した件、新千歳空港で西井紳二を殺害した件についても、自供を始めた。
その供述内容も、また高野内たちの推理どおりだった。
取り調べ中、岩崎は、
「西井と広塚は、グルになって、私利私欲のために、真実をだまして弄んだうえ、すべてを奪い去ったんだ。そんな奴らが許せなかったんだ」
と話した。
すると、高野内は、
「確かに、西井紳二と広塚貴明の2人がやったことは断じて許せませんよ。でも、殺されてもよい人間は誰一人いないのです」
と、丁寧な口調を崩さずに言った。
殺害された西井や広塚、早崎や室野よりも、岩崎のほうが憎めなかったからである。
そのあと、岩崎は、
「真実のためとはいえ、やったのは私だ! 全部私一人がやったんだ!」
と、やや大きな声で言った。
それを聞いた高野内が、
「何言っているのですか?」
と、岩崎の眼をじっと見ながら言うと、
「罰するのは私一人にしてもらえませんか? 黒坂由利さんは何も…」
と、岩崎は言った。
すると、高野内は、
「そうはいきませんよ。黒坂由利さんも、早崎殺害を実行したわけだし、他の殺人についても共犯の容疑があります。ですから、黒坂さんも逮捕したうえ、取り調べる必要はありますよ」
と、強い口調で言った。
それを聞いた岩崎は、無言のまま俯いた。
高野内、園町、鶴尾、奈々美の4人は、翌日の特急『あずさ』などで、東京へ戻ることにした。
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