午後5時が近づいた頃、高野内たち4人が乗ったタクシーは、松本中央警察署に到着した。
 高野内が、制服警官の一人に警察手帳を見せて、捜査のために松本まで来たことを告げると、その警官は、刑事課まで案内した。
 刑事課のところへ行くと、50代半ばくらいの大柄な男と、30代前半くらいに見える細く長身の男が、高野内たちの前へ出てきた。
 そして、大柄な男は、
「警部の林です」
 と名乗った。
 細く長身の男は、
「私は、森下といいます」
 と言った。
 高野内たちも、それぞれ自己紹介をすると、
「そういえば、さっきも、東京の刑事が2人来られたよ」
 と、林警部は言った。
 すると、高野内は、
「一人は女性でしたか?」
 と聞いた。
「ああ。そうだったよ。若いけど、警視だったな」
 と、林は答えた。
 それを聞いた園町が、
「高野内さん、もしかすると…」
 と言いかけると、
「わかっているよ」
 と、高野内は言ったあと、
「林警部、その2人は、何の事件の捜査で、ここまで来たのですか?」
 と聞いた。
「昨日、美ヶ原高原で、東京の八王子に住む男が殺害される事件があったんだ」
 と、林は言った。
「それで、警視庁にも協力を求めたのですね」
 と、高野内が言うと、
「そのとおりだ」
 と、林は言った。
「ところで、我々が捜査している殺人事件は、昨日、新幹線『のぞみ218号』の車内で乗客の男が殺害されたのですが、その害者の男には、恐喝の前科があることがわかりました。
 それで、その害者について、いろいろ調べてみたところ、一昨年の11月から、毎月15日前後、5万円ずつ、松本市内の松本T郵便局のATMから振込みを受けていることもわかったのです」
 高野内は、真剣そうな顔で、林のほうを向いて言った。
「そうか。じゃあ、我々も出来る限りの協力をさせていただくよ」
 と、林は言ったあと、
「高野内さん、明日、一緒に松本T郵便局に行こうか」
「お願いします」
 と、高野内。
 そして、高野内たち4人は、松本中央署をあとにして、タクシーで松本駅前付近にあるビジネスホテルへ行った。

 翌日10月10日、高野内、園町、鶴尾、奈々美の4人は、松本駅前付近のビジネスホテルをチェックアウトして、タクシーで、松本中央署へ向かった。
 松本中央署に着いた頃には、午前9時を少し過ぎていた。
 松本中央署の建物に入り、用件を告げると、林警部と森下刑事が出てきた。
「じゃあ、これから、松本T郵便局へ行ってみよう」
 と、林は言った。
 そして、林と森下の案内で、高野内たち4人は、捜査用車両に乗った。シルバー色の車で、ノアという8人乗りのミニバンだった。
 運転するのは森下で、助手席に林が乗った。
 捜査用車両は、松本T郵便局に向かって、松本市内を走った。
 それから10分足らずで、森下は、
「着きましたよ」
 と言った。
 高野内たちと林、森下の乗った捜査用車両は、松本T郵便局の駐車場に入った。
 捜査用車両が駐車場に止まると、高野内、園町、鶴尾、奈々美、林、森下の6人は、郵便局に入った。
 そして、窓口にいた女性局員に警察手帳を見せて、捜査に協力して欲しいことを告げると、すぐに局長を呼んだ。
 少し経つと、50代後半くらいの男性の局長が出てきた。
 高野内が、
「私は、警視庁鉄道警察隊の者ですが、一昨年の11月から、毎月15日前後、5万円ずつ、『ヤマシタジロウ』いう名前で、早崎裕允という人物に振り込んだ人物を捜しています」
 と言うと、局長は、
「その振込みが、うちの局で行われたのですか?」
 と、入念そうに聞いた。
「そうです。お宅のATMで行われたことがわかりました。それで、『ヤマシタジロウ』が誰なのかを調べています。ぜひご協力お願いします」
 と、高野内は言った。
「わかりました。ATMの記録と防犯カメラの画像から調べてみたいと思います。かなり時間をいただくことになりますが、よろしいでしょうか?」
 と、局長が言うと、
「はい。お願いします」
 と、高野内は言い、
「何かわかったら、松本中央署へご連絡ください」
 と、林が言った。
 そして、高野内たちと林、森下の6人は、車に戻り、松本中央署へ戻った。

 12時半過ぎ、高野内、園町、鶴尾、奈々美、林、森下の6人は、松本中央署内で、昼食をとっていた。
 昼食を終えてまもなく、刑事課の電話が鳴った。
「はい。こちら、松本中央署刑事課ですが」
 と、林が電話に出た。
 そして、何分か話して電話を切ると、高野内のほうを向き、
「高野内さん、『ヤマシタジロウ』と思われる人物が防犯カメラに映っていたそうだよ。郵便局の人がプリントして用意している。これから行こう」
 と言った。
「わかりました」
 と、高野内は返事をした。
 そして、高野内たちと林、森下の6人は、捜査用車両に乗り、再び松本T郵便局へ向かった。
 午後1時20分頃、郵便局に着いた。
 郵便局に入ると、窓口の局員に、警察手帳を見せた。
 すると、局員は、すぐに局長を呼んだ。
 まもなく、局長が出てきた。
「刑事さん、振込みがあった時間に映っていた画像から、『ヤマシタジロウ』と思われる人物を見つけて、プリントアウトしました。確認お願いします」
 と、局長は言いながら、中身の入った大きな茶封筒を、林警部に渡した。
 すぐに、中身を出して、確認した。
 たくさんの写真が入っていた。
 どの写真にも、日付が入っていて、時刻も秒単位で記録されていた。
 ほとんどの写真が15日になっていて、時刻が12時半前後だった。
 1枚目の写真は、日付が2011年11月15日で、時刻が12時32分45秒になっていた。
 ATMを操作していた写真の人物は、60歳前後の男に見えた。工場のものにみえる作業服姿だった。
 ほかの写真も確認したが、どれも同じ人物が写っていた。しかも、作業服姿だった。時刻は、どれも12時半前後だった。
「これで、お役に立てるでしょうか?」
 と、局長が言うと、
「十分ですよ。どうも、ご協力ありがとうございました」
 と、林は礼を言った。
 そして、『ヤマシタジロウ』と思われる人物の写真の入った封筒を持って、高野内たちと林、森下の6人は、車に戻り、松本中央署へ戻った。

 松本中央署では、『ヤマシタジロウ』という名義で振り込んだ人物を割り出すための話し合いが始まった。
「これらの画像から、『ヤマシタジロウ』は、どのような人物だと推測するかね」
 と、林警部が言うと、
「15日が給料日の製造業の会社に勤める人物だと、私は思います」
 と、高野内は、はっきりとした口調で言った。
「なるほど。確かに、ほどんどの月は15日に振込みをしているが、それが給料日だからと考えるのは妥当だな」
 と、林は、納得したように言った。
 そして、林は、
「森下君、給料日が15日で、写真に写っている作業服を採用している会社をさがしてくれ」
 と言った。
 すると、森下は、
「わかりました」
 と答えたあと、
「ただ、給料日15日で作業服だけでは、絞込みが困難だと思います」
 と、苦悩の表情を見せた。
「そうだな。ほかに手がかりはないか?」
 と、林が言うと、
「松本T郵便局に近いところにある会社から捜したらいいと思います」
 と、高野内は言った。
「そうか」
 と、林は答えたあと、
「松本T郵便局の近くで、作業服から工場の従業員だと思われる。松本T郵便局の近くの工場から捜してみようか」
 と言った。
 すると、森下は、
「松本T郵便局は、工業団地に比較的近い郵便局です。その工業団地の工場に該当者がいないか、捜してみたいですね」
 と、はっきりとした口調で言った。
「森下君、じゃあ、その工業団地に、その作業服を採用している会社がないか、調べてみたまえ」
 と、林が言うと、
「わかりました」
 と、森下は言ったあと、席を離れた。
 それから、1時間ほどして、森下が戻ってきた。
「警部、該当する可能性のある会社が1社見つかりました」
 と、森下は、うれしそうな顔で言った。
「どこかね?」
 と、林が聞くと、
「工業団地にあるM工業です。画像にうつっている作業服と同じ作業服を採用していますし、給料日は15日です」
 と答えた。
「M工業は、精密部品を製造している会社だな」
 と、林が言うと、
「そうです」
 と、森下。
「じゃあ、明日、M工業に行こうか」
 と、林が言うと、
「M工業に該当者がいれば、私たちも話を聞いてみたいと思います」
 と、高野内は言った。
 そして、高野内、園町、鶴尾、奈々美の4人は、松本中央署を出て、タクシーで、松本駅付近にあるビジネスホテルへ向かった。