浜崎ヒカルのブログ推理小説

ブログを利用して推理小説を書いています。 鉄道ミステリーが中心になります。

2007年05月

「寺山のアリバイトリックは、どんなものかね?」
 近藤警部は、高野内のほうを向いて言った。
 高野内は、時刻表を見ながら、
「寺山は、ルームサービスを頼んだ、午後6時半以降、こっそりホテルを抜け出して、京都駅から、列車に乗ったんですよ」
 すると、近藤は、怪訝そうに、
「でも、北陸、新潟方面の列車じゃ、犯行時に、『きたぐに』に乗れんのじゃろ?」
「寺山は、新幹線に乗ったんですよ」
「新幹線? じゃあ、寺山は、東京廻りで新潟へ向かったのか?」
「多分、そうでしょう。駅前のホテルをルームサービスを利用した直後、6時半過ぎに抜け出せば、京都を18時55分に発車する、『のぞみ150号』に乗れます」
「それで、『きたぐに』に間に合うのかね?」
「ちょっと待ってください」
 と、言いながら、高野内は、時刻表のページをさらにめくった。
「『のぞみ150号』が、終点の東京に着くのが、21時16分です。東京からは、21時40分発の上越新幹線『とき353号』に乗れます。その列車は、途中の長岡駅に、23時28分に到着ですから、長岡を23時49分に発車する『きたぐに』には、十分間に合います」
 と、高野内は、説明した。
「なるほど、平山泰彦車掌が殺されたのは、『きたぐに』が、柿崎と直江津の間を走っているときだから、長岡から、乗ることができれば、犯行は可能じゃな。それにしても、新幹線の速さを、改めて感じるのう」
 と、近藤。
 すると、今度は、妹尾が、
「確かに、そうすれば、寺山は、『きたぐに』で犯行が可能なのはわかるが、あと、どうやって、京都のホテルに戻ったのかね? 寺山は、7時に、ホテルの朝食バイキングを利用しているんだよ」
 と言い、近藤は、
「事件の後、新潟県と富山県の警察官が、乗客一人ずつ調べたんだが、寺山がいたという情報はない。おそらく、寺山は、犯行後、すぐに下車したと思うのじゃが」
 それを聞いた高野内は、時刻表を見ながら、
「寺山は、犯行後、直江津で下車したと思います。『きたぐに』が、直江津に着くのが、0時53分です。直江津からは、1時20分発の寝台特急『日本海2号』に乗れます。『日本海2号』が京都に着くのが、6時34分ですから、7時に朝食バイキングを利用することが可能です」
 それを聞いた近藤は、
「そうか。それで、寺山のアリバイは、完全に崩れたな。寺山を逮捕して、吐かせれば、他の事件の解決につながる!」
 と言い、
「わしの部下と一緒に、寺山をひっぱってくるよ」
 そして、近藤は、高野内たちの前から、去った。
 時計を見ると、11時を過ぎていた。

 近藤は、30代前半くらいに見える男性刑事と一緒に、高野内たちの前に出てきた。さっき、近藤に、JRに問い合わせた返事を伝えていた刑事である。長身の人である。
「紹介するよ。わしと同じ刑事課の真野(マノ)君です」
 と、近藤が言うと、真野刑事は、
「真野といいます」
 と言い、高野内たちも、自己紹介をした。
 そのあと、近藤は、
「これから、真野君と一緒に、寺山の自宅へ行ってくる」
 すると、妹尾が、
「近藤さん、この時間、家にいますかね?」
「そうか。じゃあ、わしらは、自宅へ行ってみるから、妹尾さんたちは、西住建設の本社のほうへ行ってもらえませんか」
「わかりました」
 そして、近藤と真野は、寺山の自宅へ、妹尾と難波、それに、高野内たちは、西住建設本社のほうへ向かうことにした」

 妹尾運転の覆面車と、難波運転の覆面車の2台は、赤磐南署をあとにした。
 妹尾運転の覆面車に、高野内と園町が、難波運転の覆面車に、江波と窈子が乗っている。
 2台の覆面車は、岡山市街地を走ると、市役所の前を通り、少し走ると、『西住建設』の看板のあるビルが、高野内たちの目に入った。10階建ての立派なビルだった。2台の覆面車は、ビル隣の駐車場に停止した。
 そのときの時刻は、12時40分。多くの社員が休憩中だろう。
 妹尾は、受付の女性社員に警察手帳を見せて、用件を言うと、女性社員は、
「今日は、寺山は、出勤していないのです」
 と言った。
 妹尾、難波と、高野内たちは、覆面車に戻った。
 そして、妹尾は、
「おかしいな。自宅にいるのかな?」
 と、言いながら、携帯電話を出した。
「近藤警部に、電話してみるよ」
 妹尾は、携帯電話のボタンを押し、
「もしもし、県警の妹尾ですが…」
 妹尾は、相手と何かを話した後、電話を切り、
「寺山は、京都と東京へ出張した後、自宅へ戻っていないそうだ」
 それを聞いた高野内は、
「逮捕を恐れて逃亡しているのでしょうか?」
「そうかもしれん。とにかく、至急、寺山正伸を指名手配するように、本部へ伝えるよ」
 妹尾は、慌てたような感じで、警察無線に手をやり、寺山を手配するように言った。
 そして、西住建設本社をあとにして、赤磐南署へ戻ることにした。

 午後1時ごろ、2台の覆面車は、岡山市内を走っていた。
 突然、警察無線から呼び出しの声がかかった。
 助手席にいた高野内が、無線機に手を伸ばして、マイクに向かって、
「こちら、県警捜査一課、妹尾警部の覆面車両ですが、現在、赤磐南署へ向かって移動中です。どうぞ」
「こちら、県警本部ですが、先ほど、玉野市の瀬戸内海で、寺山正伸と思われる男の遺体が発見されました。至急、現場へ向かってください。場所は…」
 高野内は、運転中の妹尾に、
「寺山と思われる遺体がみつかったそうです!」
「現場へ急行するぞ! 赤灯を出してくれ!」
 高野内は、助手席の赤色灯を屋根につけ、サイレンのスイッチを入れた。
 無線の内容によると、玉野市の漁港、山田港付近に、男の死体が浮かんでいるのを、漁船の乗員が発見して、通報したらしい。
 その死体の特徴が、寺山と一致する点が多いという。
 本当に、寺山だとしたら、一体、何があったのだろうか。

「寺山のアリバイ、なんとかしてくずせないかのー。寺山を逮捕できれば、15年前の事件の解決への一歩になるけん」
 近藤は、そう言いながら、引出しから、何かを出そうとしていた。
 鉄道の時刻表のようだ。
「平山車掌が殺害された時刻、寺山には、京都へいたというアリバイがあるそうですね」
 と、高野内が言うと、近藤は、
「でも、作られたアリバイである以上、崩す方法はあるはずじゃ。なんとしてでも、アリバイ崩してやるぞ!」
 と、張り切ったような言い方をした。
「佐田警視に聞いた話では、京都駅前のホテルに宿泊していたそうです」
「ああ。わしも話は聞いとるぞ」
 と言いながら、手帳を出した。
 そして、
「寺山は、その日の午後6時に、京都駅前のホテルG京都にチェックインして、6時半頃、ルームサービスを頼んでいるそうだ。そして、翌朝の7時には、朝食バイキングを利用していることが、はっきりとしている」
 と言った。
「じゃあ、6時半過ぎから、翌朝の7時前が空白の時間になりますね」
「そうじゃ。それで、京都から新潟へ向かうには、北陸本線の列車を使うのが一般的じぇけん、京都を19時9分に発車する特急『サンダーバード43号』に乗ったのではと思ったんじゃが、それじゃ、犯行時刻、上りの『きたぐに』に乗ることができないんじゃ」
「それは、佐田警視も言っていましたよ」
 と、園町が言った。
「なんとかして、崩せんかのう」
 近藤は、頭を痛めていた。
 特急『サンダーバード43号』が、京都を出るのが、19時9分で、終点の富山に到着するのが、22時1分。
 それ以後、富山を発車し、新潟県へ向かう特急列車は、22時20分発の『日本海1号』青森行きがあるが、それは、柿崎駅には止まらず、柿崎以東の最初の停車駅、新津に停車するのが、1時21分で、もう、上りの『きたぐに』に乗ることはできない。
「それでも、寺山は、『日本海1号』に乗ったのじゃないでしょうか?」
 と、今度は、窈子が言った。
 すると、近藤は、
「何言っているんだ? 『日本海1号』に乗ったんじゃ、犯行時刻までに、上りの『きたぐに』には乗れないんじゃよ」
「時刻表のうえでは、そうですけど、車掌に何か理由を言って、臨時停車してもらったということは考えられませんか?」
「臨時停車か?」
 と、近藤は、言ったあと、
「JRに問い合わせてみるよ」
 と言ったあと、高野内たちのまえから、いったん離れた。
 そして、数分後、戻ってきて、
「JRの人が調べてくれるそうだ。しばらくしたら、わかるよ」

 それから10分ほどして、30代前半くらいの男性刑事が、近藤の前に出てきた。
「警部、JRから、さっき電話がありました」
「で、何と言うてたんじゃ?」
「今月20日の夜に、大阪を出た『日本海1号』は、どこにも臨時停車しなかったそうです。もちろん、柿崎駅は、通常どおり、通過したそうです」
 と、その刑事は、言った。
「そうか…」
 それを聞いた近藤は、がっかりした。
「北陸本線の特急は見当違いなのですね」
 と、高野内が言うと、
「そのようじゃ。そのままだと、寺山にアリバイが成立してしまうけん、15年前の事件も、『きたぐに』の車掌殺害の件も、『サンライズ瀬戸』の車内の殺人事件も、ふりだしからやり直しになってしまうのう」
 近藤は、落胆した。
 今度は、若い江波が、
「飛行機の利用はどうでしょうか?」
 それを聞いた近藤は、
「そうか!」
 と言いながら、時刻表のページを開いた。
 しかし、すぐに、
「だめじゃ」
 と、否定した。
「どうしてですか?」
「大阪空港から新潟へ向かう航空機の最終便の出発が、18時55分じゃ。18時30分前後まで、京都駅前のホテルにいた者が、間にあうわけがない」
 なるほど、大阪の伊丹空港から、新潟空港までの便があるが、最終便である、JAL2251便の出発時刻は、18時55分で、それ以降の航空便はない。
 そのままだと、寺山正伸にアリバイが成立してしまう。
「新潟県か。わしのような岡山県人からみれば、遠いところじゃのう」
 と、近藤は、言った。
 すると、江波は、
「僕たちからみれば、たいしたことないですよ。すでに新幹線で、何度も日帰りしたことありますし」
 それを聞いた高野内は、突然、
「それだ!」
 と、大声を出した。
「それというと?」
 と、近藤が聞くと、
「ひょっとしたら、寺山のアリバイが崩せるかもしれませんよ」
 高野内は、そう言いながら、時刻表のページをめくっていた。
 寺山のアリバイトリックとは、どういうものだったのだろうか?

「15年前の3月、当時中学生だった宮川君が首を吊って死亡したのだが、それは、苛めを苦に自殺したように装った殺人の可能性が高く、それに西住建設社長の息子、伸吾(シンゴ)が関係していたかもしれないという情報を得ているんじゃ。西住伸吾は、宮川達彦君と同級生で、同じ美術部に所属していたけん。西住伸吾は、宮川君の作品にいたずらをしたり、美術室で暴力をふるっていたという噂もある。だから、宮川君が亡くなった件について、西住伸吾が関わっていたと、わしは思うのだが、校長先生とかには、そんな事実はない、宮川君は、確かに苛められていたが、軽い程度だし、本人には、かなり被害者妄想的なところがあった、西住は宮川君の自殺には関係ない、と言われたし、決定的な証拠がなかったんじゃ。ちなみに、寺山正伸は、西住の2つしたの後輩で、同じ美術部にいたし、西住建設の部長に浜田耕太郎(ハマダ・コウタロウ)という男がいるのだが、その男も、同じ中学校の美術部にいたんじゃ」
 近藤警部は、説明した。
「それで、苛めを苦に自殺したと認めながらも、苛めの加害者が特定できないのと同じことになったのですね」
 と、高野内が言うと、近藤は、うなずきながら、
「ああ。そうじゃ」
 と言ったあと、
「でも、わしゃ、それは、学校ぐるみでもみ消したとしか思えないけどのう」
「どうしてです?」
「当時、西住の父親の晴伸(ハルノブ)は、赤磐市じゃなく、当時の山陽町の町議会議員を務めていたんだが、当時の校長や、西住の担任、それに、西住の地域を管轄する駐在所の巡査部長や、うちの署の刑事課長までも、西住晴伸の所属する日本創明党(ニホンソウメイトウ)の支援者だったからのう」
「じゃあ、その人物たちがグルになって、いじめをもみ消していたということですか?」
「そうじゃ。だが、確定的な証拠がない。それに、当時の刑事課長にも、その件には突っ込むなとも言われたんじゃ」
 近藤の顔からは、苦悩の色が出ていた。
「で、どうして、寺山という男が、『きたぐに』の車掌殺しの容疑者なのですか?」
 と、今度は、園町が言った。
「平山泰彦という車掌には、義彦という、中学校教諭の弟がいたのだが、その義彦は、宮川達彦の担任だったんだ。義彦教諭は、宮川君が死亡して4日後、中学校の校舎から転落死して、自殺ということにされたのだが、それは、自殺ではなく、苛めもみ消しや、宮川君の死に関する事実を外部に漏らされるのを防ぐために、口封じに殺されたんだと、わしは思う。まもなく結婚することが決まって、式や新婚生活を楽しみにしていた人が、簡単に飛び降り自殺するとは思えん」
「なるほど、で、それで、寺山がそれにどう関係あるのですか?」
「平山義彦の兄、泰彦は、義彦の死に納得がいかなくて、私立探偵に依頼して、真相を調べてもらっていたんだ。それで、西住親子は、泰彦のほうも、殺すことにしたと思うのだが、それを、寺山に頼んだ可能性が高いんじゃ」
「どうしてですか?」
「平山泰彦の爪の中から、本人とは異なるAB型の人物の皮膚が出てきたんじゃ。ちなみに、西住親子は、A型なのだが、寺山は、AB型だからな」
「それで、寺山が容疑者として浮上したのですね」
「でも、東京の捜査一課の佐田警視は、寺山にアリバイがあると言っとったけえのう」
「アリバイか」
 高野内や園町の顔は、苦悩であふれていた。
 寺山を逮捕できれば、平山泰彦殺害が解決に向かうかもしれない。そして、西住親子も逮捕できるかもしれない。そうすれば、鴨井圭殺害の事件も解決に向かう可能性がある。
 しかし、寺山にはアリバイがある。
 どうやって崩せばよいのだろうか。

「わしゃ、今年の3月まで無事勤めれば、定年なのだが、そのままだと、定年直前に時効になってしまうんじゃ。なんとしてでも、本当に事件の解決をして、真相を明らかにしたいんじゃ!」
 近藤の声には、熱がこもっていた。
「僕たちも、そういう犯人は許せませんよ。とにかく、事件解決への一歩として、寺山のアリバイを崩しましょう!」
 と、高野内は、言った。
 寺山のアリバイは崩れるのだろうか?

 佐田真由子たち捜査一課の刑事たちは、捜査を進めた結果、寺山正伸という男に、目星をつけていた。
「佐田警視、そもそも、どうして、その寺山という男が容疑者になったのですか?」
 と、高野内が尋ねると、
「黒幕は、別にいる可能性が高いわ。寺山は、その黒幕に命じられて、車掌の平山泰彦を殺したと、わたしたちは見ているの」
 と、真由子。
「黒幕といいますと?」
 と、今度は、園町が聞いた。
「それは、赤磐南署へ行ってみたら、わかるわ。これから行ってみたら」
 と言ったあと、妹尾警部に、
「妹尾さん、これから、この人たちを、赤磐南署へ連れて行って」
「わかりました」
 と、妹尾が言うと、高野内たちのほうを向き、
「じゃあ、これから、赤磐南署へ行くけん、わしについて来てくれ」
 と言い、そして、次に、40代前半くらいの男性刑事のほうを向いて、
「難波(ナンバ)君、東京の刑事たちを、赤磐南署へ案内するぞ。一緒に来てくれ!」
「わかりました」
 と、難波と呼ばれた刑事は、返事した。
 高野内たちが、難波に自己紹介をすると、難波は、
「私は、難波直彦(ナオヒコ)といいます」
 と言った。階級は、警部補のようだ。
 高野内、園町、窈子、江波の4人は、妹尾警部と難波警部補のあとをついて、エレベーターに乗り、地下駐車場へ入った。
 そして、妹尾は、白いマークXの運転席に座り、難波は、紺色のカムリの運転席に座った。どちらも覆面車のようである。
 高野内と園町は、妹尾警部の覆面車に乗り、窈子と江波は、難波警部補の覆面車に乗った。
2台の覆面車は、地下駐車場を出ると、旭川沿いの道を走り、川の橋へ向かって、右折した。相生橋だという。
 窓の左手を見ると、烏城と呼ばれている岡山城の天守閣や、日本三大名園の後楽園の中洲が眼に入った。
 覆面車は、市街地を抜け、典型的な地方都市郊外の風景の中の道を走り、しばらくすると、赤磐南署へ到着した。
 かつては、郡部の町だったが、今は、岡山市の一部になったという。署の周りは、郊外店舗やアパート、マンションに囲まれている。
 妹尾、高野内、園町、難波、窈子、江波の6人は、覆面車から降りると、受付の女性警察官に、警察手帳を見せて、用件を言った。
 しばらくすると、白髪の目立つ60近い私服姿の男が出てきた。
「警視庁の方ですかね?」
 と、その男は、高野内に話し掛けた。
「そうです。鉄道警察隊の高野内といいます」
 と、警察手帳を見せながら、答えると、
「私は、この赤磐南署刑事課長の近藤敬太(コンドウ・ケイタ)といいます」
 と、男は名乗った。
 その男は、刑事のようだ。警察官にしては、小柄で、温和な感じだった。階級は、警部らしい。
「私たちは、寝台特急『サンライズ瀬戸』の車内で起きた殺人の捜査を始めた結果、15年前、平山義彦という中学校教員が、学校で飛び降りて死亡した件にたどりつきました。我々が捜査している『サンライズ瀬戸』の車内での殺人事件と、21日の午前O時台に、夜行急行『きたぐに』のトイレで車掌が殺された事件、それに、平山という教員が死亡した事件は、つながりがあるものと見ています。それに、急行『きたぐに』の車内で殺された車掌は、平山義彦の兄ですし、『サンライズ瀬戸』の車内のホトケは、鴨井圭という私立探偵ですが、平山の兄に依頼されて、義彦の死について調べていたそうです」
 と、高野内は、説明した。
「警視庁の捜査一課から来ていた美人の警視も同じことを話していたのう。その警視に言うたことと同じこと言うけど、平山義彦とゆう中学校教諭が死亡したのは、15年前の3月のことじゃ。わしは、当時は、この赤磐南署の刑事課のヒラ刑事だったんで、当然、捜査にも加わったからのう。平山教諭が飛び降りて死亡した事件の4日前、平山が担任していたクラスの男子生徒が雑木林で首を吊って死亡する事件があってな、もちろん、わしも捜査に加わった。その生徒は、宮川達彦(ミヤカワ・タツヒコ)と言うて、聞いた話だと、広範性発達障害があった子でな、人間関係が上手く築けず、他人と意思疎通が苦手で、苛められてたということらしい。それで、苛めを苦にした自殺とゆうことで片付けられたんじゃ。そして、その4日後、平山教諭が、校舎から飛び降りて死亡したんじゃ。校長や他の教員の証言から、宮川という生徒が自殺したのは、自分の責任だと言って、飛び降りたという情報があって、それで自殺ということになったんじゃ」
 と、近藤は、説明した。しかし、近藤の顔は、何か納得いかず、不満そうな表情だった。
「近藤警部、失礼ですが、ひょっとして、自殺として片付けられたことに不満があるのでしょうか?」
 と、園町が言うと、
「ああ。よくわかったね。実は、宮川達彦の遺体には、熱湯か何かで火傷を負わされたあとや、暴行を受けた痕跡が多数あったんじゃ。それと、平山義彦には、婚約者がいて、死亡当時、式まで、半月足らずだったんじゃ。それに、結婚の日を、ものすごく楽しみにしていたそうだったんじゃ。そうゆう人が、飛び降り自殺なんてするかのう。あと、それから一月もしない4月の始め頃に、宮川達彦の住んでいた家が火事になって、両親と兄の3人が焼死するという事件もあったんじゃ」
「失火でしょうか?」
 と、窈子が聞くと、近藤は、
「いいや。部屋に灯油をまいた痕跡があったし、死亡した3人の体内から睡眠薬が検出されたから、わしは、殺人だと思うんじゃけど、これも、一家心中の自殺ということにされてしまったんじゃ」
「近藤警部、これも、自殺とみなすには、納得がいかない点があるのでしょうか?」
 と、高野内が聞くと、近藤は、はっきりと
「自殺なわけないじゃろ」
「どうしてですか?」
「宮川達彦の父親、英人(ヒデト)は、その日、家のリフォームの発注をしたばかりなんだ。これから、家に火をつけて、自殺しようとする者が、そんなことするわけないだろ。当時の刑事課長とかは、自殺と断言したが、わしは、絶対に自殺なんかじゃないと断言する!」
 と、近藤は、熱く語った。
「それで、平山義彦の兄、泰彦が殺された件では、容疑者として、寺山正伸という、西住建設の課長の男が浮上してきたのですが、なぜ、寺山に、目星がついたかは、赤磐南署に行ったらわかると、佐田警視に言われました」
 と、高野内は、言った。
「説明するよ。それはな…」
 近藤は、何かを言おうとしていた。

 高野内たちが乗った新幹線『のぞみ93号』は、終点の岡山駅には、定刻の19時2分に到着した。
 ホームに下りると、エスカレーターで下りて、新幹線改札口を通った。
 岡山駅構内は、工事中のためか、かなりわかりにくくなっていた。
 駅前に出ると、徒歩圏内にあるビジネスホテルに宿泊した。

 翌日、2月23日、高野内たちは、ホテルをチェックアウトすると、タクシーを拾い、岡山県警本部に向かった。
 タクシーは、一方通行の通りに入った。運転手は、県庁通りだという。タクシーは、県庁通りをまっすぐ走る。
 右手には、中央郵便局や、中国地方を代表する百貨店などが見えた。
 そして、さらにまっすぐ走ると、右手に大きな庁舎のような建物が見えてきた。それが岡山県庁だという。県警本部も、県庁と同じ敷地内にあるらしい。
 県庁前でタクシーを降りると、県警本部の建物に入った。
 岡山県警捜査一課の部屋に着くと、出てきた刑事と思われる男に、高野内は、警察手帳を見せて、
「警視庁鉄道警察隊の者です」
 すると、50過ぎに見える男は、
「私は、県警捜査一課の妹尾和博(セノオ・カズヒロ)といいます」
 と言いながら、警察手帳を見せた。階級は、警部のようだ。
 高野内に続いて、園町、窈子、江波も、簡単な自己紹介をした。
 それから、高野内は、妹尾警部に、『サンライズ瀬戸』の車内で、鴨井圭という大阪の私立探偵が殺された件や、急行『きたぐに』で殺害された平山という車掌が、鴨井圭に、弟、義彦の死の真相について、調べてほしいということを依頼していたことなどを説明した。
 すると、妹尾は、
「そういえば、警視庁捜査一課の方も、私たちに、平山義彦の死について、調べて欲しいと言ってましたね」
「捜査一課ですか」
「ええ、そうです。もうすぐ、うちの課へ来られますけん」
「まさか、あの…」
 と、高野内が言いかけた矢先、背後から、
「失礼します」
 と、聞き覚えのある女の声がした。
 振り向くと、佐田真由子警視がいた。高そうな黒いレディーススーツを着ていた。
 真由子は、警察手帳を出して、
「警視庁捜査一課の佐田といいます」
 妹尾警部は、
「岡山県警捜査一課の妹尾といいます」
 と、それぞれ自己紹介をした。
 そして、真由子は、高野内たちのほうを向き、
「あなたたち、やっぱり、鴨井圭の件について調べていたのね。それで、岡山が関係あるとわかったのでしょ」
「当然ですよ。列車内で起きた犯罪事件ですから、俺たち抜きで解決しようなんて、そうはいきませんよ」
 と、軽く笑った後、表情を変えながら、
「鴨井圭は、『きたぐに』の車内で殺された平山という車掌に、弟の死の真相を調べてほしいという依頼をしていたそうです。それで、俺たちも、岡山県警と一緒に捜査することになりましたが」
「それで、わたしたち、平山車掌を殺した犯人をもう特定しちゃったわよ。だけど、アリバイがあるせいで、まだ逮捕できないのよ」
 すると、妹尾は、
「本当ですか?」
「ええ、大阪府警に協力してもらって、鴨井圭の事務所を調べてもらったら、西住建設(ニシスミ・ケンセツ)に関する情報がどんどん出てきたの。それと、新潟県警が、平山車掌の爪から、害者とは異なるAB型の人物の皮膚組織が出てきたことを言っていたわ。それで、調べたら、西住建設の課長の男が浮かんできたわ」
 と、真由子は、説明した。
「西住って、最近、首都圏にも、どんどんマンション建てたり、子会社が、中古車事業やIT関連もやっている急成長企業ですね」
 と、高野内が言うと、
「ええ、そうよ。最初は、岡山県の新興住宅地で細々とやっていた建設会社だったのだけど、今では、東京や近畿、九州などにも支店があるわよ。あと、社長は、議員の経験があるし、今度の参院選に出馬を決めているわ」
 と、真由子。
「で、佐田警視、ホシは、西住建設の課長ですよね。何という名前です?」
 と、今度は、園町が聞いた。
「寺山正伸(テラヤマ・マサノブ)という27歳の課長よ」
「27歳の課長ですか? 若いですね」
 と、園町。
「寺山課長は、小中学校時代、西住建設社長の息子の後輩だった男よ」
「じゃあ、コネで入って、課長になった可能性が高いですね」
「わたしもそう思うわ」
 と、真由子が言うと、今度は、妹尾が、
「佐田警視、寺山という男は、アリバイがあるせいで、まだ逮捕できないんですよね?」
「そうです」
「どういうアリバイですか?」
「平山車掌が、『きたぐに』の列車内で殺されたのが、検死や同乗の車掌の証言から、21日の午前0時40分頃から50分前後の間とわかったわ」
「よくここまで特定できましたね」
 すると、真由子は、時刻表をバッグから出して、
「『きたぐに』が新潟県の柿崎駅を発車したのが、0時39分。そのときまで、平山車掌は、最後部の車両で、きちんとドアの開閉をしていたのに、次の直江津では、それをしなかったのよ。直江津到着が0時53分。つまり、その間に、平山車掌は殺されたことになるわ」
「寺山という男は、その時間、『きたぐに』に乗れなかったというアリバイがあるのですね?」
「そう。20日から21日にかけての夜は、寺山は、京都駅前にあるホテルG京都に宿泊していたのよ。午後6時頃、チェックインして、6時半頃に、ルームサービスを頼んでいたそうよ。そして、翌日午前7時には、朝食バイキングを利用していたことが、ホテルのスタッフの証言でわかったそうよ」
「ルームサービスを頼んだ後、こっそりホテルを抜け出して、『きたぐに』に乗ったということは考えられませんか?」
「それがだめなの」
 と言ったあと、時刻表のページを開いて、
「寺山が泊まったホテル自体は、駅のすぐ前だから、すぐに駅の改札に入れるとしても、新潟方面へ行ける列車がないのよ。まず、京都からは、19時9分発の特急『サンダーバード43号』に乗れるけど、富山止まりで、到着が、22時1分。富山からは、22時20分発の寝台特急『日本海1号』に乗れるけど、それは、柿崎には止まらないのよ。直江津には、23時48分に停車するけど、その時間、柿崎へ行ける普通列車はないし、直江津の次の新津につくのは、1時21分だから、もう上りの『きたぐに』には乗れないわ」
 それを聞いた高野内は、がっかりしながら、
「あー、アリバイ成立か!」
 それを聞いた窈子は、
「アリバイが崩れない限り、容疑者を引っぱれないんですね」
「そうよ」
 と、真由子。
 寺山のアリバイ、崩すことができるのだろうか。

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