10月21日の午前10時頃、高野内は、東京駅分駐所で、時刻表のページをめくっていた。
 その時刻表は、2011年10月号である。
 今までの捜査内容から、岡山駅で広塚貴明が殺害されたのは、2011年10月29日で、死亡推定時刻は午前7時から8時の間だと、高野内もわかっている。
 そして、新千歳空港で、西井紳二が殺害されたのも、同じ2011年10月29日で、死亡推定時刻は午後1時(13時)から午後2時(14時)の間だった。
 事件の前日10月28日の夜、岩崎正信は、特急『スーパーあずさ36号』で上京し、八重洲の東京ターミナルホテルにチェックインしていたことがわかっている。
 東京ターミナルホテルにチェックインした時刻は23時20分だった。
 問題は、そのあとである。
 岩崎正信が主張したアリバイは、翌日29日の7時30分に、羽田空港を出発したJAL503便に搭乗していたというのだ。
 しかも、その日、その便の飛行機の搭乗者名簿に、岩崎正信の名前があり、予約者数と実際の搭乗者の数は1人も違わないことがわかっている。
 つまり、そのために、岡山駅での広塚殺害の件については、岩崎のアリバイが成立してしまう。
「高野内さん、岡山駅での件については、岩崎が直接の犯行ではなく、共犯者が殺害を実行したということは考えられませんか?」
 と、奈々美が言った。
「もし、そうだとしたら、誰が共犯を引き受けたんだ?」
 と、高野内が聞き返すと、
「それは、まだわかりませんけど、黒坂由利が、岩崎正信のアリバイ作りのために、何か協力をしていそうな感じがするのです」
 と、奈々美は答えた。
「なんとなく、そんな感じがするか…」
 と、高野内は言ったあと、突然、表情を変えながら、
「桜田の言ったことも一理あるかもしれないな」
 と、嬉しそうな顔をした。
 すると、今度は、鶴尾が、
「黒坂由利が共犯だとすれば、どのような協力をしたのでしょうか?」
 と言った。
「それについて、検証してみようじゃないか!」
 と、高野内は、はっきりとした口調で言った。
「岡山駅で広塚貴明が殺されたのが、2011年の10月29日ですから、殺害の犯行時の黒坂由利のアリバイについて、調べてみる必要がありそうですね」
 と、今度は、園町が言った。
「そうだな。死亡推定時刻は午前7時から8時の間だから、その日時、黒坂由利が、どこで何をしていたか、調べてみよう」
 と、高野内は言った。
 すると、桑田警部は、
「高野内君、広塚貴明は殺害されて2年近く経っているんだよ。本気で、今さら、容疑者のアリバイ検証なんて、できるのかね?」
 と、困惑した表情で言った。
「やってみたいと思います」
 と、高野内は言った。
 そのとき、時計の針は10時20分に近づいていた。
 それから間もなく、
「捜査のほうは進んでいるかしら」
 と、聞き覚えのある女性の声が聞こえた。
 振り向くと、佐田真由子警視がいた。
 岡田俊一警部も一緒だった。
「高野内君が、2011年10月29日の黒坂由利のアリバイを検証したいと言っているのですよ」
 と、桑田が、真由子のほうを向いて言った。
 すると、真由子は、
「そのときは、本庁の捜査員も、黒坂由利について調べたのだけど、彼女は、2年前の10月29日は、新幹線と在来線特急とを乗り継いで、九州に旅行に行っていたと主張していたわ」
 と言った。
「九州にですか?」
 と、桑田は、軽く驚くような表情をした。
 今度は、高野内が、
「一昨年の10月29日の黒坂由利のアリバイについて、詳しく説明してもらえませんか?」
 と言うと、真由子は、
「いいわよ」
 と答えたあと、
「その日、黒坂由利は、大井町のアパートを朝の6時30分頃に出発して、京浜東北線で品川駅まで行き、品川から、7時17分発の新幹線『のぞみ9号』に小倉まで乗ったと言っていたそうよ」
 と、説明するように言った。
「小倉から、在来線の特急に乗ったのですか?」
 と、今度は、鶴尾が確認するように言った。
「彼女のアリバイ主張だと、そのとおりよ」
 と、真由子は答えたあと、
「彼女の主張だと、小倉で新幹線『のぞみ9号』から降りたあと、小倉を12時09分に出発した特急『ソニック19号』に、大分まで乗ったそうよ」
 と、説明を続けた。
「大分からは、どのような行動をしたのですか?」
 と、今度は、奈々美が聞いた。
「昼食後、大分を15時06分に発車した特急『にちりん17号』に南宮崎駅まで乗ったと、主張していたそうよ」
 と、真由子は答えた。
 そして、真由子は、ホワイトボードに、
『新幹線のぞみ9号 品川発7時17分 小倉着11時56分
 特急ソニック19号 小倉発12時09分 大分着13時36分
 特急にちりん17号 大分発15時06分 南宮崎着18時40分』
 と、記入した。
「南宮崎に着いたあとは、どこで何をしていたのでしょうかね?」
 と、高野内が聞くと、
「夜の7時頃、南宮崎駅前にあるホテルにチェックインしていたわ。ホテルにチェックインの記録が残っていたし、ホテルのスタッフからの証言も得られたそうよ」
 と、真由子は答えた。
「それでは、黒坂由利は、その日に、岡山駅で広塚貴明を殺害することは無理ですね」
 と、高野内は、残念そうな顔で言った。
「そうなのよ」
 と、真由子は言ったあと、
「高野内さん、一昨年の岡山駅と新千歳空港で起きた事件のアリバイ、崩せないかしら?」
 と、高野内の眼を見ながら言った。
「検証してみたいと思います」
 と、高野内はうなずきながら言った。