浜崎ヒカルのブログ推理小説

ブログを利用して推理小説を書いています。 鉄道ミステリーが中心になります。

2007年01月

 分駐所に戻ると、田村警部や貴代子、窈子が出勤していた。
「ごくろうだったな」
 と、田村警部が言うと、高野内は、田村に、捜査した内容や、森本愛子のアリバイトリックを説明した。
 すると、田村は、
「よし、森本愛子の逮捕状を請求しに行ってくれ」
 そして、高野内は、裁判所へ、森本愛子の逮捕状を請求した。
 午後には、逮捕状が発行された。
 逮捕状を手にした高野内は、少しやりきれない気持ちで、田村に、
「ついに、森本愛子の逮捕状が出ました。事件解決ですね」
 田村は、
「そうだな」
 と、言ったあと、
「よし、高野内君、園町君、一時君は、令状を持って、森本愛子を逮捕しに行ってくれ」
「わかりました」
 そして、高野内、園町、窈子の3人は、新幹線で姫路へ行き、駅から乗用車のレンタカーを借りて、姫路市にある森本愛子の自宅へ向かった。
 高野内運転のレンタカーは、20分ほど走り、郊外の住宅街へ入った。
 そして、『森本』の表札のかかった2階建ての一戸建て住宅の前に車を止めた。
 時刻は、午後9時半を過ぎている。
 高野内が、門の横のチャイムを鳴らすと、中年過ぎの男が出てきた。
「夜分にすいません。私たち、警視庁鉄道警察隊の者です」
 と、高野内は言いながら、警察手帳を、出てきた男に見せた。
 男は、不快そうに、
「東京の刑事さんが、夜中に何の用ですか?」
「森本愛子さんのお宅でしょうか?」
 と聞くと、相手は、
「そうですが、娘の愛子が何かしたのでしょうか?」
 と、少し狼狽したような声を出した。
「愛子さんには、中央線電車で起きた殺人事件の容疑がかかっています。逮捕状も出ています」
 と、高野内は言い、窈子が、バッグを開けて、逮捕状を見せた。
 すると、愛子の父親は、
「そんな。うちの愛子が…」
 と、一瞬取り乱しそうになったが、すぐに、愛子を呼びに、いったん、家へ入った。
 そして、愛子を連れて、高野内たちの前に出てきた。母親も出てきた。
 高野内は、愛子のほうを向くと、
「森本愛子さん、あなたを、住川光恵殺人の容疑で、逮捕します」
 と言いながら、手錠をかけた。
 丁寧な口調で言ったのは、愛子のほうが憎めなかったからである。
 高野内たちは、愛子をレンタカーの後部席に乗せると、姫路市内の警察署へ向かった。
 翌朝、東京へ身柄を送るのだが、時間があるため、姫路市内の署で、取り調べることにした。
 高野内たちが、住川光恵殺人のトリックやアリバイトリック、奥田由香が光恵の出勤時間を教えたことなどを説明すると、愛子は、容疑を認める供述をした。
 供述内容は、高野内たちの推理内容どおりだった。
「光恵だって、哲雄さんを殺したようなものだわ」
 と、愛子が言うと、高野内は、
「確かに、住川光恵のやった行為は許せませんよ。しかし、いくら住川光恵が、そんな人間でも、世の中に殺されていい人間は、一人もいないんです。亡くなった哲雄さんも、きっと、悲しんでいるに違いありません」
 それを聞いた愛子は、しばらく黙り込んで、涙を流した。


 THE END

 12月3日の午後8時過ぎ、高野内と園町は、ボストンバッグを片手に、分駐所を出て、東海道新幹線ホームへ向かった。
 改札を通り、19番ホームへ行き、列車の入線を待った。
 しばらくすると、20時30分発の『のぞみ97号』岡山行きが入ってきた。岡山へ行く新幹線の中では、最終列車である。
 高野内と園町は、森本愛子がアリバイトリックに使った行動を再現するために、岡山へ向かっている。岡山で、上り『富士』『はやぶさ』の併結列車に乗るつもりなのは、いうまでもない。
 23時56分、『のぞみ97号』が、終点の岡山に着くと、在来線連絡口を通り、14番ホームへ向かった。
 岡山は、県庁所在地でもある60万都市の岡山市の代表駅であり、山陰や四国方面への乗換駅という役割もあるので、地方都市の駅にしては、規模が大きい。
 在来線部分は、橋上化されていて、窓口や改札口のほか、店舗が入居しているが、深夜なので、閉店していた。
 高野内と園町は、橋上駅舎を通り、階段を下りて、14番ホームへ入った。
 上り『富士』『はやぶさ』が入線するまで、かなり時間があるので、高野内と園町は、ベンチで腰を下ろした。
「あの人を疑わなければならないのは、なんか辛いですね」
 と、園町が言うと、高野内は、
「俺も、あのかわいらしい感じの女性を犯人扱いしたくないよ。彼女は、大事な婚約者を、心無き者によって、死に追いやられたからな。でも、あの人は、犯罪事件の容疑者であることには変わりない。刑法犯罪が起きた以上、容疑者を捕まえて、罪を償ってもらう方向へ進めるのが、俺たちの使命だからな」
 と、堂々とした態度を見せながら言った。しかし、辛い気持ちがあるのを隠し切れていないせいか、
「そういう高野内さんも、本当は、森本さんを捕まえるのは、気分的にすっきりしないんでしょう」
「まあ、そう言われれば否定できないな…」
 時間は経ち、ホームの時計は、0時46分になった。日付は、12月4日。
 下関方向へ目を向けると、遠方から、光が近づいてきた。ヘッドライトの光のようだ。
 それは、電気機関車に牽引された寝台特急列車だった。
 『富士』『はやぶさ』の併結列車である。列車は、14番ホームに横付けされた。
 高野内と園町は、ベンチから立ち、一番後ろの客車から、車内に入った。1号車で、開放式の2段ベッドのB寝台車である。
 列車は、2分後の0時48分に発車した。深夜なので、案内放送を停止していた。
 高野内と園町は、空いた寝台の下段ベッドに腰を下ろして、進行方向左側の窓の外を眺めていた。
 岡山は、駅付近の中心市街地は、地方にしては、ビルのネオン看板などが多いが、まもなく見えなくなり、窓の外は、暗闇になった。
 まもなく、車掌がやってきた。JR西日本の制服を着た、中年過ぎの人だった。
「恐れ入りますが、切符を拝見させていただきます」
 と、車掌が言うと、高野内と園町は、警察手帳を見せて、
「鉄道警察隊の者ですが、捜査のために乗車しています」
 すると、車掌は、少し驚いたような顔で、
「そうでしたか。なにかあれば、私も協力させていただきますが」
「できれば、個室を利用したいのですが、空いていますかね?」
「申し訳ありませんが、個室寝台は、すべて満席です。2段ベッドのほうは、各車両に空いた席がありますので、ご自由に使われて構いません」
「わかりました」
 と、高野内が言うと、車掌は、去っていった。
 高野内と園町は、そのまま腰を下ろすことにした。
 列車は、暗闇の中をひたすら走っていく。
 途中、大阪と米原では、乗務員交代のための運転停車があった。
 5時16分、岡山の次の停車駅である、名古屋に停車した。冬で、日が短い時期のため、まだ外は暗い。中部地方一の大都市、名古屋市の代表駅であるが、早朝のせいか、ホームの客はわずかだった。
 5時19分、列車は、名古屋駅を発車した。次の停車駅は、浜松である。
 高野内と園町は、下段ベッドに座ったまま、窓の外を眺めていた。
 6時25分頃、高野内と園町は、ベッドから立ち、ジャンパーを脱いだ。
 そして、ボストンバッグに入れていた帽子と黒いコートを着用し、サングラスをかけて、他の車両に移動した。
 後ろから4両目の車両のデッキに入ったとき、列車がホームに横付けしようとしているのが、目に入った。
「よし、この車両から降りよう」
 『富士』『はやぶさ』併結列車が、定時の6時30分に、浜松駅のホームに横付けされると、高野内と園町は、急いで列車を降りた。
 そして、新幹線改札を通り、上り新幹線ホームへ向かった。
 新幹線ホームでしばらく待つと、『ひかり430号』入線の案内放送があった。発車時刻は、6時57分。
 『ひかり430号』が入線すると、高野内と園町は、自由席車両に乗り、空いた席に座った。
 新幹線『ひかり430号』は、途中、静岡に停車したあと、品川には、8時9分に到着した。
 品川駅で、新幹線を降りた、高野内と園町は、山手線ホームへ向かった。
 そして、8時19分発の外回りに乗った。平日の朝なので、混雑していた。
 電車は、大崎、五反田、目黒、恵比寿、渋谷、原宿、代々木の各駅に停車し、新宿には、8時38分に到着した。新宿では、多くの乗り降りがあった。
 電車を降りたあと、高野内は、
「さっきの山手線が、新宿に着いたのが、8時38分で、問題の通勤特別快速が入線するのが8時55分だから、十分間に合う」
 高野内と園町は、中央線快速の入線するホームへ行き、事件があった列車と同じ、724T通勤特別快速が入線すると、前から2両目の車両に乗った。
 先頭の女性専用車は、比較的空いているが、他の車両は、かなり混雑していた。特に2両目の車両の混雑が激しい。
 高野内と園町は、貫通路の扉のガラス越しに、女性専用車の様子を眺めていた。
「あれが、1日に事件があった車両ですね。それにしても、マナーがひどいですね」
 と、園町は、あきれたような顔になった。
 確かに、車内で化粧したり、飲食したり、携帯電話をかけまくっている乗客が多かった。
「異性がいないのをいいことに、リラックスしすぎたんだな」
 高野内は、苦笑した。
「ひょっとして、住川光恵も、車内で化粧したり、飲食する習慣があったのではないでしょうか?」
「俺もそう思うし、森本愛子も、それを知っていたんじゃないかと思う。だから、バッグに毒針の刺さったコルク玉を忍ばせる方法を使ったのだよ。それに、女性専用車の車内だと、リラックスしすぎて、警戒心がほとんどなくなっているだろうし」
「そして、バッグに凶器を忍ばせた森本愛子は、次の四ツ谷で降りたわけですね」
「そのとおり」
 9時頃、通勤特別快速は、四ツ谷に停車した。
 高野内と園町は、四ツ谷で降りると、JRの改札を出て、東京メトロ丸の内線乗り場へ向かった。
 そして、9時12分発の池袋行きの電車に乗った。
 電車は、9時23分に、東京駅に到着した。
 東京駅に着くと、地下鉄の改札の外に出て、再びJRの改札内に入った。
 そして、10番ホームへ向かった。
 9時58分が近づいた頃、ホームのアナウンスが、
「まもなく10番線に到着の列車は、当駅に停車ののち、車庫に回送となります。ご乗車になれません」
 と告げた。
 それからまもなく、青い電気機関車に牽かれた青い客車の列車が近づいてくるのが見えた。
 『富士』『はやぶさ』の併結列車である。
 10番ホームに横付けし、ドアが開くと、乗客たちが降りてきた。
 高野内と園町は、車掌室から比較的はなれた4号車のドアから、降りてくる客と強引にすれ違いながら、車内に入った。
 そして、最後尾の1号車へ行き、変装を解いて、ジャンパーに着替え、コートや帽子やサングラスは、バッグにしまった。
 それから、バッグを持って、1号車のドアから降りた。
 ドアの横の車掌室では、車掌が、乗務員窓を開けて、様子を確認していた。
 高野内は、
「車掌さん、私たち、実は、途中下車したのですけど、わかりましたかね?」
 と聞くと、車掌は、驚いた表情で、
「えっ、どこで降りられたのですか?」
「ある捜査のためですけど、途中の浜松で降りて、新幹線で、東京へ行って、さっき、また車内に戻ったのですよ。本当に気づかなかったのですか?」
「ええ。気づきませんでした」
 それを聞いた高野内と園町は、
「そうですか。わかりました。ご協力ありがとうございました」
 と言って、『富士』『はやぶさ』の止まっているホームをあとにして、分駐所に戻った。
「これで、森本愛子にアリバイが成立しないことが証明されたな」

 午後1時半頃、高野内と園町は、東京駅分駐所に戻った。
「これで、森本愛子が、住川光恵のバッグに凶器の毒針を忍ばせたのは、間違いないと、ますます確信が持てるようになった。で、こういう手段を選んだのは、住川光恵がバッグの中に手を入れれば、小柄な森本愛子でも、確実に大柄な住川光恵を殺すことができると考えれば、納得がいく」
 と、高野内は、自信ありそうに言った。
 すると、園町は、
「しかし、森本愛子には、ブルートレイン『富士』に乗っていたというアリバイがありますから、どうやって崩すかが問題ですね」
「そうなんだよ。『富士』が東京に着くのは、害者が乗っていた中央線電車が東京に着くよりも、遅い時間なんだ。でも、姫路に住んでいる森本愛子が、姫路に止まらない『富士』に、逆方向の岡山まで行って乗ること自体、不自然すぎる。だから、アリバイ作りのために、『富士』を選んだとしか考えられないんだ」
「そうですね。作られたアリバイである以上、なんとしてでも崩しましょう」
 と、園町が言うと、高野内は、
「そうだな」
 と言いながら、再び時刻表に眼を向けた。
 『富士』が、岡山を発車したのは、0時48分。次の停車駅は、名古屋で、5時16分に停車し、5時19分に発車する。次の停車駅は、浜松である。
 名古屋発車後に、森本愛子は、車掌から、頭痛薬をもらっていた。
 さらに、6時前後、別の車掌に、食堂車か売店がないかどうかも尋ねていた。その時間は、列車は、名古屋と浜松の間を走っていたはずである。
 浜松駅に停車するのが、6時30分で、31分には、発車する。
 浜松を出た『富士』は、静岡、富士、沼津、熱海、横浜に停車し、終点の東京には、9時58分に到着する。
 時刻表を見ていた高野内は、突然、
「ひょっとして、アリバイが崩せるかもしれない!」
「本当ですか?」
「ああ。『富士』が浜松に着くのが、6時30分。浜松で、東海道新幹線の上りの6時57分発『ひかり430号』に乗り換えれば、品川へ8時9分に着く。品川から、山手線に乗り換えれば、新幹線と在来線の乗り換え時間を含めても、30分くらいで新宿へ行くことが可能だよ。害者が乗っていた通勤特別快速が、新宿を出るのが、8時55分だから、十分間に合う」
「なるほど。じゃあ、森本愛子は、新宿から、中央線の通勤特別快速に乗って、女性専用車にいた住川光恵に近づき、バッグに凶器の毒針を忍ばせて、次の停車駅で降りたのですね」
「そうだよ。おそらく、四ツ谷で降りたのだろう。四ツ谷からだと、地下鉄丸ノ内線に乗って、東京駅へ行くことができる。森本愛子は、東京駅で、到着した『富士』の車内に戻って、今まで乗っていた列車から降りたように装って、アリバイを作るために、車掌に挨拶をしたのだろう」
「なるほど、森本愛子のアリバイが崩れたのを実証するためにも、岡山から、『富士』に乗ってみたいですね」
「そうだな。ただ、明日は、日曜日だから、例の通勤特別快速は動いていないし、通勤電車のダイヤも違うはずだ。明日の夜の『富士』に乗りに行きたいな。そうすれば、次の日は、平日だから、森本愛子のアリバイトリックが再現できる」
 高野内と園町は、障壁が一つ取り除けた気持ちになれた。
 これで、事件の解決へ、どんどん近づいているかもしれない。
 しかし、高野内は、完全にはすっきりとした気分になれなかった。
「しかし、あのかわいらしい感じの女性が、殺人犯だなんて、あまり考えたくないな。それに、彼女は、婚約者を、害者の心無い行為によって、死に追いやられたんだ。」
 高野内は、わだかまりは、捨てきれていなかった。
「俺も、そう思いたかったですよ。でも、容疑者であることには変わりないですね」
 と、園町。
「そうなんだよ。でも、俺は、森本愛子のほうが、むしろ被害者である気がするんだ。だけど、捜査には、私情は禁物なんだよね」
 高野内たちは、捜査が進展した喜びと、容疑者への同情心で、複雑な気持ちになっていた。

 分駐所を出た高野内と園町は、中央線ホームに行き、10時22分発の中央特別快速に乗車した。
 中央特快は、途中、神田、御茶ノ水、四ツ谷、新宿、中野、三鷹、国分寺、立川、日野、豊田に止まり、八王子には、11時12分に到着した。
 電車が八王子駅に止まると、高野内と園町は、降りて、改札を出て、駅から出た。
 駅から、10分余り歩くと、タイル貼りの外装のワンルームマンションが眼に入った。
 そのマンションに、奥田由香が住んでいるらしい。
 入口は、オートロックになっている。
 高野内は、奥田由香の部屋番号の『403』の番号を押して、チャイムを鳴らした。
「はい。どなたでしょうか?」
 と、女性の声。
「鉄道警察隊の高野内といいますが、奥田由香さんでしょうか?」
「はい。そうですが」
「我々が捜査している事件について、聞きたいことがあるのですが、よろしいでしょうか」
「はい。じゃあ、開けますわ」
 そして、エントランスホールのドアは、開錠された。
 高野内と園町は、403号室へ行き、ドアの横のチャイムを鳴らした。
 ドアは開き、中から、20代の小柄な女性が出てきた。
 高野内と園町が警察手帳を見せると、相手は、
「刑事さん、何の用でしょうか?」
 高野内は、
「私たちは、住川光恵さんが殺された事件の捜査をしているのですが、あなたにも聞きたいことがあります」
「えっ、何をですか?」
「奥田さん、あなたは、N生命を辞めさせられた森本愛子さんと親しかったと聞いているのですが」
「森本さんは、わたしより2つ上の先輩でしたわ。出身も、兵庫県ですし」
「それで、住川さんと森本さんは、トラブルになって、その結果、住川さんが怪我をして、森本さんが辞めさせられたそうですね」
「それは、本当は、住川さんのほうが悪いのですわ。でも、上司は、住川さんのほうがセールス記録が良かったというだけで、森本さんのほうを悪者扱いして、森本さんのほうが辞めさせられましたわ。それについては、わたしも納得がいかなかったですし、他のセールスレディも、納得がいかない様子でしたわ」
「そのトラブルの元が、住川さんが、森本さんの婚約者を痴漢として摘発して、逮捕させてしまったことですね。調べた結果、森本さんの婚約者が痴漢した件は、冤罪の可能性が高いことがわかりました」
「住川さんは、森本さんだけではなく、みんなから嫌われていましたわ。それで、刑事さん、森本さんが、今回の事件と関係あるのですか?」
「いいえ。まだはっきりとしたことはいえません。ただ、1つ気になるのは、住川さん殺しの犯人が、通勤途中の電車を狙ったのなら、どうして、住川さんが、12月1日に、遅い時間に出勤することを、犯人が知っていたかを解決しなければなりません」
 と、高野内は、由香の眼をじっと見ながら言った。
 すると、由香は、不愉快そうに、
「刑事さん、わたしに、一体、なにを聞きたいのですか?」
「奥田さん、最近、森本さんに会っていませんか?」
「いいえ。森本さんがN生命を辞めてからは、一度も会っていませんわ。まさか、刑事さん、森本さんが、住川さんを殺したとでもいいたいのですか?」
 由香は、少し動揺を見せた。
「いいえ。まだそうだと決め付けているわけではないのですが、住川さんを恨んでいそうな人をたどっているうちに、森本さんにたどりつきました。そして、森本さんと親しかったあなたにも」
「ですから、わたしは、ずっと森本さんに会っていませんし、森本さんも、住川さんを殺すような人には見えませんわ。だって、森本さん、神戸でやっているファッション・アイテムの販売の仕事が気に入っていて、住川さんのことなんか忘れていると思いますわ」
 と、由香は、堂々と言った。
 すると、今度は、園町が、
「奥田さん、あなた、嘘をついていますね」
「何でですか?」
 由香は、動揺していた。
「あなたは、森本さんがN生命を辞めてから一度も会っていない、と言いましたね。じゃあ、どうして、神戸でファッション関係の販売の仕事をしていることを知っているのですか? いくら、同じ兵庫県出身でも、森本さんは、Uターンをして、あなたは、ずっと東京にいるのでは、簡単に知り得ないでしょう。どうして、神戸でファッション関係の販売の仕事をしていることを知り得たのですかね?」
 と、園町が言ったあと、高野内は、
「奥田さん、正直に話してください。森本さんに会いましたね」
 すると、由香は、うつむきながら、
「刑事さん、すいませんでした」
「じゃあ、話していただけますね」
「先週の初め頃、森本さんから、電話があったのです」
「どういう内容の電話ですか?」
「住川さんが遅い出勤をする予定があれば教えてほしいということでした」
「それで、教えたのですね」
「ええ。教えてくれたら、わたしが欲しがっていたブランド物のバッグをくれると約束してくれたのです」
「それで、そのバッグはもらったのですか」
「はい。電話をもらって、3日後に送られてきました。差出人も、森本さんでした」
「そのバッグ、見せてもらえますか?」
 と、高野内が言うと、由香は、うなずきながら、部屋に入り、バッグを持って、高野内たちの前に姿を見せた。茶色の皮製の女性用のショルダーバッグだった。
 由香は、バッグを持った手を、高野内のほうへ向けた。
「これは、参考までに預からせていただきますが、よろしいですね」
 と、高野内。
 由香は、うつむいた状態で、
「はい」
 と、返事したあと、
「刑事さん、本当にすいませんでした。どうしても、このバッグ、欲しかったのです」
 すると、高野内は、
「いろいろ話していただきありがとうございます。ただし、私たちからも言っておくべきことがある。あなたが、このブランド物のバッグ欲しさにした行為が、殺人事件の片棒を担ぐ結果となっているかもしれないことを、認識していただきたい。あと、後日、事情を聞くために、警察へ来ていただくことになるかもしれませんので、それを承知願いたい」
 由香は、うつむいたまま黙っていた。
「では、我々は、今日は、それで失礼します」
 と、高野内と園町は、挨拶をして、由香の前から去った。
 そして、マンションから出て、近くのコンビニで手提げ袋を買って、バッグを手提げ袋に入れてから、戻ることにした。男2人が、女物のバッグを剥き出しで歩くのは、奇妙に見られるからである。
 高野内と園町は、八王子駅の改札を通ると、中央線の電車で、東京駅の分駐所へ戻った。

 午前10時頃、高野内と園町の2人は、東京駅分駐所に戻った。
 高野内は、再び時刻表のページを開きながら、
「森本愛子のアリバイ、どうやったら崩せるかな…」
 森本愛子は、岡山から寝台特急『富士』の上りに乗っていた。『富士』の岡山発が、0時48分である。
 発車後まもなく、車内改札があったというし、それは、車掌も憶えていた。
 名古屋発車後、車掌から頭痛薬をもらっていたことも、証明されている。上り『富士』の名古屋発が、5時19分で、次の停車駅は、浜松である。
 さらに、午前6時頃、車掌に、食堂車か売店がないかどうか聞いていたことも、もう1人の車掌が証言している。その時刻、『富士』は、名古屋と浜松の間を走っている。
 『富士』が、終点の東京に着くのは、9時58分であるが、終点到着後、下車のときに、車掌に挨拶していたという。
 それらの点を、メモしながら、高野内は、
「どうやって、中央線の通勤特別快速に乗っていた住川光恵に近づくことができたのかな?」
 と言いながら、事件があった通勤特別快速の時刻も、再度確認した。
 住川光恵が乗っていた通勤特別快速は、平日ダイヤの日のみ運行される列車で、青梅を7時49分に発車する。 そして、青梅線内の各駅に停車し、立川からは、国分寺、新宿、四ツ谷、御茶ノ水、神田、終点、東京の順に停車する。
「凶器の毒針のついたコルク玉を、いつ、住川光恵のバッグにしのばせることができたかが問題ですね」
 と、園町が言うと、高野内は、
「そうだな。あと、どうして、犯人は、住川光恵が、その電車に乗ることを知っていたのだろうか?」
 と、怪訝そうにいった。
「いつも利用していたのじゃないでしょうか? 害者は、青梅市に住んでいるから、乗り換えなしで行ける、その電車が都合よいでしょう」
「その電車は、9時9分に東京に着くんだよ。東京駅付近の生保会社に勤めているセールスレディが、いつも、その電車で通勤するのは、時間的に遅すぎるよ。たまに、事情があって、遅い出勤をするのなら、まだわかるが」
 と、高野内が言うと、園町は、
「そうですね! 犯人が、どうやって、その日、害者の住川光恵が、遅れて出勤することを知ったかが、事件を解くカギになりそうですね」
 と、はきはきとしたように言った。
「そうだよ。森本愛子がホシだとすれば、どうやって、住川光恵が、その日、遅い出勤することを知ったかを、調べてみたら、何かわかると思う」
 それを聞いた園町は、
「住川光恵が遅れてくるという情報を、森本愛子が知っていたとすれば、N生命丸の内支店のセールスレディの誰かが、教えた可能性が高いですね。N生命の人に聞いてみましょう」
 と言ったあと、
「あっ、そういえば、今日は、土曜日ですし、会社が休みですね。どうしましょうか?」
「セールスレディの住所とか、名前とか、電話番号とかのメモがあるはずだ。森本愛子と特に親しかった人に聞いてみたらいいと思う」
 と、高野内が言ったあと、聞き込みに行った丸の内支店のセールスレディの住所、氏名、電話番号をメモした用紙を見つけた。貴代子と窈子が聞き込みしたときに、メモしたもので、筆跡から、窈子が書いたもののようである。
 まず、昨日、直接話しかけたことのある大沢美保子の自宅に電話することにした。住所は、立川市である。
 高野内が、受話器を手に取り、プッシュボタンを押すと、
「はい、もしもし」
 と、女の声。
「私、警視庁鉄道警察隊東京駅分駐所の高野内といいますが、大沢美保子さんでしょうか?」
「はい。そうですが、昨日、会社に来られた刑事さんですか?」
「そうです。森本愛子さんの件で、お聞きしたいことがあるのですが、おたくのセールスレディさんで、森本さんと、特に親しかったとか、仲の良かった方がおられましたら、ぜひ、教えていただきたいのですが」
 すると、相手は、
「そうですね」
 と言ったあと、
「愛子と仲が良い人で、一番に思い浮かぶのは、奥田由香(オクダ・ユカ)ですわ」
「森本さんとは、同期の入社ですか?」
「いいえ。2つ下の後輩です。おなじ兵庫県出身ということで仲が良くなったのですわ。休みの日にも、一緒にショッピングやレストラン、カラオケとかにも行っていましたし」
「その奥田さんは、どちらにお住まいかわかりますか?」
「八王子市です。朝、同じ電車に乗ることが、よくありましたし」
「奥田さんは、住川さんとは、仲は良かったでしょうか?」
「いいえ。由香も、光恵のこと、嫌っていたはずです。光恵は、由香のこと、かなり執拗にいじめていましたし」
 それを聞いた高野内は、
「わかりました。お休みのときに、突然、電話してすいませんでした。どうもありがとうございました。失礼します」
 と、例を言ってから、電話を切った。
 窈子が書いたメモを見ると、奥田由香という名前が書いてあった。年齢は、27歳である。住所は、八王子市になっていた。高野内は、それのコピーをとったあと、
「八王子に行って、奥田由香に会えたら、会ってみよう」
 そして、高野内と園町は、分駐所から出ると、中央線ホームへ向かった。

↑このページのトップヘ