窈子、江波、岡田の3人が乗った快速『ムーンライトえちご』は、上越線を走り抜け、宮内駅を通過すると、3時39分に長岡駅に停車した。
3人は、2号車のデッキに立っている。
西住伸吾が乗っているという報告は、まだない。
3人は、2号車のデッキから、気付かれないようにホームを監視したが、1号車から降りた客はいなかった。
また、西住伸吾らしき人影もなかった。
3時55分、『ムーンライトえちご』は、新潟を目指して、長岡駅のホームを離れた。
次は、見附駅に停車する。
発車後、後方の車両から、松本車掌が来た。
窈子が、
「長岡からも乗車していないかどうか、確認お願いします」
と言うと、
「わかりました」
と、松本車掌。
それから、しばらくして、前方から、松本車掌が戻ってきて、
「乗っていませんね」
「本当に乗っていませんか?」
と、窈子が入念そうに聞くと、
「はい。どの車両にも、おられませんでしたよ。では、まもなく、見附駅に着きますので、私は、乗務員室に戻ります」
と、松本車掌は言い、3人の前から去っていった。
「この様子だと、伸吾は、新幹線で、新潟へ向かうつもりだな」
と、岡田は、デッキから、客室に眼を向けながら言った。
「西住たちは、何の意図で新潟に向かっているのかがわかりませんね」
と、江波が言うと、
「僕も、まだわからないよ。単なる出張かもしれないし、新潟で、何か別の犯行を予定しているのかもしれない」
と、頭を痛めたような言い方をした。
窈子、江波、岡田の3人が乗った快速『ムーンライトえちご』は、東三条、加茂、新津に停車し、終点の新潟には、4時51分に到着した。
まだ、空は真っ暗で、ドアが開くと、冷たい風がデッキに入ってきた。
新宿や池袋など、首都圏の駅から乗ってきた乗客たちは、一斉に席を立ち、デッキを通り、ホームへ降り立っていった。
3人は、1号車に乗っていた西住晴伸に気づかれないように、また見失わないように注意しながら、あとをつけていった。
晴伸は、改札口を通ると、駅前からタクシーに乗った。
窈子、江波、岡田の3人も、すぐに後ろにいたタクシーに乗り、
「前のタクシーを追いかけてください」
と、運転手のほうを向いて言った。
タクシーは、すぐに走り出した。
2台のタクシーは、駅前からの大通りをまっすぐ走りつづけた。
20分ほどすると、前方に、高架道路と立体交差しているのが見えた。
晴伸の乗ったタクシーは、高架道路の下をくぐったあと、左手にあるネットカフェの駐車場に入った。
窈子、江波、岡田の3人が乗ったタクシーも、すぐあとをついていき、晴伸が乗ったタクシーの10メートル後方で停止した。
タクシーから、晴伸が降りて、ネットカフェの建物に入っていったのを、窈子、江波、岡田の3人は、確認した。
窈子と江波は、すぐにタクシーから降りて、ネットカフェに入った。
岡田は、運転手に料金を支払った後、建物に入ってきた。
3人は、柱の陰に隠れながら、晴伸が、カウンターで、利用の手続きをしていることを確認した。
晴伸がカウンターから去っていったあと、3人は、カウンターへ向かって歩き、岡田は、受付の女性店員に、晴伸の顔写真を見せながら、
「今さっき、この男の人と話されていたよね」
と話しかけた。
「はい。その方のお連れの方ですか?」
と、女性店員が言うと、
「そうですが、どの席へ行きましたか?」
と、岡田は言った。
「その方でしたら、あそこのソファ席をご利用になりました」
と、女性店員は、客席が多数あるほうを指さして言った。
そして、3人は、席の番号を聞いた後、店員に礼を言って、カウンターの前から去った。
「ここで伸吾や池上と待ち合わせをするのでしょうか?」
と、窈子が客席のほうに目を向けながら言った。
店内には、ネットカフェ難民と呼ばれる人たちと思われる若者や、宿代わりに利用していると思われる人たちが多数いた。
「ここで仕事の打ち合わせをするのかな?」
と、岡田は、はっきりとしないような口調で言った。
「僕には、わかりませんね」
と、江波。
「僕も、まだ意図がはっきりとわからないんだよ。仕事に関することかもしれないし、それとも、何か別の意図で、ネットカフェに入ったかも知れないし、ただ単に、伸吾や池上が来るのを待っているだけかもしれない」
と、岡田は言った。
午前5時頃、警視庁鉄道警察隊東京駅分駐所では、田村警部が、磯野貴代子と堀西真希の2人に、列車に乗るように、指示を出していた。
寝台特急『サンライズ瀬戸』の車内で、鴨井圭が殺害された件と、急行『きたぐに』の車内で、平山車掌が殺された件は、調べた結果つながりがあると思われることがわかったが、『きたぐに』で事件があった夜、途中の駅で、突然下車した、安倉美紀という女が、東京駅に向かっている寝台急行『銀河』に乗っているという情報が入ったからである。
安倉美紀は、岡山県に住む人物で、『きたぐに』で平山車掌が殺された夜、安倉美紀は、車内改札に来た車掌に、平山車掌が乗っているかどうかを聞いていたことや、大阪までの急行券を買ったにも関わらず、途中の富山駅で、突然、列車から降りていったことがわかっている。
「安倉美紀に質問して、何か聞き出せたら、俺に知らせてくれ」
と、田村が言うと、
「わかりました」
と、貴代子は言い、
「安倉美紀という女の人は、『銀河』何号車に乗っているのですか?」
と、真希が聞いた。そのときの真希は、普段のパトロールのときと違い、私服姿である。
「車掌からの情報だと、4号車の17番下段だそうだ。ちなみに、切符は、東京までということだ」
と、田村。
「じゃあ、列車が着いたら、すぐに4号車に乗りこみましょう」
と、真希が言うと、貴代子は、首を振りながら、
「いえ。それだと遅いかもしれないわ。今の時間なら、5時20分発の静岡行き普通列車に間に合うわね」
と、時計に眼を向けながら言った。
「磯野さん、品川か横浜から、『銀河』に乗るのですか?」
と、真希が言うと、
「横浜からよ」
と、貴代子は答えた。
それを聞いた田村は、
「磯野君の言うとおりにしたほうがいいかも知れんな」
と、真剣そうな表情で言った。
「というわけで、真希ちゃん、静岡行きに乗るわよ」
と、貴代子は、急ぐように言った。
「わかりました」
と、真希は、貴代子について行き、2人は、分駐所から出て、7番ホームへ向かって走った。
7番ホームには、ステンレス製の車体に、オレンジのラインの入った電車が止まっていた。
それは、夜行快速『ムーンライトながら』の運用で、東京駅に到着した車両で、折り返し、下り普通列車になって、車両基地に近い静岡へ向かうことになる。
車両も、他の普通電車と異なり、JR東海のものである。特急用に造られた車両なので、扉の数が少なく、車内は、快適そうなリクライニングシートが並んでいた。
5時20分、普通列車静岡行きは、東京駅のホームを離れた。
途中、新橋、品川、川崎に停車し、5時47分に、横浜駅に停車すると、貴代子と真希の2人は、ホームに降りた。
そして、階段を下りたり、昇ったりをして、東海道本線上りのホームへ行った。
上り『銀河』の横浜駅入線は、6時18分である。
ホームで待ちながら、真希は、
「どうして、横浜からですか?」
と、貴代子に聞いた。
「安倉美紀は、『きたぐに』でも、大阪行きの切符を買ったにも関わらず、途中で降りたのよ。もし、東京で待っていて、横浜や品川で降りられてしまったら、彼女に話し掛けることができなくなるわ」
と、貴代子は答えた。
「なるほど。わかりましたわ」
と、真希。
2月なので、ホームはまだ寒く暗かった。
6時18分が近づいてきたとき、駅のアナウンスが、『銀河』の入線を伝えた。
そして、ヘッドライトの光が近づき、ブルーの機関車に牽かれた、ブルーの寝台車の姿が眼に入った。
寝台急行『銀河』東京行きである。
貴代子と真希は、4号車のドアから、列車に乗り込んだ。
『銀河』は、まもなくドアが閉まり、ホームを離れた。
横浜駅を出た上り『銀河』は、次は、品川に停車し、さらにその次は、終点の東京である。
貴代子と真希は、4号車のデッキから、客室に入った。客室に入って、右側に17番上下の寝台があった。
その列車のB新台車は、2段ベッドが向かい合わせに設置されているが、橋の17番は、向かい合うベッドがなく、向かいには、客室とデッキとの仕切り壁があるだけである。
問題の17番の上段は、切符が売れていなかったのかカーテンが開いたままで、人の姿はなかった。
下段のほうは、カーテンが閉まっていて、ベッドのそばには、女性ものの靴が置かれていた。
「安倉美紀は、ここにいるみたいね」
と、貴代子は、少し安心したように言った。
まもなく、車掌が、貴代子たちのそばに来た。40過ぎくらいに見える人だった。
貴代子は、その車掌に、警察手帳を見せて、
「鉄道警察隊ですが、私たちが担当している事件に関係あると思われる女の人が、この車両にいると聞いています」
と、話しかけた。
「私は、中森といいますが、もう1人の車掌に聞いた結果、私が車内改札を担当した人が、『きたぐに』で殺人事件があった夜、乗車していたということがわかりました。この車両の17番の下段にいる女性の人です」
と、車掌は答えた。
「じゃあ、17番下段の人に話しかけますけど、よろしいですね?」
と、貴代子が言うと、
「はい。どうぞ」
と、中森車掌は、答えた。
そして、貴代子は、17番下段のベッドに近づき、
「おやすみのところ、すみません」
と、声をかけた。通路には、真希がいる。
しかし、何の返事もなかった。
そのときの貴代子や真希にはっきりと聞こえたのは、客車がレールのつなぎ目を通過する音だけだった。
「おかしいわね」
貴代子は、不思議そうな表情をした。
「眠っていて、気付かないのかもしれませんよ」
と、真希が横から言った。
「いいえ。それにしてはおかしいわ」
と、貴代子は、怪訝そうに言った。
「どうしてです?」
「いびきとかがまったく聞こえないわ」
と、貴代子は言い、
「まさか…」
と、急に不安な表情に変わった。
「どうしたのです?」
真希は、貴代子のほうをじっと見ていた。
「カーテン開けるわよ」
そして、貴代子は、閉まっていたカーテンを開いた。
すると、中は、人の姿はなく、使われてくしゃくしゃになった毛布と枕とシーツだけが残っていた。
ベッドには、安倉美紀の姿はなかったのである。
安倉美紀は、この列車のどこかにいるのか?
そのときの貴代子と真希には、わからなかった。
3人は、2号車のデッキに立っている。
西住伸吾が乗っているという報告は、まだない。
3人は、2号車のデッキから、気付かれないようにホームを監視したが、1号車から降りた客はいなかった。
また、西住伸吾らしき人影もなかった。
3時55分、『ムーンライトえちご』は、新潟を目指して、長岡駅のホームを離れた。
次は、見附駅に停車する。
発車後、後方の車両から、松本車掌が来た。
窈子が、
「長岡からも乗車していないかどうか、確認お願いします」
と言うと、
「わかりました」
と、松本車掌。
それから、しばらくして、前方から、松本車掌が戻ってきて、
「乗っていませんね」
「本当に乗っていませんか?」
と、窈子が入念そうに聞くと、
「はい。どの車両にも、おられませんでしたよ。では、まもなく、見附駅に着きますので、私は、乗務員室に戻ります」
と、松本車掌は言い、3人の前から去っていった。
「この様子だと、伸吾は、新幹線で、新潟へ向かうつもりだな」
と、岡田は、デッキから、客室に眼を向けながら言った。
「西住たちは、何の意図で新潟に向かっているのかがわかりませんね」
と、江波が言うと、
「僕も、まだわからないよ。単なる出張かもしれないし、新潟で、何か別の犯行を予定しているのかもしれない」
と、頭を痛めたような言い方をした。
窈子、江波、岡田の3人が乗った快速『ムーンライトえちご』は、東三条、加茂、新津に停車し、終点の新潟には、4時51分に到着した。
まだ、空は真っ暗で、ドアが開くと、冷たい風がデッキに入ってきた。
新宿や池袋など、首都圏の駅から乗ってきた乗客たちは、一斉に席を立ち、デッキを通り、ホームへ降り立っていった。
3人は、1号車に乗っていた西住晴伸に気づかれないように、また見失わないように注意しながら、あとをつけていった。
晴伸は、改札口を通ると、駅前からタクシーに乗った。
窈子、江波、岡田の3人も、すぐに後ろにいたタクシーに乗り、
「前のタクシーを追いかけてください」
と、運転手のほうを向いて言った。
タクシーは、すぐに走り出した。
2台のタクシーは、駅前からの大通りをまっすぐ走りつづけた。
20分ほどすると、前方に、高架道路と立体交差しているのが見えた。
晴伸の乗ったタクシーは、高架道路の下をくぐったあと、左手にあるネットカフェの駐車場に入った。
窈子、江波、岡田の3人が乗ったタクシーも、すぐあとをついていき、晴伸が乗ったタクシーの10メートル後方で停止した。
タクシーから、晴伸が降りて、ネットカフェの建物に入っていったのを、窈子、江波、岡田の3人は、確認した。
窈子と江波は、すぐにタクシーから降りて、ネットカフェに入った。
岡田は、運転手に料金を支払った後、建物に入ってきた。
3人は、柱の陰に隠れながら、晴伸が、カウンターで、利用の手続きをしていることを確認した。
晴伸がカウンターから去っていったあと、3人は、カウンターへ向かって歩き、岡田は、受付の女性店員に、晴伸の顔写真を見せながら、
「今さっき、この男の人と話されていたよね」
と話しかけた。
「はい。その方のお連れの方ですか?」
と、女性店員が言うと、
「そうですが、どの席へ行きましたか?」
と、岡田は言った。
「その方でしたら、あそこのソファ席をご利用になりました」
と、女性店員は、客席が多数あるほうを指さして言った。
そして、3人は、席の番号を聞いた後、店員に礼を言って、カウンターの前から去った。
「ここで伸吾や池上と待ち合わせをするのでしょうか?」
と、窈子が客席のほうに目を向けながら言った。
店内には、ネットカフェ難民と呼ばれる人たちと思われる若者や、宿代わりに利用していると思われる人たちが多数いた。
「ここで仕事の打ち合わせをするのかな?」
と、岡田は、はっきりとしないような口調で言った。
「僕には、わかりませんね」
と、江波。
「僕も、まだ意図がはっきりとわからないんだよ。仕事に関することかもしれないし、それとも、何か別の意図で、ネットカフェに入ったかも知れないし、ただ単に、伸吾や池上が来るのを待っているだけかもしれない」
と、岡田は言った。
午前5時頃、警視庁鉄道警察隊東京駅分駐所では、田村警部が、磯野貴代子と堀西真希の2人に、列車に乗るように、指示を出していた。
寝台特急『サンライズ瀬戸』の車内で、鴨井圭が殺害された件と、急行『きたぐに』の車内で、平山車掌が殺された件は、調べた結果つながりがあると思われることがわかったが、『きたぐに』で事件があった夜、途中の駅で、突然下車した、安倉美紀という女が、東京駅に向かっている寝台急行『銀河』に乗っているという情報が入ったからである。
安倉美紀は、岡山県に住む人物で、『きたぐに』で平山車掌が殺された夜、安倉美紀は、車内改札に来た車掌に、平山車掌が乗っているかどうかを聞いていたことや、大阪までの急行券を買ったにも関わらず、途中の富山駅で、突然、列車から降りていったことがわかっている。
「安倉美紀に質問して、何か聞き出せたら、俺に知らせてくれ」
と、田村が言うと、
「わかりました」
と、貴代子は言い、
「安倉美紀という女の人は、『銀河』何号車に乗っているのですか?」
と、真希が聞いた。そのときの真希は、普段のパトロールのときと違い、私服姿である。
「車掌からの情報だと、4号車の17番下段だそうだ。ちなみに、切符は、東京までということだ」
と、田村。
「じゃあ、列車が着いたら、すぐに4号車に乗りこみましょう」
と、真希が言うと、貴代子は、首を振りながら、
「いえ。それだと遅いかもしれないわ。今の時間なら、5時20分発の静岡行き普通列車に間に合うわね」
と、時計に眼を向けながら言った。
「磯野さん、品川か横浜から、『銀河』に乗るのですか?」
と、真希が言うと、
「横浜からよ」
と、貴代子は答えた。
それを聞いた田村は、
「磯野君の言うとおりにしたほうがいいかも知れんな」
と、真剣そうな表情で言った。
「というわけで、真希ちゃん、静岡行きに乗るわよ」
と、貴代子は、急ぐように言った。
「わかりました」
と、真希は、貴代子について行き、2人は、分駐所から出て、7番ホームへ向かって走った。
7番ホームには、ステンレス製の車体に、オレンジのラインの入った電車が止まっていた。
それは、夜行快速『ムーンライトながら』の運用で、東京駅に到着した車両で、折り返し、下り普通列車になって、車両基地に近い静岡へ向かうことになる。
車両も、他の普通電車と異なり、JR東海のものである。特急用に造られた車両なので、扉の数が少なく、車内は、快適そうなリクライニングシートが並んでいた。
5時20分、普通列車静岡行きは、東京駅のホームを離れた。
途中、新橋、品川、川崎に停車し、5時47分に、横浜駅に停車すると、貴代子と真希の2人は、ホームに降りた。
そして、階段を下りたり、昇ったりをして、東海道本線上りのホームへ行った。
上り『銀河』の横浜駅入線は、6時18分である。
ホームで待ちながら、真希は、
「どうして、横浜からですか?」
と、貴代子に聞いた。
「安倉美紀は、『きたぐに』でも、大阪行きの切符を買ったにも関わらず、途中で降りたのよ。もし、東京で待っていて、横浜や品川で降りられてしまったら、彼女に話し掛けることができなくなるわ」
と、貴代子は答えた。
「なるほど。わかりましたわ」
と、真希。
2月なので、ホームはまだ寒く暗かった。
6時18分が近づいてきたとき、駅のアナウンスが、『銀河』の入線を伝えた。
そして、ヘッドライトの光が近づき、ブルーの機関車に牽かれた、ブルーの寝台車の姿が眼に入った。
寝台急行『銀河』東京行きである。
貴代子と真希は、4号車のドアから、列車に乗り込んだ。
『銀河』は、まもなくドアが閉まり、ホームを離れた。
横浜駅を出た上り『銀河』は、次は、品川に停車し、さらにその次は、終点の東京である。
貴代子と真希は、4号車のデッキから、客室に入った。客室に入って、右側に17番上下の寝台があった。
その列車のB新台車は、2段ベッドが向かい合わせに設置されているが、橋の17番は、向かい合うベッドがなく、向かいには、客室とデッキとの仕切り壁があるだけである。
問題の17番の上段は、切符が売れていなかったのかカーテンが開いたままで、人の姿はなかった。
下段のほうは、カーテンが閉まっていて、ベッドのそばには、女性ものの靴が置かれていた。
「安倉美紀は、ここにいるみたいね」
と、貴代子は、少し安心したように言った。
まもなく、車掌が、貴代子たちのそばに来た。40過ぎくらいに見える人だった。
貴代子は、その車掌に、警察手帳を見せて、
「鉄道警察隊ですが、私たちが担当している事件に関係あると思われる女の人が、この車両にいると聞いています」
と、話しかけた。
「私は、中森といいますが、もう1人の車掌に聞いた結果、私が車内改札を担当した人が、『きたぐに』で殺人事件があった夜、乗車していたということがわかりました。この車両の17番の下段にいる女性の人です」
と、車掌は答えた。
「じゃあ、17番下段の人に話しかけますけど、よろしいですね?」
と、貴代子が言うと、
「はい。どうぞ」
と、中森車掌は、答えた。
そして、貴代子は、17番下段のベッドに近づき、
「おやすみのところ、すみません」
と、声をかけた。通路には、真希がいる。
しかし、何の返事もなかった。
そのときの貴代子や真希にはっきりと聞こえたのは、客車がレールのつなぎ目を通過する音だけだった。
「おかしいわね」
貴代子は、不思議そうな表情をした。
「眠っていて、気付かないのかもしれませんよ」
と、真希が横から言った。
「いいえ。それにしてはおかしいわ」
と、貴代子は、怪訝そうに言った。
「どうしてです?」
「いびきとかがまったく聞こえないわ」
と、貴代子は言い、
「まさか…」
と、急に不安な表情に変わった。
「どうしたのです?」
真希は、貴代子のほうをじっと見ていた。
「カーテン開けるわよ」
そして、貴代子は、閉まっていたカーテンを開いた。
すると、中は、人の姿はなく、使われてくしゃくしゃになった毛布と枕とシーツだけが残っていた。
ベッドには、安倉美紀の姿はなかったのである。
安倉美紀は、この列車のどこかにいるのか?
そのときの貴代子と真希には、わからなかった。