浜崎ヒカルのブログ推理小説

ブログを利用して推理小説を書いています。 鉄道ミステリーが中心になります。

2007年04月

 事件のあった個室に、若い男女が入ろうとしていた。
 高野内は、
「君たち、ここは殺人事件の現場だぞ! 出て行きなさい!」
 と言いながら、2人を制止しようとした。
 園町は、
「この被害者の知り合いか、身内ですか?」
 と、2人に尋ねた。
 すると、女は、落ち着いた表情で、
「ここからは、わたしたちの番ね」
 高野内は、
「君、何言っているんだ? 関係ないのなら、すぐに出て行きなさい!」
 すると、女は、
「あなたたちに君呼ばわりはされたくないわ」
 と言いながら、バッグから、何かを出そうとした。
 黒いものだった。
「あっ、ひょっとして!」
 高野内は、驚いたような大声を出した。

「そう。わたしは、警視庁捜査一課の佐田真由子(サダ・マユコ)といいます。それで、こちらは、一課の後輩の岡田(オカダ)君」
 その女が出したものは、警察手帳だった。中身を見せてもらうと、階級は、警視のようだ。この歳で警視になっていることから、キャリア組に間違いないだろう。
 岡田という男のほうは、岡田俊一(シュンイチ)という名前で、年齢は26歳だという。階級は警部。岡田のほうも、キャリア組のようだ。
「大変失礼しました」
 高野内と園町は、慌てて頭を下げた。
 真由子は、
「いいのよ。警察手帳見せなかったら、誰にも警察官なんて思われないから」
 と言ったあと、
「害者については、わたしたちが調べるから、もうあなたたちは、分駐所に戻っていいわよ。痴漢やスリの仕事があるでしょ」
「そうですけど、その事件も、列車内で起きた以上、我々の仕事の一つですよ」
「殺人事件は、わたしたち捜査一課の仕事でもあるわ。ここからは、わたしたちが引き継ぐから、あなたたちは、分駐所に戻りなさい。また、何かあったら、協力を求めるかもしれないから、そのときは、宜しくね」
「わかりました」
 と、高野内が言った後、鉄道警察隊員6人は、分駐所に戻ることにした。

「いくら本庁のエリートだからって、あの態度はないよね」
 と、分駐所に戻ると、貴代子は、愚痴るように言った。
「でも、殺人捜査の一番のプロは、捜査一課ですし」
 と、窈子が言うと、貴代子は、
「このままだと、大きな事件の手柄を本庁の刑事たちに取られちゃうわよ。私たちも、なんとか捜査を続けましょう」
 今度は、田村警部が、
「向こうの方が立場は上だし、下手に文句を言って、逆撫でしたら、我々の立場がもっと悪くなる」
 すると、今度は、高野内が、
「手がかりとして、被害者が所持していた名刺入れから名刺を1枚取ってきました。被害者は、鴨井圭という大阪の私立探偵です。鉄道警察隊から、直接大阪府警にお願いして、鴨井圭という男について、調べてもらいましょうか?」
「高野内君、それは、原則として本庁経由になるよ。でも、本庁に手柄を取られたくないし、俺が大阪府警にお願いしてみるよ」
 そして、田村は、大阪府警の番号を調べて、電話をした。
 相手に、東京に着いた『サンライズ瀬戸』の車内で、鴨井圭という私立探偵と思われる男が死亡していたことなどを告げ、鴨井圭について調べて欲しいことを言った。
「では、お願いします」
 と言って、電話を切ると、
「大阪府警が調べてくれるそうだ」
「よしっ、とにかく、本庁よりも、早く犯人を突き止めましょう」
 貴代子は、はきはきとした声を出した。
「しかし、なにか引っかかりますね」
 と、今度は、高野内が言った。
「どうしてかね?」
 と、田村が聞くと、高野内は、
「車掌の話だと、害者は、岡山県の児島から『サンライズ瀬戸』に乗車したそうです。切符は、児島から東京まででした。どうして、大阪の人間が岡山県から東京まで乗ることにしたのでしょうか?」
「そうだな」
 と言ったあと、田村は、
「大阪府警が、害者について調べてくれるそうだし、それまで待つしかないな」
 今の鉄道警察隊員にとっては、まだこれ以上被害者については、何もわからなかった。
 高野内たちは、分駐所内でじっとしているわけにはいかないので、駅構内をパトロールしたりもした。
 その間も、被害者のことが引っかかって離れなかった。

 午前7時過ぎ、警視庁鉄道警察隊東京駅分駐所では、隊員たちがパトロールに出るための準備をしていた。
 これから、ラッシュの混雑が激化してくる時間帯である。鉄道警察では、スリや痴漢など、列車内や駅構内での犯罪の摘発や取締りで忙しくなる。
 隊員の高野内豊(タカノウチ・ユタカ)は、後輩の園町隆史(ソノマチ・タカシ)と共に、私服姿で、巡回に出ようとしていた。
 高野内は、今年36歳になった男で、階級は、巡査部長である。園町は、32歳の巡査である。
 高野内と園町が、上司の田村正彦(タムラ・マサヒコ)警部に、
「それでは、パトロールに出てきます」
 と言って、分駐所から出ようとしたとき、突然、分駐所の電話が鳴った。
 田村が受話器を取り、
「はい、こちら、東京駅分駐所ですが」
 田村は、電話で何かを話していた。
 そして、
「えっ、殺しですか? では、これから隊員を向かわせます」
 と言って、電話を切った。
 田村は、すぐに高野内たちのほうを向き、
「さきほど、サンライズエクスプレスの車内で乗客が死んでいるのを車掌が発見したそうだ。急いで、9番ホームへ向かってくれ!」
 高野内と園町のほか、隊員の磯野貴代子(イソノ・キヨコ)、一時窈子(ヒトトキ・ヨウコ)、江波一樹(エナミ・カズキ)、堀西真希(ホリニシ・マキ)の、合計6人の隊員は、駆け足で、9番ホームに向かった。東海道本線の列車が発着するホームである。
 貴代子は、40歳での警部補で、主に私服姿で捜査している女刑事である。
 窈子は、30歳の女刑事で、警察官にしては小柄な人である。階級は巡査。
 江波は、鉄道警察隊に配属されて日の浅い巡査で、年齢は22歳だが、おっさんっぽいと言われることが多い。
 真希は、20歳の巡査で、制服姿でパトロールすることが多いが、今日は私服姿である。
 6人が階段を駆け上っている際中にも、無線の声が、
「害者の場所は、『サンライズ瀬戸』10号車2階の…」
「了解」
 と、貴代子が返事した。
 9番ホームに着くと、まもなく、ホームにベージュとワインレッドに塗られた2階建ての電車が入ってくる姿が見えてきた。
 『サンライズ出雲・瀬戸』の入線である。
 列車がホームに到着すると、前から5両目の10号車の乗降口から中に入り、車掌を探した。
 高野内は、JR西日本の制服を着た中年過ぎの車掌に、警察手帳を見せ、
「鉄道警察ですが、人が死んでいる現場はどこでしょうか?」
 と聞くと、車掌は、
「私は、この車両の担当をした日下といいますが、2階の個室です」
 高野内、園町、貴代子、窈子、江波、真希の6人は、日下車掌に案内されながら、2階の個室が並んでいる通路へ行った。
 真ん中にある通路の両端に、個室のドアが多数並んでいた。
 日下車掌は、そのうちの1室を指して、
「この部屋です。他の人が入らないように施錠しましたので、今、開けます」
 日下車掌が開錠すると、高野内は、個室のドアを開けた。
 すると、個室の床に頭から血を流して横になっている、男の姿が眼に入った。年齢は50前後だろうか。
 荷物のバッグなどは見つからない。
「長距離列車に、手ぶらで乗ったのは不自然ですね。犯人が荷物を持ち去ったのでしょうか?」
 と、窈子が言うと、
「その可能性があるな。そうやって、害者の身元をわかりにくくしたことは考えられる」
 と、高野内。
 貴代子は、日下車掌のほうを向いて、
「その男の人、どの駅から乗車してきたかわかりますか?」
「児島から乗ってきました。児島を出てすぐに、私が車内改札をしたのですが、切符は、児島から東京まででした」
 と、日下車掌は、答えた。
 高野内と園町は、男の衣服のポケットを探った。
 すると、財布や名刺入れが見つかった。財布には、20万円余りの現金があったのを確認しながら、高野内は、
「強盗の仕業とは考えがたいな」
「そうですね」
 と、園町。
 今度は、高野内は、名刺入れを開けてみた。
 名刺入れには、同じ名刺が多数あった。それらには、
『鴨井圭』と名前が印刷されていた。カモイ・ケイと読むのだろうか。名刺の印刷内容から、大阪の私立探偵のようである。
「どうして、大阪の探偵が、岡山県の児島から、この列車に乗ったのだろうか?」
「なんかわかりませんねー」
 と、園町が言った矢先、
「ご苦労さん。あなたたちの番は、ここまでね」
 という女の声がした。
 振り向くと、個室の入口付近に、髪が長く美人でスタイルの良い女と、男が1人ずついた。
 女は、30になる少し前くらいだろうか。男は、25~26歳くらいに見えた。
「君たち、何しているんだ? ここに入ったらいかん!」
 高野内は、少し怒鳴る口調で、その男女2人に言った。
 2人は、何者なのだろうか。

 2月22日、7時ごろ、上り寝台特急『サンライズ出雲・瀬戸』は、都内の東海道本線をラストスパートしていた。
 終点の東京まで、あと約8分で到着する。
 約2ヶ月前の同じ時間は、まだ空が暗かったが、春が近づき、日が長くなり、すっかり明るくなっていた。
 『サンライズ出雲・瀬戸』は、東京と出雲市、高松を結ぶ寝台特急で、東京と岡山の区間は、2本の列車が併結して運転されている。
 上りサンライズは、前から14号車、13号車の順で、14両編成のうち、前半分が高松発の『サンライズ瀬戸』、後ろ半分が出雲市発の『サンライズ出雲』である。
 どちらも、2階建て個室寝台車を中心とした編成内容で、他の寝台特急と比べると、かなり利用者が多い。
 児島から『サンライズ瀬戸』の編成を担当していた車掌の日下(クサカ)は、乗客が起きているかどうかや、忘れ物の有無などを確認しながら、車内を巡回していた。
 日下は、JR西日本岡山車掌区に所属している。年齢は58歳で、乗務歴も38年になる。
 寝台特急は、下車駅や終点が近づいても、まだ寝ている乗客も珍しくない。日下車掌は、自分が車内改札を担当した車両の個室のドアをノックしては、乗客が起きているかどうかを見て回った。
 前から5両目の車両である10号車の2階の個室の確認に回ったとき、終点で降りる乗客のいる個室のうち、1室だけ、ノックして声をかけても、何の応答がなかった。
 その個室の乗客は、50歳くらいの太った男性で、児島から乗車してきた。児島から東京までの乗車券と寝台特急券を持っていた。
(まだ、眠っているのかな?)
 そう思いながら、再びノックしたが、返事がない。
 日下は、思い切って、マスターキーで個室を開けてみた。
 すると、乗客は、床に頭から血を流して、横になっていた。
 日下は、顔を真っ青にしながら、
「お客様、大丈夫ですか?」
 しかし、返事はなかった。よく見ると、息もない。
「うわー!」
 日下は、慌てて、個室を施錠した後、乗務員室に駆け込んだ。

 島田は、『きたぐに』の乗務を終えると、大阪駅の近くにある大阪車掌区に戻った。島田が所属している車掌区である。
 島田は、乗務を終えたことや乗務時の出来事などを、車掌区長の酒井(サカイ)に報告した。酒井は、58歳の男である。
 報告を聞いた酒井は、ショックを隠し切れなかった。
「平山君、殺されたんか。犯人はまだ捕まっとらんのやろ? なんで、平山君が殺されないとあかんのや?」
 島田は、
「警察の人は、列車強盗の可能性があることや、犯人は、血液型がAB型の人物で、特定するのは時間の問題やとゆうてました」
「そうか。平山君は、みんなから好かれているええ人やから、恨まれて殺されるとは思えへんし、たぶん、強盗の仕業やろ。とにかく、平山君を殺した奴は、わいも許せへんで」
 と、酒井。
 島田は、乗務の報告を終え、退勤の手続きをした。
 島田が所属する大阪車掌区は、急行『きたぐに』のほか、夜行列車は、寝台特急『日本海』『トワイライトエクスプレス』、寝台急行『銀河』の乗務を担当しているほか、昼間の列車は、『サンダーバード』『北近畿』などを受け持っている。他には、東海道・山陽本線の新快速や快速、普通列車や、福知山線の快速や普通列車の担当もしている。
 その間にも、乗務を終えて、退勤しようとしている車掌や、これから乗務するために点呼を受けている車掌がいた。
 しばらくすると、同じ大阪車掌区の大原(オオハラ)車掌と岸田(キシダ)車掌が、『日本海2号』の乗務を終えて、戻ってきた。
 大原は、島田より3つ下の50歳で、岸田は、45歳である。岸田のほうは、平山と同期に、JRの前身の国鉄に入った人だ。
 島田は、大原と岸田の2人に、平山が殺されたことを知らせた。
 すると、大原は、
「平山君が殺されたんですか?」
「そうなんだ。警察は、列車強盗の可能性が高いと見てるんやけど、平山君が乗務しているかどうか、俺に聞いてきた女性のお客が、途中の駅で下車していったんや」
「その女の人、どこまで乗るつもりやったのか、わかってたんですか?」
「俺から、大阪までの車内補充の急行券買うたから、大阪まで乗るんやと思うとったんだけど、富山で降りてったんや」
「平山君のほうには、変わった様子はなかったんですか?」
「死んだ弟さんがやっと浮かばれるかもしれないとか、言うとったな」
 すると、岸田が、表情を変えながら、
「平山さんの弟さん、15年ほど前に亡くなったんですよ。ニュースでもゆうてましたし、警察は、自殺したと見ていたそうですわ」
 それを聞いた島田は、
「平山君の弟さん、中学校の教師やろ?」
「そうです。岡山県の中学校の教諭でした。婚約者もいたのですが、突然、飛び降り自殺したんです。確か、そのときは、その中学校、生徒が首吊り自殺する事件があって、平山さんの弟さんが担任やったそうです」
「そうだったのか」
 15年前当時は、平山は、大阪車掌区に所属していたが、島田は、京都の車掌区に勤務していた。そのため、15年前当時、そういう情報を得ることができなかった。

 『きたぐに』の車内で、平山車掌が殺された事件で、捜査に駆けつけた、新潟県警糸魚川中央署の佐々木、村松と、富山県警鉄道警察隊の水野、松島の、4人の警察官は、大阪駅を8時12分に発車する特急『雷鳥5号』に乗車した。
 その列車は、金沢どまりなので、金沢に11時7分に着くと、11時17分発の『はくたか11号』に乗り、水野、松島は、鉄道警察隊の分駐所に、佐々木と村松は、警察署に戻ることにした。
 佐々木たちは、列車強盗の可能性が高いと見て、強盗殺人事件として、捜査を進めることにした。
 殺害にA寝台車のトイレを選んだのは、普通車やB寝台車と比べると、利用客が少なく、犯行を気づかれにくいと、犯人は考えたのかもしれない。
 また、犯人の血液型は、AB型ということが判明している。
 それらを手がかりに、犯人の特定を急ぐことにした。

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