「安倉美紀は、この列車にいるのかしら?」
 貴代子は、不安そうに言った。
「また途中の駅で降りていったのではないでしょうか?」
 と、真希は、もぬけの殻となったベッドを見ながら言った。
「それは、まだわからないわ。とにかく、車内を捜すわよ」
 と、貴代子は言い、中森車掌のほうに目を向けて、
「私達は、前の車両から捜すから、車掌さんは、後ろの車両を捜してもらえますか」
 と、強い口調で言った。
「わかりました。私ともう1人の車掌と一緒に捜してみます。見つかったら、お知らせしますので」
 と、中森車掌が言うと、
「じゃあ、お願いします」
 と、貴代子。
 そして、貴代子と真希は、1両前の5号車に入った。それも、同じ2段式のB寝台車である。
 寝台周りや通路、デッキ、トイレ、洗面所などを捜した。
 しかし、安倉美紀の姿はなかった。
 さらに前の6号車も捜したが、結果は同じだった。
 6号車で通路は行き止まりになっていて、閉鎖された貫通路のガラス越しに機関車の姿が見えた。
 貴代子と真希は、4号車の安倉美紀が利用していたというベッドの場所へ戻った。
 それからまもなく、中森車掌と、50過ぎに見えるもう一人の車掌が来た。
「警察の方たちです」
 と、中森車掌は、もう一人の車掌のほうへ顔を向けながら言った。
 貴代子は、警察手帳をもう1人の車掌にも見せて、
「後ろのほうの車両に、この席の女性はいましたか?」
 と聞いた。
 すると、50過ぎに見える車掌は、
「私は、大阪車掌区の島田といいますが、話は中森君からも聞いとります」
 と言ったあと、
「私も、後ろのほうの車両を捜しましたが、おりませんでした」
 と答えた。
「どこかの駅で降りていったのかしら?」
 と、貴代子は、残された荷物を見ながら言った。
 そして、
「17番寝台の荷物、確認させてもらいますわ」
 と言いながら、ベッドの上や荷物棚の荷物を床に降ろして、
「真希ちゃん、一緒にチェックするわよ」
「わかりました」
 荷物棚には、茶色の旅行かばんが置かれていたが、貴代子の手で床に降ろされている。
 ベッドの上には、女性用のハンドバッグがあり、床には、女性用の黒い靴があった。
「備え付けの寝巻きがなくなっていますね」
 と、真希がベッドのほうを見ながら言うと、
「じゃあ、安倉美紀は、寝巻き姿でホームに降りて、置き去りを受けたのかしら」
 と、貴代子。
 すると、
「刑事さん、今のところ、途中の駅で降りて戻り損ねたお客様がいるとゆう連絡は、全く入ってませんし、それに、この列車で寝巻き姿で降りてた方は1人も見てへんのですが」
 と、島田車掌は言った。
「本当ですか」
 貴代子は、軽く驚くように言った。
「じゃあ、安倉美紀は、列車のどこに消えたのでしょうか?」
 真希は、怪訝そうに言った。
「とにかく、荷物を検査するわよ。そうすれば、何か手がかりがあるかもしれないわ!」
「はい。わかりました」
 そして、貴代子と真希は、旅行かばんやハンドバッグの中を調べた。
 旅行かばんには、女性用のセーターやシャツ、ジーンズ、それに下着や洗面用具などが入っていた。
 ハンドバッグには、化粧品や手鏡、財布やティッシュペーパー、ハンカチがあり、財布には、5万円余りの現金が入っていたほか、クレジットカードが2枚入っていた。
「安倉美紀の所持品は、これで全部のようね」
 と、貴代子は、はっきりとした口調で言った。
「肝心な安倉美紀は、どこに消えたのでしょうか?」
 真希は、不安そうな表情を見せながら言った。
「途中の駅で降りていないとすると、まだこの列車の中に、寝巻き姿でいることになるわね」
「じゃあ、もう一度、この列車の中を捜しましょうか?」
 と、真希が言うと、
「いえ。この辺で見張っていましょう。安倉美紀は、きっと、戻ってくるわ」
 と、貴代子は、強い口調で言った。
「もうすぐ、品川に着きますが、寝巻き姿で降りられてる人を見たら、知らせますので」
 と、島田車掌が言うと、
「じゃあ、お願いしますわ」
 と、貴代子。
 そして、島田、中森の2人の車掌は、乗務員室に戻った。

 6時35分、上り寝台急行『銀河』は、品川駅に停車した。
 しかし、安倉美紀は、17番寝台へは戻ってこなかった。
 まもなく、列車は、発車した。
 次は、終点の東京である。
 まもなく、島田、中森の2人の車掌は、貴代子たちのところへ来た。
「安倉美紀は、戻ってきませんでしたね」
 と、貴代子が言うと、
「私たちも、ホームを監視してましたが、寝巻き姿で降りたお客様はいませんでしたね」
 と、島田車掌は言った。
「次は、終点ですね」
 と、貴代子が言うと、
「ええ。そうです。終点に着いたら、私たちも、車内に、まだお起きでないお客様がいないかどうかチェックして周りますので、そのときに、その女性も見つかると思います」
 と、島田車掌。
 窓の外を見ると、いつのまにか、空が明るくなっていた。
 列車は、ビルの谷間を縫うようにして、終点の東京を目指して走っていた。
 島田、中森の2人の車掌は、乗務員室に戻っていった。
 そして、案内放送が始まった。
 案内放送では、終点であることや、乗り換えの案内などが告げられた。
 6時42分、上り『銀河』は、定刻どおり、終点の東京駅9番ホームに停車した。
 ドアが開くと、乗客たちは、みんな手荷物を持って、ホームへ出て行った。
 4号車17番の寝台には、誰も戻ってこなかった。
 安倉美紀のものと思われる手荷物は、残されたままである。
 4、5分後、島田、中森の2人の車掌が、貴代子たちのそばへ来た。
「刑事さん、安倉美紀という女性は、どこへ消えたのでしょうか?」
 島田車掌は、不安そうな顔で言った。
「他の車両にもいなかったのですか?」
 と、貴代子は、不思議そうな顔で聞き返した。
「はい。私と中森君の2人で車内を手分けして捜しているのですが、車内に残っているお客様はおられへんのです」
 と、島田車掌は言った。
「本当に降りていないんですね?」
 貴代子が入念そうに言うと、
「はい。私が1号車で、中森君が2号車の乗務員室から、ホームを監視していましたが、寝巻き姿の方は見ておりません」
 と、島田車掌は言い、
「私も、女性のお客様は、特に注意して見ていましたが、4号車17番の女性は見ていないんです」
 と、中森車掌は言った。
 すると、
「1号車の後ろにもう1両車両がありますわね」
 と、真希は、眼を輝かせながら言った。
「ええ。この列車に照明や空調などの電気を供給するための電源車が連結されています」
 と、島田車掌が言うと、
「じゃあ、安倉美紀は、その電源車に隠れたか、監禁された可能性がありそうですね」
 と、真希は、はっきりとした口調で言った。
 すると、
「それは不可能だと思います」
 と、島田車掌は、否定するように言った。
「どうしてですか?」
「お客様が勝手に入ることのないように、電源車と1号車の間の扉には、鍵をかけていますので」
 と、島田車掌は答えた。
 今度は、貴代子が、
「でも、鍵を壊して中に入ったか、あらかじめ作っておいた合鍵で入って、安倉美紀を監禁したという可能性もあるのではないですか?」
 と言った。
「念のため、確かめましょうか」
 と、島田車掌が言うと、
「じゃあ、私が確かめに行くから、真希ちゃんは、安倉美紀の荷物を見張っていて」
 と、貴代子は言い、島田車掌と一緒に、電源車のほうへ向かって歩いた。
 A寝台車である1号車の通路を通り抜けると、車両の端に扉が設置されていた。
 貴代子は、ノブを握ったが、動かなかった。
「車掌さんの言うとおり、鍵がかかっていますわね」
「ええ。私は、合鍵を持っていますので、念のために、中に入ってみましょうか?」
「じゃあ、中を見させてもらいますわ」
 そして、島田と貴代子は、電源車の中に入った。
 車両に入ると、その列車では使われていない荷物室があり、さらに進むと、ディーゼル発電機を設置している電源室だった。
 その車両のどこにも人はいなかった。
 それを確認した貴代子は、
「安倉美紀はどこに消えたのかしら」
 と言った。
 そして、貴代子は、島田車掌と一緒に、安倉美紀の所持品のある4号車へ戻った。
「安倉美紀はいましたか?」
 と、真希が聞くと、
「いいえ。どこにもいなかったわ」
 と、貴代子。
「一体、どこへ消えたのでしょうか? まさか、途中の駅で降ろされたのでしょうか?」
「まだわからないわ。それに、誰かに降ろされたとしても、寝巻き姿じゃ、目立つでしょ」
「そうですね」
「車掌さんは、寝巻き姿で降りた乗客はいないと言っているし、ますます、わからないわ」
 すると、島田車掌は、
「あのー、刑事さん。この列車は、まもなく、車庫へ回送となりますので」
 と、貴代子のほうを向いて言った。
「わかりました。じゃあ、これらの手荷物類は、我々、警察のほうで預からせていただきますが、よろしいでしょうか」
「はい。了解しました」
 そして、貴代子と真希は、安倉美紀のものと思われる旅行かばんとハンドバッグ、それに靴を持って、分駐所へ戻った。
 安倉美紀は、どこに行ったのか。
 そのときの貴代子と真希は、まったくわからなかった。