浜崎ヒカルのブログ推理小説

ブログを利用して推理小説を書いています。 鉄道ミステリーが中心になります。

2006年12月

 午後12時半過ぎ、高野内と園町は、鉄道警察隊新宿駅分駐所に到着した。
「何かご用でしょうか?」
 20代後半くらいの男性刑事が出てきた。
 高野内と園町は、警察手帳を見せながら、
「鉄道警察隊東京駅分駐所の高野内です」
「同じく東京駅分駐所の園町です」
 すると、その刑事は、
「私は、浅井寿(アサイ・ヒサシ)といいます」
 と、警察手帳を見せながら言い、分駐所の中へ案内した。
 高野内が、
「去年の12月1日のことなのだが、中央線の車内で痴漢をしたとして逮捕された、池谷哲雄という人について聞きたいのだが」
 すると、浅井は、
「ちょっとお待ちください」
 と言いながら、いったん高野内たちの前から去り、奥の机の椅子に座っている男のほうへ向かった。
 35歳くらいのメガネをかけた大柄な男だった。
 男は、浅井と一緒に高野内たちのそばに来ると、警察手帳を見せ、
「私は、野崎寛明(ノザキ・ヒロアキ)といいます」
 と言った。野崎という、その男は、肩書きは警部のようだ。
「昨年、池谷哲雄という銀行員が、中央線で痴漢をしたとして、逮捕したのは、お宅の分駐所と聞いたのですが」
 と、園町が言うと、野崎は、
「ああ、被害者の女性の人が他の男性客と一緒に捕まえて、うちの分駐所に連れて来たんだよ。俺が、池谷に手錠をかけたからな」
 今度は、高野内が、
「池谷哲雄が痴漢をしたというのは、どの列車のどの車両かわかりますか?」
 すると、野崎は、
「ちょっと待ってくれ」
 と言ったあと、資料を取り出して、
「えーっと、列車番号は、656Tの青梅発東京行き快速で、車両は2号車だよ。つまり、前から2両目の車両だよ。犯行時刻は、被害者などの証言から、午前7時35分頃だ」
 それを聞いた高野内は、疑うような顔で、
「被害者の住川光恵は、本当に2号車で痴漢に遭ったのですか?」
「何かね? その女性がでっち上げたと言うのかね?」
 野崎は、怒ったような声を出した。
「住川光恵は、今朝、中央線の快速電車で亡くなったのですけど、そのとき乗車していた場所は、女性専用車の1号車ですよ」
「それがどうかしたのかね?」
 と、野崎。
「我々は、住川光恵が亡くなった件については、殺人として捜査をしているのですが、住川は、女性専用車をいつも利用していたとみています」
「住川さんは、痴漢に遭ったことがあるのだから、女性専用車を利用してもおかしくないだろう」
「池谷哲雄の件は、私は、本当に痴漢行為があったのか、疑わしいのですが」
「なぜかね?」
「7時台の中央線快速は、平均混雑率は、200パーセントを大幅に上回るのですよ。ところで、平日朝の中央線快速の東京行きには、女性専用車が1両設定されています。女性専用車は、ラッシュ時にしては比較的空いていますが、一般車両は、平均混雑率よりも大幅に混雑しているはずです。特に女性専用車に隣接する一般車両の2号車はなおさらです。なぜ、住川光恵は、女性専用車にいなかったのでしょうかね?」
「専用車に乗ろうが乗るまいが、その女性の勝手だ! それに住川さんは、先頭の車両の暖房が効きすぎていたから、車掌に苦情を言おうと車内移動していたら、池谷哲雄に痴漢されたと言っている。別におかしいことないだろ?」
 と、野崎は、言った。
 今度は、園町が、
「野崎警部は、こんな女の証言を信用するのですか?」
 と、驚いたように言った。
「何が言いたいのかね?」
「混雑率200パーセントを上回る電車で、先頭の車両にいたのが、暖房の効きすぎぐらいで、車掌のいる最後尾の車両までわざわざ移動しようなんて、普通考えますか? まして、中央線快速電車は、10両編成ですよ。わざわざ車掌のいるところまで行きますか? 俺だったら、暖房が効きすぎても、そこまでしようなんて考えないですけどね」
 すると、野崎は、さらに顔を赤くしながら、
「被害者は、会社に遅刻するのを承知の上で、わざわざ、容疑者を降ろして、分駐所へ連れて来たんだ! そんな女性がでっち上げるもんか!」
 それを聞いた高野内は、
「裏づけを取らずに、そんな女の証言を鵜呑みにするから、痴漢冤罪事件はなくならないんですよ。野崎警部、あなたのおかげで、池谷さんが住川光恵に痴漢をしたのは、冤罪事件だと、確信を持てるようになりましたよ」
 と言い、高野内と園町は、
「では、失礼します」
 と、頭を下げた後、分駐所をあとにした。
 そして、新宿駅構内の飲食店で、遅めの昼食をとったあと、中央線快速で、東京駅へ戻った。

 分駐所に戻った高野内たちは、元N生命セールスレディの森本愛子と、R銀行の行員だった池谷哲雄について、調べることにした。
 本庁から、愛子と池谷の2人の情報が書かれたファックスが、次々と送られてきた。
 その結果、森本愛子については、次のことがわかった。
 年齢29歳。兵庫県姫路市出身。高卒後、東京にあるN女子大学に進学し、同期生だった住川光恵と知り合う。在学中は仲の良い親友同士だったと、周囲の人はみていた。卒業後、共にN生命に入社したという。現在は、N生命を解雇され、姫路の実家に戻っている。
 池谷哲雄については、次のことがわかった。
 兵庫県神戸市出身。大卒後、R銀行に入社し、東京の支店に勤務していた。住川光恵とつき合っていたが、別れたあと、森本愛子と仲良くなり、婚約もしていた。しかし、2005年12月1日、通勤途中の中央線の電車内で、住川光恵に痴漢として警察に突き出され、逮捕された。そして、のち起訴された。池谷は、犯行を否認していたが、1審目に有罪の判決を受けた。弁護側は、控訴を勧めたが、池谷は、数日後、自殺を図った。
 それを知った高野内は、
「池谷哲雄さんが痴漢扱いされて自殺した件と、今回、住川光恵が殺された件、何か関係ありそうですね」
 と言うと、田村警部は、うなずきながら、
「そうだな。池谷哲雄という人が、痴漢として突き出された日が、ちょうど去年の同じ日だし、何かありそうだな」
 と言ったあと、高野内たちに、
「高野内君、園町君、去年の12月1日の、池谷哲雄が痴漢として逮捕された日のことについて、詳しく調べに行ってくれ」
 高野内と園町は、再び本庁からのファックスに目を向けた。
 池谷哲雄を逮捕した警察は、鉄道警察隊新宿駅分駐所であることが判明した。
 高野内は、
「これから、園町と一緒に、新宿駅分駐所へ行ってきます」
 高野内と園町は、中央線ホームに行き、中央線快速に乗って、新宿へ向かった。

 高野内、園町、貴代子、窈子の4人の刑事は、N生命丸の内支店へ到着した。
 受付係の女性に警察手帳を見せると、
「ちょっとお待ちください」
 と言い、それからまもなく内線電話をかけた。
 しばらくすると、50代半ばの太った男がやってきた。
 受付係が、
「支店長、警察の方です」
 と言うと、男は、高野内たちのほうを向いて、
「私、丸の内支店の黒田(クロダ)といいます」
 高野内は、警察手帳を見せて、黒田に、
「住川光恵さんが、今日の中央線電車の車内で亡くなりました。警察では、殺人の疑いで調べています。住川さんが、誰かに恨まれていたとか、何かご存知の情報とかありませんか?」
 すると、黒田は、表情を変えながら、
「住川君が殺されたのですか?」
 今度は、園町が、
「そうです」
 すると、黒田は、
「住川君は、うちの優秀なセールスレディです。保険契約の成立件数も上位のほうですし。だから、支店の者は、みんな住川君のことを優秀だと認めていますよ。ただ、彼女のプライベートな面については私は知りかねます。しかし、彼女が恨まれるような人には見えませんね」
 黒田の表情は、何か不自然な感じだった。
 高野内たちは、住川光恵のいた営業関係の部署のところの同僚にも、光恵について聞いてみることにした。
 住川光恵と同じ部署ののセールスレディに、大沢美保子(オオサワ・ミホコ)という30歳の女がいる。細身の女で、中央線沿線の立川市に住んでいるという。
 高野内が、光恵が中央線の電車内で殺害されたことを言うと、美保子は、
「光恵が殺されたのですか?」
 高野内は、
「そうです。それで、住川さんが誰かに恨まれていたとか、何か情報はありませんか?」
「あの女は、誰にでも恨まれているんじゃないですか」
「えっ、そうなのですか? 黒田支店長は、優秀な人だと言っていましたが」
「そういっているけど、支店長も、うちの支店の人たち、ほとんどみんな、あの女のことを嫌っていますわ。何かと同僚には嫌がらせはするし、自分勝手なことは言うし、あと、いろいろ変なところがあったのです」
「変なところといいますと?」
「何といったらいいのかしら。例えていうなら、自分が嫌になって着なくなって手放した服を、他の人が上手く着こなしているのを見ると、またとりあげて自分のものにしたがるというべきと思いますわ。本当に自分勝手ですわ」
 美保子は、腹立たしそうに言った。話し方から、光恵を相当嫌っているようだった。
「住川さんを特に恨んでいたと思われる人物、誰か思い浮かびませんか?」
 と、貴代子が聞くと、美保子は、
「光恵は、いろんな人に恨まれていたと思います」
 と言ったあと、
「そういえば、光恵は、自分の元彼氏を痴漢として突き出したことがあるんです」
「元彼氏といいますと、誰ですか?」
 と、貴代子は聞いた。
「池谷哲雄(イケタニ・テツオ)さんという、R銀行の銀行マンです。光恵は、自分からふったのに、池谷さんが他の女性とうまく付き合っているのを見ると、露骨に邪魔しようとしていましたわ」
「池谷さんは、住川さんと別れた後、誰とつきあっていたかご存知ありませんか?」
「うちのセールスレディにいた森本愛子(モリモト・アイコ)さんと仲良くやっていましたわ。すると、光恵は、いつもねたむようになっていきましたわ」
「森本さんという方は、今日も出勤されていますか?」
「いいえ、愛子は、辞めさせられたのです」
「何か問題をおこしたのですか?」
「光恵が、池谷さんを痴漢として突き出した後、愛子は、池谷さんが痴漢をするわけがない、でっち上げよ、と、光恵を責めたのです。それで、言い争いになって、光恵のほうが暴力ふるってきたのです。それをかわそうとした愛子が、誤って光恵に怪我をさせてしまって、それが問題になって、愛子のほうがクビになったのですわ。本当は、光恵のほうが悪いと思うのに…」
「どうして、住川さんは、クビにならずに、森本さんのほうがクビになったのですか」
 と、高野内が聞くと、
「光恵は、いろいろ問題があってみんなから嫌われていますけど、保険セールスの売上記録が良かったからです。それに対して、愛子のほうは売上が低かったのです。それで、愛子のほうが悪者にされたのです。もし、2人の売上高が逆だったら、光恵のほうがクビになっていましたわ」
 それを聞いた高野内たちは、森本愛子についてもいろいろ質問をした。
 それによると、愛子は、光恵と同じ年で、大学からの同期生で、N生命にも、同時期に入社したと言う。
 保険のセールス記録は高くないが、社内での評判は、それほど悪くなかった。
 R銀行行員の池谷哲雄とは、婚約へ至っていたという情報もあった。
 高野内たちは、分駐所に戻って、森本愛子と池谷哲雄について、再度調べて見ることにした。

 分駐所に戻った高野内と園町、一時窈子は、上司の田村正彦(タムラ マサヒコ)警部に、被害者の身元や住所、勤務先などを報告した。田村は、58歳の長身の男である。
 しばらくすると、分駐所の電話が鳴り、田村は、電話に出た。
「はい、こちら、鉄道警察隊東京駅分駐所ですが」
 田村は、電話で何か話していた。
 そして、5、6分ほど離すと、
「ありがとうございました。失礼します」
 と、言いながら、電話を切った。
「害者の住川光恵の死因が判明した。凶器は、害者のバッグから出てきたニコチンの濃縮液を塗った毒針と思われるが、それで指を傷つけたことによる呼吸器麻痺ということだ。」
 と、高野内たちの方を向いて言った。
 それに続くように、
「あと、住川光恵は、1年前の同じ日の朝に、中央線快速電車の中で痴漢を突き出したことがわかったのだが、突き出した人物が、元彼氏で、逮捕、起訴されてまもなく自殺していたこともわかった」
 それを聞いた高野内は、
「1年前の同じ日ですか?」
 と、少し驚いたような声を出した。
 園町は、
「偶然でしょうかね?」
 と、言い、窈子は、
「何か関連があるか、調べてみたいですね」
 田村は、
「そうだな」
 と、言ったあと、
「害者の勤務先から、害者について調べてみてくれ」
 その矢先、私服で痴漢などの取り締まりに出ていた、磯野貴代子(イソノ キヨコ)警部補と、隊員の中で最も若い堀西真希(ホリニシ マキ)が戻ってきた。
 貴代子は、40歳で、男勝りの女刑事で、行動力や犯罪者の検挙力は、高い評価を受けている。
 真希は、20歳の巡査で、普段は、制服姿でパトロールすることが多いが、ときには、私服姿で捜査することがある。
「ただいま戻りました」
 田村は、
「磯野君、堀西君、ごくろうだったな」
 と言い、そして、
「じゃあ、磯野君、高野内君、園町君、一時君は、害者の勤務先のN生命に行ってくれ」
 高野内、園町と、貴代子、窈子は、東京駅から徒歩圏内にある、N生命丸の内支店へ向かった。

 9時10分、東海道本線普通電車が東京駅に着くと、私服で警乗していた、鉄道警察隊の高野内豊(タカノウチ ユタカ)と、園町隆史(ソノマチ タカシ)は、降りていく乗客たちに対して目を光らせながら、電車を降りた。
 近年、電車内では、スリや痴漢などの被害が増加している。高野内と園町は、スリや痴漢などの犯罪摘発のための警乗を終えて、東京駅構内にある分駐所へ戻ろうとしていた。
 高野内は、警視庁鉄道警察隊東京駅分駐所に勤務する35歳の巡査部長である。園町も、同じ分駐所の隊員で、高野内よりは若く32歳。2人とも、アウトドアとドライブが趣味である。
 電車から降りてまもなく、高野内と園町の携帯無線から呼び出しがかかった。
「東京駅に到着した中央線快速電車の女性専用車で、女が死亡している模様。鉄警隊員は、すぐに急行せよ…」
 高野内は、
「こちら、鉄警の高野内です。すぐに中央線ホームへ向かいます」
 と、返事をして、園町に、
「園町、中央線ホームへ急ごう!」

 高野内と園町の2人は、東京駅3階に位置する中央線ホームへ到着した。ホームには、オレンジ色の電車が停車している。高野内たちとほぼ同時に、同じ鉄道警察隊の他の刑事や制服警官も走ってきた。
 現場は、東京駅に到着した中央線快速電車の1号車である。平日の朝ラッシュ時は、女性専用車になる車両で、それを示すステッカーが窓に貼られている。
 車内には、大柄で肥えた女が倒れていた。もう既に息はなかった。
 20代前半くらいのOL風の女性客は、
「突然、この女の人の身体が私に寄りかかってきたので、注意したんです。そうしたら、今度は、床に倒れて、こういうことになったのです」
 と、顔を蒼くしながら言った。
 運転士の男性は、
「駅に到着したら、いきなりお客様が騒がれる声が聞こえたので、話を聞いてみたら、お客様が倒れていたのです」
 そうしているうちに所轄から鑑識員などが来て、現場撮影や証拠収集も行なわれた。
 鉄道警察隊員も、被害者の身元を調べることにした。
 鉄道警察隊員の一時窈子(ヒトトキ ヨウコ)は、被害者のバッグの中を調べていた。窈子も、鉄道警察隊東京駅分駐所の隊員で、30歳の小柄な女刑事である。
 窈子は、驚いたような声で、
「あっ、被害者のバッグの中から、こんなものが出てきました」
 と言いながら、コルク玉に針を多数刺してイガグリ状にしたものを取り出した。
 窈子自身も、自分の指などを刺さないようにしながら、袋に入れて、鑑識員に渡した。
 そして、被害者の身元も判明した。
 バッグに社員証があったのだ。
 氏名は、住川光恵(スミカワ ミツエ)。29歳。東京都青梅市在住で、N生命丸の内支店に勤務している、セールスレディらしい。
 被害者の住川光恵の遺体は、担架に載せられ、所轄へ警察署へ運ばれることとなった。
 高野内や園町、一時窈子などの鉄道警察隊員も、発見者や目撃者などの住所と氏名などを聞いてから、分駐所に戻ることにした。
 発見したのは、国分寺市在住の平田真由という23歳の女性で、通勤途中だったという。被害者の光恵とは、何の面識もないらしい。
「害者の周りの人間を調べよう」
 と言いながら、高野内たちは、分駐所へ戻った。

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