23年3月27日の夜10時20分頃、東京駅は、帰宅客でごった返していた。
月曜日なので、金曜日や週末ほどではないが、電車内や駅構内では酔客などによるトラブルや、車内で寝込んだ乗客に対するスリなどの被害があとを絶たない。
その頃、警視庁鉄道警察隊の東京駅分駐所では、巡査部長の高野内豊(タカノウチ・ユタカ)と巡査長の園町隆史(ソノマチ・タカシ)が、私服姿で駅構内や電車内などのパトロールに出ようとしていた。
高野内は52歳で、警察官になって30年以上経つ。
園町は49歳である。
高野内と園町の2人は、帰宅途中のサラリーマンたちの中に紛れながら、周囲に不審者がいないかや不審物などがないか、目を光らせていた。
高野内たちは、駅構内を歩きながら、3番線と4番線のあるホームへ向かった。
東京駅の3番線は京浜東北線大宮方面、4番線は山手線内回りの電車が停車する。
駅のエスカレーターに乗り、ホームに着いた頃、高野内たちの携帯無線機が鳴った。
「はい。こちら高野内です」
と、応答すると、
「神田駅構内の男性用トイレで男性が死亡していると110番通報あり。鉄警隊は、至急、神田駅へ向かってください」
と、相手は言った。
「了解しました」
そして、高野内は、4番線に止まった山手線内回りの電車に乗り、次の神田駅に向かった。
約2分後、電車は次の神田駅に停車した。
電車のドアが開くと、高野内と園町の2人は、急いで電車を降りて、駅構内のトイレへ向かった。
トイレ付近には、既に所轄の警察官が来ていて、規制線が張られていた。
高野内が、男性用トイレ入口付近に立っていた制服の警察官に警察手帳を見せると、
「ご苦労様です」
と、その警察官は一礼した。
トイレに入ると、大便器のある個室のうち1室のドアに『故障中』と大きな文字が印刷された紙が貼られていたのが目に入った。
警察官の一人が、
「その個室で男性が死亡しています。確認のほうをお願いします」
と言うと、
「わかった」
と、高野内は言いながら、手袋をはめて、個室のドアを開けた。
すると、大柄で小太りの男の姿があった。
男は、濃紺のスーツ姿で、洋式便器に寄りかかって倒れていた。
すでに息はない。
男の首に目を向けると、絞められた跡があった。
「絞殺されたようですね」
と、園町が言った。
「通報したのは誰かな?」
と、高野内が、若い制服警察官に聞くと、
「110番通報したのは、トイレの清掃係員です。ドアの『故障中』の貼り紙も、2時間前にトイレの清掃をしたときにはなかったそうです」
と、その警察官は答えた。
それから間もなく、そのトイレにスーツを着た男2人が入ってきた。
制服の警察官は、
「ご苦労様です」
と言いながら、頭を下げた。
よく見ると、男たちのうち1人は、警視庁捜査一課の岡田俊一(オカダ・シュンイチ)警視だった。
以前、捜査で会ったことがある人である。
岡田は、キャリア組の捜査官で、数年前に警視に昇進したと聞く。
岡田のそばには、もう一人スーツ姿の男がいた。
年齢は30代前半くらいだろうか。
「高野内さん、園町さん、久しぶりだね」
と、岡田警視が言うと、
「ご苦労様です」
と、高野内と園町は、頭を下げながら言った。
すると、岡田は、
「そちらは、同じ捜査一課の玉森(タマモリ)君だ。階級は警部だから」
と言い、もう一人は、
「玉森裕介(タマモリ・ユウスケ)です。高野内さんのことは、何度か岡田警視から聞いているよ」
と言った。
「そうでしたか」
と、高野内は言ったあと、
「ホトケさんは、絞殺のようですね」
すると、岡田と玉森も、『故障中』の貼り紙がある個室のドアを開けて、死亡している男を確認した。
そして、数分後、
「モノ盗りの犯行ではないな」
と、岡田は、はっきりとした口調で言った。
「怨恨か何かですか?」
と、高野内が確認するように聞くと、
「そのホトケさん、内ポケットに15万円ほど入った財布があるからな」
と、岡田は答えたあと、
「怨恨の線で調べてみるよ」
と言った。
それに続いて、今度は、玉森が、
「所持していた免許証から、ホトケさんは、岩沢雅昭(イワサワ・マサアキ)、43歳のようだね。詳しくは、あとで調べてみるよ」
と言った。
それから少し経つと、岩沢という男の遺体が担架に載せられ、所轄の警察署に運ばれた。
高野内と園町の2人は、いったん、事件現場の神田駅をあとにすると、山手線外回りの電車で、東京駅へ戻った。
そのときは、11時半を過ぎていた。
高野内と園町は、退勤した。
そして、高野内は、23時51分発の京浜東北線大宮行きの電車に乗り、埼玉県の自宅へ帰った。
コメント
コメント一覧 (4)
時の流れを感じますが今回は例の感染症が果たして反映されるか、それとも反映されないのか今からとても気になる今日この頃です。
またアリバイトリックの解明も楽しみですが、その前に被害者の身元も気になるところです。
kimigojp
がしました
こんばんは。
HN浜崎ヒカルです。
コメントありがとうございます。
スローペースになると思いますが、これから連載を進めていきますので、宜しくお願い致します。
kimigojp
がしました
。
それなのに被害者の身元も気になる
と申し上げたのは
、
浜崎ヒカルさんに対して却って失礼ではと思いました
。
恐らくあの時は落ち着かずに焦って読みましたので被害者の、
身元が明らかにされている部分を見落としたのかも知れません。
従いましてこれからは見落としのない様、
気持ちを落ち着かせてから読む様に
します。
kimigojp
がしました
はじめの被害者の氏名は明かしていますが、職業やどのような人物かなどは、今後の連載で明らかになっていきます。
連載のほうは、私の都合で、スローペースになると思いますが。
kimigojp
がしました