10月8日、午前11時43分、新幹線『のぞみ218号』は、終点の東京駅の18番ホームに到着した。
『のぞみ218号』は、新大阪発の新幹線列車である。東京駅到着後は、しばらくして、車両基地へ回送される。
到着後、車掌の倉田(クラタ)は、車内を見て歩いていた。
忘れ物や不振な荷物がないか、眼を光らせたり、到着後も下車していない客がいないか、見て回るのである。
新幹線『のぞみ』は16両編成の列車で、上り列車は、前から16号車、15号車の順で、最後尾が1号車である。
倉田車掌が、前から5両目の12号車の客室に入ったとき、進行方向左側の窓側のE席に、1人の男性客が寝ているのが眼に入った。
12号車は、普通車指定席の車両で、倉田が車内改札を行った。寝ていた男性客の顔も、倉田は憶えていた。
「お客様、終点です。起きてください」
と、倉田は、男性客に声をかけた。
しかし、まったく反応はなかった。
そこで、男性客の肩を軽く叩きながら、
「お客様、終点です」
と、再度言った。
すると、その乗客の身体は、座席から床に崩れ落ちていった。
倉田は、顔を蒼くしながら、業務用の携帯電話で警察に通報した。
11時50分が近づいていたとき、警視庁鉄道警察隊の巡査部長の高野内豊(タカノウチ・ユタカ)は、自分が所属する鉄道警察隊東京駅分駐所に戻ろうとしていた。
高野内は、42歳で、警察官になって20年以上になる。主に私服姿で活動し、列車や駅構内での犯罪事件の捜査を担当することが多い。
そのときの高野内は、同じ鉄道警察隊の後輩の園町隆史(ソノマチ・タカシ)巡査長と一緒にパトロールに出ていた。
主に列車内でのスリや痴漢の取締りのためである。
園町は、39歳。彼も、私服姿で活動することが多い。
分駐所に戻ると、高野内は、上司である桑田敬一(クワタ・ケイイチ)警部に、
「ただいま、パトロールから戻ってきました」
と言った。
桑田警部は、55歳。元鉄道公安官である。
高野内たちが、パトロールを終えて、一息つこうとした矢先、桑田警部は、
「高野内君、園町君、今すぐ、東海道新幹線のホームに行ってくれ」
と、命じた。
「事件ですか?」
と、高野内が聞くと、
「まだはっきりとはわからんが、『のぞみ218号』の車内で、男性客が座席で意識を失っているのを、車掌が見つけて通報したそうだ」
と、桑田は答えた。
そして、それに続いて、
「『のぞみ218号』は、18番ホームに止まっている。急いで行ってくれ! ほかの隊員も向かわせるから」
と、やや大きな声で言った。
高野内と園町は、駆け足で、18番ホームへ向かった。
18番ホームには、16両編成のN700系新幹線電車が止まっていた。それが『のぞみ218号』である。
高野内たちが現場である12号車へ向かって走ると、男女2人の制服警察官の姿が見えた。
高野内と同じ鉄道警察隊東京駅分駐所の警察官で、男性の警察官は、鶴尾剛士(ツルオ・タケシ)巡査。女性警察官は、桜田奈々美(サクラダ・ナナミ)巡査だった。
鶴尾は、37歳。制服姿で駅構内をパトロールするときと、私服姿で捜査するときがある。
奈々美は、21歳。たまに私服姿で捜査に加わることがあるが、ほとんどの日は、制服姿で駅構内のパトロールを担当している。
高野内が、鶴尾と奈々美のほうを向いて、
「ごくろうさん」
と、声をかけると、
「ご苦労様です」
と、鶴尾は返事をした。
そして、高野内、園町、鶴尾、奈々美の4人は、12号車に入った。
12号車のデッキには、50歳くらいの男性の車掌が立っていた。JR東海の制服を着ていた。
高野内が、車掌に、
「鉄道警察隊です」
と言うと、車掌は、
「私は、車掌の倉田といいますが、12号車で、お客様が1人意識を失っていまして、それで、警察へ通報いたしました」
と言った。
「その乗客は、どちらにいるのですか?」
と、高野内が言うと、
「客室です」
と、倉田車掌は言いながら、高野内たちや鶴尾、奈々美を、車内に案内した。
窓側のE席で、30代半ばくらいに見える男性が、座席から床に崩れ落ちて動かないのが、高野内に見えた。
高野内は、その乗客に近づき、身体のあちこちを確認しながら、
「ダメだ。この人は、意識を失ったのではなく、既に死亡している。死後1時間半以上は経っているな」
と、はっきりとした声で言った。
すると、倉田車掌は、
「こちらのお客様は、亡くなられているのですか」
と、驚いたような声で言った。
「はい。亡くなっていますね」
と、高野内が言うと、
「病死でしょうか?」
と、倉田車掌は言った。
男性客の身体には、大きな外傷はなく、出血もなかった。
「持病が原因で亡くなったのでしょうかね?」
と、鶴尾が言うと、
「それは、遺体を調べてもらわないとわからないよ」
と、高野内は答えた。
その男性客は、中肉中背で、10月になっているにも関わらず、上半身は、夏に着るような半そでのTシャツ姿だった。
「その乗客は、暑がりの可能性が高いな」
と、高野内は、遺体を見ながら言った。
「そうですね。確かに、これは、夏姿ですね」
と、奈々美は、怪訝そうに遺体を見ながら言った。
そのあと、高野内は、
「この乗客の所持品を確認しようか」
と言いながら、手袋をはめて、ズボンのポケットを探った。
すると、財布やキップが出てきた。
財布には、現金が20万円以上入っていた。キップは、乗車券、特急券とも、新大阪から東京までだった。
「この人は、新大阪から乗ったのでしょうか」
と、園町は、キップに眼を向けながら言った。
高野内は、倉田車掌のほうを向いて、
「この人は、どちらから乗られたかわかりますか?」
と聞いた。
「おそらく、新大阪からだと思いますが、私がキップを拝見したのは、京都を出てからです」
と、倉田車掌は答えた。
財布やキップはあったものの、手荷物は見つからなかった。
手ぶらで乗ったのか、誰かに持ち去られたのかは、わからなかった。
その間にも、所轄の警察署の警察官も来た。
男性客の遺体は、警察署の警察官によって、列車から降ろされ、担架に載せられた。
「この遺体には、司法解剖が必要だと思いますね」
と、高野内が言うと、所轄の警察署の警察官の1人が、
「我々もそう思います」
と言った。
そして、遺体は、担架で運ばれていった。
後に、司法解剖にまわされるであろう。
高野内、園町、鶴尾、奈々美の4人は、分駐所へ戻ることにした。
『のぞみ218号』は、新大阪発の新幹線列車である。東京駅到着後は、しばらくして、車両基地へ回送される。
到着後、車掌の倉田(クラタ)は、車内を見て歩いていた。
忘れ物や不振な荷物がないか、眼を光らせたり、到着後も下車していない客がいないか、見て回るのである。
新幹線『のぞみ』は16両編成の列車で、上り列車は、前から16号車、15号車の順で、最後尾が1号車である。
倉田車掌が、前から5両目の12号車の客室に入ったとき、進行方向左側の窓側のE席に、1人の男性客が寝ているのが眼に入った。
12号車は、普通車指定席の車両で、倉田が車内改札を行った。寝ていた男性客の顔も、倉田は憶えていた。
「お客様、終点です。起きてください」
と、倉田は、男性客に声をかけた。
しかし、まったく反応はなかった。
そこで、男性客の肩を軽く叩きながら、
「お客様、終点です」
と、再度言った。
すると、その乗客の身体は、座席から床に崩れ落ちていった。
倉田は、顔を蒼くしながら、業務用の携帯電話で警察に通報した。
11時50分が近づいていたとき、警視庁鉄道警察隊の巡査部長の高野内豊(タカノウチ・ユタカ)は、自分が所属する鉄道警察隊東京駅分駐所に戻ろうとしていた。
高野内は、42歳で、警察官になって20年以上になる。主に私服姿で活動し、列車や駅構内での犯罪事件の捜査を担当することが多い。
そのときの高野内は、同じ鉄道警察隊の後輩の園町隆史(ソノマチ・タカシ)巡査長と一緒にパトロールに出ていた。
主に列車内でのスリや痴漢の取締りのためである。
園町は、39歳。彼も、私服姿で活動することが多い。
分駐所に戻ると、高野内は、上司である桑田敬一(クワタ・ケイイチ)警部に、
「ただいま、パトロールから戻ってきました」
と言った。
桑田警部は、55歳。元鉄道公安官である。
高野内たちが、パトロールを終えて、一息つこうとした矢先、桑田警部は、
「高野内君、園町君、今すぐ、東海道新幹線のホームに行ってくれ」
と、命じた。
「事件ですか?」
と、高野内が聞くと、
「まだはっきりとはわからんが、『のぞみ218号』の車内で、男性客が座席で意識を失っているのを、車掌が見つけて通報したそうだ」
と、桑田は答えた。
そして、それに続いて、
「『のぞみ218号』は、18番ホームに止まっている。急いで行ってくれ! ほかの隊員も向かわせるから」
と、やや大きな声で言った。
高野内と園町は、駆け足で、18番ホームへ向かった。
18番ホームには、16両編成のN700系新幹線電車が止まっていた。それが『のぞみ218号』である。
高野内たちが現場である12号車へ向かって走ると、男女2人の制服警察官の姿が見えた。
高野内と同じ鉄道警察隊東京駅分駐所の警察官で、男性の警察官は、鶴尾剛士(ツルオ・タケシ)巡査。女性警察官は、桜田奈々美(サクラダ・ナナミ)巡査だった。
鶴尾は、37歳。制服姿で駅構内をパトロールするときと、私服姿で捜査するときがある。
奈々美は、21歳。たまに私服姿で捜査に加わることがあるが、ほとんどの日は、制服姿で駅構内のパトロールを担当している。
高野内が、鶴尾と奈々美のほうを向いて、
「ごくろうさん」
と、声をかけると、
「ご苦労様です」
と、鶴尾は返事をした。
そして、高野内、園町、鶴尾、奈々美の4人は、12号車に入った。
12号車のデッキには、50歳くらいの男性の車掌が立っていた。JR東海の制服を着ていた。
高野内が、車掌に、
「鉄道警察隊です」
と言うと、車掌は、
「私は、車掌の倉田といいますが、12号車で、お客様が1人意識を失っていまして、それで、警察へ通報いたしました」
と言った。
「その乗客は、どちらにいるのですか?」
と、高野内が言うと、
「客室です」
と、倉田車掌は言いながら、高野内たちや鶴尾、奈々美を、車内に案内した。
窓側のE席で、30代半ばくらいに見える男性が、座席から床に崩れ落ちて動かないのが、高野内に見えた。
高野内は、その乗客に近づき、身体のあちこちを確認しながら、
「ダメだ。この人は、意識を失ったのではなく、既に死亡している。死後1時間半以上は経っているな」
と、はっきりとした声で言った。
すると、倉田車掌は、
「こちらのお客様は、亡くなられているのですか」
と、驚いたような声で言った。
「はい。亡くなっていますね」
と、高野内が言うと、
「病死でしょうか?」
と、倉田車掌は言った。
男性客の身体には、大きな外傷はなく、出血もなかった。
「持病が原因で亡くなったのでしょうかね?」
と、鶴尾が言うと、
「それは、遺体を調べてもらわないとわからないよ」
と、高野内は答えた。
その男性客は、中肉中背で、10月になっているにも関わらず、上半身は、夏に着るような半そでのTシャツ姿だった。
「その乗客は、暑がりの可能性が高いな」
と、高野内は、遺体を見ながら言った。
「そうですね。確かに、これは、夏姿ですね」
と、奈々美は、怪訝そうに遺体を見ながら言った。
そのあと、高野内は、
「この乗客の所持品を確認しようか」
と言いながら、手袋をはめて、ズボンのポケットを探った。
すると、財布やキップが出てきた。
財布には、現金が20万円以上入っていた。キップは、乗車券、特急券とも、新大阪から東京までだった。
「この人は、新大阪から乗ったのでしょうか」
と、園町は、キップに眼を向けながら言った。
高野内は、倉田車掌のほうを向いて、
「この人は、どちらから乗られたかわかりますか?」
と聞いた。
「おそらく、新大阪からだと思いますが、私がキップを拝見したのは、京都を出てからです」
と、倉田車掌は答えた。
財布やキップはあったものの、手荷物は見つからなかった。
手ぶらで乗ったのか、誰かに持ち去られたのかは、わからなかった。
その間にも、所轄の警察署の警察官も来た。
男性客の遺体は、警察署の警察官によって、列車から降ろされ、担架に載せられた。
「この遺体には、司法解剖が必要だと思いますね」
と、高野内が言うと、所轄の警察署の警察官の1人が、
「我々もそう思います」
と言った。
そして、遺体は、担架で運ばれていった。
後に、司法解剖にまわされるであろう。
高野内、園町、鶴尾、奈々美の4人は、分駐所へ戻ることにした。