10月18日の8時頃、高野内と園町は、羽田空港にいた。
 高野内たちは、8時30分発のJAL505便のチケットが取れたので、その便の飛行機で、新千歳空港へ行くことにしたのだ。
 JAL505便は、10時00分に、新千歳空港に到着予定である。
 しかし、天候が良くなかったため、その飛行機は、10分遅れて、新千歳空港に着陸した。
 高野内たちは、飛行機を降りると、北海道警察千歳空港警備派出所へ向かった。
 千歳空港警備派出所には、10時半頃より少し前に着いた。
 警備派出所に着くと、高野内は、長身の30歳くらいの制服巡査の男に警察手帳を見せて、
「警視庁鉄道警察隊の高野内といいます」
 と名乗った。
「同じく警視庁鉄道警察隊の園町です」
 と、園町も名乗った。
 すると、相手は、
「私は、北海道警千歳空港警備派出所の巡査の河合(カワイ)といいます」
 と言ったあと、
「どうぞ。中へお入りください」
 と、高野内と園町を警備派出所の奥へ案内した。
 河合巡査の案内で警備派出所の奥のほうへ入ると、50代後半くらいの男性警察官がいた。階級は警視のようだ。
 50代後半くらいの警察官は、
「私は、警備派出所所長の島崎(シマザキ)といいます。お待ちしていました」
 と言った。
 高野内は、島崎警視のほうに顔を向けながら、
「私は、警視庁鉄道警察隊の高野内と言いますが、一昨年10月29日に、新千歳空港で西井紳二という男が殺害された件が、我々が捜査を担当している事件とつながりがある可能性が高いことがわかりました」
 と言った。
 すると、島崎警視は、
「それで、私たちに聞きたいことがあって、来られたのかね」
 と、入念そうに聞き返した。
「そうです」
 と、高野内は答えた。
「もうすぐ、千歳中央署刑事課の捜査員も来るから、それから、説明するよ」
 と、島崎警視は言った。
 そして、11時より少し前に、体格のよさそうな男2人が来た。1人は50歳くらいで、もう1人は35歳前後に見えた。
 男2人が島崎警視のそばに来ると、島崎は、
「高野内さん、園町さん、千歳中央署の捜査員だ」
 と言った。
 続いて、50歳くらいの男は、
「千歳中央署刑事課の警部の松尾(マツオ)といいます」
 と言った。
 それに続くように、35歳前後に見えた男は、
「同じく千歳中央署刑事課の中井(ナカイ)です」
 と名乗った。
 高野内は、
「警視庁鉄道警察隊の高野内です」
 と、松尾たち2人に自己紹介し、園町は、
「同じく警視庁鉄道警察隊の園町です」
 と言った。
 それから、高野内は、松尾警部に、新千歳空港で西井紳二が殺害された件と、岡山駅で広塚貴明が殺害された件、新幹線『のぞみ218号』の車内で早崎裕允が殺害された件とのつながりについて、説明した。
 すると、松尾警部は、
「我々、北海道警も、新千歳空港と岡山駅の事件については、ホシは岩崎正信という長野県松本市に住む人物だと睨んでいるのだが」
 と言った。
「でも、岩崎にはアリバイが成立していますね」
 と、高野内が言うと、
「そのとおりだよ」
 と、松尾警部は、少し元気のなさそうな声で言った。

 西井紳二が、新千歳空港のトイレで殺害された日時は、2011年の10月29日の午後1時から午後2時の間である。
 そのとき、西井は、『新千歳空港着13時35分』という内容のメモを持っていた。
 高野内たち警視庁の捜査官だけではなく、北海道警の捜査官も、容疑者は岩崎正信だと睨んでいる。
 しかし、犯行時、岩崎にはアリバイが成立している。

 岩崎の主張する行程は以下のとおりである。
 羽田空港・7時30分→JAL503便→新千歳空港・9時05分
(札幌市内などを観光)
 札幌駅・13時00分→特急『スーパーカムイ19号』→旭川駅・14時20分

 旭川駅前・14時35分→路線バス→層雲峡・16時20分
(層雲峡周辺を観光)
 層雲峡リゾートホテルチェックイン・18時20分

 その日のJAL503便の搭乗者名には、岩崎正信の名前があったし、実際に搭乗手続きもされている。
 また、層雲峡のホテルにも、午後6時20分、実際にチェックインしていたという証言もある。
「13時ちょうど発の旭川行きの特急列車に乗っていたら、犯行時に、新千歳空港に行くのは、到底不可能ですね」
 と、園町が苦悩の表情で言った。
「そうなんだよ。だから、岩崎にはアリバイが成立するのだよ」
 と、松尾警部は、がっかりした表情で言った。
 すると、高野内は、
「岩崎は、本当に札幌市内を観光していたのでしょうか?」
 と言った。
 それを聞いた松尾警部は、何かを思い出したかのような表情で、
「そういえば、岩崎が札幌市内で観光したというところを何カ所かあたったが、岩崎の顔をおぼえている人は見つかっていないよ」
 と言った。
「なんだか妙ですね」
 と、高野内が言うと、
「そうだろう。しかし、犯行時に、新千歳空港にいたら、特急『スーパーカムイ19号』には乗れないから、14時35分発の層雲峡行きの路線バスにも乗れないんだ。だから、アリバイは成立したままだ」
 と、松尾警部は、残念そうに言った。
「でも、ホシは、岩崎以外には考えられませんね」
 と、高野内が言うと、
「我々も同じ考えだよ」
 と、松尾警部は言った。
 高野内と園町は、北海道へ行き、北海道警の捜査官と会って、話をしたものの、結局、岩崎正信のアリバイを崩す糸口は見つからなかった。
 だが、新千歳空港で西井紳二が殺害された件、岡山駅で広塚貴明が殺害された件、そして、新幹線『のぞみ218号』の車内で、早崎裕允が殺害された件も、すべて岩崎正信の犯行だという確信は変わらない。
 高野内と園町は、新千歳空港の飲食店で昼食後、13時30分発のANA64便で東京に戻ることにした。
 その飛行機は、羽田空港行きで、羽田には、15時05分に着く。
 飛行機が羽田空港に到着すると、高野内と園町は、モノレールと京浜東北線を乗り継いで、午後4時頃、東京駅の分駐所に着いた。

 分駐所には、桑田警部、鶴尾、奈々美がいたほか、スーツを着た50歳くらいに見える男がいた。
 高野内と園町が分駐所に戻ると、桑田警部は、少し険しい表情で、
「2人で北海道に行っても、まだアリバイが崩せなかったようだな。いったいどうなっているんだ?」
 と言った。
「すみません。確かに、まだアリバイは崩せていませんが、一昨年の岩崎正信が北海道に行った件で、妙なことがわかりました」
 と、高野内は言った。
「何だね?」
 と、桑田警部が聞くと、
「岩崎の主張だと、新千歳空港で西井紳二が殺害された日の昼頃は、札幌市内で観光をしていたそうですが、北海道警の捜査員から聞いた話では、札幌では岩崎の顔をおぼえている人が見つかっていないそうです」
 と、高野内は、怪訝そうな表情で答えた。
「観光地で仕事をしている人たちは、不特定多数のお客を相手にしているから、岩崎の顔まで記憶している人がたまたまいなかったとも考えられるだろう」
 と、桑田は言った。
「しかし、岩崎のアリバイにはどうも納得がいきません」
 と、高野内が不満そうな顔で言うと、
「気持ちはわかるが、そのままだといつまで経っても、岩崎のアリバイは成立したままだよ」
 と、桑田は言った。
「そうですね」
 と、高野内は言ったあと、
「ところで警部、そちらにおられる方はどなたでしょうか?」
 と聞いた。スーツ姿の男のことを聞いたのである。
「太田康久(オオタ・ヤスヒサ)弁護士だ」
 と、桑田警部は答えた。
「弁護士の方ですか」
 と、高野内が入念そうに言うと、
「そうだ」
 と、桑田警部ははっきりと答えた。