浜崎ヒカルのブログ推理小説

ブログを利用して推理小説を書いています。 鉄道ミステリーが中心になります。

2009年01月

 東京駅分駐所では、捜査についての話し合いが進められていた。
 一連の事件の犯人が浜田耕太郎という前提である。
 高野内は、それに納得いかない顔だった。
 午後8時半頃、貴代子と真希が戻ってきた。
「警部、戻りました」
 と、貴代子が言うと、
「ごくろうさん」
 と、田村。
 そのあと、貴代子は、
「警部、『銀河』に乗務していた車掌に、念入りに聞いてきたのですが、安倉美紀が、どの駅で降ろされたか、まったくわからないということでした」
 と言った。
 それを聞いた田村は、残念そうな声で、
「そうか」
 と言ったあと、
「だが、我々が推理した結果、可能性が高いのは、富士駅だとわかった」
 と、自信ありそうに答えた。
「でも、停車駅ごとに、2人の車掌がホームを監視していたそうですが、寝巻き姿でホームに降りた乗客は見ていないそうです」
 と、真希は言い、
「乗務していた車掌は、JR西日本の島田と中森の2人ですが、ともに、夜行列車の乗務歴も長いベテランですし、特に、寝台列車では、途中の駅で、寝巻き姿でホームに降りて取り残された乗客がいないかどうかを、いつも注意していると言っていました」
 と、貴代子は、説明した。
 それを聞いた田村は、
「車掌も人間だ。たまには見落とすことはあるだろ!」
 すると、高野内は、
「でも、深夜から未明の駅のホームは、人の数は至って少ないですから、寝巻き姿で降りていたら、すぐ目につくと思いますが」
 と言い、
「わたしもそう思いますわ」
 と、窈子は言った。
「高野内君も、安倉美紀が富士駅で降ろされて、河口湖へ連れて行かれて、殺されたのには異議がないのだろう?」
 と、田村が強い口調で言うと、
「そうですが、寝巻き姿で降ろされたとしたら、なぜ、ホームを監視していた車掌が2人とも、それに気付かなかったのかがわからないのです」
 と、高野内は、怪訝そうに言った。
「それは、俺がさっき、見落とす可能性もあると言ったはずだ!」
「その可能性も、否定はできませんが、俺は、浜田が、なぜ安倉美紀を殺さなければならないのかわかりません」
「それを今、調べているんじゃないか。 違うかね?」
「それでも、浜田が黒幕というのは納得がいきません。それに対して、西住親子なら、十分動機がありますし、浜田に、これまでの事件の罪を着せて、自殺に見せかけて殺したというのなら、納得がいきますが」
「まだ西住にこだわるのか?」
 と、一瞬田村は、険しい表情になったが、
「高野内君がそこまでいうのなら、ぜひとも調べて、証拠を挙げてほしい」
 と、穏やかな顔つきになった。
 そして、
「俺は、君たちを信じているよ」
 と、笑顔になった。
「じゃあ、西住親子が黒幕という前提で、捜査を進めてよろしいですか?」
 と、高野内が真剣そうな表情で言うと、
「ああ。それで、高野内君は、安倉美紀と浜田耕太郎を殺したのは、西住親子だと、確信しているのだな?」
 と、田村は、念入りに聞いた。
「はい。2人の殺害を指示したのは、父親の西住晴伸の可能性が高いと思います。しかし、2人の死亡時、晴伸は、新潟市内のネットカフェにいましたし、安倉美紀が『銀河』から降ろされたと思われる時間には、新潟行きの『ムーンライトえちご』に乗車していました。
ですから、晴伸は、実行犯にはなり得ません」
 と、高野内は、説明した。
「なるほど」
 と、田村が言うと、
「秘書の池上も、今までの事件に関わっている可能性は、十分ありますが、安倉美紀が『銀河』から降ろされた時間も、殺された時間も、新潟行きの急行『きたぐに』で移動中でした」
 と、高野内。
「じゃあ、池上も実行犯ではないということだな」
 と言ったあと、田村は、
「ということは、実行犯の可能性が高いのは、西住の息子の伸吾か?」
「そうです。奴は、どちらの列車にも乗ってこなかったので、今のところ、アリバイがはっきりとしません。
 それに、奴らは、捜査員がマークしているのを計算の上で、わざと目立つ行動をしながら、新潟行きのキップを3人分買ったのだと思います。1人だけ出発地と経路が違いますが、それでも、西住親子と池上の3人が新潟へ行き何かをすると思わせる効果は、十分あります」
 と、高野内が説明すると、田村は、
「なるほど、こうやって、捜査員を新潟方面へ牽きつけて、その間に、新潟から遠く離れた東海道本線の寝台急行『銀河』から、安倉美紀を降ろして、浜田耕太郎とともに、河口湖で、心中に見せかけて、殺害したということか」
 と、納得したように言った。
「そうです」
 と、高野内が言うと、それに続くように、園町が、
「それの実行犯の可能性が極めて高いのは、伸吾ですから、奴のアリバイを聞きにいきたいと思います」
 と言った。
「高野内君、園町君、西住伸吾への聞き込みは、君たちにまかせた」
 そして、高野内と園町は、伸吾に会って話を聞くことにした。
 高野内は、品川区にある、西住建設・東京支社に電話した。
 相手に、警察であることと、西住伸吾に話があることを告げると、マンションに戻ったという返事があった。
 そのマンションがあるのは、杉並区高井戸西だという。
 西住伸吾は、東京出張のときは、そのマンションの一室を、宿代わりにするらしい。
 高野内は、電話を切ると、
「園町、高井戸に行くぞ」
「西住伸吾は、高井戸にいるのですか?」
「そうらしい」
 そして、高野内と園町は、分駐所を出て、山手線ホームへ向かった。
 山手線外回りの電車が入ってくると、それに乗車した。
 22分後、電車は、渋谷駅に停車した。
 渋谷駅で、京王井の頭線に乗車した。
 車内は、帰宅するサラリーマンやOLなどでいっぱいだった。
 17分後、高井戸駅に到着した。
 そこから、徒歩で数分だという。
 時計を見ると、午後9時半を過ぎたばかりだった。
 駅前から5、6分歩いたところで、屋上に西住建設の広告看板がついた7階建てのマンションが目に入った。
 賃貸マンションだが、エントランスホールには、防犯ロックのついたガラス戸が設置されていた。
 ガラス戸の前には、1人の男の人の姿があった。
 よく見ると、岡田だった。
「岡田警部、どうされましたか?」
 と、高野内が話しかけると、
「高野内さん、園町さん、あなたたちも、西住伸吾に会いに来たのかね」
 と、岡田。
「そうです」
 そして、岡田は、部屋番号を押して、呼び出しボタンを鳴らした。
「何でしょうか?」
 と、聞き覚えのある男の声がした。伸吾の声である。
「警視庁の岡田ですが、浜田耕太郎と安倉美紀が死亡していた件で話があります。開けてもらえますか?」
 と、岡田は言った。
「しゃーねえなあ」
 と、相手は面倒くさそうな声で、返事した。
 そして、ドアは開錠された。
 高野内、園町、岡田の3人は、中に入ると、エレベーターに乗り、7階へ向かった。
 部屋番号を見ながら、通路を歩くと、西住伸吾が使用している番号の部屋の前に着いた。
 高野内がチャイムを鳴らして、
「西住伸吾さん、警察ですが、開けてもらえますか」
 すると、まもなく、ドアは開き、中から、見覚えのある男が出てきた。それは、西住伸吾だった。
「刑事さん、夜遅く何のようかね?」
 伸吾が睨みつけるような顔で言うと、
「浜田耕太郎と安倉美紀が、山梨県の河口湖で死亡しているのが、今朝発見されました」
 と、高野内は、真剣そうな顔で言った。
「だから、今さら、何だよ? 自殺だろ?」
 と、伸吾は、嫌そうな顔で言った。
「最初は、自殺と見て捜査をしていましたが、あとで、他殺の疑いも出てきました。死亡推定時刻は、午前7時から7時半の間です。その時間、あなたは何をしていましたか?」
 と、高野内は、伸吾の顔をじっと見ながら言った。
「何だよ? 俺を疑っているのか?」
 と、伸吾が不快そうに言うと、今度は、園町が、
「我々、警察は、安倉美紀を、東京行きの寝台急行『銀河』から、無理矢理降ろして、車に乗せ、河口湖に着いてから、浜田さん共々、心中に見せかけて殺害したものと見て、捜査をしています。それに、2人の遺体が乗っていた車は、あなたの関係の会社の中古車店のもので、高井戸の店にあった車だから、あなたなら、容易に使うことができる。違いますか?」
 と、強い口調で言った。
「その証拠を見せてくれよ。それに、安倉という女は、何時に、『銀河』という列車から降ろされたんだよ?」
「調べた結果、安倉美紀が、『銀河』から降ろされたのは、午前4時23分から29分までの6分間、富士駅停車中の可能性が高いとわかりました。その時間、どこで何をしていましたか」
 園町は、伸吾の眼をじっと見ながら言った。
 すると、伸吾は、笑いの表情で、
「それなら、俺には、犯行は無理だぜ。俺には、アリバイがあるからな」
 と言った。
 その表情は、自信満々に見えた。
 高野内、園町、岡田の3人は、少し不安そうな顔で、相手を見ていた。
 そのアリバイは、いったい何だろうか

 高野内は、重苦しい顔で覆面車を運転していた。
 助手席には、園町が乗っている。
「浜田が黒幕ではないよな」
 と、高野内が言うと、
「そうですね。鴨井圭殺しのホシは、西住伸吾でしょうし、今までの事件との関係を考えると、ホンボシは、西住晴伸以外、考えられませんよ」
 と、園町は、はっきりとした口調で言った。
 覆面車は、中央自動車道から首都高速に乗り入れ、東京駅へ向かっている。
 日が沈みかけて、辺りは徐々に暗くなっていた。
 高野内運転の覆面車の後ろには、江波、窈子、田村の3人が乗った覆面車が走っていた。
 2台の覆面車は、東京駅分駐所には、夜の7時頃、到着した。
 5人は、分駐所に戻ると、捜査に関する話し合いをすることにした。
「一連の事件の黒幕は、てっきり西住親子だと思っていたが、浜田の可能性が高いぞ」
 と、田村は、はきはきとした口調で言った。
「警部、でも、そうなると、15年前に、岡山県で起きた事件との関連性が見出せません」
 と、高野内は言い、それに続いて、
「鴨井圭が『サンライズ瀬戸』の車内で殺された事件も、平山泰彦が『きたぐに』で殺された事件も、15年前に、岡山県の中学生が死亡した事件も、中学校教師が死亡した事件、死亡した中学生が住んでいた家が火事になり、残された一家が亡くなった件も、その他多数人が亡くなる事件が起きていましたが、全部、西住親子に関係がある人物です。
 それに、『サンライズ瀬戸』での事件は、実行犯は、伸吾以外考えられません」
 と、園町は、強い口調で言った。
「高野内君、園町君、安倉美紀は、浜田と一緒に、同じ車の中で死んでいたんだよ。
 それに、遺書があり、浜田の指紋だけがついていた。
 浜田は、何日も姿をくらましていたから、その間の犯行時のアリバイもない。
 それに加えて、奴は、西住建設の役員だから、系列子会社の店舗などへの出入りも容易のはず。
 だから、高井戸にある西住グループの中古車店へ行き、車を借りて、寝台急行『銀河』が止まる駅へ行き、列車から、安倉美紀を、無理矢理降ろして、車に乗せて、河口湖へ行き、彼女に、青酸カリの入ったビールを飲ませて殺害したあと、自分自身も、青酸カリ入りのビールを飲んで自殺を図ったんだよ」
 と、田村は、決め付けたように言った。
「しかし、そうだとすると、浜田が、鴨井圭や平山泰彦や、安倉美紀や、他多数の人間を殺さなければならない動機は、何でしょうか? それがわからないのですが」
 と、高野内。
「それを調べるのが、我々の仕事だ!」
 と、田村は言ったあと、
「安倉美紀が、どの駅で、降ろされた可能性が高いか、考えてみよう」
 そして、田村は、時刻表を開いて、ホワイトボードに、上り寝台急行『銀河』の停車駅と発車時刻を書いた。

 寝台急行『銀河』の停車駅と時刻は、以下のとおりである。
 大阪 22:22発
 新大阪 22:28発
 京都 22:58発
 大津 23:09発
 米原 23:53発
 名古屋 0:58発
 富士 4:29発
 沼津 4:50発
 熱海 5:10発
 小田原 5:32発
 大船 6:03発
 横浜 6:18発
 品川 6:35発
 東京 6:42着

 今までの捜査の結果、安倉美紀が降ろされた可能性があるのは、名古屋、富士、沼津、熱海、小田原、大船のいずれかである。
「どこの駅で降ろされた可能性が高いと思うかね?」
 と、田村が言うと、
「わたしは、富士駅で降ろされたと思います」
 と、窈子は、はっきりとした声で言った。
「どうして、そう思うかね? 一時君」
「その列車の停車駅で、比較的河口湖に近いからです。死亡推定時刻は、朝の7時から7時半の間ですから、車でなら充分行けると思います」
「俺も、その可能性が高いと思う。それに、富士駅なら、到着時刻は、4時23分だから、発車まで、6分もある。だから、車内に入って、彼女を無理矢理連れて行くことも不可能じゃないぞ」
 と、田村は言い、
「僕も、そう思います」
 と、江波は言った。
 高野内も、富士駅で降ろされたということには、異議はなかった。
 しかし、黒幕は、浜田ではなく、西住親子だと確信しているし、浜田の自殺にもわだかまりが残っていた。
「高野内君と園町君も、安倉美紀は、富士駅で降ろされたことには間違いないと思うだろ」
 と、田村が言うと、
「はい」
 と、2人は返事した。
 しかし、その返事は、その2人にしては珍しく、少し沈んだような声だった。
「磯野君と堀西君が、安倉美紀の寝台に残っていた所持品を持ってきた。今、ここで保管しているから、君たちも確認してくれたまえ」
 と、田村は言いながら、スチール製のロッカーを指さした。
 高野内は、ロッカーを開けた。
 中には、女物の旅行かばん、ハンドバッグ、黒い靴があった。
「ここに持ってきて、よく見るんだ」
 と、田村は、命令するように言った。
 高野内は、机の上に置いて、かばんやハンドバッグを開いた。
 旅行かばんからは、女性用のセーターやシャツ、ジーンズ、それに下着や洗面用具などが出てきた。
 ハンドバッグには、化粧品や手鏡、財布やティッシュペーパー、ハンカチがあり、財布には、5万円余りの現金が入っていたほか、クレジットカードが2枚入っていた。
「いまどき、携帯電話を持っていないのは珍しいですね」
 と、窈子が言った。
「そうだな」
 と、高野内。
「警部、これで全部ですか?」
 と、園町が入念そうに聞くと、
「磯野君と堀西君の話だと、そのとおりだ」
 と、田村は答えた。
「所持品は、これだけか…」
 と、高野内は、かばんやハンドバッグの中身を見ながら、ぶつぶつと言った。
「そろそろ、磯野君と堀西君も戻ってくるだろう」
 と、田村は言い、そのあと、
「浜田がホシという線で、検討を進めていくぞ」
 と言った。
 田村は、浜田が黒幕だと思っているようだった。
 こうして、この夜は、分駐所内で、捜査に関する話し合いが進められることとなった。

 安倉美紀と浜田耕太郎の2人は、遺体となって、山梨県警富士吉田西署で安置されていた。
「遺留品とか、見せていただけますか?」
 と、田村は、平田のほうを向いて言った。
「わかりました」
 そして、安置室を出ると、捜査会議に使われている部屋へ案内された。
 高野内、園町、江波、窈子、田村は、そこで待っていた。
 しばらくすると、
「お待たせしました」
 と、平田の声が聞こえてきた。
 平田と林の2人は、高野内たちの前に姿を見せると、定形外の封筒やビニール袋を差し出した。
「これらの封筒に、車内にあった遺品と遺書を入れています」
 と、林は、封筒やビニール袋をいくつか、田村に手渡した。
 封筒の1つを開けてみると、四つ折りにしたA4サイズの紙が出てきた。
 その紙には、
『逃げるのに疲れました。死んで罪を償います。 浜田耕太郎』
 と、パソコンの文字が印刷されていた。
「これは、遺書のようですね」
 と、田村が言うと、
「ええ。指紋も、浜田本人のものだけでしたので、自殺の可能性が高いと見て、捜査を進めています」
 と、平田は言った。
 他には、浜田の社員証や、男物の財布、腕時計、免許証、携帯電話が出てきた。
「これらは、男が所持していたものですね」
 と、林が言った。
「女のほうの所持品がないですね」
 と、窈子は、怪訝そうに言った。
 すると、林が、
「ええ。車内を捜しても、女の物と思われるバッグも財布も見つかりませんでした」
 と言い、それに続いて、平田が、
「車内には、開封されたビールの缶が2つあり、どちらからも青酸カリが検出されました。それで、我々は、浜田という男が、安倉美紀と思われる女に、青酸カリ入りのビールを飲まして殺害したあと、浜田自身も青酸カリの入ったビールを飲んで、自殺を図った可能性が高いと見ています」
 と、はっきりとした口調で言った。
 それを聞いた田村は、
「おそらく、安倉美紀は、浜田に、列車から無理矢理降ろされて、車で連れて行かれたんだよ」
 と、自信ありそうに言った。
「東海道本線の寝台急行『銀河』から、無理矢理降ろされたということですか?」
 と、平田が、入念そうに聞き返すと、
「私は、そう思います。安倉美紀のほうは、私たち鉄道警察隊も、ある事件の捜査に関連して、マークしていました。それで、彼女が急行『銀河』に乗っているという情報を入手しましたので、隊員2人を、横浜駅に行かせて、『銀河』に乗せたんだが、そのときには、既にもぬけの殻になっていて、手荷物だけが残っていたのですよ」
 と、田村は、説明した。
「なるほど。それで、安倉美紀は、財布もバッグも持っていなかったのですな」
 と、平田は、納得したように言った。
「そうでしょう。『銀河』の彼女のいたベッドからは、備え付けの寝巻きがなくなっていましたので、浜田は、寝巻き姿の彼女を無理矢理列車から降ろして、車に乗せて、河口湖まで連れて行ったのでしょう。その途中で、寝巻きを脱がせて、服を着替えさせたのだと思います。そして、河口湖に着くと、青酸カリの入ったビールを彼女に飲ませて、毒殺し、自分自身も飲んで、自殺を図ったのですよ。きっと」
 と、田村は、はっきりとした口調で言った。
「じゃあ、あなたたちが捜査している一連の事件のホシは、浜田という男に決まりですか?」
 と、平田が言うと、
「それについては、入念に調べてみたいと思いますが、おそらく、奴がホシの可能性が高いと思います」
 と、田村。
「じゃあ、今までの事件は、全部容疑者死亡ということで、幕引きなのね…」
 と、窈子は、独り言を言った。
 すると、高野内は、
「なんかすっきりとしないなー」
 と、納得のいかないような顔をした。
 それを聞いた田村は、
「高野内君、浜田と安倉美紀の2人が死亡していた車の車内には、浜田のものと思われる遺書があったし、安倉美紀の所持品は、全部、急行『銀河』に残っていて、彼女は、手ぶらの状態で、浜田と同じ車内にいたんだ。浜田が彼女を無理矢理車に載せて、河口湖まで行って、彼女を殺したあと、自殺したという以外、どう説明するのかね?」
 と、怒ったような声で言った。
「でも、浜田自身が、安倉美紀を殺す動機がわからないのです」
 と、高野内が言うと、田村は、
「まあ、それは、捜査を進めていけば、わかってくるはずだよ。とにかく、分駐所に戻るぞ」
 と言った。
 そして、高野内、園町、江波、窈子、田村の5人は、平田と林に礼を言って、富士吉田西署をあとにし、東京駅分駐所に戻ることにした。

 安倉美紀と思われる女が遺体で発見された。
 そう聞いた園町は、
「自殺とは考えがたいな」
 と、冷静そうな口調で言った。
 それを聞いた江波は、
「西住の関係の者が殺したのでしょうか? 僕たち、ますます、やられっぱなしですね」
 と、焦りの表情が出ていた。
「本当に最悪ね! 本当に、犯人は許せないわ」
 と、窈子の顔には、歯がゆい気持ちと、西住たちへの怒りの表情が表れていた。
 高野内は、携帯電話で話しを続けていた。
「浜田耕太郎も一緒ですか?」
 と、高野内が言ったのが、園町や江波、窈子の耳に入った。
「浜田って、西住建設の部長で…」
 と、江波が言いかけると、
「伸吾の後輩だったわね」
 と、窈子が言った。
「じゃあ、浜田がやったのでしょうか?」
 と、江波が言うと、
「それは、俺も、まだわからん」
 と、園町。
 高野内は、話しを終えて、電話を切ると、
「安倉美紀が浜田耕太郎と一緒に、車の中で死んでいるのが、今朝8時頃、発見されたそうだ。またしても、奴らにやられた!」
 と、園町、江波、窈子のほうを向いて言った。声には、怒りが表れていた。
「やられたということは、高野内さんも、自殺ではないと思っているのですね」
 と、園町は、冷静な表情を崩さずに言った。
「園町もそう思うのか?」
「ええ。安倉美紀は、自宅を出発する前に、自分の車を車検に出しています。これから自殺をするという人が、そんなことするのは不自然ですよ」
 と、園町が答えると、
「おお、園町もそう思うか。俺も同感だよ!」
 と、高野内は言い、それを聞いた江波は、
「確かにそうですね。僕も、安倉美紀は殺されたと確信しました」
 と、はきはきとした口調で言った。
「だとすると、浜田が、安倉美紀を殺して、そのあと自殺したのでしょうか?」
 と、窈子が言うと、
「それは、今、山梨県警が調べているそうだ」
 と、高野内。
「山梨県?」
 園町、江波、窈子の3人は、声を合わせたように揃って言った。
「ああ。河口湖の遊覧船乗り場の駐車場に止められた車から発見されたということだ」
 と、高野内。
「浜田が安倉美紀を殺してから、自殺か…」
 園町は、すっきりとしない顔で、ぶつぶつと言った。
「俺たちも、河口湖へ向かうぞ。これ以上、ここにいてもしかたがないし」
 と、高野内が言うと、
「わかりました」
 と、園町、江波、窈子の3人は、言った。
 そして、ネットカフェで西住晴伸と池上を見張っていた岡田にも、話の内容を説明した。
「やられましたね」
 と、岡田は、冷静な口調を崩さずに言った。
「畜生!」
 高野内は、悔しそうに大声を出した。
 そして、タクシーで、新潟駅へ向かった。

 高野内、園町、江波、窈子、岡田の5人は、新潟駅からは、上越新幹線の『Maxとき322号』に乗車した。
 それは、新潟を11時9分に発車し、終点の東京には、13時20分に到着する。
 オール2階建て編成の新幹線列車である。
 いつもは、速いスピードを連想しがちな新幹線だが、そのときの高野内たちは、ものすごく遅く感じた。
 しかも、その列車は、途中の越後湯沢までは、各駅に停車するので、余計遅く感じ、焦りや苛立ちに拍車をかけた。
 定刻どおりに東京駅に着くと、高野内たちは、分駐所に戻った。
 岡田は、いったん、本庁へ戻ることにした。
 分駐所に入ると、田村警部がいた。
 田村の顔を見た高野内は、
「警部、すみません。やられっぱなしです」
 と、頭を下げながら言った。
「まあ、奴らは、一筋縄でいくタイプではないからな」
 と、田村は、冷静そうな口調で言ったあと
「高野内君、園町君、一時君、江波君、これから、俺と一緒に山梨県の富士吉田西署へ行こう!」
 そして、高野内、園町、江波、窈子、田村の5人は、2台の覆面パトカーに分乗して、山梨県へ向かうことになった。
 高野内と園町は、シルバーのアベンシス・セダン、江波、窈子と、田村警部は、白いアイシスの覆面パトカーに乗った。
運転しているのは、高野内と江波。もちろん、緊急走行である。
 2台の覆面パトカーは、首都高速を通り抜け、高井戸から中央自動車道に乗り入れた。
 そして、東京都を抜け、山梨県へ入った。
 大月ジャンクションから富士吉田線に入り、河口湖インターで、一般道に下りた。
 そのとき、時計を見ると、午後3時半が近づいていた。
 河口湖インターから数分で、富士吉田西署に到着した。

 富士吉田西署に着くと、駐車場に覆面パトカーを止めて、赤色灯を外して、車から降りた。
 そして、田村警部は、署員に警察手帳を見せて、事情を説明した。
 すると、若い署員は、眼鏡をかけた中肉中背の男と、やや太った男の2人を連れてきた。
 中肉中背のほうは中年過ぎだが、やや太ったほうは、30歳くらいに見えた。
 中年過ぎの男は、
「私、富士吉田西署刑事課の平田(ヒラタ)といいます」
 と、警察手帳を見せながら言った。階級は、警部だった。
 そして、30歳くらいのほうは、
「刑事課の林(ハヤシ)です」
 と言った。
「浜田耕太郎と安倉美紀について、我々も調べたいことがあるのですが」
 と、田村が言うと、
「2人とも、河口湖の遊覧船乗り場の駐車場に止まっていた乗用車の中から遺体で発見されました。2人とも、死因は、青酸カリによるものです」
 と、平田は、説明した。
 そして、林が、
「2人が発見された車をお見せします」
 と言い、高野内たちは、署の裏の車庫へ案内された。
「あの黒い車です」
 と、林は、黒いソアラを指さして言った。2ドアの乗用車である。
「車は、盗難車ですか?」
 と、高野内が尋ねると、
「いいえ。名義を調べたところ、西住モーターズ・高井戸店の所有だとわかりました。中古車屋の商品だったと思われます。盗難届はありませんでした」
 と、林は、はきはきとした口調で答えた。
「車には、指紋とかはありましたか?」
 と、高野内は、再び尋ねた。
「はい。数人の指紋がありましたね。調べた結果、浜田耕太郎と安倉美紀と、あとは中古車店のスタッフのものと思われますが、現在、捜査中です」
 と、林は、説明した。
「では、浜田耕太郎と安倉美紀の遺体を確認していただきたいので、安置室にご案内します」
 と、平田は言った。
 そして、建物の地下にある安置室に案内された。
 室内の温度は低く保たれていた。
 中に入ると、20代後半くらいの男と、30代半ば過ぎた女の遺体が眼に入った。
「浜田耕太郎と安倉美紀に間違いない」
 と、田村は、はっきりとした口調で言った。
「2人とも、さっきのソアラの車内で死亡していました。男が運転席に、女が助手席でです」
 と、林は言い、
「死亡推定時刻は、2人とも、午前7時から7時半の間でした」
 と、平田は、遺体のほうへ手を向けながら言った。
 こうして、高野内たちは、浜田と安倉美紀に対面することができた。
 もちろん、もう何も話すことはない。
 その2人を見て、高野内は、
「真実は、必ず、俺が見つける!」
 と言った。

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