10月22日の午後1時頃、高野内、園町、鶴尾、奈々美の4人は、長野県の松本中央署の一室で、昼食をとっていた。
 昼食が済むと、休憩中だった、刑事課の林警部と森下刑事のところへ戻った。
「もうすぐ、佐田警視と岡田警部が来られるだろう」
 と、林は言った。
 午後1時を少し過ぎたとき、佐田真由子警視と岡田俊一警部の2人が、姿を見せた。
「ご苦労様です」
 林と森下は、真由子と岡田のほうを向いて、会釈をした。

 午後1時半頃、署内の会議室で捜査会議が始まった。
「岩崎正信が、新千歳空港で、西井紳二を殺害した件で、調べていったら、新たにわかったことがあるの」
 と、真由子が言った。
「それは何でしょうか?」
 と、林が聞くと、
「航空会社などに協力してもらって、調べてみたら、2年前の10月29日の9時55分に伊丹空港を出た松山行きのANA443便と、11時25分に松山空港を出た新千歳行きのANA381便の乗客に、偽名で乗った男が1人いたことがわかったわ」
 と、真由子は、説明するように言い、それに続いて、岡田が、
「どちらも、田中太郎(タナカ・タロウ)という偽名が使われていました。同一人物のようです」
 と、はっきりとした声で言った。
「その田中太郎という偽名を使ったのが、岩崎正信でしょうか?」
 と、林が、確認するような言い方をすると、
「そうでしょう」
 と、真由子は、はっきりとした口調で答えた。
 そのあと、真由子は、
「その日の新千歳行きのANA381便の搭乗者名簿を調べたら、もう一つわかったことがあるのよ」
 と言った。
「何でしょうか?」
 と、今度は、高野内が聞き返すと、
「搭乗者名に、早崎裕允の名前があったのよ」
 と、真由子は答えた。
「本当ですか」
 と、今度は、鶴尾が、少し驚いたような声を出した。
 それを聞いた園町は、
「それで、早崎裕允は、岩崎正信の犯行であることを知り、ゆすりを始めたのですね」
 と言った。
「おそらく、そうでしょう」
 と、真由子は言った。
「もはや、岩崎正信には、アリバイはないわけですし、早く捕まえませんか?」
 と、高野内が言うと、
「そうだな。今日は平日だし、岩崎は、勤務先にいるだろう。夕方、岩崎の家へ行って、任意で引っぱってみるかな」
 と、林は、冷静な口調で言った。

 午後5時頃は、外は陽が沈みかけていて、徐々に暗くなっていった。
 高野内たち4人は、林、森下と一緒に、ミニバンタイプの覆面車に乗った。
 それは、8人乗りの車である。
 森下が運転し、助手席には林が乗っている。
 森下が運転する車は、松本市郊外にある岩崎正信の自宅へ向かった。
 5時20分頃、車は、住宅街にある一軒の家の前に止まった。
「この家が、岩崎正信の自宅です」
 と、森下は、家のほうへ右手を向けて言った。
 そして、高野内たち4人は、車から降りて、岩崎の家に向かった。
 その家には、門扉があり、そのそばに呼び出し用のチャイムと、「岩崎」という表札がある。
 林と森下も車から降りて、高野内たち4人と一緒に、門扉の前に立った。
 一部の窓には、灯りがついていた。
 テレビのものと思われる音声も聞こえた。
 林は、チャイムを鳴らした。
 すると、
「はい。なんのご用件でしょうか?」
 と、男の声。
 林は、
「松本中央署の者ですが、岩崎さんですね」
 と、はっきりとした声で言った。
 それから、少し経って、玄関のドアが開き、男が1人出てきた。
 岩崎正信だった。
「警察の方が、この時間、何の用ですか」
 と、岩崎は、やや不快そうな顔で言った。
「岩崎正信さん、美ケ原での殺人事件のことでも話があります」
 と、林は、少し強い口調で言った。
「何ですか」
 と、岩崎は、不快そうな顔で言ったが、声や身体が、やや震えていた。
「美ケ原の殺人事件なら、私は無関係ですよ」
 と、岩崎は、怒ったような声を出した。
「本当にそうですかね?」
 と、今度は、高野内が言った。
 すると、岩崎は、
「刑事さん、いい加減にしてください」
 と言った。