2台の覆面車は、県道を走り、赤磐に向かっていた。
 既に市街地からは離れ、人家はまばらだが、至る所で、コンビニエンスストアーやガソリンスタンドが灯りをともしていた。
 赤磐市に入ると、高速道路の下をくぐり、さらに何キロか進み、坂道を登ると、住宅街が目に入ってきた。
 それが、桜団地だという。
 しばらく走ると、2階建ての大きな邸宅が目に入った。
 それが、西住親子が住んでいる家らしい。
 2台の覆面車が、西住邸の前に止まると、高野内、園町、窈子、江波、真由子、妹尾、難波、近藤、真野の9人の捜査員は、車を降りて、門の前のチャイムを鳴らした。
「はい。どなたでしょうか?」
 インターホーン越しに、男の声が聞こえた。
「夜分すいません。私、岡山県警捜査一課の妹尾といいます。西住晴伸さんと、伸吾さんに、お聞きしたいことがあるのですが」
 と、妹尾が言うと、相手は、
「わかった。今から出るから、待っていてくれたまえ」
 そして、2、3分ほどして、門扉が開き、60過ぎに見える男と、20代後半くらいの男が出てきた。
 西住晴伸と伸吾の親子だろう。
 どちらも、背は低めで、伸吾のほうは、メガネをかけていて、目つきが鋭かった。
「警察の人が何のようかね?」
 晴伸が不快そうに聞くと、妹尾は、
「私は、東京警視庁の捜査員に頼まれて、寝台特急列車『サンライズ瀬戸』の車内で起きた殺人事件について、調べてみました。
 そうしたら、その前夜、夜行急行列車『きたぐに』で、車掌が殺害された件や、15年前の3月に、この桜団地で中学校教員が死亡した件など、多数の事件が関連がある可能性がでてきました」
「それで、私たちに何を聞きたいのかね?」
 晴伸がそういうと、
「急行『きたぐに』で、平山という車掌が殺された件については、容疑者としては、西住建設の課長である、寺山正伸さんが容疑者として浮上しました。それで、寺山さんに話を聞こうとしたら、殺害されて、遺体が海に捨てられていました。寺山さんの死亡推定時刻は、22日の午後11時から23日の午前1時ということが判明しています」
 と、妹尾は、説明した。
 それを聞いた伸吾は、
「刑事さん、まるで俺たちが犯人のような言い方じゃないですか。ひょっとして、その時間の俺たちのアリバイを聞きに来たのですか?」
 と言った。そのときの伸吾の表情は、なにか自信満々な雰囲気を漂わせていた。
 今度は、高野内が、
「じゃあ、お聞きしていいですかね?」
 と言うと、伸吾は、
「アリバイかよ!」
「そうです。まず、急行『きたぐに』のトイレで、車掌の平山泰彦さんが殺害された時刻のアリバイを聞かせてもらえますか? 犯行時刻は、21日の0時30分から1時の間とみているのですが」
「ああ。その時刻なら、出張で福岡に行っていて、天神のホテルに宿泊中でしたよ。チェックインしたのが夜9時ごろで、チェックアウトしたのが8時ごろだからな」
 と、伸吾は答えた。
「晴伸さんのほうは、どうですかね?」
 すると、晴伸は、
「わしは、その時間なら、うちから2キロほど離れたところにある、コンビニ、Fマートで、煙草を買っていたよ。レシートも残しているよ」
「じゃあ、21日の夜11時から22日の午前0時の間は、どこで何をしていました? その時刻は、『サンライズ瀬戸』の車内で、鴨井圭という私立探偵が殺されたと推定される時刻ですが」
 高野内は、さらに聞いた。
「わしは、岡山市田町のクラブで、創明党の県議員の金山義明(カナヤマ・ヨシアキ)さん、松川英二(マツカワ・エイジ)さん、吉崎正広(ヨシザキ・マサヒロ)さんの3人と一緒に飲んでいたよ。それについては、金山さんたちや、ホステスが憶えていると思うよ。
 あと、太田(オオタ)という個人タクシーの運転手も、わしが、0時半にタクシーで帰宅したことを憶えているかもしれんな」
 晴伸は、はきはきとした口調で答えた。
「伸吾さんは、どうですか?」
「俺は、その夜なら、博多から東京まで、寝台特急『はやぶさ』で移動する途中だったよ。車掌が俺のこと憶えているだろうし、そのとき写した写真を見せてもいいぞ」
 伸吾は、自信満々に言った。
「そうですか。では、寺山さんが殺害された、22日の午後11時から23日の午前1時の間は、どうですか?」
 高野内が、そのように尋ねると、晴伸は、不快そうな顔になり、
「なんで、そんなことわしらに聞くのかね。寺山君は、わしらの大切な部下だったんだ。わしらが殺す理由なんて、あるわけないだろ」
「それでも、なんでも疑って聞くのも、警察の仕事ですから」
 と、高野内は、軽く笑いながら言ったあと、表情を変えて、
「寺山さんの死亡時、どこで何をしていたか、聞かせてもらえますか?」
「わしと伸吾なら、津山市のLというコンビニにいたよ。30分ほど、立ち読みをして、そのあと、缶コーヒーと煙草を買ったよ。レシートもある」
 晴伸は、そう答えた。
「そんなに俺たちを疑うのなら、領収書や写真を見せてもいいぞ。取って来るから」
 伸吾は、そう言って、いったん、家の中に入り、数分後、何かを持って、再び姿を見せた。
 右手には、定形外の封筒があった。
「この中に、領収書や写真やネガを入れてある」
「じゃあ、拝見しますよ」
 高野内は、封筒を開けた。
 封筒の中には、ホテルの領収書や、コンビニのレシート、それに写真とネガが入っていた。
 領収書などの内容も、西住親子の言っていたとおりだった。
 写真は、1枚目から3枚目までは、福岡市の街の様子が写っていた。
 4枚目は、赤い電気機関車に牽引された『はやぶさ』が駅に入る場面だった。
 5枚目と6枚目は、個室寝台の写真だった。A寝台車のようである。
 7枚目は、列車の窓越しに写した、博多駅の駅名表だった。
 8枚目は、窓越しに写した小倉駅の駅名表だった。
 9枚目も、窓越しに写された駅名表で、門司だった。
 10枚目も、窓越しに写された駅名表で、下関だった。
 11枚目も、駅名表で、広島だった。
 12枚目も、駅名表の写真で、福山だった。
 13枚目も、駅名表の写真だった。岡山である。
 14枚目以降は、撮影されていない。フィルムは、24枚撮りである。
 駅名表の写真が多いが、いずれも、停車中に撮影されたものだろう。
「俺も親父も、いずれの殺人事件の時間も、アリバイがあることが照明されたでしょう」
 伸吾は、笑いながら言った。
「この写真と封筒は、預からせていただきますが、よろしいですか?」
 と、高野内が言うと、
「いいですよ」
 と、伸吾。
「で、伸吾さん、15年前、桜団地中学校で、あなたの同級生で、同じ美術部にいた宮川達彦君が、首を吊って亡くなった事件があったの、憶えていますかな?」
 今度は、近藤が尋問した。
「なんだよ。なんで、今さら、そんなこと聞くんだよ?」
 伸吾は、睨みつけた。
「宮川達彦君がのうなったあと、宮川君の担任だった平山義彦教諭が、校舎から転落死したことも憶えていますか?」
「宮川も、平山先生も、どっちも、自殺だろ! なんで、いまさら、そんなこと、蒸し返したように聞くんだよ」
「野崎という、当時の刑事課長は、宮川君の件も、平山教諭の件も、自殺ということで片付けてしもうたが、あとで、不審な点が見つかっていますからのー。
 あと、不審な点があるといえば、宮川さん一家の心中の件も、そうじゃのー」
 と、近藤が言い、それに続いて、真野が、伸吾の目をじっと見ながら、
「当時の赤磐南署の刑事課長だった、野崎という人物も亡くなりました。死亡推定時刻は、今日の午前2時から3時の間です。我々は、殺人事件とみています。
 我々、警察では、15年前、中学生だった宮川君が死亡した件や、宮川さん一家が焼死した件、平山教諭が転落死した件、それに、今月になって、急行『きたぐに』の車内で、平山教諭の兄である、車掌の泰彦さんが殺害された件、『サンライズ瀬戸』の車内で、私立探偵の鴨井圭が殺害された件も、寺山さんが殺害された件も、野崎元刑事課長が殺された件も、すべて関連があると見て、捜査をしています」
 と言った。
「俺たちが、そんなに大勢殺したというのかよ!」
 伸吾は、顔を真っ赤にして怒鳴った。
「他にも、関係のありそうな人物が、多数亡くなっています。自殺や事故死とされた人物もいますが、いずれも、それにしては不審な点が見つかってます」
「そんなこと、俺たちが知るわけないだろ! それに、カモイなんとかという探偵なんか、俺は知らんぞ。寺山とかが殺されたのとどういう関係があるんだ?」
 伸吾が怒鳴ると、今度は、園町が、
「鴨井圭は、急行『きたぐに』で殺害された平山車掌に、弟である義彦さんの死について真相を調べて欲しいという依頼をされた探偵です。
 ここからは、推測ですが、鴨井は、何か調べているうちに、あなたたちにたどり着いた。そして、あなたたちをゆすったから、言葉巧みに、鴨井に『サンライズ瀬戸』に乗るように言って、車内で殺害し、自分たちは、アリバイを作ったのではないのですか?」
 それを聞いた伸吾は、
「何の証拠もない推測ばかりじゃないか! とにかく、俺には、『はやぶさ』に乗っていたというアリバイがあるし、親父には、岡山市のクラブにいたというアリバイがある。いいかげんにしないと、弁護士を呼ぶぞ!」
 と言い、それに続いて、晴伸が、
「わしらは、寺山君という優秀な部下を殺された被害者なんだ。なんで、わしらが寺山君を殺さないといけないのかね?」
 と睨みつけてきた。
 すると、今度は、真由子が、
「新潟県警の調べによると、平山車掌の爪の中から、本人とは異なるAB型の人物の皮膚が出てきたそうです。それで、被害者が抵抗したとき、犯人を引っかいたものとみていました。
 それで、寺山さんの遺体には、首を爪で引っかかれたあとがありました。
 ですから、寺山さんが、もし逮捕されて、何かしゃべったらまずいと思い、口封じに殺したものとみて、捜査を進めています」
 と、説明した。
「だからって、わしらが殺したという証拠はないんだろ」
 と、晴伸は言い、
「とにかく、俺たちにはアリバイがあるんだ。いつまでも疑っているんじゃねえ」
 と、伸吾は言った。
 その矢先、玄関のドアが開き、中肉中背の男が出てきた。年齢は、50代前半だろうか。
「社長、副社長、どなたが来られているのですか?」
 その男は言った。
「池上(イケガミ)君、警察の奴らが大勢で押しかけて、わしらが犯罪者のように決め付けたようなこと言ってくるんだ。追い出してくれたまえ」
「わかりました」
 と言ったあと、池上という男は、
「刑事さん、うちの社長が何かしたのですか?」
 と聞いてきた。
「いいえ。参考までにお尋ねしているのですが」
 と、高野内が答えると、
「なら、お引取り願います。いつまでも、居られると、迷惑ですから」
「失礼ですが、あなたは、どなたですか?」
「私は、西住晴伸の秘書をしている、池上雅典(イケガミ・マサノリ)といいます」
 と言いながら、池上は、名刺を渡した。
 真由子は、高野内たちや、妹尾たち、近藤たちのほうを向いて、
「そろそろ、戻りましょ」
 と言った。
 そして、
「では、長い時間、いろいろすいませんでした。失礼します」
 と言って、西住邸をあとにした。
 西住がアリバイ主張に提出した領収書や写真、ネガなどは、預かったままである。
 西住親子のアリバイは、成立するのだろうか。