10月15日の昼過ぎ、鉄道警察隊東京駅分駐所では、3件の殺人事件について、捜査に関する話し合いが行われていた。
 早崎裕允が『のぞみ218号』の車内で殺害された件、西井紳二が新千歳空港のトイレで殺害された件、広塚貴明が岡山駅のトイレで殺害された件の3つの事件である。
 分駐所には、高野内や園町のほか、桑田警部、貴代子、鶴尾、奈々美、それに、佐田警視と岡田警部がいた。
 2011年10月29日、西井紳二が殺害された件と、広塚貴明が殺害された件、そして、2013年10月8日に、早崎裕允が殺害された件のいずれの事件も、高野内たちは、岩崎正信を容疑者としてにらんでいる。
 しかし、岩崎にはアリバイが成立していた。
「岩崎正信は、10月28日に東京ターミナルホテルにチェックインしていたそうですが、自宅を出たのはその日でしょうか?」
 と、高野内は言った。
「そうだよ」
 と、今度は、岡田が答えた。
 そして、それに続いて、
「10月28日に、岩崎は、松本市にある自宅を出発して、松本駅を20時ちょうどに出発した特急『スーパあずさ36号』に乗って、新宿へ来たそうだ。新宿に着いた時刻は22時36分。そして、そのあとは、新宿を22時43分に発車した中央線快速に乗り換えたそうだ。その快速が東京駅に着いたのが22時57分だよ」
 と、岡田は、手帳を見ながら説明した。
「じゃあ、そのあと、八重洲の東京ターミナルホテルにチェックインしたのが、23時20分ということですね」
 と、高野内が念を押すように言った。
「そのとおりだ」
 と、岡田は答えた。
「それじゃ、高速バスの『ドリーム名古屋3号』で名古屋に移動して、名古屋から新幹線で岡山へ移動するのは無理ですかね?」
 と、高野内が言うと、
「無理よ!」
 と、真由子がはっきりとした口調で言った。
 それに続いて、
「わたしたちも、その可能性を調べてみたけど、その日の『ドリーム名古屋3号』が東京駅の八重洲南口を発車したのは、定刻の23時20分よ」
 と、真由子は説明した。
「発車時刻が、ホテルのチェックイン時刻と同時なら、いくら東京駅八重洲口付近でも、そのバスに乗るのは無理のようですね」
 と、高野内は、残念そうに言った。
「そうでしょう。それに、その日の『ドリーム名古屋3号』の予約者の名簿に、岩崎という名字はなかったし、偽名で予約した人もいなかったわ」
 と、真由子は言った。
 高野内は、2011年10月28日の夜から29日にかけては、東京駅八重洲南口を23時20分に出発する高速バス『ドリーム名古屋3号』で名古屋駅まで移動したと考えていた。
 もし、そうであれば、名古屋駅には6時ちょうどに着く。
 そうすれば、名古屋駅からは、6時20分発の新幹線『のぞみ95号』博多行きに乗ることができる。
 新幹線『のぞみ95号』は、岡山駅には、7時56分に着く。
 それなら、広塚貴明の死亡推定時刻にギリギリだが間に合うのである。
 しかし、その日、岩崎が、『ドリーム名古屋3号』に乗っていないことが明らかになった以上、別のルートがないか、再度検証しなければならなくなった。
「アリバイ成立でしょうか?」
 と、奈々美が残念そうな声を出した。
「いや。偽造されたアリバイである限り、必ず崩す方法はあるはずだ!」
 と、高野内は、自信ありそうに言った。
「高野内君、岩崎は、岡山駅で10月29日の朝の7時から8時の間に、広塚を殺害したあと、東京へ戻って、それから、その日、羽田を12時ちょうどに出発した全日空63便に乗ることができなければ、アリバイが成立したことになってしまうぞ」
 と、今度は、桑田が言った。
「そうですね」
 と、高野内は、困惑した表情になった。
 すると、今度は、鶴尾が、
「その日、岩崎は、朝7時30分の羽田発新千歳行きのJAL503便に乗ったのは間違いないのかもしれませんよ。そして、空港内のどこかで適当に時間をつぶしてから、西井を待って、来たところで、トイレへ誘い込んで殺害し、そのあと、層雲峡に行ったのではないでしょうか」
 と言った。
 それを聞いた高野内は、
「鶴尾、それじゃ、岡山駅で起きた広塚殺害の件はどうなるんだ?」
 と聞いた。
 すると、鶴尾は、
「西井と広塚は、共謀して、10件もの結婚詐欺をおこなっていました。ですから、奴らを恨んでいる人物は、岩崎以外にもいるはずです。岩崎は、他の被害者に、岡山駅での広塚殺害を実行させたのではないでしょうか?」
 と、説明するように言った。
「いいえ。それはないわ」
 と、今度は、真由子が否定するように言った。
「佐田警視、どうしてですか?」
 と、鶴尾が怪訝そうに聞くと、
「結婚詐欺の他の女性被害者やその家族についても、捜査二課の人と一緒に調べたけど、岩崎との接点は何も見つかっていないわ。それに、被害女性や被害女性の親御さんたちは、みんな、広塚の死亡推定時刻に岡山へ行っていないというアリバイがあるし、西井の死亡推定時刻に北海道に行っていないというアリバイも成立しているわ」
 と、はっきりとした口調で答えた。
「そうですか」
 と、鶴尾は、肩を落とした。
「でも、誰か共犯者がいた可能性はないとは言い切れないわね」
 と、真由子は微笑した。
「でも、結婚詐欺の被害者たちの可能性はないのですね」
 と、奈々美が確認するように言うと、
「そうよ」
 と、真由子は答えた。
 すると、今度は、高野内が、
「明日以降、捜査のために、岡山へ行ってみたいと思うのですが、いかがでしょうか?」
 と、桑田のほうへ顔を向けて言った。
「岡山へ行ったら、何か手掛かりはあるというのかね?」
 と、桑田は言った。
「まだわかりませんが、私は、何かがありそうな気がするのです」
 と、高野内は言った。
「気がするか…」
 と、桑田は、一瞬困惑した顔になったが、少し経つと、
「わかった。高野内君、園町君、鶴尾君、桜田君の4人で行って、調べてきたまえ。明日出発だ」
 と言った。
「わかりました」
 と、高野内は返事した。
 そして、高野内、園町、鶴尾、奈々美の4人は、帰宅して、翌日の準備などをすることにした。
 高野内たちは、捜査のために岡山へ行くことになったのである。
 岡山で、捜査のための手掛かりが得られるかは、まだわからなかった。