午後12時半過ぎ、高野内と園町は、鉄道警察隊新宿駅分駐所に到着した。
「何かご用でしょうか?」
20代後半くらいの男性刑事が出てきた。
高野内と園町は、警察手帳を見せながら、
「鉄道警察隊東京駅分駐所の高野内です」
「同じく東京駅分駐所の園町です」
すると、その刑事は、
「私は、浅井寿(アサイ・ヒサシ)といいます」
と、警察手帳を見せながら言い、分駐所の中へ案内した。
高野内が、
「去年の12月1日のことなのだが、中央線の車内で痴漢をしたとして逮捕された、池谷哲雄という人について聞きたいのだが」
すると、浅井は、
「ちょっとお待ちください」
と言いながら、いったん高野内たちの前から去り、奥の机の椅子に座っている男のほうへ向かった。
35歳くらいのメガネをかけた大柄な男だった。
男は、浅井と一緒に高野内たちのそばに来ると、警察手帳を見せ、
「私は、野崎寛明(ノザキ・ヒロアキ)といいます」
と言った。野崎という、その男は、肩書きは警部のようだ。
「昨年、池谷哲雄という銀行員が、中央線で痴漢をしたとして、逮捕したのは、お宅の分駐所と聞いたのですが」
と、園町が言うと、野崎は、
「ああ、被害者の女性の人が他の男性客と一緒に捕まえて、うちの分駐所に連れて来たんだよ。俺が、池谷に手錠をかけたからな」
今度は、高野内が、
「池谷哲雄が痴漢をしたというのは、どの列車のどの車両かわかりますか?」
すると、野崎は、
「ちょっと待ってくれ」
と言ったあと、資料を取り出して、
「えーっと、列車番号は、656Tの青梅発東京行き快速で、車両は2号車だよ。つまり、前から2両目の車両だよ。犯行時刻は、被害者などの証言から、午前7時35分頃だ」
それを聞いた高野内は、疑うような顔で、
「被害者の住川光恵は、本当に2号車で痴漢に遭ったのですか?」
「何かね? その女性がでっち上げたと言うのかね?」
野崎は、怒ったような声を出した。
「住川光恵は、今朝、中央線の快速電車で亡くなったのですけど、そのとき乗車していた場所は、女性専用車の1号車ですよ」
「それがどうかしたのかね?」
と、野崎。
「我々は、住川光恵が亡くなった件については、殺人として捜査をしているのですが、住川は、女性専用車をいつも利用していたとみています」
「住川さんは、痴漢に遭ったことがあるのだから、女性専用車を利用してもおかしくないだろう」
「池谷哲雄の件は、私は、本当に痴漢行為があったのか、疑わしいのですが」
「なぜかね?」
「7時台の中央線快速は、平均混雑率は、200パーセントを大幅に上回るのですよ。ところで、平日朝の中央線快速の東京行きには、女性専用車が1両設定されています。女性専用車は、ラッシュ時にしては比較的空いていますが、一般車両は、平均混雑率よりも大幅に混雑しているはずです。特に女性専用車に隣接する一般車両の2号車はなおさらです。なぜ、住川光恵は、女性専用車にいなかったのでしょうかね?」
「専用車に乗ろうが乗るまいが、その女性の勝手だ! それに住川さんは、先頭の車両の暖房が効きすぎていたから、車掌に苦情を言おうと車内移動していたら、池谷哲雄に痴漢されたと言っている。別におかしいことないだろ?」
と、野崎は、言った。
今度は、園町が、
「野崎警部は、こんな女の証言を信用するのですか?」
と、驚いたように言った。
「何が言いたいのかね?」
「混雑率200パーセントを上回る電車で、先頭の車両にいたのが、暖房の効きすぎぐらいで、車掌のいる最後尾の車両までわざわざ移動しようなんて、普通考えますか? まして、中央線快速電車は、10両編成ですよ。わざわざ車掌のいるところまで行きますか? 俺だったら、暖房が効きすぎても、そこまでしようなんて考えないですけどね」
すると、野崎は、さらに顔を赤くしながら、
「被害者は、会社に遅刻するのを承知の上で、わざわざ、容疑者を降ろして、分駐所へ連れて来たんだ! そんな女性がでっち上げるもんか!」
それを聞いた高野内は、
「裏づけを取らずに、そんな女の証言を鵜呑みにするから、痴漢冤罪事件はなくならないんですよ。野崎警部、あなたのおかげで、池谷さんが住川光恵に痴漢をしたのは、冤罪事件だと、確信を持てるようになりましたよ」
と言い、高野内と園町は、
「では、失礼します」
と、頭を下げた後、分駐所をあとにした。
そして、新宿駅構内の飲食店で、遅めの昼食をとったあと、中央線快速で、東京駅へ戻った。
「何かご用でしょうか?」
20代後半くらいの男性刑事が出てきた。
高野内と園町は、警察手帳を見せながら、
「鉄道警察隊東京駅分駐所の高野内です」
「同じく東京駅分駐所の園町です」
すると、その刑事は、
「私は、浅井寿(アサイ・ヒサシ)といいます」
と、警察手帳を見せながら言い、分駐所の中へ案内した。
高野内が、
「去年の12月1日のことなのだが、中央線の車内で痴漢をしたとして逮捕された、池谷哲雄という人について聞きたいのだが」
すると、浅井は、
「ちょっとお待ちください」
と言いながら、いったん高野内たちの前から去り、奥の机の椅子に座っている男のほうへ向かった。
35歳くらいのメガネをかけた大柄な男だった。
男は、浅井と一緒に高野内たちのそばに来ると、警察手帳を見せ、
「私は、野崎寛明(ノザキ・ヒロアキ)といいます」
と言った。野崎という、その男は、肩書きは警部のようだ。
「昨年、池谷哲雄という銀行員が、中央線で痴漢をしたとして、逮捕したのは、お宅の分駐所と聞いたのですが」
と、園町が言うと、野崎は、
「ああ、被害者の女性の人が他の男性客と一緒に捕まえて、うちの分駐所に連れて来たんだよ。俺が、池谷に手錠をかけたからな」
今度は、高野内が、
「池谷哲雄が痴漢をしたというのは、どの列車のどの車両かわかりますか?」
すると、野崎は、
「ちょっと待ってくれ」
と言ったあと、資料を取り出して、
「えーっと、列車番号は、656Tの青梅発東京行き快速で、車両は2号車だよ。つまり、前から2両目の車両だよ。犯行時刻は、被害者などの証言から、午前7時35分頃だ」
それを聞いた高野内は、疑うような顔で、
「被害者の住川光恵は、本当に2号車で痴漢に遭ったのですか?」
「何かね? その女性がでっち上げたと言うのかね?」
野崎は、怒ったような声を出した。
「住川光恵は、今朝、中央線の快速電車で亡くなったのですけど、そのとき乗車していた場所は、女性専用車の1号車ですよ」
「それがどうかしたのかね?」
と、野崎。
「我々は、住川光恵が亡くなった件については、殺人として捜査をしているのですが、住川は、女性専用車をいつも利用していたとみています」
「住川さんは、痴漢に遭ったことがあるのだから、女性専用車を利用してもおかしくないだろう」
「池谷哲雄の件は、私は、本当に痴漢行為があったのか、疑わしいのですが」
「なぜかね?」
「7時台の中央線快速は、平均混雑率は、200パーセントを大幅に上回るのですよ。ところで、平日朝の中央線快速の東京行きには、女性専用車が1両設定されています。女性専用車は、ラッシュ時にしては比較的空いていますが、一般車両は、平均混雑率よりも大幅に混雑しているはずです。特に女性専用車に隣接する一般車両の2号車はなおさらです。なぜ、住川光恵は、女性専用車にいなかったのでしょうかね?」
「専用車に乗ろうが乗るまいが、その女性の勝手だ! それに住川さんは、先頭の車両の暖房が効きすぎていたから、車掌に苦情を言おうと車内移動していたら、池谷哲雄に痴漢されたと言っている。別におかしいことないだろ?」
と、野崎は、言った。
今度は、園町が、
「野崎警部は、こんな女の証言を信用するのですか?」
と、驚いたように言った。
「何が言いたいのかね?」
「混雑率200パーセントを上回る電車で、先頭の車両にいたのが、暖房の効きすぎぐらいで、車掌のいる最後尾の車両までわざわざ移動しようなんて、普通考えますか? まして、中央線快速電車は、10両編成ですよ。わざわざ車掌のいるところまで行きますか? 俺だったら、暖房が効きすぎても、そこまでしようなんて考えないですけどね」
すると、野崎は、さらに顔を赤くしながら、
「被害者は、会社に遅刻するのを承知の上で、わざわざ、容疑者を降ろして、分駐所へ連れて来たんだ! そんな女性がでっち上げるもんか!」
それを聞いた高野内は、
「裏づけを取らずに、そんな女の証言を鵜呑みにするから、痴漢冤罪事件はなくならないんですよ。野崎警部、あなたのおかげで、池谷さんが住川光恵に痴漢をしたのは、冤罪事件だと、確信を持てるようになりましたよ」
と言い、高野内と園町は、
「では、失礼します」
と、頭を下げた後、分駐所をあとにした。
そして、新宿駅構内の飲食店で、遅めの昼食をとったあと、中央線快速で、東京駅へ戻った。