3月29日の7時頃、高野内は、東京駅分駐所に出勤した。
少し経つと、園町も出勤してきた。
「園町、岩沢雅昭の事務所のカレンダーに書かれていた文字、何の意味だと思う?」
と、高野内が言うと、園町は、
「まだ、俺にもわからないです」
と答えた。
「岩沢は、27日の夜10時頃、何の目的で、神田駅に行っていたのだろうか?」
高野内は、少し怪訝そうな顔で言った。
「それが引っかかりますね」
と、園町は言ったあと、
「被害者は、住所も自分の事務所も豊島区ですから、何かの調査のために、誰かと会う約束をして、神田駅まで行ったのかもしれませんね」
しかし、そのときの高野内と園町は、まだ岩沢雅昭が、なぜ神田駅に行っていたかはわからなかった。
探偵業の調査のためなのか、それとも、私用の外出で神田へ行ったのか、まだはっきりとしなかった。
それから少し経つと、香山警部が出勤してきた。
「高野内君、園町君、岩沢雅昭の件で、何か進展はあったかね?」
と、香山が言うと、
「すみません。被害者の岩沢雅昭は、何か理由があって、神田駅に行って、何者かにトイレで殺害されたと思われますが、まだ何の目的で神田駅に行ったのかがはっきりとわからないのです」
と、高野内は頭を下げながら言った。
「そうか。2人で事務所まで調べても、まだ何も手掛かりなしか」
と、香山は、半ばあきれ顔で言った。
すると、高野内は、
「まだはっきりとしたことは何もわかりませんが、被害者は、私立探偵ですから、何かの調査中、トラブルに巻き込まれて、殺害された可能性があると、私は思います」
と、はっきりとした口調で言った。
それに続いて、園町が、
「その被害者が、何の調査をしていたか調べることができたら、ホシに一歩近づけると思います」
と言った。
「そうか。わかった。じゃあ、被害者が何の調査をしていたのか、とことん調べてみたまえ」
と、香山は言った。
それから間もなく、米村涼子が、桜田奈々美と一緒に、分駐所に戻ってきた。
2人は、電車や駅構内の防犯のためのパトロールに出ていたのだ。
「高野内さん、園町さん、岩沢雅昭殺害の件で進展はあったのですか?」
涼子が高野内の顔をじっと見ながら言うと、
「それがまだ何も…」
と、高野内は言ったあと、
「被害者の事務所のカレンダーの27日のところに、『PM10時』と『神』という文字が手書きで書かれていたんだ。その『神』がなにを意味しているのかが気になるんだ。神田駅のことか、それとも、別の意味で『神』の文字を書いたのかが」
それを聞いた涼子は、
「まだそれ以上の進展はないのですね」
と言った。
「米村は、『神』という文字を何の意味だと思う?」
と、今度は、園町が言った。
「そうですねー」
と、涼子は言ったあと、
「神社かもしれないし、もしかしたら、名前に『神』の文字が含まれている人物のことかもしれませんね」
と、はっきりとした口調で答えた。
「なるほど。人物の可能性もありか」
と、園町は言った。
「今回の件、どうやって捜査していこうかな?」
高野内は苦悩していた。
「高野内さん、もう一度、岩沢雅昭の探偵事務所のホームページとか閲覧してみませんか? 何か手掛かりが見つかるかもしれませんよ」
と、涼子が言うと、
「そうだな」
と、高野内は言ったあと、分駐所内のパソコンデスクへ向かって歩いた。
そして、岩沢雅昭の探偵事務所のホームページにアクセスした。
よくできたホームページで、浮気調査、事業所の信用調査など、気軽に相談してほしいという感じの内容のキャッチコピーがあった。
また、ホームページ内には、岩沢雅昭自身のプロフィールも載っていて、愛車の紹介もしていて、シルバーメタリックの車体のクルマの画像も確認できた。
岩沢の愛車は、レクサスESというセダンタイプのクルマだった。
新車の価格は700万円前後の富裕層向けのクルマである。
「被害者は、ずいぶん羽振りが良さそうだな」
と、高野内は、パソコンの画面を見ながら言った。
「調査依頼が多いのですかね?」
と、園町が言うと、
「このページを見ただけでは、年間どれくらいの依頼を受けていたのかはわからないが、その被害者は、一匹狼のようだな」
と、高野内は、画面を睨みながら言った。
「一匹狼?」
と、園町が言うと、
「岩沢は、助手を雇わずに、一人で調査をする探偵だったようだ」
と、高野内は言った。
それを聞いた涼子は、
「高野内さん、その被害者は、個人事業所か中小企業の信用調査か、浮気調査か何かをしていて、殺害された可能性が高いと、私は思いますわ」
と、自信ありそうに言った。
「米村、どうしてそう思う?」
と、高野内が言うと、
「所轄の刑事課にいたときに鍛えられた勘ですわ」
と、涼子は微笑しながら答えた。
すると、今度は、香山警部が、
「高野内君、次は、どこを調べてみたいかね?」
と言った。
「警部、被害者の自宅を調べに行きたいと思います」
と、高野内は、やや大きな声で言った。
「そうか。わかった。じゃあ、園町君と2人で、行って調べてきてくれたまえ!」
と、香山は言った。
そして、高野内と園町は、覆面車に乗って、8時頃、分駐所を出発した。