浜崎ヒカルのブログ推理小説

ブログを利用して推理小説を書いています。 鉄道ミステリーが中心になります。

2022年09月

 10月23日の夕方近くになった頃、東京駅分駐所に戻った高野内と園町は、覆面車に乗って、東京駅分駐所を出発した。
 高野内は、黒坂由利の逮捕令状を持っている。
 午後5時過ぎに、由利が勤務するI病院に到着した。
 病院の駐車場に覆面車を止めると、高野内と園町は、スタッフステーションへ向かった。
 スタッフステーションに着くと、看護師長の女性に警察手帳を見せながら、
「黒坂由利さんはいますか?」
 と、高野内は言った。
 看護師長は、
「お待ちください」
 と言ったあと、いったん、高野内たちの前を離れ、しばらくして、戻ってきた。
 由利も出てきた。
「刑事さん、また何の用でしょうか?」
 と、由利は少し小さめの声で言った。
「昨夜、岩崎真実さんの父親、岩崎正信を逮捕しました」
 と、高野内は、由利の顔をじっと見ながら言った。
 続いて、園町が、
「どうして、我々がここに来たか、わかりますね」
 と言った。
 すると、由利は、
「わかりました」
 と答えた。
 その時の由利の声はかなり弱弱しくなっていた。
 高野内は、持っていた逮捕令状を、由利に見せて、
「黒坂由利さん、あなたを、西井紳二と広塚貴明殺人の共犯容疑と、早崎裕允殺人の実行をした容疑、室野祐治殺人を依頼した容疑で逮捕します」
 と言いながら、由利に手錠をかけた。
 そして、スタッフステーションをあとにすると、覆面車の後部座席に乗せて、東京駅分駐所へ連行した。

 由利を連れて東京駅分駐所に戻った高野内と園町は、桑田警部に、
「ホシを連行しました」
 と、会釈しながら言った。
「ご苦労さん」
 と、桑田警部は言った。
 それから少し経って、由利への取り調べが始まった。
 取り調べを担当したのは、高野内と園町である。
 取調室に入った由利は、2年前に、自らのアリバイを作りながら、岩崎が岡山駅と新千歳空港で実行した2つの殺人事件のアリバイ作りなどをしたこと、岩崎に依頼されて、新幹線『のぞみ218号』の車内で早崎を殺害する代わりに、自らに執拗にストーカー行為をしていた室野を岩崎に殺害してもらうという交換殺人を行ったことなどを自供した。
 その供述内容は、高野内たちの推理どおりだった。
「いろいろな不安の多い上京生活で、わたしにとって、真実は心の支えになる大切な親友でした。その真実の何もかもを、西井紳二という男は根こそぎ奪ったのです。それも私利私欲のために」
 と、由利は、やや大きな声で、高野内に向かって言った。
「それで、岩崎正信に協力したのですね」
 と、今度は、園町が言うと、由利は、
「西井紳二という男は、広塚貴明とともに、真実の気持ちを弄んで、真実のすべてを奪ったのですよ。そんな男は許せませんわ!」
 と、強い口調で言った。
 そのとき、由利の眼からは涙があふれた。
「西井紳二に広塚貴明は、どちらも、許せない男です。しかし、この世の中に、殺されてよい人間はいません。あなたには、そのことをよく考えて理解し、自分の犯した罪と向き合ってもらいたい」
 高野内は、やや落ち着いた声で言いながら、由利の眼をじっと見ていた。
 それを聞いた由利は、涙を流しながら俯いた。



 THE END

 10月22日の午後5時半頃、高野内、園町、鶴尾、奈々美の4人は、長野県警松本中央署の林警部、森下刑事と一緒に、松本市郊外にある岩崎正信の家の前にいた。
 門扉越しに岩崎に話しかけていた。
 もちろん、殺人の容疑で、岩崎正信を引っぱるためである。
 しかし、岩崎は、犯行を否認していた。
「岩崎さん、本当に、無関係ですかね?」
 と、高野内が言うと、
「しつこいですね。私は、美ケ原で殺された男とは何の接点もないし、何年も、そこには行っていないんですよ」
 と、岩崎は、怒ったような声で言った。
 すると、今度は、森下が、
「我々捜査員も、はじめは、美ケ原の事件の犯人は、殺された男からストーカー行為をされていた女だと思っていました」
 と言った。
「じゃあ、何で私が容疑者になるのですかね?」
 と、岩崎は、不快そうな顔をした。
 すると、高野内が、
「美ケ原で殺害された室野という男は、黒坂由利さんにストーカーをしていたことがわかっています。しかし、黒坂さんは、犯行時のアリバイがありました。それに対して、岩崎さんをゆすっていた早崎という男が、殺害された件については、あなたにはアリバイがありましたが、黒坂さんのアリバイははっきりとしませんでした」
 と、説明するように言った。
 すると、岩崎は、
「何が言いたいのですか?」
 と、不快そうに言った。
「つまり、交換殺人です」
 と、高野内は、はっきりとした口調で言った。
 それに続いて、今度は、森下が、
「室野は、女性にストーカー行為をしていた前科のある男です。殺害現場に、女性用の化粧品が落ちていれば、捜査員が、犯人は女と思い込み、男のあなたは、容疑者から外れると計算したのでしょうね」
 と、岩崎の顔をじっと見ながら言った。
 すると、岩崎は、
「何を言うんだ? 私は知らん。犯人は、室野という男からストーカーされていた女の人だろう。口紅とファンデーションも、そのときに落として、それに気づかずに逃げたんじゃないのですか」
 と、はっきりとした口調で答えた。
 それを聞いた高野内は、
「岩崎さん、今、何と言いましたか?」
 と言うと、
「だから、室野を殺して逃げたのは、ストーカー行為をされた女の人と言ったんだ。口紅とファンデーションも、そのとき、その女の人が落としたのだろう。それがどうしたというのですか?」
 と、岩崎は答えた。
 今度は、奈々美が、
「岩崎さん、わたしたち警察官は、犯行現場に落ちていた化粧品については、まだ外部には知らせていないのですよ。それなのに、化粧品が、口紅とファンデーションだと、よくわかりましたね。化粧品には、口紅やファンデーション以外にも、マスカラとかアイシャドウとか、他にもいろいろあるのですよ」
 と、強い口調で言った。
 すると、岩崎の顔色が、一瞬青ざめた。
 それに続いて、奈々美は、
「それはどういうことか説明してもらえますか」
 と言った。
「それはだな…」
 と、岩崎は言いかけたが、それからあとの言葉が出てこなかった。
 今度は、林が、
「岩崎さん、それがどういうことかわかっていますね。もちろん、署まで来て、話してもらえますね!」
 と、少し大きな声で言った。
 そして、高野内たちと林、森下は、岩崎正信を車の後部座席に乗せて、松本中央署へ戻った。

 松本中央署に到着後、高野内と林が、岩崎正信を取調室へ連れて入った。
 取調室に入った岩崎は、美ケ原で室野祐治を殺害したことを認める供述をした。
 もう逃れることはできないと観念したのだろう。
 続いて、早崎裕允の殺害を実行したのは黒坂由利だが、犯行の計画を立てて、由利に依頼したのも自分だと、岩崎は供述した。
 その内容は、ほとんどが高野内たちの推理どおりだった。
 それに続いて、岩崎は、岡山駅で広塚貴明を殺害した件、新千歳空港で西井紳二を殺害した件についても、自供を始めた。
 その供述内容も、また高野内たちの推理どおりだった。
 取り調べ中、岩崎は、
「西井と広塚は、グルになって、私利私欲のために、真実をだまして弄んだうえ、すべてを奪い去ったんだ。そんな奴らが許せなかったんだ」
 と話した。
 すると、高野内は、
「確かに、西井紳二と広塚貴明の2人がやったことは断じて許せませんよ。でも、殺されてもよい人間は誰一人いないのです」
 と、丁寧な口調を崩さずに言った。
 殺害された西井や広塚、早崎や室野よりも、岩崎のほうが憎めなかったからである。
 そのあと、岩崎は、
「真実のためとはいえ、やったのは私だ! 全部私一人がやったんだ!」
 と、やや大きな声で言った。
 それを聞いた高野内が、
「何言っているのですか?」
 と、岩崎の眼をじっと見ながら言うと、
「罰するのは私一人にしてもらえませんか? 黒坂由利さんは何も…」
 と、岩崎は言った。
 すると、高野内は、
「そうはいきませんよ。黒坂由利さんも、早崎殺害を実行したわけだし、他の殺人についても共犯の容疑があります。ですから、黒坂さんも逮捕したうえ、取り調べる必要はありますよ」
 と、強い口調で言った。
 それを聞いた岩崎は、無言のまま俯いた。
 高野内、園町、鶴尾、奈々美の4人は、翌日の特急『あずさ』などで、東京へ戻ることにした。

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