午前10時頃、高野内と園町の2人は、東京駅分駐所に戻った。
 高野内は、再び時刻表のページを開きながら、
「森本愛子のアリバイ、どうやったら崩せるかな…」
 森本愛子は、岡山から寝台特急『富士』の上りに乗っていた。『富士』の岡山発が、0時48分である。
 発車後まもなく、車内改札があったというし、それは、車掌も憶えていた。
 名古屋発車後、車掌から頭痛薬をもらっていたことも、証明されている。上り『富士』の名古屋発が、5時19分で、次の停車駅は、浜松である。
 さらに、午前6時頃、車掌に、食堂車か売店がないかどうか聞いていたことも、もう1人の車掌が証言している。その時刻、『富士』は、名古屋と浜松の間を走っている。
 『富士』が、終点の東京に着くのは、9時58分であるが、終点到着後、下車のときに、車掌に挨拶していたという。
 それらの点を、メモしながら、高野内は、
「どうやって、中央線の通勤特別快速に乗っていた住川光恵に近づくことができたのかな?」
 と言いながら、事件があった通勤特別快速の時刻も、再度確認した。
 住川光恵が乗っていた通勤特別快速は、平日ダイヤの日のみ運行される列車で、青梅を7時49分に発車する。 そして、青梅線内の各駅に停車し、立川からは、国分寺、新宿、四ツ谷、御茶ノ水、神田、終点、東京の順に停車する。
「凶器の毒針のついたコルク玉を、いつ、住川光恵のバッグにしのばせることができたかが問題ですね」
 と、園町が言うと、高野内は、
「そうだな。あと、どうして、犯人は、住川光恵が、その電車に乗ることを知っていたのだろうか?」
 と、怪訝そうにいった。
「いつも利用していたのじゃないでしょうか? 害者は、青梅市に住んでいるから、乗り換えなしで行ける、その電車が都合よいでしょう」
「その電車は、9時9分に東京に着くんだよ。東京駅付近の生保会社に勤めているセールスレディが、いつも、その電車で通勤するのは、時間的に遅すぎるよ。たまに、事情があって、遅い出勤をするのなら、まだわかるが」
 と、高野内が言うと、園町は、
「そうですね! 犯人が、どうやって、その日、害者の住川光恵が、遅れて出勤することを知ったかが、事件を解くカギになりそうですね」
 と、はきはきとしたように言った。
「そうだよ。森本愛子がホシだとすれば、どうやって、住川光恵が、その日、遅い出勤することを知ったかを、調べてみたら、何かわかると思う」
 それを聞いた園町は、
「住川光恵が遅れてくるという情報を、森本愛子が知っていたとすれば、N生命丸の内支店のセールスレディの誰かが、教えた可能性が高いですね。N生命の人に聞いてみましょう」
 と言ったあと、
「あっ、そういえば、今日は、土曜日ですし、会社が休みですね。どうしましょうか?」
「セールスレディの住所とか、名前とか、電話番号とかのメモがあるはずだ。森本愛子と特に親しかった人に聞いてみたらいいと思う」
 と、高野内が言ったあと、聞き込みに行った丸の内支店のセールスレディの住所、氏名、電話番号をメモした用紙を見つけた。貴代子と窈子が聞き込みしたときに、メモしたもので、筆跡から、窈子が書いたもののようである。
 まず、昨日、直接話しかけたことのある大沢美保子の自宅に電話することにした。住所は、立川市である。
 高野内が、受話器を手に取り、プッシュボタンを押すと、
「はい、もしもし」
 と、女の声。
「私、警視庁鉄道警察隊東京駅分駐所の高野内といいますが、大沢美保子さんでしょうか?」
「はい。そうですが、昨日、会社に来られた刑事さんですか?」
「そうです。森本愛子さんの件で、お聞きしたいことがあるのですが、おたくのセールスレディさんで、森本さんと、特に親しかったとか、仲の良かった方がおられましたら、ぜひ、教えていただきたいのですが」
 すると、相手は、
「そうですね」
 と言ったあと、
「愛子と仲が良い人で、一番に思い浮かぶのは、奥田由香(オクダ・ユカ)ですわ」
「森本さんとは、同期の入社ですか?」
「いいえ。2つ下の後輩です。おなじ兵庫県出身ということで仲が良くなったのですわ。休みの日にも、一緒にショッピングやレストラン、カラオケとかにも行っていましたし」
「その奥田さんは、どちらにお住まいかわかりますか?」
「八王子市です。朝、同じ電車に乗ることが、よくありましたし」
「奥田さんは、住川さんとは、仲は良かったでしょうか?」
「いいえ。由香も、光恵のこと、嫌っていたはずです。光恵は、由香のこと、かなり執拗にいじめていましたし」
 それを聞いた高野内は、
「わかりました。お休みのときに、突然、電話してすいませんでした。どうもありがとうございました。失礼します」
 と、例を言ってから、電話を切った。
 窈子が書いたメモを見ると、奥田由香という名前が書いてあった。年齢は、27歳である。住所は、八王子市になっていた。高野内は、それのコピーをとったあと、
「八王子に行って、奥田由香に会えたら、会ってみよう」
 そして、高野内と園町は、分駐所から出ると、中央線ホームへ向かった。