分駐所を出た高野内と園町は、中央線ホームに行き、10時22分発の中央特別快速に乗車した。
 中央特快は、途中、神田、御茶ノ水、四ツ谷、新宿、中野、三鷹、国分寺、立川、日野、豊田に止まり、八王子には、11時12分に到着した。
 電車が八王子駅に止まると、高野内と園町は、降りて、改札を出て、駅から出た。
 駅から、10分余り歩くと、タイル貼りの外装のワンルームマンションが眼に入った。
 そのマンションに、奥田由香が住んでいるらしい。
 入口は、オートロックになっている。
 高野内は、奥田由香の部屋番号の『403』の番号を押して、チャイムを鳴らした。
「はい。どなたでしょうか?」
 と、女性の声。
「鉄道警察隊の高野内といいますが、奥田由香さんでしょうか?」
「はい。そうですが」
「我々が捜査している事件について、聞きたいことがあるのですが、よろしいでしょうか」
「はい。じゃあ、開けますわ」
 そして、エントランスホールのドアは、開錠された。
 高野内と園町は、403号室へ行き、ドアの横のチャイムを鳴らした。
 ドアは開き、中から、20代の小柄な女性が出てきた。
 高野内と園町が警察手帳を見せると、相手は、
「刑事さん、何の用でしょうか?」
 高野内は、
「私たちは、住川光恵さんが殺された事件の捜査をしているのですが、あなたにも聞きたいことがあります」
「えっ、何をですか?」
「奥田さん、あなたは、N生命を辞めさせられた森本愛子さんと親しかったと聞いているのですが」
「森本さんは、わたしより2つ上の先輩でしたわ。出身も、兵庫県ですし」
「それで、住川さんと森本さんは、トラブルになって、その結果、住川さんが怪我をして、森本さんが辞めさせられたそうですね」
「それは、本当は、住川さんのほうが悪いのですわ。でも、上司は、住川さんのほうがセールス記録が良かったというだけで、森本さんのほうを悪者扱いして、森本さんのほうが辞めさせられましたわ。それについては、わたしも納得がいかなかったですし、他のセールスレディも、納得がいかない様子でしたわ」
「そのトラブルの元が、住川さんが、森本さんの婚約者を痴漢として摘発して、逮捕させてしまったことですね。調べた結果、森本さんの婚約者が痴漢した件は、冤罪の可能性が高いことがわかりました」
「住川さんは、森本さんだけではなく、みんなから嫌われていましたわ。それで、刑事さん、森本さんが、今回の事件と関係あるのですか?」
「いいえ。まだはっきりとしたことはいえません。ただ、1つ気になるのは、住川さん殺しの犯人が、通勤途中の電車を狙ったのなら、どうして、住川さんが、12月1日に、遅い時間に出勤することを、犯人が知っていたかを解決しなければなりません」
 と、高野内は、由香の眼をじっと見ながら言った。
 すると、由香は、不愉快そうに、
「刑事さん、わたしに、一体、なにを聞きたいのですか?」
「奥田さん、最近、森本さんに会っていませんか?」
「いいえ。森本さんがN生命を辞めてからは、一度も会っていませんわ。まさか、刑事さん、森本さんが、住川さんを殺したとでもいいたいのですか?」
 由香は、少し動揺を見せた。
「いいえ。まだそうだと決め付けているわけではないのですが、住川さんを恨んでいそうな人をたどっているうちに、森本さんにたどりつきました。そして、森本さんと親しかったあなたにも」
「ですから、わたしは、ずっと森本さんに会っていませんし、森本さんも、住川さんを殺すような人には見えませんわ。だって、森本さん、神戸でやっているファッション・アイテムの販売の仕事が気に入っていて、住川さんのことなんか忘れていると思いますわ」
 と、由香は、堂々と言った。
 すると、今度は、園町が、
「奥田さん、あなた、嘘をついていますね」
「何でですか?」
 由香は、動揺していた。
「あなたは、森本さんがN生命を辞めてから一度も会っていない、と言いましたね。じゃあ、どうして、神戸でファッション関係の販売の仕事をしていることを知っているのですか? いくら、同じ兵庫県出身でも、森本さんは、Uターンをして、あなたは、ずっと東京にいるのでは、簡単に知り得ないでしょう。どうして、神戸でファッション関係の販売の仕事をしていることを知り得たのですかね?」
 と、園町が言ったあと、高野内は、
「奥田さん、正直に話してください。森本さんに会いましたね」
 すると、由香は、うつむきながら、
「刑事さん、すいませんでした」
「じゃあ、話していただけますね」
「先週の初め頃、森本さんから、電話があったのです」
「どういう内容の電話ですか?」
「住川さんが遅い出勤をする予定があれば教えてほしいということでした」
「それで、教えたのですね」
「ええ。教えてくれたら、わたしが欲しがっていたブランド物のバッグをくれると約束してくれたのです」
「それで、そのバッグはもらったのですか」
「はい。電話をもらって、3日後に送られてきました。差出人も、森本さんでした」
「そのバッグ、見せてもらえますか?」
 と、高野内が言うと、由香は、うなずきながら、部屋に入り、バッグを持って、高野内たちの前に姿を見せた。茶色の皮製の女性用のショルダーバッグだった。
 由香は、バッグを持った手を、高野内のほうへ向けた。
「これは、参考までに預からせていただきますが、よろしいですね」
 と、高野内。
 由香は、うつむいた状態で、
「はい」
 と、返事したあと、
「刑事さん、本当にすいませんでした。どうしても、このバッグ、欲しかったのです」
 すると、高野内は、
「いろいろ話していただきありがとうございます。ただし、私たちからも言っておくべきことがある。あなたが、このブランド物のバッグ欲しさにした行為が、殺人事件の片棒を担ぐ結果となっているかもしれないことを、認識していただきたい。あと、後日、事情を聞くために、警察へ来ていただくことになるかもしれませんので、それを承知願いたい」
 由香は、うつむいたまま黙っていた。
「では、我々は、今日は、それで失礼します」
 と、高野内と園町は、挨拶をして、由香の前から去った。
 そして、マンションから出て、近くのコンビニで手提げ袋を買って、バッグを手提げ袋に入れてから、戻ることにした。男2人が、女物のバッグを剥き出しで歩くのは、奇妙に見られるからである。
 高野内と園町は、八王子駅の改札を通ると、中央線の電車で、東京駅の分駐所へ戻った。