3月28日の午後2時頃、鉄道警察隊の高野内と園町は、東京駅構内のパトロールを終えて、東京駅分駐所に戻った。
 分駐所には、香山照之(カヤマ・テルユキ)警部がいた。
 香山は、57歳の男で、約2年前に、警部に昇進し、東京駅分駐所に異動してきた。
「警部、今回は特に異常はありませんでした」
 と、高野内が言うと、
「そうか。ご苦労さん」
 と、香山警部は言ったあと、
「高野内君、園町君、昨日の神田駅の件は何か進展しているかね?」
 と、鋭い眼で、高野内たちのほうを向いて言った。
「被害者は、岩沢雅昭という名前で、年齢は43歳ということはわかりましたが、職業などについては、本庁の捜査員が調べてみると言っていました」
 と、高野内は答えた。
 すると、香山警部は、
「それは、俺も聞いているが、ホシは、どういう理由で殺害したと、高野内君は見ているのかね?」
 と言った。
「被害者の所持品には15万円ほど入った財布が残っていましたから、物盗りではないと思います」
 高野内は、はっきりとした口調で答えた。
「そうか。ところで、3時頃、本庁から岡田警視と玉森警部が来るそうだ」
 と、香山警部が言うと、
「そうなのですか」
 と、高野内は、少し驚いたような声で言ったあと、
「昨日の事件のことで、何か聞くことができそうですね」

 午後3時頃、東京駅分駐所に、警視庁捜査一課の岡田警視と玉森警部が来た。
 そのとき、分駐所にいた香山警部、高野内、園町、それに、鉄道警察隊員の豊川真帆(トヨカワ・マホ)、米村涼子(ヨネムラ・リョウコ)、鶴尾剛士(ツルオ・タケシ)、桜田奈々美(サクラダ・ナナミ)の7人は、岡田たちに敬礼した。
 真帆は、55歳の女性隊員で、階級は警部補である。
 約5年前に、東京駅分駐所に異動してきた。
 涼子は、47歳の巡査長で、以前は警察署の刑事課にいたが、3年前に鉄道警察隊に異動してきた。
 鶴尾と奈々美は、東京駅分駐所勤務となって、かなり経つ。
 鶴尾は46歳、奈々美は30歳である。
 鶴尾、奈々美とも、鉄道警察隊に配属当初は、制服での巡回が多かったが、最近は、私服での捜査を担当することが多い。
「昨夜の神田駅での殺人事件のことだが、被害者の岩沢雅昭について、少しずつわかってきたよ」
 と、岡田警視は言った。
 それに続いて、玉森が、
「岩沢雅昭の住所は、東京都豊島区長崎で、職業は私立探偵」
 と、読み上げるような口調で言った。
「私立探偵ですか」
 と、真帆が確認するような言い方をすると、
「そうです。事務所の所在地も豊島区で、池袋の雑居ビルに事務所を構えています」
 と、玉森は言った。
「被害者は探偵ということは、何かを依頼されて調査中にトラブルに巻き込まれた可能性があるのでしょうか?」
 と、高野内が言うと、
「まだ何ともはっきりとしたことは言えないが、その可能性も視野に入れているよ」
 と、玉森は答えたあと、
「死亡推定時刻は、遺体の状況や駅利用者などの証言から、昨夜の10時過ぎだよ」
 と言った。
 それに続いて、今度は岡田が、
「高野内さんは、被害者の岩沢雅昭はどうして殺害されたと思っているのかな?」
 と、高野内の顔をじっと見ながら言った。
「それは、これから捜査を進めて調べていかないとわかりませんが、被害者の所持品に現金が入った財布が残っていたことから、物盗りではないと思います。ですから、被害者が誰かに恨まれていた可能性や、探偵の業務中に、何かのトラブルに巻き込まれた可能性を調べてみたいのですが」
 と、高野内は答えた。
「私も同じ意見だよ」
 と、岡田は言った。
 今度は、園町が、
「岡田警視、被害者は、私立探偵ですよね」
 と、やや大きな声で言うと、岡田は、
「そうだけど」
 と言った。
 すると、園町は、
「被害者が、調査中だった案件や、最近まで調査をしていたことの内容が知りたいですね」
 と、はっきりとした口調で言った。
「我々も、それを調べているところだよ」
 と、岡田は言った。
「殺された岩沢について、我々鉄警隊も、詳しく知りたいですね」
 と、高野内が言うと、
「それについては、捜査一課が調べるから、また何かわかったときや、協力をお願いするときに知らせるよ」
 と、岡田は言ったあと、
「では、我々は、ほかの殺人事件の捜査もあって忙しいから、いったん、本庁へ戻るよ」
 と言いながら、玉森と一緒に、分駐所から出ていった。
 それから、少し経ったとき、
「あまり詳しくは聞けなかったわね」
 と、真帆が不満そうな顔で言うと、高野内は、
「そうですね」
 と言ったあと、
「そうなると、俺たちで調べてみたくなりますね」
 それを聞いた香山警部は、
「高野内君、気持ちはわかるが、勝手なことや無茶なことはやめてくれ!」
 と、やや大きな声で言った。
「警部、私は、被害者の岩沢が、どうして、神田駅のトイレで殺害されたのか、真相を明らかにしたいのです。そのためには、その被害者に関することを調べ上げる必要があります」
 と、高野内は言った。
 それに続いて、園町は、
「被害者は私立探偵ですから、どのようなことを調査していたかも知りたいですね」
 と言った。
 すると、香山警部は、仕方ないと言わんばかりに、
「わかった。ただし、本庁とかから抗議が来るようなことはするなよ」
 と言った。