10月16日の朝、高野内、園町、鶴尾、奈々美の4人は、東京駅の東海道新幹線のホームにいた。
新幹線で岡山へ行くためである。
高野内たち4人は、博多行きの新幹線『のぞみ15号』に乗った。
その新幹線列車は、8時10分に、東京駅を出発する。
11時30分に、途中の岡山駅に停車するのだ。
時計が8時10分を指したとき、『のぞみ15号』は、東京駅を出発した。
東京駅を出発した新幹線『のぞみ15号』は、品川、新横浜の順に停車した。
その次の停車駅は、名古屋である。
高野内たちは、山側の2列シートを向かい合わせにして座っていたが、天候があまりよくなかったので、富士山は見えなかった。
9時51分に名古屋に停車し、53分に発車した。
そのあとは、京都、新大阪、新神戸の順に停車し、岡山駅には、定時の11時30分に停車した。
『のぞみ15号』が岡山駅に止まると、高野内たちは下車した。
それから、岡山県警鉄道警察隊の分駐所に向かった。
岡山駅構内の鉄道警察隊分駐所に着くと、高野内は、制服着た警察官の一人に警察手帳を見せながら、捜査のために東京から来たことを言った。
すると、応対した若い制服警官は、
「少々お待ちください」
と言った。
そして、その制服警官は、いったん中に入っていった。
それからまもなく、若い制服警官と一緒に、50代半ばくらいのがっちりとした体格の男が出てきた。その男は私服姿だった。
高野内が、警察手帳を見せながら、
「私は、警視庁鉄道警察隊の高野内といいますが、殺人事件の捜査で協力をお願いしたいのですが」
というと、私服姿の男は、
「私は、岡山県警鉄道警察隊の警部の安原(ヤスハラ)といいます。では、中にお入りください」
と言い、高野内たち4人を分駐所内へ案内した。
分駐所に入ると、高野内は、10月8日の新幹線『のぞみ218号』の車内で早崎裕允が殺害された件と、それより約2年前の10月29日に、岡山駅のトイレと新千歳空港のトイレで発生した殺人事件の捜査に関わっていることを、安原警部に説明した。
すると、安原警部は、
「岡山駅のトイレでの殺人事件は、わしも現場へ行ったよ」
と言った。
「害者は、広塚貴明という男ですね」
と、高野内が入念そうに言うと、
「そうだ。その害者は、岡山県出身の男で、殺害当時32歳。詐欺罪で何度も逮捕歴があったよ。かなりのワルのようだ」
と、安原警部は言った。
「ホシは、長野県の松本市に住む岩崎正信の可能性が高いと聞いたのですが」
と、高野内が言うと、
「ああ。現場に、岩崎正信の指紋がついたボールペンが落ちていたし、岩崎には動機がある。しかし、アリバイが成立しているそうだから、わしら岡山県警も奴を逮捕して取り調べることができないんだ」
と、安原は、残念そうな言い方をした。
その内容は、東京で、佐田真由子警視から聞いた内容と一致していた。
それから少し経ってから、安原は、
「高野内さんたちも、現場で撮影した広塚の写真を見てみるかね?」
と言った。
「はい」
と、高野内たちが返事すると、安原は、若い制服警官のほうへ顔を向けながら、
「安藤(アンドウ)君、害者の写真を持ってきてくれ」
と言った。
「わかりました」
と、制服警官は答えた。その警官は、はじめに応対した人である。
それからまもなく、安藤と呼ばれた警察官は、数枚の写真を持ってきて、安原警部へ渡した。
そして、安原は、
「高野内さん、その写真に写っているのが、害者の広塚貴明だよ」
と、写真を指差しながら言った。
高野内たちは、写真のほうへ眼を向けた。
プリントされた写真には、トイレの個室で倒れている男が写っていた。もちろん、既に死亡している。
写っていた男は、がっちりとした体格だった。首には、絞められた跡があった。
「殺害方法は絞殺だよ」
と、安原は言った。
「殺害したのは、岩崎に間違いないのでしょうか?」
と、鶴尾が入念そうに聞くと、
「我々は、その可能性が極めて高いとみているよ。しかし、警視庁と北海道警の捜査官から聞いた話だと、岩崎は、その時間、北海道へ向かっていたというアリバイが成立しているそうだな」
と、安原ははっきりとした口調で答えた。
「そうです」
と、鶴尾は言った。
すると、今度は、奈々美が、
「岩崎は、本当に、羽田発新千歳行きに乗っていたのでしょうか?」
と言った。
「どういうことだ?」
と、安原が不思議そうな顔で聞くと、
「岩崎の主張だと、朝7時30分に羽田を出発する新千歳行きのJAL503便に乗っていたそうですが、実際には乗らずに、その時間は岡山にいたのではないでしょうか?」
と、奈々美は答えた。
「それが、北海道警が調べたら、その日の羽田発のJAL503便の搭乗者名簿に、岩崎正信の名前があったし、実際に搭乗手続きもされていたんだ。それに、その日のその便は、予約者の人数と実際の搭乗者の人数も一致していたから、予約して実際に搭乗しなかったとは考えられない。だから、岩崎は、アリバイが成立するんだ」
と、安原は、不満そうな表情で言った。
「そうでしたか」
と、高野内は、がっかりした表情で言った。
10月16日の午後1時頃、高野内、園町、鶴尾、奈々美の4人は、再び岡山県警鉄道警察隊の分駐所へ戻った。
食事などのために、出ていたのである。
岡山駅構内にある分駐所に入ると、再度、安原警部と話し合うことにした。
「安原警部、2年前の時刻表はありますかね?」
と、高野内が聞くと、
「あるよ
と、安原警部は答えた。
そして、分駐所の奥のほうから1冊の時刻表を持ってきた。
「これでいいかね?」
と、安原が言うと、
「はい」
と、高野内は返事した。
「その時刻表で何を調べるのかね?」
と、安原が高野内のほうへ眼を向けながら言うと、
「飛行機の時刻です」
と、高野内は答えた。
そして、高野内は、安原警部が出した時刻表を手に取ると、航空ダイヤの国内線のページへ眼を向けた。
高野内は、ページをめくりながら、時刻表をじっと睨んでいたが、しばらくすると、
「あっ!」
と、少し大きな声を出した。
「どうしたんだ?」
と、安原が聞くと、
「13時35分に新千歳空港に着く飛行機、ほかにもありましたよ」
と、高野内は答えた。
「本当か?」
と、安原は言った。
「11時25分に、松山空港を出発したANA381便です。それなら、新千歳空港に13時35分に着きます。岩崎は、広塚を殺害したあと、松山方面へ向かう特急列車で松山へ行って、それから、松山空港へ行き、その便の飛行機に乗って、新千歳へ向かった可能性もありそうですね」
と、高野内は、自信ありそうに言った。
すると、安原は、
「我々もそのセンを当たってみたんだが、それは不可能だよ」
と、否定するように言った。
「どうしてですか?」
と、高野内が聞くと、
「我々も、岩崎が岡山駅で広塚殺害後、特急『しおかぜ』で松山へ行き、松山駅から松山空港へ行って、11時25分発の新千歳行きに乗った可能性について、調べてみたのだが、その日の7時23分に岡山を出発した『しおかぜ1号』は、途中、踏切事故で立ち往生したせいで、松山駅には、定刻よりも1時間近く遅れて11時頃に着いたそうだ。だから、11時25分に松山空港を出発する飛行機には搭乗できないんだよ」
と、安原は残念そうな顔で言った。
「その次の『しおかぜ3号』は、定刻の松山着が11時14分ですから、なおさら無理ですね」
と、高野内が言うと、
「そうだ。だから、岩崎のアリバイは成立したままなんだ」
と、安原は、不満そうな顔で言った。
「ほかの飛行機で新千歳に向かったのでしょうか?」
と、今後は、奈々美が言った。
「だとすると、どの空港から新千歳に向かったと考えているんだ?」
と、安原が聞き返した。
「伊丹空港とかから新千歳に向かった可能性はありませんか?」
と、奈々美が自信ありそうに言うと、
「そうか。伊丹空港か!」
と、高野内は言いながら、時刻表のページをめくった。
それからまもなく、
「だめだ!」
と、はっきりとした口調で言った。
「伊丹空港からもだめですか?」
と、奈々美が言うと、
「ああ。伊丹から新千歳へ飛ぶ飛行機は5本だが、新千歳空港に13時35分に着く便は1本もない」
と、高野内は、時刻表に眼を向けながら答えた。
事件のあった当時、伊丹空港から新千歳空港へ行く航空機の時刻は、次のとおりだった。
伊丹発8時05分→新千歳着9時55分
伊丹発8時45分→新千歳着10時35分
伊丹発8時50分→新千歳着10時40分
伊丹発13時55分→新千歳着15時45分
伊丹発19時40分→新千歳着21時30分
広塚が殺害された時刻が午前8時に近ければ、午前の便は搭乗できないことになるし、午後の便に搭乗したことになれば、新千歳空港で西井が殺害された時刻に、殺害現場に行けないというアリバイが成立してしまう。
それに、第一、『新千歳空港着13時35分』という内容のメモとの関係も見いだせない。
「関西空港はどうですかね?」
と、今後は、鶴尾が言った。
すると、高野内は、
「関空からも無理だ!」
と、またはっきりとした言い方で答えた。
「どうしてですか?」
と、鶴尾が聞き返すと、
「関空から新千歳へ向かう飛行機も、新千歳着13時35分の便は、1本もないんだよ」
と、高野内は答えた。
すると、今度は、園町が、
「岩崎は、広塚を殺害後、伊丹空港へ行って、伊丹から羽田へ飛行機で移動した後、羽田から新千歳行きに乗り換えたのではないでしょうか?」
と言った。
すると、高野内は、
「そうか。伊丹空港を10時ちょうどに出る羽田行きのANA20便なら、11時15分に羽田に着くから、それから、羽田を12時ちょうどに出る新千歳行きのANA63便に乗ることができる。確か、それ、新千歳空港着13時35分の便だし」
と言った。
そのときの高野内の表情は、自信にあふれていた。
「伊丹発が午前10時なら、朝の8時頃、岡山駅で殺害後、新幹線で新大阪へ行き、それからタクシーで空港へ急げば間に合いますね。アリバイが崩せますよ」
と、園町は、ややうれしそうな表情を見せた。
すると、今度は、安原が、
「いや、無理じゃ!」
と、はっきりと否定するように言った。
「どうしてでしょうか?」
と、高野内が怪訝そうな表情で言うと、
「岡山県警も、警視庁や大阪府警に協力してもらって、その可能性も調べてみたのだが、その日のANA20便には、偽名で搭乗した者はいなかったし、岩崎という搭乗者もいなかったよ」
と、安原は答えた。
「じゃあ、岩崎には、アリバイが成立したままですね」
と、高野内は、残念そうに言った。
「そうなんだ。だから、我々岡山県警も、岡山駅のトイレで広塚が殺害された件が解決できないんだ」
と、安原は言った。
こうしているうちに、時刻は、午後2時を過ぎた。
そのあとも、時刻表へ眼を向けたが、解決への糸口を見つけることができなかった。
結局、高野内たち4人は、新千歳空港と岡山駅で起きた殺人事件も、東海道新幹線『のぞみ218号』の車内で起きた殺人事件も、容疑者のアリバイを崩すことができないまま、15時14分発の『のぞみ34号』で、東京へ戻ることにした。
高野内たちが乗った『のぞみ34号』は、18時33分に、東京駅に着いた。
それから、分駐所に行き、内容を報告した。
また、明日、アリバイについて検証し直す必要があるだろう。
岡山に行ったものの、容疑者のアリバイを崩せなかったまま、高野内、園町、鶴尾、奈々美の4人は、帰宅することになった。
新幹線で岡山へ行くためである。
高野内たち4人は、博多行きの新幹線『のぞみ15号』に乗った。
その新幹線列車は、8時10分に、東京駅を出発する。
11時30分に、途中の岡山駅に停車するのだ。
時計が8時10分を指したとき、『のぞみ15号』は、東京駅を出発した。
東京駅を出発した新幹線『のぞみ15号』は、品川、新横浜の順に停車した。
その次の停車駅は、名古屋である。
高野内たちは、山側の2列シートを向かい合わせにして座っていたが、天候があまりよくなかったので、富士山は見えなかった。
9時51分に名古屋に停車し、53分に発車した。
そのあとは、京都、新大阪、新神戸の順に停車し、岡山駅には、定時の11時30分に停車した。
『のぞみ15号』が岡山駅に止まると、高野内たちは下車した。
それから、岡山県警鉄道警察隊の分駐所に向かった。
岡山駅構内の鉄道警察隊分駐所に着くと、高野内は、制服着た警察官の一人に警察手帳を見せながら、捜査のために東京から来たことを言った。
すると、応対した若い制服警官は、
「少々お待ちください」
と言った。
そして、その制服警官は、いったん中に入っていった。
それからまもなく、若い制服警官と一緒に、50代半ばくらいのがっちりとした体格の男が出てきた。その男は私服姿だった。
高野内が、警察手帳を見せながら、
「私は、警視庁鉄道警察隊の高野内といいますが、殺人事件の捜査で協力をお願いしたいのですが」
というと、私服姿の男は、
「私は、岡山県警鉄道警察隊の警部の安原(ヤスハラ)といいます。では、中にお入りください」
と言い、高野内たち4人を分駐所内へ案内した。
分駐所に入ると、高野内は、10月8日の新幹線『のぞみ218号』の車内で早崎裕允が殺害された件と、それより約2年前の10月29日に、岡山駅のトイレと新千歳空港のトイレで発生した殺人事件の捜査に関わっていることを、安原警部に説明した。
すると、安原警部は、
「岡山駅のトイレでの殺人事件は、わしも現場へ行ったよ」
と言った。
「害者は、広塚貴明という男ですね」
と、高野内が入念そうに言うと、
「そうだ。その害者は、岡山県出身の男で、殺害当時32歳。詐欺罪で何度も逮捕歴があったよ。かなりのワルのようだ」
と、安原警部は言った。
「ホシは、長野県の松本市に住む岩崎正信の可能性が高いと聞いたのですが」
と、高野内が言うと、
「ああ。現場に、岩崎正信の指紋がついたボールペンが落ちていたし、岩崎には動機がある。しかし、アリバイが成立しているそうだから、わしら岡山県警も奴を逮捕して取り調べることができないんだ」
と、安原は、残念そうな言い方をした。
その内容は、東京で、佐田真由子警視から聞いた内容と一致していた。
それから少し経ってから、安原は、
「高野内さんたちも、現場で撮影した広塚の写真を見てみるかね?」
と言った。
「はい」
と、高野内たちが返事すると、安原は、若い制服警官のほうへ顔を向けながら、
「安藤(アンドウ)君、害者の写真を持ってきてくれ」
と言った。
「わかりました」
と、制服警官は答えた。その警官は、はじめに応対した人である。
それからまもなく、安藤と呼ばれた警察官は、数枚の写真を持ってきて、安原警部へ渡した。
そして、安原は、
「高野内さん、その写真に写っているのが、害者の広塚貴明だよ」
と、写真を指差しながら言った。
高野内たちは、写真のほうへ眼を向けた。
プリントされた写真には、トイレの個室で倒れている男が写っていた。もちろん、既に死亡している。
写っていた男は、がっちりとした体格だった。首には、絞められた跡があった。
「殺害方法は絞殺だよ」
と、安原は言った。
「殺害したのは、岩崎に間違いないのでしょうか?」
と、鶴尾が入念そうに聞くと、
「我々は、その可能性が極めて高いとみているよ。しかし、警視庁と北海道警の捜査官から聞いた話だと、岩崎は、その時間、北海道へ向かっていたというアリバイが成立しているそうだな」
と、安原ははっきりとした口調で答えた。
「そうです」
と、鶴尾は言った。
すると、今度は、奈々美が、
「岩崎は、本当に、羽田発新千歳行きに乗っていたのでしょうか?」
と言った。
「どういうことだ?」
と、安原が不思議そうな顔で聞くと、
「岩崎の主張だと、朝7時30分に羽田を出発する新千歳行きのJAL503便に乗っていたそうですが、実際には乗らずに、その時間は岡山にいたのではないでしょうか?」
と、奈々美は答えた。
「それが、北海道警が調べたら、その日の羽田発のJAL503便の搭乗者名簿に、岩崎正信の名前があったし、実際に搭乗手続きもされていたんだ。それに、その日のその便は、予約者の人数と実際の搭乗者の人数も一致していたから、予約して実際に搭乗しなかったとは考えられない。だから、岩崎は、アリバイが成立するんだ」
と、安原は、不満そうな表情で言った。
「そうでしたか」
と、高野内は、がっかりした表情で言った。
10月16日の午後1時頃、高野内、園町、鶴尾、奈々美の4人は、再び岡山県警鉄道警察隊の分駐所へ戻った。
食事などのために、出ていたのである。
岡山駅構内にある分駐所に入ると、再度、安原警部と話し合うことにした。
「安原警部、2年前の時刻表はありますかね?」
と、高野内が聞くと、
「あるよ
と、安原警部は答えた。
そして、分駐所の奥のほうから1冊の時刻表を持ってきた。
「これでいいかね?」
と、安原が言うと、
「はい」
と、高野内は返事した。
「その時刻表で何を調べるのかね?」
と、安原が高野内のほうへ眼を向けながら言うと、
「飛行機の時刻です」
と、高野内は答えた。
そして、高野内は、安原警部が出した時刻表を手に取ると、航空ダイヤの国内線のページへ眼を向けた。
高野内は、ページをめくりながら、時刻表をじっと睨んでいたが、しばらくすると、
「あっ!」
と、少し大きな声を出した。
「どうしたんだ?」
と、安原が聞くと、
「13時35分に新千歳空港に着く飛行機、ほかにもありましたよ」
と、高野内は答えた。
「本当か?」
と、安原は言った。
「11時25分に、松山空港を出発したANA381便です。それなら、新千歳空港に13時35分に着きます。岩崎は、広塚を殺害したあと、松山方面へ向かう特急列車で松山へ行って、それから、松山空港へ行き、その便の飛行機に乗って、新千歳へ向かった可能性もありそうですね」
と、高野内は、自信ありそうに言った。
すると、安原は、
「我々もそのセンを当たってみたんだが、それは不可能だよ」
と、否定するように言った。
「どうしてですか?」
と、高野内が聞くと、
「我々も、岩崎が岡山駅で広塚殺害後、特急『しおかぜ』で松山へ行き、松山駅から松山空港へ行って、11時25分発の新千歳行きに乗った可能性について、調べてみたのだが、その日の7時23分に岡山を出発した『しおかぜ1号』は、途中、踏切事故で立ち往生したせいで、松山駅には、定刻よりも1時間近く遅れて11時頃に着いたそうだ。だから、11時25分に松山空港を出発する飛行機には搭乗できないんだよ」
と、安原は残念そうな顔で言った。
「その次の『しおかぜ3号』は、定刻の松山着が11時14分ですから、なおさら無理ですね」
と、高野内が言うと、
「そうだ。だから、岩崎のアリバイは成立したままなんだ」
と、安原は、不満そうな顔で言った。
「ほかの飛行機で新千歳に向かったのでしょうか?」
と、今後は、奈々美が言った。
「だとすると、どの空港から新千歳に向かったと考えているんだ?」
と、安原が聞き返した。
「伊丹空港とかから新千歳に向かった可能性はありませんか?」
と、奈々美が自信ありそうに言うと、
「そうか。伊丹空港か!」
と、高野内は言いながら、時刻表のページをめくった。
それからまもなく、
「だめだ!」
と、はっきりとした口調で言った。
「伊丹空港からもだめですか?」
と、奈々美が言うと、
「ああ。伊丹から新千歳へ飛ぶ飛行機は5本だが、新千歳空港に13時35分に着く便は1本もない」
と、高野内は、時刻表に眼を向けながら答えた。
事件のあった当時、伊丹空港から新千歳空港へ行く航空機の時刻は、次のとおりだった。
伊丹発8時05分→新千歳着9時55分
伊丹発8時45分→新千歳着10時35分
伊丹発8時50分→新千歳着10時40分
伊丹発13時55分→新千歳着15時45分
伊丹発19時40分→新千歳着21時30分
広塚が殺害された時刻が午前8時に近ければ、午前の便は搭乗できないことになるし、午後の便に搭乗したことになれば、新千歳空港で西井が殺害された時刻に、殺害現場に行けないというアリバイが成立してしまう。
それに、第一、『新千歳空港着13時35分』という内容のメモとの関係も見いだせない。
「関西空港はどうですかね?」
と、今後は、鶴尾が言った。
すると、高野内は、
「関空からも無理だ!」
と、またはっきりとした言い方で答えた。
「どうしてですか?」
と、鶴尾が聞き返すと、
「関空から新千歳へ向かう飛行機も、新千歳着13時35分の便は、1本もないんだよ」
と、高野内は答えた。
すると、今度は、園町が、
「岩崎は、広塚を殺害後、伊丹空港へ行って、伊丹から羽田へ飛行機で移動した後、羽田から新千歳行きに乗り換えたのではないでしょうか?」
と言った。
すると、高野内は、
「そうか。伊丹空港を10時ちょうどに出る羽田行きのANA20便なら、11時15分に羽田に着くから、それから、羽田を12時ちょうどに出る新千歳行きのANA63便に乗ることができる。確か、それ、新千歳空港着13時35分の便だし」
と言った。
そのときの高野内の表情は、自信にあふれていた。
「伊丹発が午前10時なら、朝の8時頃、岡山駅で殺害後、新幹線で新大阪へ行き、それからタクシーで空港へ急げば間に合いますね。アリバイが崩せますよ」
と、園町は、ややうれしそうな表情を見せた。
すると、今度は、安原が、
「いや、無理じゃ!」
と、はっきりと否定するように言った。
「どうしてでしょうか?」
と、高野内が怪訝そうな表情で言うと、
「岡山県警も、警視庁や大阪府警に協力してもらって、その可能性も調べてみたのだが、その日のANA20便には、偽名で搭乗した者はいなかったし、岩崎という搭乗者もいなかったよ」
と、安原は答えた。
「じゃあ、岩崎には、アリバイが成立したままですね」
と、高野内は、残念そうに言った。
「そうなんだ。だから、我々岡山県警も、岡山駅のトイレで広塚が殺害された件が解決できないんだ」
と、安原は言った。
こうしているうちに、時刻は、午後2時を過ぎた。
そのあとも、時刻表へ眼を向けたが、解決への糸口を見つけることができなかった。
結局、高野内たち4人は、新千歳空港と岡山駅で起きた殺人事件も、東海道新幹線『のぞみ218号』の車内で起きた殺人事件も、容疑者のアリバイを崩すことができないまま、15時14分発の『のぞみ34号』で、東京へ戻ることにした。
高野内たちが乗った『のぞみ34号』は、18時33分に、東京駅に着いた。
それから、分駐所に行き、内容を報告した。
また、明日、アリバイについて検証し直す必要があるだろう。
岡山に行ったものの、容疑者のアリバイを崩せなかったまま、高野内、園町、鶴尾、奈々美の4人は、帰宅することになった。