浜崎ヒカルのブログ推理小説

ブログを利用して推理小説を書いています。 鉄道ミステリーが中心になります。

カテゴリ: 和歌山線殺人事件

 高野内と園町は、岩沢雅昭の自宅に入った。
 解錠したのは、捜査一課の岡田警視で、玉森警部も一緒にいた。
 玄関から中に入ると、靴を脱いで上がった。
 そして、白い手袋をはめた手でドアを開けて、居間と思われる部屋に入った。
 一人暮らしの部屋なのか、室内は、あちこち散らかっていたが、何者かに物色されたようには見えなかった。
 居間と思われる部屋には、大きなテレビがとブルーレイレコーダーが設置されていた。
 その部屋の隅のほうには、デスクトップパソコンが置かれていた。
「岩沢雅昭は、いったい、誰から、どのような依頼を受けていたのでしょうか?」
 と、高野内が言うと、玉森は、
「それは、我々も調べている最中だが、そのホトケさんが受けた調査依頼の数は、確認できる限りでは、ここ3年間で10件だけなんだよ」
 と言った。
 それを聞いた高野内は、驚いた顔で、
「3年間で、たったの10件ですか?」
 と、確認するように言った。
 すると、今度は、園町が、
「異常に少ないですね」
 と、怪訝そうな顔で言った。
「私も同感だよ」
 と、玉森は言った。
「ホトケさん、1件の調査で、探偵料をいくらもらっていたのかはわからないですけど、3年間で10件は少なすぎますね。まして、マイカーがレクサスだと…」
 と、園町が言いかけると、
「それだけだと、マイカーどころか、探偵業でまともな生活ができたとは思えませんね」
 と、高野内は言った。
「あなたたちもそう思うか」
 今度は、岡田が、確認するように言った。
「そうですね」
 と、高野内が言うと、
「ホトケさんは、探偵の業務中、何かのトラブルに遭遇して、殺害された可能性が高いと、私は思うんだ」
 と、岡田は言った。
「私も、そうだと思います」
 と、高野内が言うと、
「高野内さんは、どういったトラブルに遭遇したと思うのかな?」
 と、岡田が聞いた。
 すると、高野内は、
「カネに絡んだことでトラブルに巻き込まれて、殺害された可能性があると、私は思います」
 と、はっきりとした口調で答えた。
「カネですか?」
 と、園町が言うと、
「ああ。岩沢雅昭は、一匹狼の私立探偵だが、都区内の一戸建て住宅に住んでいて、国産車とはいえ高級車を所有しているのに、探偵の収入源となる調査依頼が、異常に少ないんだ」
 と、高野内は言った。
「じゃあ、岩沢雅昭は、探偵料以外のカネを、何かあくどい方法で得ていたのでしょうか?」
 と、園町が言うと、高野内は、
「おそらく、その可能性が高いな」
 と言った。
 すると、今度は、岡田が、
「高野内さん、園町さん、私たちも、その線で調べてみようと思っているところだよ」
 と言った。
「どうやって、カネを得ていたのでしょうかね?」
 と、園町が考え込むように言うと、高野内は、
「ホトケさんは、私立探偵だからな…」
 と言いかけた。
「そうですけど」
 と、園町が言うと、
「ホトケさんは、信用調査とかの依頼の対象となった人物や団体の関係者をゆすって、大金を得ていたとは考えられないか」
 と、高野内は、園町の顔をじっと見ながら言った。
 すると、今度は、岡田が、
「その可能性もありそうだね」
 と言った。
「じゃあ、岩沢は、神田駅のトイレで、ゆすりのターゲットと会って、ゆすろうとして殺害された可能性が高いですね」
 と、園町は、はっきりとした口調で言った。
「俺も、そう思うよ」
 と、高野内は言った。
 こうして、高野内たちは、岩沢雅昭が殺害された理由について推測できたが、まだ犯人像についてはわからなかった。
 そのあと、高野内と園町は、岩沢の自宅内に、捜査の手掛かりになりそうなものが、まだ残っていないか捜したが、特に目ぼしいものは見つからなかった。
 そういうものは、大体、本庁の捜査員が既に押収したのだろう。
 高野内と園町は、岩沢の自宅をあとにして、覆面車に乗り、東京駅分駐所に戻ることにした。
 岡田と玉森も、岩沢の自宅の施錠をして、本庁に戻った。

 午前9時すぎ、高野内が運転する覆面車は、豊島区長崎地区を走っていた。
 助手席には園町が座っていた。
「岩沢の自宅はどこだろうか」
 と、高野内は、ハンドルを握りながら言うと、
「もう近いですよ」
 と、園町は、カーナビを見ながら言った。
 それから間もなく、園町は、
「あの家だと思います」
 と、一軒の一戸建て住宅を指差した。
 2階建ての住宅で、外見から、かなり年季の入った感じの建物だった。
 昭和時代に建てられたのだろうか。
 高野内は、その住宅の門の前に覆面車を止めた。
 そして、高野内と園町は、覆面車から降りた。
 門のそばにあるカーポートには、シルバーメタリックのレクサスESが止まっていた。
 古惚けた小さな一戸建て住宅にはミスマッチな感じがした。
 クルマがカーポート内にあることから、岩沢は、自宅から探偵事務所までは、電車で通っていたのだろう。
「中に入ってみるか」
 と、高野内は、白い手袋をはめて、門扉を開けた。
 そして、高野内と園町の2人は、玄関の扉へ向かって歩いた。
 玄関には鍵がかかっていて、扉は開かなかった。
「高野内さん、俺たち、合鍵持っていないですから、中に入れませんよ」
 と、園町が言うと、
「仕方がない。特殊工具で開けるか」
 と、高野内は言いながら、覆面車のトランクを開けて、工具の入った袋を取り出した。
 そして、玄関のドアの鍵を解錠しようとした矢先、背後から、
「おい! お前ら、何をしている?」
 と、若い男の声が聞こえた。
 振り向くと、1人の制服警察官がいた。
 その警察官は、地域課の制服を着ているが、制帽の代わりに、自転車用のヘルメットをかぶっていた。
 交番の巡査のようだ。
 高野内たちのほうを見て、鋭い眼で睨んでいた。
「俺たちは、事件の捜査のためにやっているんだ」
 と、高野内が制服の警察官に向かって言うと、
「そんな出まかせが通用すると思っているのか!」
 と、警察官は、強い口調で言った。
 高野内と園町は、上着の内ポケットから、急いで警察手帳を出した。
「俺は、鉄道警察隊の高野内だ」
「同じく、鉄道警察隊の園町だ」
 すると、制服の警察官は、突然、表情を変え、
「それは、大変失礼しました」
 と、頭を下げながら言ったあと、
「実は、近所の住人から、この数日間、岩沢さん宅の付近を不審な人物がうろついているという通報があって、パトロールを強化していたのですよ」
 その制服警察官は、豊島区長崎地区にある交番の巡査で、佐久間(サクマ)と名乗った。
 年齢は20代前半くらいだろう。
「俺たちは、この家の住人の岩沢雅昭が、神田駅で殺害された件について、捜査をしているんだ」
 と、高野内が言うと、
「そういえば、本庁の捜査一課の捜査員も、何度か、ここに来られていましたね」
 と、佐久間巡査は言った。
「岡田警視と玉森警部か?」
 と、高野内が確認するように言うと、
「はい。そうです」
 と、佐久間巡査は、はっきりとした声で答えた。
「ところで、岩沢雅昭の評判とかはどうなんだ?」
 と、高野内が聞くと、
「あまり近所付き合いがない人のようですが、一人暮らしなのに、昼間から家にいるのか、灯りが点いていたり、また別の日には、高そうな服を着て、自家用車のレクサスで外出したり、またある日には、久しぶりに大金が入りそうだとかを、近所の何人かに話していたことがあったそうです」
 と、佐久間巡査は、はきはきとした口調で答えた。
「岩沢雅昭が、どんな人物から、どのような依頼を受けていたかも、気になるな」
 と、高野内は、岩沢の自宅の建物を見ながら言った。
 すると、今度は、園町が、
「そうですね。小さな古い家とはいえ、都区内で一戸建てに住んでいて、マイカーがレクサスESですから、かなりの探偵料が入らないと、到底生活できないと思いますよ」
 と、はっきりとした口調で言った。
「俺も、何か引っかかるんだよな」
 と、高野内は、考え込んだような顔で言った。
「それについては、私にはわかりかねますね」
 と、佐久間巡査は言った。
 それから間もなく、スーツ姿の男2人が、岩沢雅昭の自宅の門に近づいてきた。
「ご苦労さん」
 と、聞き覚えのある声が聞こえた。
 よく見ると、岡田警視と玉森警部だった。
「ご苦労様です」
 と、佐久間巡査は、岡田たちのほうを向いて、頭を下げた。
 岡田は、岩沢の自宅の玄関のほうに目を向けながら、
「高野内さん、園町さん、やっぱり、ここに来たか」
 と言った。
 それに続いて、玉森は、
「岩沢雅昭について、嗅ぎまわっていたようだな」
 と、高野内たちのほうをじっと見ながら言った。
「まあ、そうですね。ホトケさんは、神田駅で殺害されたのですから、我々も、捜査しないわけにはいきませんよ」
 と、高野内は、苦笑しながら言った。
 すると、岡田は、
「高野内さんと園町さんが来ることは、我々も想定内だよ。これから、合鍵で中に入るから、もしよかったら、一緒に家の中を調べてみるかい?」
 と言った。
 そして、高野内と園町は、岡田警視や玉森警部と一緒に、玄関から中に入ることにした。
 佐久間巡査は、
「では、私はこれで失礼します」
 と言って、自転車に乗って走り去った。
 交番に戻るのだろう。
 岡田は、玄関を解錠し、ドアを開けた。
 そして、岡田、玉森に続いて、高野内と園町は、玄関から中に入った。

 3月29日の7時頃、高野内は、東京駅分駐所に出勤した。
 少し経つと、園町も出勤してきた。
 「園町、岩沢雅昭の事務所のカレンダーに書かれていた文字、何の意味だと思う?」
 と、高野内が言うと、園町は、
「まだ、俺にもわからないです」
 と答えた。
「岩沢は、27日の夜10時頃、何の目的で、神田駅に行っていたのだろうか?」
 高野内は、少し怪訝そうな顔で言った。
「それが引っかかりますね」
 と、園町は言ったあと、
「被害者は、住所も自分の事務所も豊島区ですから、何かの調査のために、誰かと会う約束をして、神田駅まで行ったのかもしれませんね」
 しかし、そのときの高野内と園町は、まだ岩沢雅昭が、なぜ神田駅に行っていたかはわからなかった。
 探偵業の調査のためなのか、それとも、私用の外出で神田へ行ったのか、まだはっきりとしなかった。
 それから少し経つと、香山警部が出勤してきた。
「高野内君、園町君、岩沢雅昭の件で、何か進展はあったかね?」
 と、香山が言うと、
「すみません。被害者の岩沢雅昭は、何か理由があって、神田駅に行って、何者かにトイレで殺害されたと思われますが、まだ何の目的で神田駅に行ったのかがはっきりとわからないのです」
 と、高野内は頭を下げながら言った。
「そうか。2人で事務所まで調べても、まだ何も手掛かりなしか」
 と、香山は、半ばあきれ顔で言った。
 すると、高野内は、
「まだはっきりとしたことは何もわかりませんが、被害者は、私立探偵ですから、何かの調査中、トラブルに巻き込まれて、殺害された可能性があると、私は思います」
 と、はっきりとした口調で言った。
 それに続いて、園町が、
「その被害者が、何の調査をしていたか調べることができたら、ホシに一歩近づけると思います」
 と言った。
「そうか。わかった。じゃあ、被害者が何の調査をしていたのか、とことん調べてみたまえ」
 と、香山は言った。
 それから間もなく、米村涼子が、桜田奈々美と一緒に、分駐所に戻ってきた。
 2人は、電車や駅構内の防犯のためのパトロールに出ていたのだ。
「高野内さん、園町さん、岩沢雅昭殺害の件で進展はあったのですか?」
 涼子が高野内の顔をじっと見ながら言うと、
「それがまだ何も…」
 と、高野内は言ったあと、
「被害者の事務所のカレンダーの27日のところに、『PM10時』と『神』という文字が手書きで書かれていたんだ。その『神』がなにを意味しているのかが気になるんだ。神田駅のことか、それとも、別の意味で『神』の文字を書いたのかが」
 それを聞いた涼子は、
「まだそれ以上の進展はないのですね」
 と言った。
「米村は、『神』という文字を何の意味だと思う?」
 と、今度は、園町が言った。
「そうですねー」
 と、涼子は言ったあと、
「神社かもしれないし、もしかしたら、名前に『神』の文字が含まれている人物のことかもしれませんね」
 と、はっきりとした口調で答えた。
「なるほど。人物の可能性もありか」
 と、園町は言った。
「今回の件、どうやって捜査していこうかな?」
 高野内は苦悩していた。
「高野内さん、もう一度、岩沢雅昭の探偵事務所のホームページとか閲覧してみませんか? 何か手掛かりが見つかるかもしれませんよ」
 と、涼子が言うと、
「そうだな」
 と、高野内は言ったあと、分駐所内のパソコンデスクへ向かって歩いた。
 そして、岩沢雅昭の探偵事務所のホームページにアクセスした。
 よくできたホームページで、浮気調査、事業所の信用調査など、気軽に相談してほしいという感じの内容のキャッチコピーがあった。
 また、ホームページ内には、岩沢雅昭自身のプロフィールも載っていて、愛車の紹介もしていて、シルバーメタリックの車体のクルマの画像も確認できた。
 岩沢の愛車は、レクサスESというセダンタイプのクルマだった。
 新車の価格は700万円前後の富裕層向けのクルマである。
「被害者は、ずいぶん羽振りが良さそうだな」
 と、高野内は、パソコンの画面を見ながら言った。
「調査依頼が多いのですかね?」
 と、園町が言うと、
「このページを見ただけでは、年間どれくらいの依頼を受けていたのかはわからないが、その被害者は、一匹狼のようだな」
 と、高野内は、画面を睨みながら言った。
「一匹狼?」
 と、園町が言うと、
「岩沢は、助手を雇わずに、一人で調査をする探偵だったようだ」
 と、高野内は言った。
 それを聞いた涼子は、
「高野内さん、その被害者は、個人事業所か中小企業の信用調査か、浮気調査か何かをしていて、殺害された可能性が高いと、私は思いますわ」
 と、自信ありそうに言った。
「米村、どうしてそう思う?」
 と、高野内が言うと、
「所轄の刑事課にいたときに鍛えられた勘ですわ」
 と、涼子は微笑しながら答えた。
 すると、今度は、香山警部が、
「高野内君、次は、どこを調べてみたいかね?」
 と言った。
「警部、被害者の自宅を調べに行きたいと思います」
 と、高野内は、やや大きな声で言った。
「そうか。わかった。じゃあ、園町君と2人で、行って調べてきてくれたまえ!」
 と、香山は言った。
 そして、高野内と園町は、覆面車に乗って、8時頃、分駐所を出発した。

 午後4時頃、高野内と園町は、覆面車で池袋へ向かっていた。
 神田駅のトイレで殺害された岩沢雅昭の探偵事務所へ行くためである。
 出発前、岩沢の事務所の所在地は、分駐所のパソコンで調べていた。
 すると、玉森が言っていたとおり、池袋のある雑居ビルに事務所があることがわかった。
 午後5時過ぎ、覆面車は、岩沢の探偵事務所が入っているビルの前に到着した。
 ビルの前には駐車場はないので、近くの有料駐車場に覆面車を止めて降りると、岩沢の探偵事務所へ向かって歩いた。
 高野内たちは、ビルに入ると、エレベーターで探偵事務所の入口へ行った。
 しかし、入口のドアは施錠されていた。
 そこで、スマートフォンでビルの管理会社に電話をかけて、担当の係員に来てもらって、ドアのカギを解錠してもらったので、探偵事務所に入ったときには6時近くになっていた。
 解錠してもらうと、係員に礼を言ってから、ドアを開けて中に入った。
 事務所内は暗かったので、灯りをつけた。
 入ってすぐの場所にソファと応接テーブルが置かれていて、奥には事務机があるのが見えた。
 その事務机には、固定電話やデスクトップのパソコンなどが置かれている。
 壁のほうに目を向けると、大きなカレンダーが掛けられている。
 カレンダーは、23年3月だった。
「特に、妙なところはありませんね」
 と、園町は、室内の至るところを見ながら言った。
 そのとき、高野内は、カレンダーに目を向けながら、
「『神』って、何だろう?」
 と言った。
「何か気になることがあるのですか?」
 と、園町が言うと、
「カレンダーの27日のところに書かれているのが気になるんだよ」
 と、高野内は、はっきりとした口調で言った。
 カレンダーの27日を表す文字のすぐ下には、『PM10時 神』と、手書きの文字が書かれている。
「なるほど」
 と、園町は言ったあと、
「昨夜の10時は、岩沢雅昭が殺害された時刻に近いですね!」
 と、高野内のほうを向いて、やや大きな声で言った。
「そうだろう。それで、『神』という文字は何だと思う?」
 と、高野内が言うと、園町は、
「神田駅でしょうか?」
 と言った。
 すると、高野内は、
「神田駅のことかもしれないし、違うかもしれない」
 と、少し自信なさそうに言ったあと、
「『神』の字一文字だけでは、神田駅だとは断定できないよ。神社という意味で書いたのかもしれないし、人名の一文字を書いたのかもしれないし」
 と、迷ったような言い方をした。
「ほかに捜査の手掛かりになるようなものはないかな」
 と、高野内は言いながら、園町と一緒に、事務所内を調べた。
 しかし、特にこれといった手掛かりになりそうなものは見つからなかった。
 そのようなものは、既に、本庁の捜査員が押さえて、持ち帰ったのだろう。
 高野内と園町は、事務所内をスマートフォンのカメラで撮影し、管理会社の係員に施錠してもらったあと、覆面車で東京駅分駐所に戻った。
 そのときは、夜の10時を過ぎていた。
 高野内と園町は、それから少し経つと、退勤した。

 3月28日の午後2時頃、鉄道警察隊の高野内と園町は、東京駅構内のパトロールを終えて、東京駅分駐所に戻った。
 分駐所には、香山照之(カヤマ・テルユキ)警部がいた。
 香山は、57歳の男で、約2年前に、警部に昇進し、東京駅分駐所に異動してきた。
「警部、今回は特に異常はありませんでした」
 と、高野内が言うと、
「そうか。ご苦労さん」
 と、香山警部は言ったあと、
「高野内君、園町君、昨日の神田駅の件は何か進展しているかね?」
 と、鋭い眼で、高野内たちのほうを向いて言った。
「被害者は、岩沢雅昭という名前で、年齢は43歳ということはわかりましたが、職業などについては、本庁の捜査員が調べてみると言っていました」
 と、高野内は答えた。
 すると、香山警部は、
「それは、俺も聞いているが、ホシは、どういう理由で殺害したと、高野内君は見ているのかね?」
 と言った。
「被害者の所持品には15万円ほど入った財布が残っていましたから、物盗りではないと思います」
 高野内は、はっきりとした口調で答えた。
「そうか。ところで、3時頃、本庁から岡田警視と玉森警部が来るそうだ」
 と、香山警部が言うと、
「そうなのですか」
 と、高野内は、少し驚いたような声で言ったあと、
「昨日の事件のことで、何か聞くことができそうですね」

 午後3時頃、東京駅分駐所に、警視庁捜査一課の岡田警視と玉森警部が来た。
 そのとき、分駐所にいた香山警部、高野内、園町、それに、鉄道警察隊員の豊川真帆(トヨカワ・マホ)、米村涼子(ヨネムラ・リョウコ)、鶴尾剛士(ツルオ・タケシ)、桜田奈々美(サクラダ・ナナミ)の7人は、岡田たちに敬礼した。
 真帆は、55歳の女性隊員で、階級は警部補である。
 約5年前に、東京駅分駐所に異動してきた。
 涼子は、47歳の巡査長で、以前は警察署の刑事課にいたが、3年前に鉄道警察隊に異動してきた。
 鶴尾と奈々美は、東京駅分駐所勤務となって、かなり経つ。
 鶴尾は46歳、奈々美は30歳である。
 鶴尾、奈々美とも、鉄道警察隊に配属当初は、制服での巡回が多かったが、最近は、私服での捜査を担当することが多い。
「昨夜の神田駅での殺人事件のことだが、被害者の岩沢雅昭について、少しずつわかってきたよ」
 と、岡田警視は言った。
 それに続いて、玉森が、
「岩沢雅昭の住所は、東京都豊島区長崎で、職業は私立探偵」
 と、読み上げるような口調で言った。
「私立探偵ですか」
 と、真帆が確認するような言い方をすると、
「そうです。事務所の所在地も豊島区で、池袋の雑居ビルに事務所を構えています」
 と、玉森は言った。
「被害者は探偵ということは、何かを依頼されて調査中にトラブルに巻き込まれた可能性があるのでしょうか?」
 と、高野内が言うと、
「まだ何ともはっきりとしたことは言えないが、その可能性も視野に入れているよ」
 と、玉森は答えたあと、
「死亡推定時刻は、遺体の状況や駅利用者などの証言から、昨夜の10時過ぎだよ」
 と言った。
 それに続いて、今度は岡田が、
「高野内さんは、被害者の岩沢雅昭はどうして殺害されたと思っているのかな?」
 と、高野内の顔をじっと見ながら言った。
「それは、これから捜査を進めて調べていかないとわかりませんが、被害者の所持品に現金が入った財布が残っていたことから、物盗りではないと思います。ですから、被害者が誰かに恨まれていた可能性や、探偵の業務中に、何かのトラブルに巻き込まれた可能性を調べてみたいのですが」
 と、高野内は答えた。
「私も同じ意見だよ」
 と、岡田は言った。
 今度は、園町が、
「岡田警視、被害者は、私立探偵ですよね」
 と、やや大きな声で言うと、岡田は、
「そうだけど」
 と言った。
 すると、園町は、
「被害者が、調査中だった案件や、最近まで調査をしていたことの内容が知りたいですね」
 と、はっきりとした口調で言った。
「我々も、それを調べているところだよ」
 と、岡田は言った。
「殺された岩沢について、我々鉄警隊も、詳しく知りたいですね」
 と、高野内が言うと、
「それについては、捜査一課が調べるから、また何かわかったときや、協力をお願いするときに知らせるよ」
 と、岡田は言ったあと、
「では、我々は、ほかの殺人事件の捜査もあって忙しいから、いったん、本庁へ戻るよ」
 と言いながら、玉森と一緒に、分駐所から出ていった。
 それから、少し経ったとき、
「あまり詳しくは聞けなかったわね」
 と、真帆が不満そうな顔で言うと、高野内は、
「そうですね」
 と言ったあと、
「そうなると、俺たちで調べてみたくなりますね」
 それを聞いた香山警部は、
「高野内君、気持ちはわかるが、勝手なことや無茶なことはやめてくれ!」
 と、やや大きな声で言った。
「警部、私は、被害者の岩沢が、どうして、神田駅のトイレで殺害されたのか、真相を明らかにしたいのです。そのためには、その被害者に関することを調べ上げる必要があります」
 と、高野内は言った。
 それに続いて、園町は、
「被害者は私立探偵ですから、どのようなことを調査していたかも知りたいですね」
 と言った。
 すると、香山警部は、仕方ないと言わんばかりに、
「わかった。ただし、本庁とかから抗議が来るようなことはするなよ」
 と言った。

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