東京駅分駐所では、捜査についての話し合いが進められていた。
一連の事件の犯人が浜田耕太郎という前提である。
高野内は、それに納得いかない顔だった。
午後8時半頃、貴代子と真希が戻ってきた。
「警部、戻りました」
と、貴代子が言うと、
「ごくろうさん」
と、田村。
そのあと、貴代子は、
「警部、『銀河』に乗務していた車掌に、念入りに聞いてきたのですが、安倉美紀が、どの駅で降ろされたか、まったくわからないということでした」
と言った。
それを聞いた田村は、残念そうな声で、
「そうか」
と言ったあと、
「だが、我々が推理した結果、可能性が高いのは、富士駅だとわかった」
と、自信ありそうに答えた。
「でも、停車駅ごとに、2人の車掌がホームを監視していたそうですが、寝巻き姿でホームに降りた乗客は見ていないそうです」
と、真希は言い、
「乗務していた車掌は、JR西日本の島田と中森の2人ですが、ともに、夜行列車の乗務歴も長いベテランですし、特に、寝台列車では、途中の駅で、寝巻き姿でホームに降りて取り残された乗客がいないかどうかを、いつも注意していると言っていました」
と、貴代子は、説明した。
それを聞いた田村は、
「車掌も人間だ。たまには見落とすことはあるだろ!」
すると、高野内は、
「でも、深夜から未明の駅のホームは、人の数は至って少ないですから、寝巻き姿で降りていたら、すぐ目につくと思いますが」
と言い、
「わたしもそう思いますわ」
と、窈子は言った。
「高野内君も、安倉美紀が富士駅で降ろされて、河口湖へ連れて行かれて、殺されたのには異議がないのだろう?」
と、田村が強い口調で言うと、
「そうですが、寝巻き姿で降ろされたとしたら、なぜ、ホームを監視していた車掌が2人とも、それに気付かなかったのかがわからないのです」
と、高野内は、怪訝そうに言った。
「それは、俺がさっき、見落とす可能性もあると言ったはずだ!」
「その可能性も、否定はできませんが、俺は、浜田が、なぜ安倉美紀を殺さなければならないのかわかりません」
「それを今、調べているんじゃないか。 違うかね?」
「それでも、浜田が黒幕というのは納得がいきません。それに対して、西住親子なら、十分動機がありますし、浜田に、これまでの事件の罪を着せて、自殺に見せかけて殺したというのなら、納得がいきますが」
「まだ西住にこだわるのか?」
と、一瞬田村は、険しい表情になったが、
「高野内君がそこまでいうのなら、ぜひとも調べて、証拠を挙げてほしい」
と、穏やかな顔つきになった。
そして、
「俺は、君たちを信じているよ」
と、笑顔になった。
「じゃあ、西住親子が黒幕という前提で、捜査を進めてよろしいですか?」
と、高野内が真剣そうな表情で言うと、
「ああ。それで、高野内君は、安倉美紀と浜田耕太郎を殺したのは、西住親子だと、確信しているのだな?」
と、田村は、念入りに聞いた。
「はい。2人の殺害を指示したのは、父親の西住晴伸の可能性が高いと思います。しかし、2人の死亡時、晴伸は、新潟市内のネットカフェにいましたし、安倉美紀が『銀河』から降ろされたと思われる時間には、新潟行きの『ムーンライトえちご』に乗車していました。
ですから、晴伸は、実行犯にはなり得ません」
と、高野内は、説明した。
「なるほど」
と、田村が言うと、
「秘書の池上も、今までの事件に関わっている可能性は、十分ありますが、安倉美紀が『銀河』から降ろされた時間も、殺された時間も、新潟行きの急行『きたぐに』で移動中でした」
と、高野内。
「じゃあ、池上も実行犯ではないということだな」
と言ったあと、田村は、
「ということは、実行犯の可能性が高いのは、西住の息子の伸吾か?」
「そうです。奴は、どちらの列車にも乗ってこなかったので、今のところ、アリバイがはっきりとしません。
それに、奴らは、捜査員がマークしているのを計算の上で、わざと目立つ行動をしながら、新潟行きのキップを3人分買ったのだと思います。1人だけ出発地と経路が違いますが、それでも、西住親子と池上の3人が新潟へ行き何かをすると思わせる効果は、十分あります」
と、高野内が説明すると、田村は、
「なるほど、こうやって、捜査員を新潟方面へ牽きつけて、その間に、新潟から遠く離れた東海道本線の寝台急行『銀河』から、安倉美紀を降ろして、浜田耕太郎とともに、河口湖で、心中に見せかけて、殺害したということか」
と、納得したように言った。
「そうです」
と、高野内が言うと、それに続くように、園町が、
「それの実行犯の可能性が極めて高いのは、伸吾ですから、奴のアリバイを聞きにいきたいと思います」
と言った。
「高野内君、園町君、西住伸吾への聞き込みは、君たちにまかせた」
そして、高野内と園町は、伸吾に会って話を聞くことにした。
高野内は、品川区にある、西住建設・東京支社に電話した。
相手に、警察であることと、西住伸吾に話があることを告げると、マンションに戻ったという返事があった。
そのマンションがあるのは、杉並区高井戸西だという。
西住伸吾は、東京出張のときは、そのマンションの一室を、宿代わりにするらしい。
高野内は、電話を切ると、
「園町、高井戸に行くぞ」
「西住伸吾は、高井戸にいるのですか?」
「そうらしい」
そして、高野内と園町は、分駐所を出て、山手線ホームへ向かった。
山手線外回りの電車が入ってくると、それに乗車した。
22分後、電車は、渋谷駅に停車した。
渋谷駅で、京王井の頭線に乗車した。
車内は、帰宅するサラリーマンやOLなどでいっぱいだった。
17分後、高井戸駅に到着した。
そこから、徒歩で数分だという。
時計を見ると、午後9時半を過ぎたばかりだった。
駅前から5、6分歩いたところで、屋上に西住建設の広告看板がついた7階建てのマンションが目に入った。
賃貸マンションだが、エントランスホールには、防犯ロックのついたガラス戸が設置されていた。
ガラス戸の前には、1人の男の人の姿があった。
よく見ると、岡田だった。
「岡田警部、どうされましたか?」
と、高野内が話しかけると、
「高野内さん、園町さん、あなたたちも、西住伸吾に会いに来たのかね」
と、岡田。
「そうです」
そして、岡田は、部屋番号を押して、呼び出しボタンを鳴らした。
「何でしょうか?」
と、聞き覚えのある男の声がした。伸吾の声である。
「警視庁の岡田ですが、浜田耕太郎と安倉美紀が死亡していた件で話があります。開けてもらえますか?」
と、岡田は言った。
「しゃーねえなあ」
と、相手は面倒くさそうな声で、返事した。
そして、ドアは開錠された。
高野内、園町、岡田の3人は、中に入ると、エレベーターに乗り、7階へ向かった。
部屋番号を見ながら、通路を歩くと、西住伸吾が使用している番号の部屋の前に着いた。
高野内がチャイムを鳴らして、
「西住伸吾さん、警察ですが、開けてもらえますか」
すると、まもなく、ドアは開き、中から、見覚えのある男が出てきた。それは、西住伸吾だった。
「刑事さん、夜遅く何のようかね?」
伸吾が睨みつけるような顔で言うと、
「浜田耕太郎と安倉美紀が、山梨県の河口湖で死亡しているのが、今朝発見されました」
と、高野内は、真剣そうな顔で言った。
「だから、今さら、何だよ? 自殺だろ?」
と、伸吾は、嫌そうな顔で言った。
「最初は、自殺と見て捜査をしていましたが、あとで、他殺の疑いも出てきました。死亡推定時刻は、午前7時から7時半の間です。その時間、あなたは何をしていましたか?」
と、高野内は、伸吾の顔をじっと見ながら言った。
「何だよ? 俺を疑っているのか?」
と、伸吾が不快そうに言うと、今度は、園町が、
「我々、警察は、安倉美紀を、東京行きの寝台急行『銀河』から、無理矢理降ろして、車に乗せ、河口湖に着いてから、浜田さん共々、心中に見せかけて殺害したものと見て、捜査をしています。それに、2人の遺体が乗っていた車は、あなたの関係の会社の中古車店のもので、高井戸の店にあった車だから、あなたなら、容易に使うことができる。違いますか?」
と、強い口調で言った。
「その証拠を見せてくれよ。それに、安倉という女は、何時に、『銀河』という列車から降ろされたんだよ?」
「調べた結果、安倉美紀が、『銀河』から降ろされたのは、午前4時23分から29分までの6分間、富士駅停車中の可能性が高いとわかりました。その時間、どこで何をしていましたか」
園町は、伸吾の眼をじっと見ながら言った。
すると、伸吾は、笑いの表情で、
「それなら、俺には、犯行は無理だぜ。俺には、アリバイがあるからな」
と言った。
その表情は、自信満々に見えた。
高野内、園町、岡田の3人は、少し不安そうな顔で、相手を見ていた。
そのアリバイは、いったい何だろうか
一連の事件の犯人が浜田耕太郎という前提である。
高野内は、それに納得いかない顔だった。
午後8時半頃、貴代子と真希が戻ってきた。
「警部、戻りました」
と、貴代子が言うと、
「ごくろうさん」
と、田村。
そのあと、貴代子は、
「警部、『銀河』に乗務していた車掌に、念入りに聞いてきたのですが、安倉美紀が、どの駅で降ろされたか、まったくわからないということでした」
と言った。
それを聞いた田村は、残念そうな声で、
「そうか」
と言ったあと、
「だが、我々が推理した結果、可能性が高いのは、富士駅だとわかった」
と、自信ありそうに答えた。
「でも、停車駅ごとに、2人の車掌がホームを監視していたそうですが、寝巻き姿でホームに降りた乗客は見ていないそうです」
と、真希は言い、
「乗務していた車掌は、JR西日本の島田と中森の2人ですが、ともに、夜行列車の乗務歴も長いベテランですし、特に、寝台列車では、途中の駅で、寝巻き姿でホームに降りて取り残された乗客がいないかどうかを、いつも注意していると言っていました」
と、貴代子は、説明した。
それを聞いた田村は、
「車掌も人間だ。たまには見落とすことはあるだろ!」
すると、高野内は、
「でも、深夜から未明の駅のホームは、人の数は至って少ないですから、寝巻き姿で降りていたら、すぐ目につくと思いますが」
と言い、
「わたしもそう思いますわ」
と、窈子は言った。
「高野内君も、安倉美紀が富士駅で降ろされて、河口湖へ連れて行かれて、殺されたのには異議がないのだろう?」
と、田村が強い口調で言うと、
「そうですが、寝巻き姿で降ろされたとしたら、なぜ、ホームを監視していた車掌が2人とも、それに気付かなかったのかがわからないのです」
と、高野内は、怪訝そうに言った。
「それは、俺がさっき、見落とす可能性もあると言ったはずだ!」
「その可能性も、否定はできませんが、俺は、浜田が、なぜ安倉美紀を殺さなければならないのかわかりません」
「それを今、調べているんじゃないか。 違うかね?」
「それでも、浜田が黒幕というのは納得がいきません。それに対して、西住親子なら、十分動機がありますし、浜田に、これまでの事件の罪を着せて、自殺に見せかけて殺したというのなら、納得がいきますが」
「まだ西住にこだわるのか?」
と、一瞬田村は、険しい表情になったが、
「高野内君がそこまでいうのなら、ぜひとも調べて、証拠を挙げてほしい」
と、穏やかな顔つきになった。
そして、
「俺は、君たちを信じているよ」
と、笑顔になった。
「じゃあ、西住親子が黒幕という前提で、捜査を進めてよろしいですか?」
と、高野内が真剣そうな表情で言うと、
「ああ。それで、高野内君は、安倉美紀と浜田耕太郎を殺したのは、西住親子だと、確信しているのだな?」
と、田村は、念入りに聞いた。
「はい。2人の殺害を指示したのは、父親の西住晴伸の可能性が高いと思います。しかし、2人の死亡時、晴伸は、新潟市内のネットカフェにいましたし、安倉美紀が『銀河』から降ろされたと思われる時間には、新潟行きの『ムーンライトえちご』に乗車していました。
ですから、晴伸は、実行犯にはなり得ません」
と、高野内は、説明した。
「なるほど」
と、田村が言うと、
「秘書の池上も、今までの事件に関わっている可能性は、十分ありますが、安倉美紀が『銀河』から降ろされた時間も、殺された時間も、新潟行きの急行『きたぐに』で移動中でした」
と、高野内。
「じゃあ、池上も実行犯ではないということだな」
と言ったあと、田村は、
「ということは、実行犯の可能性が高いのは、西住の息子の伸吾か?」
「そうです。奴は、どちらの列車にも乗ってこなかったので、今のところ、アリバイがはっきりとしません。
それに、奴らは、捜査員がマークしているのを計算の上で、わざと目立つ行動をしながら、新潟行きのキップを3人分買ったのだと思います。1人だけ出発地と経路が違いますが、それでも、西住親子と池上の3人が新潟へ行き何かをすると思わせる効果は、十分あります」
と、高野内が説明すると、田村は、
「なるほど、こうやって、捜査員を新潟方面へ牽きつけて、その間に、新潟から遠く離れた東海道本線の寝台急行『銀河』から、安倉美紀を降ろして、浜田耕太郎とともに、河口湖で、心中に見せかけて、殺害したということか」
と、納得したように言った。
「そうです」
と、高野内が言うと、それに続くように、園町が、
「それの実行犯の可能性が極めて高いのは、伸吾ですから、奴のアリバイを聞きにいきたいと思います」
と言った。
「高野内君、園町君、西住伸吾への聞き込みは、君たちにまかせた」
そして、高野内と園町は、伸吾に会って話を聞くことにした。
高野内は、品川区にある、西住建設・東京支社に電話した。
相手に、警察であることと、西住伸吾に話があることを告げると、マンションに戻ったという返事があった。
そのマンションがあるのは、杉並区高井戸西だという。
西住伸吾は、東京出張のときは、そのマンションの一室を、宿代わりにするらしい。
高野内は、電話を切ると、
「園町、高井戸に行くぞ」
「西住伸吾は、高井戸にいるのですか?」
「そうらしい」
そして、高野内と園町は、分駐所を出て、山手線ホームへ向かった。
山手線外回りの電車が入ってくると、それに乗車した。
22分後、電車は、渋谷駅に停車した。
渋谷駅で、京王井の頭線に乗車した。
車内は、帰宅するサラリーマンやOLなどでいっぱいだった。
17分後、高井戸駅に到着した。
そこから、徒歩で数分だという。
時計を見ると、午後9時半を過ぎたばかりだった。
駅前から5、6分歩いたところで、屋上に西住建設の広告看板がついた7階建てのマンションが目に入った。
賃貸マンションだが、エントランスホールには、防犯ロックのついたガラス戸が設置されていた。
ガラス戸の前には、1人の男の人の姿があった。
よく見ると、岡田だった。
「岡田警部、どうされましたか?」
と、高野内が話しかけると、
「高野内さん、園町さん、あなたたちも、西住伸吾に会いに来たのかね」
と、岡田。
「そうです」
そして、岡田は、部屋番号を押して、呼び出しボタンを鳴らした。
「何でしょうか?」
と、聞き覚えのある男の声がした。伸吾の声である。
「警視庁の岡田ですが、浜田耕太郎と安倉美紀が死亡していた件で話があります。開けてもらえますか?」
と、岡田は言った。
「しゃーねえなあ」
と、相手は面倒くさそうな声で、返事した。
そして、ドアは開錠された。
高野内、園町、岡田の3人は、中に入ると、エレベーターに乗り、7階へ向かった。
部屋番号を見ながら、通路を歩くと、西住伸吾が使用している番号の部屋の前に着いた。
高野内がチャイムを鳴らして、
「西住伸吾さん、警察ですが、開けてもらえますか」
すると、まもなく、ドアは開き、中から、見覚えのある男が出てきた。それは、西住伸吾だった。
「刑事さん、夜遅く何のようかね?」
伸吾が睨みつけるような顔で言うと、
「浜田耕太郎と安倉美紀が、山梨県の河口湖で死亡しているのが、今朝発見されました」
と、高野内は、真剣そうな顔で言った。
「だから、今さら、何だよ? 自殺だろ?」
と、伸吾は、嫌そうな顔で言った。
「最初は、自殺と見て捜査をしていましたが、あとで、他殺の疑いも出てきました。死亡推定時刻は、午前7時から7時半の間です。その時間、あなたは何をしていましたか?」
と、高野内は、伸吾の顔をじっと見ながら言った。
「何だよ? 俺を疑っているのか?」
と、伸吾が不快そうに言うと、今度は、園町が、
「我々、警察は、安倉美紀を、東京行きの寝台急行『銀河』から、無理矢理降ろして、車に乗せ、河口湖に着いてから、浜田さん共々、心中に見せかけて殺害したものと見て、捜査をしています。それに、2人の遺体が乗っていた車は、あなたの関係の会社の中古車店のもので、高井戸の店にあった車だから、あなたなら、容易に使うことができる。違いますか?」
と、強い口調で言った。
「その証拠を見せてくれよ。それに、安倉という女は、何時に、『銀河』という列車から降ろされたんだよ?」
「調べた結果、安倉美紀が、『銀河』から降ろされたのは、午前4時23分から29分までの6分間、富士駅停車中の可能性が高いとわかりました。その時間、どこで何をしていましたか」
園町は、伸吾の眼をじっと見ながら言った。
すると、伸吾は、笑いの表情で、
「それなら、俺には、犯行は無理だぜ。俺には、アリバイがあるからな」
と言った。
その表情は、自信満々に見えた。
高野内、園町、岡田の3人は、少し不安そうな顔で、相手を見ていた。
そのアリバイは、いったい何だろうか