浜崎ヒカルのブログ推理小説

ブログを利用して推理小説を書いています。 鉄道ミステリーが中心になります。

2015年02月

 10月12日、その日は、土曜日だった。
 高野内、園町、鶴尾、奈々美の4人は、朝の7時半頃、出勤した。新幹線『のぞみ218号』の車内で、早崎裕允が殺害された事件の捜査のためである。
 桑田警部と磯野貴代子、堀西真希も出勤していた。
「早崎裕允に毎月5万円を振り込んだ人物は、長野県松本市に住む岩崎正信という男だとわかりました」
 と、高野内は言い、そのあとも、岩崎正信について、知りえた範囲で説明した。
「職業は、工場勤務の作業員で、勤務先は、松本市内の工業団地にあるM工業です」
 と、高野内は言った。
「早崎裕允は、岩崎正信という人物の弱みをネタに恐喝していたということかね?」
 と、桑田警部が言うと、
「そうだと思います」
 と、高野内は、はっきりとした口調で答えた。
「岩崎という男がゆすられるような弱みって、一体何かしら?」
 と、貴代子が言った。
「それはまだわかりません。でも、岩崎正信について調べたら、おそらく、何か出てくると、俺は思います」
 と、高野内は答えた。
 しかし、そのときは、岩崎正信の弱みが何なのか、高野内にもわからなかった。
「岩崎について、さらに調べてみる必要がありそうだな」
 と、桑田が言うと、
「はい。私もそう思います」
 と、高野内は言った後、
「松本中央署の刑事課が、岩崎や関係する人物について調べなおしています」
 と言った。
 それからしばらくして、ファックスが届いた。発信元は、松本中央署だった。
 ファックスの内容によると、岩崎正信は、63歳。生まれも育ちも長野県松本市だという。現在独身で、過去に結婚していて娘が1人いたが、結婚から8年後、妻が亡くなり、その後、一人で娘を育ててきたが、その娘も、2011年5月に死亡。現在、松本市内で一人暮らし。
 なお、勤務先のM工業での評判は、勤務態度はまじめで、上司からも部下からも好かれていて、社内でトラブルを起こしたことはないとのことだった。
 桑田警部は、ファックスの送信内容が印刷された紙を見ながら、
「高野内君は、どう思うかね?」
 と、高野内のほうを向いて言った。
「娘さんが亡くなった件と、何か関係がありそうな気がします」
 と、高野内は、はっきりとした口調で答えた。
 それに続いて、
「私も、高野内君の考えと同じです」
 と、貴代子が言った。
 それを聞いた桑田警部は、
「じゃあ、岩崎正信の娘と早崎裕允との関係について調べてくれ!」
 と言った。
 そのあと、桑田は、松本中央署に電話をして、岩崎正信の娘の詳細を問い合わせた。
 そして、何分か話した後、電話を切って、それから、高野内のほうを向いて、
「もうすぐ、松本中央署が、岩崎正信の娘についての詳細をファックスで送るそうだ」
 と言った。
 しばらく待つと、ファックスが届いた。
 ファックスの内容によると、娘の名前は、岩崎真実(イワサキ・マミ)。死亡時は32歳。岩崎正信の一人娘で、きょうだいはいない。
 松本市出身で、地元の高校を卒業後、上京し、東京都内の大学へ進学。卒業後、東京都新宿区にある情報処理関係の会社へ就職し、死亡時まで在職していた。死亡時の住所は、東京都杉並区。死亡日は、2011年5月15日で、自宅アパートの自室で首を吊って死亡していたとのこと。
 なお、死亡時、岩崎真実は、妊娠3ヵ月が経過していた。ちなみに、岩崎真実自身は独身で未婚だった。
「これをみて、どう思うかね? 高野内君」
 と、桑田は、ファックスの用紙を指差しながら、高野内の向いて言った。
「岩崎真実と早崎裕允との接点があるかどうか、調べてみる必要があると思います」
 と、高野内は答えた。
「じゃあ、高野内君、園町君、竹ノ塚の早崎の自宅へ行って、何か手がかりになるものがないか、再度調べてくれ」
 と、桑田は言った。
「わかりました」
 と、高野内は返事をしたあと、園町と一緒に、覆面車に乗って、足立区竹ノ塚にある早崎のアパートに向かった。運転したのは高野内である。
 
 午前9時半が近づいてきた頃、高野内が運転する覆面車は、足立区竹ノ塚を走っていた。助手席には、園町が乗っていた。
 高野内運転の覆面車は、早崎裕允が住んでいたアパートの前に止まった。
 そして、高野内と園町の2人は、車から降りて、白い手袋をはめると、早崎裕允の部屋の鍵を開けた。
 ドアを開けると、殺風景な一人暮らしの男の部屋が眼に入った。玄関の靴やサンダルも8日に、はじめて入ったときと変わっていなかった。
「早崎裕允と岩崎真実との関係を証明するものが見つかればいいですね」
 と、園町は言いながら、靴を脱いで部屋にあがった。そのあと、高野内も靴を脱いであがった。
 高野内たち2人は、手袋をはめた手で、部屋の中を捜していった。
 それから1時間近く経ったが、岩崎真実に関係するようなものは、全く見つからなかった。
「空振りか…」
 と、高野内は肩を落とした。
 すると、園町は、
「高野内さん、がっかりすることないですよ」
 と言った。
「園町、何か見つかったのか?」
 と、高野内が聞くと、
「いいえ。ただ、一つ引っかかったのは、岩崎真実が妊娠していた件です。もし、早崎裕允がその父親だとすれば、それが彼女との関係になります」
 と、園町は答えた。
「なるほど。岩崎真実のおなかの子が早崎裕允の子の可能性があるかどうか、問い合わせてみるよ」
 と、高野内は、携帯電話を取り出して、分駐所に電話した。
 電話には、桑田警部が出た。
 高野内は、桑田警部に、早崎裕允が、岩崎真実の胎児の父親の可能性があるかどうか確認したいということを言うと、桑田警部は、
「わかった。わかり次第折り返し電話する」
 と言った。
 それからも、高野内と園町は、早崎裕允の部屋の中を捜したが、岩崎真実との関係を証明できそうなものは、何一つ出てこなかった。
 時計の針が11時を差した頃、高野内の携帯電話が鳴った。東京駅分駐所からだった。
「はい。高野内の携帯ですが」
 と、高野内が電話に出ると、桑田警部からだった。
 桑田警部の話によると、岩崎真実の胎児が早崎裕允の子の可能性はないということだった。なぜなら、岩崎真実の血液型はO型だが、胎児の血液型はA型だったという。早崎裕允の血液型はB型だった。したがって、岩崎真実の胎児と早崎裕允との親子関係は否定せざるを得なくなった。
 それを聞いたあと、高野内は電話を切った。
 そして、電話で聞いた内容を、園町にも説明した。
「残念ながら、早崎裕允と岩崎真実のおなかの子には親子関係はないそうだ。それに、もし仮に親子関係があったとしても、それだけでは、早崎裕允が、岩崎正信をゆする動機が一体何なのかわからないぜ」
 と、高野内は言った。
 結局、高野内たちは、再度、早崎裕允のアパートに行ったものの、何も収穫を得られないまま、分駐所に戻ることにした。
 早崎裕允が岩崎正信をゆする動機は何なのか、そのときの高野内にはわからなかった。

 10月11日の朝、高野内、園町、鶴尾、奈々美の4人は、起床すると、ホテルで朝食を済ませた。
 そのあと、チェックアウトし、タクシーで松本中央署へ向かった。
 午前8時半頃、松本中央署に着いた。
「今日の昼ごろ、M工業に行って、防犯カメラにうつっていた人物が誰かを調べよう」
 と、林は言った。
 そして、11時50分頃、林、森下、高野内、園町、鶴尾、奈々美の6人は、捜査用のミニバンで、署から出た。
 松本市内の工業団地にあるM工業へ向かったのである。
 12時10分頃、6人が乗った捜査用の車は、M工業に到着した。
 正門の横にある守衛所のガードマンに警察手帳を見せて、用件を告げたあと、構内に入った。
 そして、構内にある駐車場に車を止めると、事務室に向かった。
 事務室にいた責任者の男に警察手帳を見せて用件を告げ、郵便局から入手した画像を見せると、
「おそらく岩崎(イワサキ)さんですね」
 と、その男は答えた。
「岩崎さんというのですか」
 と、高野内が念入りそうに聞くと、
「そうです。岩崎正信(イワサキ・マサノブ)という、うちの社員です」
 と、男は言いながら、『岩崎正信』とメモ用紙に書いて、高野内に渡した。
 そのあと、その男は、
「岩崎さんが何かしたのですか?」
 と聞き返した。
「今の段階では、詳しく申し上げることはできませんが、我々が捜査中の事件について、画像にうつっている男の方が何かを知っている可能性が出てきました。それで、参考までにお尋ねしたのですが」
 と、高野内は答えた。
「そうですか」
 と、責任者の男は言った。
「できれば、岩崎さんにお会いしたいのですが」
 と、今度は、林が言った。
「わかりました」
 と、責任者の男は返事をしたあと、いったん林たちや高野内たちの前から去った。
 そして、数分後、
「お待たせしました」
 と言いながら戻ってきた。責任者の男の横には、M工業の作業服を着た60過ぎに見える男がいた。大柄で、身長は180センチ以上あるだろう。
 大柄な60過ぎに見える男は、
「私は岩崎といいますが、刑事さん、私に何の御用でしょう?」
 と言った。
「今月8日、東海道新幹線の『のぞみ218号』の車内で、早崎裕允という男が亡くなっていました。我々は、殺人事件とみて捜査をしています」
 と、高野内は、岩崎の顔をじっと見ながら言った。
 それに続いて、
「早崎裕允という男をご存知ですよね」
 と、園町が言った。
 相手は、黙り込んだ。
 すると、高野内は、少し強い口調で、
「あなたが『ヤマシタジロウ』という名前で、早崎裕允の口座に毎月5万円ずつ振り込んでいたことはわかっているんですよ。早崎裕允とはどういう関係なのですか?」
 と聞いた。
「以前、早崎さんから大金を貸していただいたことがあったので、その返済ですよ」
 と、岩崎は答えた。
「それ、本当ですか?」
 と、高野内は、岩崎の眼をじっと見ながら言った。
 相手の顔からは、汗が流れていた。
「刑事さん、まさか、私が、早崎さんを殺したとでもいいたいのですか?」
 と、岩崎は言った。
「そういうわけではないのですが、参考までにお聞きしているのです」
 と、高野内は答えた。
「そうですか」
 と、岩崎は言った。
「ところで、早崎裕允の死亡推定時刻は、8日の午前10時前後ですが、その時間、岩崎さんは、どこで何をしていましたか?」
 と、高野内は、岩崎の顔をじっと見ながら言った。
 すると、岩崎は、
「やっぱり、私を疑っているのですね」
 と、少し怒ったような声で言った。
「いいえ。そうではないのですが、我々としても、捜査上、お聞きする必要があります。その時間、どこで何をしていたか、話してもらえますか?」
 と、高野内は言った。
「8日のその時間なら、特急列車の『あずさ10号』に乗っていましたよ」
 と、岩崎は、はっきりとした口調で答えた。そのときの表情は、何か自信に満ち溢れているような顔だった。
「誰か、それを証明してくれる人はいますか?」
 と、高野内は、さらに聞いた。
「その日は、私は一人で乗っていましたので、連れはいません」
 と、岩崎は答えたあと、
「でも、車掌さんが憶えているかもしれません。ちなみに、自由席の5号車に乗っていました」
 と言った。
「それでは、その日、『あずさ10号』に乗務していた車掌に聞いて確認してみます。そのためには、あなたの顔写真が必要です。写真を撮らせていただけますか?」
 と、高野内は、携帯電話を出しながら言った。その携帯電話には、もちろん、カメラがついている。
「いいですよ」
 と、岩崎は、妙に落ち着いた表情で答えた。
 そして、高野内は、携帯電話のカメラで、岩崎の顔を撮影した。正面と斜めからである。
 撮影を終えると、
「ご協力ありがとうございます」
 と、高野内は、岩崎に言った。
 そして、高野内たちや林たちは、車に戻り、松本中央署へ戻った。

 松本中央署に戻った頃には、午後1時を10分ほど過ぎていた。
 高野内たちと林たちは、遅めの昼食をとった。
 その間、署内では、高野内の携帯電話で撮影した岩崎正信の顔をプリントする作業も行われた。
 午後2時頃、高野内たちと林たちは、捜査用の車に乗り、松本駅の近くにある松本運輸区へ向かった。
 岩崎正信が、特急『あずさ10号』に乗っていたかどうかを憶えている車掌がいるかどうかの確認のためである。もちろん、岩崎の顔写真を持っている。
 『あずさ10号』は、9時14分に松本駅を出発し、12時04分に終点の新宿駅に到着する特急列車である。
 その列車は9両編成。先頭の車両が1号車ではなく3号車になっていて、1号車と2号車が欠番になっている。最後尾は11号車である。
 自由席は、先頭寄りの3号車から5号車までの3両。
 岩崎は、前から3両目の5号車に乗っていたという。
 松本中央署を出て、松本市街地をしばらく走ると、高野内たちと林たちが乗った捜査用車両は、松本運輸区の前に到着した。
 松本運輸区に着くと、高野内たちと林たちは、谷村(タニムラ)という責任者に会った。白髪が多い小柄な男である。年齢は60歳くらいだろうか。
 高野内が、谷村に警察手帳を見せて、
「今月8日に、『あずさ10号』に乗務していた車掌さんからお聞きしたいことがあるのですが」
 と、相手に用件を告げると、
「わかりました。少々お待ちください」
 と、谷村は言った。
 そのあと、いったん、高野内たちや林たちの前から去った。
 そして、しばらくして、高野内たちや林たちの前に戻ってきて、
「8日の『あずさ10号』に乗務していた車掌は、うちの運輸区所属の高橋(タカハシ)、中原(ナカハラ)、宮村(ミヤムラ)の3名ですね」
 と、谷村は言った。
「自由席の5号車を担当した車掌さんは誰でしょうか?」
 と、高野内が聞くと、
「高橋ですね」
 と、谷村は答えた。
 すると、高野内は、
「高橋さんにお会いしてお聞きしたいことがあるのですが、よろしいですか?」
 と言った。
「わかりました」
 と、谷村は返事を下あと、いったん、高野内たちの前から去った。
 そして、50代半ばくらいの男を連れて戻ってきた。JR東日本の制服を着ている。
「私が、8日の特急『あずさ10号』に乗務していた車掌の高橋といいます」
 と、50代半ばくらいの男は名乗った。『高橋』というネームプレートをつけている。
 高野内が、高橋という車掌に、岩崎正信の顔写真を見せて、
「8日の『あずさ10号』に、この顔の男は乗っていましたか?」
 と聞くと、
「この方なら、自由席の5号車に乗っていましたよ」
 と、高橋車掌は、はっきりとした口調で答えた。
「本当にこの男が乗っていたのですね?」
 と、入念そうに再度聞くと、
「はい。確かに、この方は5号車のお客様におられました」
 と、高橋車掌は言った。
 すると、今度は、園町が、
「よく憶えておられますね」
 と言った。
 それを聞いた高橋車掌は、
「はい。松本を発車後、私が自由席の車内改札をしましたが、そのとき、終点の新宿の到着予定時刻をお尋ねになりましたね。特急券は、松本から新宿まででした。あと、茅野を発車後、私に、列車内に喫煙室があるかどうかもお尋ねになりました」
 と言った。
「茅野駅を出たのは、何時何分でしたか?」
 と、園町が聞くと、
「えーっと、その日は、定刻どおりに運行しましたので、9時46分です」
 と、高橋車掌は答えた。
「茅野の次は、どこに止まりましたか?」
 と、園町が聞くと、
「小淵沢です。ちなみに、到着時刻は10時ちょうどでした」
 と、高橋車掌は言った。
「じゃあ、その写真の男は、茅野と小淵沢の間を走っているときに、あなたに、喫煙室があるかどうか聞かれたのですね」
 と、園町は、入念そうに聞いた。
「はい。ちなみに、『あずさ』には、喫煙室はありませんので、もちろん、ございませんと答えました」
 と、高橋車掌は言った。
(これで、アリバイ成立だな)
 高野内は、肩を落とした。
 高野内たちと林たちは、谷村と高橋に礼を言って、松本運輸区をあとにした。
 そして、松本中央署へ戻った。
「岩崎さんは、早崎殺害の件とは無関係なのでしょうか?」
 と、鶴尾が言った。
 すると、高野内は、
「いや。俺は、岩崎が早崎殺害の件に、何か関係していると思う。あの自信満々な態度が、逆に怪しい!」
 と、強い口調で言った。
「でも、あの人にはアリバイがあるんでしょう」
 と、奈々美が言った。
「そうなんだ」
 と、高野内は言った後、
「いったん、東京へ戻って、再度、早崎裕允についてと、岩崎正信との関係について、調べなおしてみよう」
 と言った。
「じゃあ、我々も、岩崎正信について、調べてみるよ」
 と、林は答えた。
 そして、高野内、園町、鶴尾、奈々美の4人は、松本中央署をあとにして、タクシーで松本駅へ向かった。
 松本駅からは、17時18分発の特急『あずさ30号』で東京へ戻ることにした。その列車は、千葉行きである。
 東京駅は通らないので、途中の新宿で、中央線に乗り換えて、東京駅の分駐所へ戻った。

↑このページのトップヘ