浜崎ヒカルのブログ推理小説

ブログを利用して推理小説を書いています。 鉄道ミステリーが中心になります。

2014年01月

 午後4時過ぎ、高野内が運転する覆面車が足立区竹ノ塚に入った。助手席には、園町が乗っている。
 覆面車は、住宅などが建ち並ぶ竹ノ塚地区の道を走った。
 そして、あるアパートを見つけると、高野内は、車を止めた。
 周囲は、2階建てのアパートや一戸建ての住宅が建ち並んでいた。
「このアパートだな」
 と、高野内は、2階建てのアパートを指差した。そのアパートは、かなり年季の入った建物だった。早崎裕允の自宅があるアパートである。
 高野内と園町は、覆面車から降りると、早崎の部屋に向かった。
 しかし、部屋のドアは施錠されていた。
 そこで、仕方なく、携帯電話で管理人を呼んで、開けてもらうことにした。
 管理人に玄関のドアの鍵を解錠してもらったとき、時刻は4時半頃になっていた。
 高野内たちは、管理人にお礼を言ってから、ドアを開けた。
 玄関には、男物の靴やサンダルが数足あるのみだった。
 そのアパートは、単身向けのワンルームで、部屋のほかは、トイレと風呂と流し台、ガスコンロがあるのみだった。
 高野内は、手袋をはめた手で、部屋にある引き出しを開いた。
 そして、しばらくすると、ゆうちょ銀行の通帳を発見した。普通貯金の通帳で、名義は早崎裕允である。その通帳は、2012年の10月に新しい通帳に切り替えたものだった。
 口座の残高は、7万円余りだった。定期貯金の通帳などは見つからなかった。
 高野内は、その通帳を見ながら、
「ん? これは、もしかすると…」
 と、何かを期待したような言い方で言った。
「どうしたのですか? 高野内さん」
 と、園町は、怪訝そうに言った。
「これは、調べてみる価値があるかもしれないぜ」
 と、高野内は、微笑しながら言った。
「通帳に手がかりがあるのですか?」
 と、園町が言うと、
「まだ調べてみないとわからないが、その可能性はありそうだ」
 と、高野内は答えた。
「その通帳のことについて調べるのですか?」
 と、園町が、改めて聞くように言うと、
「そうだ。明日郵便局に行って調べてもらおう。そうしたら、何かわかるかもしれないぞ」
 と、高野内は言った。
 そのあと、高野内たちは、再度、管理人を呼び、早崎の部屋を施錠したあと、鍵を預かって、覆面車に乗った。
 そして、分駐所に戻ることにした。

 午後3時が近づいていたとき、鉄道警察隊東京駅分駐所では、『のぞみ218号』の車内で早崎裕允という男が死亡していた事件の捜査に関する話し合いが行われていた。
 死因は、青酸中毒死ということがわかっていて、死亡した男には恐喝の前科があったことも判明した。
 死亡した早崎は、自殺ではなく、他殺の可能性が極めて高く、殺人事件の疑いで捜査する方針となった。
 そのとき、分駐所には、鉄道警察隊の高野内たちだけではなく、捜査一課の佐田真由子警視と岡田俊一警部もいた。
 捜査の指揮は、捜査一課がとることになった。
 死亡した早崎裕允は、年齢35歳。岡山県出身で、恐喝罪の前科があることがわかっている。
「害者の早崎裕允は、過去に何度か恐喝罪で逮捕されているわ」
 と、真由子が言い、それに続いて、
「ですから、また誰かに恐喝かそれに近いことをして、逆に殺害された可能性が高いと、我々は見ています」
 と、岡田は言った。
 すると、高野内は、
「俺も同感です。ですから、早崎裕允の自宅とかを調べて、早崎に恐喝とかされていた人間がいないか捜してみたいと思うのですが」
 と言った。
「じゃあ、高野内さんと園町さんに、早崎裕允の自宅アパートを調べてもらおうかしら」
 と、真由子は微笑しながら言った。
 そして、真由子は、
「早崎裕允の住所は…」
 と言いながら、ホワイトボードに書いた。
 早崎は、東京都足立区竹ノ塚のアパートに住んでいることがわかった。
「じゃあ、高野内さん、園町さん、お願いね」
 と、真由子は言い、それに続いて、
「それじゃ、僕たちは、いったん、本庁に戻るよ」
 と、岡田は言った。
 すると、高野内は、
「岡田警部、ほかの事件の捜査のためですか?」
 と聞いた。
「ああ。長野県の美ヶ原で殺害された男のことで、長野県警からも捜査協力依頼がきているから…」
 と、岡田は言いかけたところで、
「鉄警隊には関係ない事件だ」
 と、顔を逸らしながら言い、
「ちょっと、岡田君、余計なことを話したらダメでしょう」
 と、真由子は怒ったような声を出した。
「そんなこと言われたら、ますます知りたくなりますね」
 と、高野内が言うと、
「高野内さんたちには関係ないから、早く早崎裕允について調べなさい」
 と、真由子は、強い口調で言った。
「わかりました」
 と、高野内は言った。
 そして、午後3時20分を過ぎた頃、高野内と園町は、分駐所を出た。
 分駐所を出ると、覆面車に乗った。車は、黒色のマークXで、高野内が運転し、園町が助手席に乗っていた。
 高野内たちが乗った車が向かったのは、東京都内の足立区竹ノ塚にある早崎裕允の自宅アパートである。
 早崎の自宅から、どんな手がかりが見つかるのか、そのときの高野内たちには、まだわからなかった。

 高野内、園町、鶴尾、奈々美の4人が、分駐所に戻ると、時刻は、12時半を過ぎていた。
 高野内たちは、昼食をとった。
 昼食を終えて、しばらくの間、分駐所で待機していた。
 午後1時半頃、分駐所の電話が鳴った。
「はい。鉄道警察隊東京駅分駐所ですが」
 と、桑田警部が電話に出た。
 桑田警部は、誰かと話しをしていた。
 そして、しばらく話して、電話を切ると、高野内たちのほうへ顔を向けて、
「『のぞみ218号』の車内のホトケの身元がわかったそうだ」
 と言った。
 高野内は、
「ホトケさんは、何という名前でしょうか」
 と聞いた。
 すると、桑田警部は、椅子から立ち上がり、ホワイトボードへ向かって歩いた。
 そして、ホワイトボードに、
『早崎裕允(ハヤサキ・ヒロミツ)』
 と書いた。
 そのあと、桑田警部は、鋭い目つきで、
「ホトケさんは、前科があったそうだ」
 と言った。
「前科ですか」
 と、高野内は、冷静そうな口調で聞き返した。
「そうだ」
 と、桑田警部は答えたあと、
「指紋照合を行った結果、ホトケさんには、恐喝の前科があることが判明したそうだよ」
 と言った。
 それを聞いた高野内が、
「早崎というホトケは、また恐喝でもしようとして、逆に殺されたのでしょうかね」
 と言うと、
「今の段階では、何とも言えないだろう」
 と、桑田は言った。
「それで、死因は何でしょうか?」
 と、高野内が聞くと、
「青酸中毒死だそうだ。ただ、青酸化合物が体内に入った方法は、青酸化合物を飲んだのではなく、皮下注射によるものだ」
 と、桑田は、はっきりとした口調で答えた。
「ということは…」
 と、園町が言いかけると、
「ホトケさんは、自殺ではなく他殺でしょうか」
 と、高野内は言った。
「おそらく、その可能性が高い」
 と、桑田は、鋭い目つきで言ったあと、
「早崎裕允死亡の件は、殺人の疑いもあると見て捜査を始める。我々も、捜査に協力することになった」
 と、はきはきとした口調で言った。
 そのあと、桑田は、
「今回の件の捜査への協力は、高野内、園町、鶴尾、君たちのほか、磯野(イソノ)と堀西(ホリニシ)にも担当してもらう。また、場合によっては、桜田にも協力してもらうかもしれん」
 と、高野内のほうを向いて言った。
 磯野は、磯野貴代子(イソノ・キヨコ)という47歳の女性警察官で、階級は警部補。同じ鉄道警察隊東京駅分駐所に所属している。
 堀西は、堀西真希(ホリニシ・マキ)という26歳の女性警察官で、彼女も同じ東京駅分駐所の隊員である。
 そのときは、2人とも、出勤していなかったが、夕方出勤後、捜査に加わる予定だという。
 その頃、所轄の警察署からファックスも届いた。
 早崎の司法解剖の結果や前科や経歴などが印字されていた。
 死亡推定時刻は、午前10時前後だという。
 それを知った高野内は、市販の時刻表のページを開き、新幹線の時刻を調べた。
 午前10時前後は、『のぞみ218号』は、名古屋停車直前から停車の前後までである。時刻表によると、『のぞみ218号』は、10時2分に名古屋に停車し、10時3分に発車する。
 時刻表とファックスの内容を見ながら、高野内は、
「早崎は、名古屋到着直前に殺害された可能性が高いな」
 と言った。
 すると、園町が、
「じゃあ、犯人は、早崎に青酸化合物を注射して殺害したあと、名古屋駅で降りたのでしょうか」
 と言った。
「俺はそのとおりだと思うぜ」
 と、高野内は言った。
「それで、殺害に使われた注射器は見つかったのでしょうかね?」
 と、鶴尾が言うと、
「いいや。まだ見つかったという報告はない。おそらく、犯人がそのまま持って降りたんだろう」
 と、高野内は言った。
「どうして、早崎は殺されたんでしょうかね?」
 と、鶴尾が言うと、
「早崎は恐喝の前科がある。また誰かを恐喝しようとして殺されたのかもしれないし、既にまた恐喝をしていて、恐喝の被害者に殺された可能性もあると、俺は思うんだ」
 と、高野内は、はっきりとした口調で言った。
「なるほど」
 と、鶴尾は、納得したような言い方で言った。
 その矢先、桑田警部が、高野内たちのいるほうへ来て、
「先ほど、本庁捜査一課の捜査員から、こちらへ来るという連絡があった。早崎裕允死亡の件の捜査について、おそらく指示を出してくるだろう」
 と言った。
「わかりました」
 と、高野内は言った。

 午後2時半を過ぎた頃、分駐所に男女2人が入ってきた。男性は、30代前半くらいで、ピンストライプの入った濃紺のスーツ姿だった。女性のほうは、30代半ば過ぎくらいだが、美人でスタイルがよさそうだった。カジュアルな服装で、紺色のスカートに黒いストッキングに黒っぽいブーツを履いていた。
 男女どちらとも、高野内には見覚えのある顔だった。
「高野内さん、久しぶりね」
 と、女性は言った。
 その女性は、佐田真由子(サダ・マユコ)という、警視庁捜査一課の警視で、キャリア組の警察官でもある。キャリア組には見えないカジュアルな服装でいることが多い。
 スーツ姿の男性は、岡田俊一(オカダ・シュンイチ)という、警視庁捜査一課の警部で、彼もキャリア組だ。
 高野内と園町は、2人とも、過去に、一緒に事件の捜査をしたことがある。
「早崎裕允が『のぞみ218号』の車内で死亡していた件については、わたしたち捜査一課も、他殺のセンが極めて濃いとして、殺人事件として捜査することにしたわ」
 と、真由子は言った。
 それに続いて、
「それで、捜査の指揮は、我々捜査一課がとることにしました。鉄道警察隊の方々にも、協力を要請します」
 と、岡田が言った。
 これにより、高野内たちは、捜査一課の指揮の下で、早崎裕允死亡の件について、捜査することとなった。
 早崎裕允が死亡していた件について、自殺ではなく他殺の可能性が高いということは、捜査一課だけではなく、高野内たちも同じ意見である。
 しかし、まだ犯人が誰で、早崎はなぜ殺されたかについては、これから調べて見つけていかなければならない。
(できれば、本庁の捜査員よりも、早く犯人を捜したい)
 高野内は、そのような思いが強まっていった。
 そして、
「犯人逮捕に全力を注ぎます!」
 と、高野内は、真由子や岡田のほうを向いて言った。

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