浜崎ヒカルのブログ推理小説

ブログを利用して推理小説を書いています。 鉄道ミステリーが中心になります。

2009年04月

「謎ってどういうことですか?」
 と、江波が怪訝そうに聞くと、
「安倉美紀のことだよ」
 と、高野内。
「寝台急行『銀河』から降ろされた時刻と、西住伸吾のアリバイの関係のことですか?」
 と、今度は、窈子が言った。
「そうだよ」
 と、高野内は答えたあと、
「俺は、安倉美紀は、上り寝台急行『銀河』で移動中、途中の富士駅で、無理矢理降ろされて、車で河口湖に連れて行かれたのだと、思い込んでいた」
 と、真剣そうな表情で、説明した。
「違うんですか?」
 と、江波が言うと、
「ああ。安倉美紀は、列車から降ろされたのではなく、そのように装って自ら降りて、河口湖に向かったと考えれば、つじつまが合うんだよ」
 と、高野内。
「でも、どうして、わざわざ、そんなことしてまでも、河口湖へ行ったのでしょうか?」
 と、窈子が、不思議そうな顔で言った。
「西住伸吾の指示に従ったのではないかな。
 安倉美紀は、急行『きたぐに』で、平山車掌が殺されたとき、その列車に乗っていた。しかも、途中の駅で、突然、下車してしまった。
 だから、それを口実に、警察はあなたを容疑者としてマークしている、だが、俺はあなたが犯人じゃないことは知っている、あなたの容疑を晴らす方法を教えるから、俺の指示に従ってほしい、と、もっともらしい嘘を言って、彼女をコントロールしていたんだと、俺は思うんだ」
 と、高野内は、説明した。
「なるほど」
 と、窈子は言ったあと、
「でも、どうして、安倉美紀が、自ら下車したとわかったのですか?」
 と言った。
「彼女が車内に残した所持品の中に衣服や財布や靴とかが残っているのに、あれがなかったからだよ」
 と、高野内が言うと、
「あれって、キップですか」
 と、窈子が言い、それに続いて、
「そういえば、キップがなかったですね」
 と、園町が言った。
「もし、寝巻き姿で無理矢理降ろされたとしたら、キップはハンドバッグの中に残っているはずだよ。
あと、この時期、外出するのに、コートとか防寒着がないのも不自然だ。まして、夜行列車に乗るのなら、夜の寒いホームで待つ時間が長いのだから、なおさらだよ」
 と、高野内。
「じゃあ、安倉美紀は、西住伸吾の言葉巧みな指示で、自ら河口湖へ向かったのですね。そうして、伸吾自身は、高井戸のコンビニで買い物をしてアリバイ作りということですか」
 と、江波が言うと、
「そうだよ。安倉美紀は、伸吾の指示で、『銀河』から連れ去られたように装って、河口湖へ行き、伸吾は、コンビニで買い物をしたあと、浜田耕太郎を連れて、河口湖へ向かったんだ。
 そして、河口湖で落ち合うと、浜田と安倉の2人を、心中を装って毒殺したんだよ」
 と、高野内は、自信たっぷりな言い方で言った。
 すると、園町が、
「でも、2人の死んでいた車、どこのNシステムにも通過記録がないのでしょう。あと、2人を殺害したあと、どうやって、品川区の東京支社に出勤したのですかね。死亡推定時刻に、河口湖にいたのでは、9時40分までに、品川区の支社に出勤するのは、不可能ですよ」
 と、怪訝そうに言った。
 それを聞いた高野内は、
「そうなんだよ。まだ、その部分の謎が解けないんだ」
 と、肩を落とした。
 そのあと、
「まあ、弁当買って、昼飯食ってから、考え直そう」
 と言った。

 4人は、車内販売の弁当を食べた。
 食べ終わったときには、すでに名古屋を発車していた。
 時刻は12時を過ぎていた。
 車窓には、琵琶湖が見えた。
 次の停車駅、京都が近づいている。
 突然、高野内の携帯電話が鳴った。
 高野内は、デッキに出て、電話に出た。
「はい。高野内ですが」
「高野内君、田村だが、浜田耕太郎と安倉美紀の2人が死んでいた車について、妙なことがわかった」
 相手は、田村警部だった。
「警部、妙なことといいますと?」
「例の車の走行距離メーターが、高井戸の中古車店のスタッフが確認した走行距離から1kmしか増えていないことが判明したんだよ」
「高井戸から河口湖まで移動したのに、1kmしかメーターが動いていないのですか?」
 と、高野内は、軽く驚くような顔で言った。
「そうなんだ」
 と、田村が言うと、
「本当に妙ですね」
 と、高野内は言ったあと、突然、
「警部、おかげで謎が解けそうです!」
 と言った。
「謎って、何かね?」
 と、田村が聞くと、
「安倉美紀と浜田耕太郎が、河口湖で死亡していた件ですよ。私は、てっきり、安倉美紀は、『銀河』が富士駅停車中に、無理矢理降ろされて、河口湖まで連れて行かれたのだと思ったのですが、彼女は、西住伸吾の言葉巧みな指示に従って、自ら、河口湖へ向かったのだと思えてきました。その証拠に、車内に残された所持品にキップや防寒着がありませんでした」
 と、高野内は言い、推理内容を説明した。
 それを聞いた田村は、
「なるほど」
 と、納得したような声で言い、そのあと、
「走行距離メーターが、わずか1kmしか動いていない点については、どう思うのかね?」
 と言うと、
「高井戸から河口湖まで、あの乗用車が走ったのではなく、乗用車を積載車に載せて、河口湖まで運んだのだと思います。
 だから、メーターがほとんど動いていないうえ、どこのNシステムにも、その乗用車のナンバーが記録されなかったのですよ。きっと」
 と、高野内は言った。
「なるほど。西住モーターズの積載車両に、東京から河口湖へ向かう道路を通過した車両がないかどうか調べてみるよ」
 と、田村。
「お願いします」
 と、高野内。
「で、高野内君の推理が正しいとすると、西住伸吾は、高井戸の中古車店の車を積載車に載せ、浜田耕太郎も乗せて、河口湖へ行き、安倉美紀と落ち合い、車を積載車から降ろしたあと、浜田と安倉を心中を装って、毒殺し、そのあと、積載車で高井戸に戻り、電車で、何食わぬ顔して、品川区の東京支社に出社したということだな」
 と、入念そうに言った。
「そうです」
 と、高野内は答えた。
「よし。わかった。俺たちもそのセンで調べてみるよ。じゃあ、高野内君たちも、また何かわかったことがあったら、知らせてくれ」
 そして、電話は切れた。
 高野内は、客室に戻った。
 列車は、既に京都駅を発車していた。
 高野内は、園町、窈子、江波の3人に、田村警部との会話内容を説明した。
「これで、浜田耕太郎と安倉美紀の件の謎が解けてきましたね」
 と、園町は、期待をしたような言い方で言った。
「ああ。26日の午前5時から7時少し前の間に、高井戸から河口湖へ向かってと、7時過ぎから9時より少し前の間に、河口湖から高井戸に向かって、西住モーターズの積載車が移動した記録が見つかれば、奴のアリバイは崩れたことになる」
 と、高野内は言った。
「そうですね。これで、捜査もだいぶ進展してきましたね」
 と、園町。
「あとは、『サンライズ瀬戸』の車内で、鴨井圭を殺害したあと、どうやって、『はやぶさ』に戻ったかがわかれば、伸吾のアリバイは、みんな崩れたことになりますね」
 と、江波。
 そのような高野内たちが乗った新幹線列車は、12時30分に、新大阪駅に停車し、32分に発車した。
 そして、新神戸に停車したあと、13時13分に、岡山駅に停車した。
 高野内たちは、再び、岡山駅のホームに足を踏み入れた。
 事件を解くカギは、岡山県にあると、高野内は確信している。
 岡山で、捜査を進展させる何かが見つかるのだろうか?

 東京駅分駐所では、捜査のための話し合いが進められていた。
 鴨井圭殺害の件と、浜田耕太郎と安倉美紀殺害の件について、西住伸吾が実行犯という前提で、会議が行なわれていた。
 鴨井圭が殺害されたと思われる時刻は、21日の夜11時から22日の午前0時の間で、上りの寝台特急『サンライズ瀬戸』の車内で殺されていた。
 そのとき、西住伸吾は、同じ上り東京行きの寝台特急『はやぶさ』に乗車していたという。
 それについては、新山口で下車して、新幹線で岡山へ行き、『サンライズ瀬戸』に乗り、殺害した可能性が高いことがわかった。
 問題は、どうやって再び『はやぶさ』に戻ることができたかである。
 『サンライズ瀬戸』は、岡山発車後、上郡と姫路に停車するが、『はやぶさ』『富士』の併結列車は、どちらの駅にも停車しないのである。
 少なくともわかっていることは、横浜発車後、伸吾が車掌に話し掛けていることや、東京駅の駅員が、伸吾が『はやぶさ』から降りてきたことを憶えていること、撮影したフィルムを現像に出した時刻などから、東京駅到着前の『はやぶさ』に乗車していたという事実である。
 上り『はやぶさ』の停車駅は、岡山の次は、名古屋である。
 姫路から名古屋まで、自動車で移動した可能性についても、調べてみたが、該当する車は見つからなかった。
 それでは、まだ、伸吾のアリバイを完全に崩したとはいえない。
 また、山梨県の河口湖の遊覧船乗り場付近で、浜田耕太郎と安倉美紀が殺害された件については、安倉美紀が上り寝台急行『銀河』から降ろされたと思われる駅は、静岡県の富士駅の可能性が高いことがわかっている。
 上り『銀河』富士駅の停車時間は、4時23分から29分までの6分間である。
 しかし、伸吾は、4時50分頃から5時頃まで、東京の高井戸のコンビニで、買い物をしていることが判明している。
 富士駅から高井戸まで、20分あまりで移動するのは、どう考えても不可能である。
 また、2人の死亡推定時刻は、7時から7時半の間であるが、7時に殺害したと仮定しても、9時40分までに、東京都品川区にある、西住建設・東京支社に出社するのは、鉄道を利用する限り不可能なことが明らかになっている。

「これだけ強固なアリバイが成立しているのを、どうやって崩すのですか?」
 と、窈子が言うと、
「確かに奴のアリバイは固いが、それでも、奴の犯行以外考えられないんだ。だから、丹念に検証すれば、どこかで崩す糸口は見つかるはずだよ」
 と、高野内は、不屈の態度を見せた。
「高野内君、君の言いたいことはわかるが、静岡県の富士駅から、杉並区の高井戸まで、20分から30分の時間で移動するのは、どう考えても不可能だぞ。
 それに、犯行時刻が7時だとしても、9時40分までに、品川区の東京支社へ行くのも不可能なんだろ。
 どうやって、奴のアリバイを崩すのかね?」
 と、田村は、怪訝そうな顔で言った。
「警部は、伸吾以外の誰かの犯行とお考えですか?」
 と、高野内が聞き返すと、
「いや。そういうわけではないのだが…」
 と、田村は言った。
「警部、それともう一つひっかかることがあるのですが」
 と、高野内が言うと、
「なんだね?」
「岡田警部から聞いた話ですが、浜田耕太郎と安倉美紀の2人の遺体が乗っていた車は、富士方面と河口湖方面のどの道路のNシステムにも、通過した記録がなかったそうです」
「なんだと? 今どき、どの高速道路や幹線道路にも、Nシステムくらい設置されているはずだから、あれだけの距離移動して、どこにもナンバーが記録されないのは、考えがたいな」
 と、田村は、納得のいかない表情で答えた。
 すると、岡田は、
「山梨県警や神奈川県警、静岡県警に協力をお願いして、丹念に調べてもらいましたが、その車が25日の晩から26日の朝にかけて、どのNシステムにも通過した形跡がありませんでした」
 と、田村警部のほうを向いて、説明した。
「そりゃ、ますますおかしいですね」
 田村は、狐につままれたような顔になった。
「あの車については、山梨県警と一緒に、また詳しく調べてみたいと思います」
 と、岡田が言うと、
「わかった」
 と、田村。
「ところで、警部」
 と、高野内が言うと、
「なんだね?」
 と、田村は、高野内のほうを向いて言った。
「鴨井圭殺害の件や、浜田耕太郎と安倉美紀殺害の件のアリバイもですが、他の関連する事件のカギを見つけるためにも、また岡山へ行きたいと思うのですが、よろしいでしょうか?」
「岡山へ行けば、事件解決の手がかりがあると、確信しているのかね?」
「はい。ここにいても、捜査は進展しませんし、岡山でも、まだ解けていない謎も残っています。それらを解くカギは、岡山へ行けば見つかるのではと、私は思うのですが」
「そうか。わかった」
 と、田村は言ったあと、
「高野内君、園町君と一時君と江波君と一緒に、岡山へ向かってくれ。また、何かあったら、連絡するよ」
 と、柔和な顔つきで言った。

 高野内、園町、窈子、江波の4人は、9時50分発の新幹線『のぞみ17号』に乗車した。
 JR西日本が作った500系16両編成の列車である。ただし、東海道新幹線区間は、最高時速が他の『のぞみ』と同じ270km/hに抑えられている。
 4人は、自由席の2号車に乗車していた。
 山側の2列シートを向かい合わせて座っていた。
 途中、品川を9時58分に発車し、その次の新横浜を10時10分に発車すると、名古屋までノンストップである。
 ホームで待っていたときは、寒かったが、車内は暖房が効いて、暑いくらいである。4人とも、コートなど、防寒着を脱いでいた。
 列車は、小田原を通過すると、まもなく、関東地方を出て、静岡県に入った。
 そのころ、車掌が、客室の前方に立ち、お辞儀していた。30歳くらいの男性の車掌だった。
「ご乗車ありがとうございます。恐れ入りますが、乗車券、特急券を拝見させていただきます」
 と、言ったあと、乗客1人ずつに声をかけて、キップの確認をしていた。
「車内改札が来ましたよ」
 と、江波が言うと、
「そうか。わかった」
 と、高野内。
 そして、高野内は、ズボンのポケットをゴソゴソしたり、財布の中を探ったが、キップが出てこなかった。
「おかしいな。俺、キップ、どこにしまったかな?」
 と、高野内は、落ち着きのない声で言った。
「コートの中にしまいましたよね」
 と、園町が言うと、
「そうか。思い出した」
 と言いながら、コートのポケットから乗車券と特急券を取り出した。どちらも、東京から岡山までのものである。
 そして、車内改札をしている車掌に、乗車券と特急券を渡すと、改札のスタンプが押されて、高野内の手に返された。
 それら2枚のキップを見ながら、高野内は、突然、
「そうか。そういうことだったのか!」
 と言った。
「どうしたのですか?」
 と、園町は、不思議そうな顔をした。
「浜田耕太郎と安倉美紀の件の謎が一つ解けるかもしれない」
 と、高野内が言うのを聞いた3人は、
「本当ですか?」
 と、揃って言った。
 一体、何が謎を解くのだろうか。

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