タクシーを降りた池上は、ネットカフェの中に入っていった。
 高野内と園町も、相手に気づかれないようにしながら、中に入った。
 池上は、会員証を見せて、利用するための手続をしていた。
 池上が客席のほうへ向かうと、高野内は、受付の女性店員に、
「さっきの男の人、俺の知り合いなんだが、どの席に行きましたかね?」
 と尋ねた。
 すると、相手は、
「その方なら、あそこのソファー席をご利用になられました」
 と言い、席の番号を言った。
「ありがとう」
 高野内は、礼を言った後、気付かれないようにしながら、客席のあるほうへ向かった。
 そのとき、通路で、
「高野内さん」
 と、聞き覚えのある声が耳に入ってきた。
 振り向くと、江波と窈子がいた。
「西住晴伸がここにいるのか?」
「ええ。今、本庁の岡田警部が見張っています」
 と、江波。
「どの席だ?」
「あそこのソファ席の…」
 と、江波は、席番を答えた。
 すると、高野内は、
「俺たちは、池上の尾行をしてきたのだが、奴は、となりの席にいるはずだ」
 と、ソファ席が集まっている箇所を指さして言った。
「じゃあ、2人は、ここで待ち合わせということですか?」
 と、窈子が言うと、
「その可能性があるが、何のために2人がここで合流しているのかがわからないんだ。あと、伸吾がどうして、来ていないのかも」
 と、高野内。
「まさか、伸吾も、何かの口封じに、晴伸の命令で消されたか、消されようとしているのでしょうか?」
 江波は、不安そうに言った。
「いや、それはないと、俺は思う」
 と、高野内は、否定した。
「どうしてですか?」
「西住は、いままで、伸吾に関するスキャンダルを知る者を、口止めしたり、口封じで消してきた可能性が高いが、そうしてでも、自分の息子の立場を守りたいと思っているんだ。奴にとっては、大事な息子だからね。だから、奴が伸吾自信を消すなんて、とても考えられないよ」
 と、高野内が言うと、
「俺も、高野内さんの言うことに同意だな。親というものは、子供にどんな汚点があっても、自分の子だけは、大切に守りたいものだからね」
 と、園町は言った。
「なるほど」
 江波は、納得したように言った。
「ところで、安倉美紀と思われる女が、東京までの切符を持って、上り寝台急行『銀河』に乗っていたそうだが、行方不明になっているんだ」
 と、高野内は言い、電話で田村警部と話したことと同じ内容を言った。
 すると、窈子は、
「もし、無理矢理降ろされたとしたら、彼女の命が危ないですね」
 と、不安そうな声で言った。
「そうなんだ。彼女は、『きたぐに』で、平山車掌が殺された夜、その列車に乗っていたし、平山の弟の婚約者だったからな」
 と、高野内は、一層真剣そうな表情で答えた。
「もし、安倉美紀が、『銀河』から、無理矢理降ろされたとした場合、西住晴伸と池上は、犯行不可能ですから、伸吾か、他の共犯者の力が必要になりますね」
 と、園町が言うと、
「ああ。そうなんだが、伸吾がどこにいるのかもわからんし、どうして、新潟に行く列車の切符を買っていながら、来ていないのだろうか」
 と、高野内は、苦悩したように言った。
「それに、どうして、西住晴伸と池上が、それぞれ別の夜行列車に乗って、新潟のネットカフェで落ち合ったのかすらわかりませんよね」
 と、江波が言うと、
「私は、西住たちは、『ムーンライトえちご』の切符を2人分用意していたのに、晴伸1人しか乗らなかったことが引っ掛りますわ」
 と、窈子が言った。
 すると、高野内は、表情を急変させながら、
「俺たちは、奴らに一杯食わされたかもしれんぞ」
「どうしてですか?」
 と、江波。
「俺は、西住たちが、新潟方面への夜行列車の切符を3人分確保したことを知ったとき、西住親子と池上の3人が、何かの目的で新潟に行くものと思っていたんだ。会社の業務か、他の目的かはわからなかったがな」
 と、高野内は、言った。
「私もそう思っていましたわ」
 と、窈子。
「だが、奴らのうち2人は、俺たち捜査官がこっそり尾行することを計算の上で、『ムーンライトえちご』と『きたぐに』の2つの夜行列車に乗って、新潟へ向かっていたんだと、思える」
「その目的は何です?」
 と、江波が言うと、
「捜査官を2つの新潟行きの列車に引きつけて、その間に、誰かが新潟とは無関係の寝台急行『銀河』から、安倉美紀を降ろして、どこかに連れて行ったということは、考えられないか?」
 高野内が、そのように説明すると、
「そういうことだったのですか」
 と、江波も表情を大きく変えながら言った。
「だとすると、安倉美紀が危ないですね」
「ああ。ただ、『銀河』から、安倉美紀を降ろしたことについては、西住晴伸と池上には、犯行は不可能だから、伸吾か、他の共犯者が必要だよ」
「じゃあ、伸吾が、いちばん、その可能性が高いんじゃないのですか?」
 と、江波が言うと、
「ああ。おそらくな」
 と、高野内。
 そのとき、高野内の携帯電話が鳴った。田村警部からのようである。
「はい。高野内ですが」
「高野内君、最悪の知らせが入った」
 それを聞いた高野内の表情は少し固くなった。
「その知らせとは何でしょうか?」
「安倉美紀と思われる女が遺体で発見されたそうだ」
 それを聞いた高野内は、さらに表情が変わり、
「本当ですか?」
 その高野内の表情を見た園町や江波、窈子の表情は、ますます不安そうになった。