浜崎ヒカルのブログ推理小説

ブログを利用して推理小説を書いています。 鉄道ミステリーが中心になります。

カテゴリ: 女性専用車殺人事件

 高野内と園町は、中央線電車に乗って、新宿へ向かった。
 今日は、サラリーマンやOL風の人が少なく、カジュアルな服装の人や親子連れの姿が目立つ。
「今日が土曜日なのを忘れていた。昨日とダイヤが違う」
 と、高野内。
「じゃあ、例の通勤特別快速は、運転していませんね」
 と、園町が言うと、高野内は、
「多分な』
 中央線快速が新宿に着くと、高野内と園町は、電車を降りた。
 そして、東京方面の電車が発着する8番ホームへ向かって、階段を下りたり、昇ったりした。
 8番ホームの時刻表を見ると、その特別快速は、平日ダイヤの日のみの運行となっていた。
 時計を見ると、8時15分頃だった。
「また、池袋に行ってみないか」
 と、突然、高野内が言うと、園町は、
「えっ、また、森本愛子に会うのですか?」
「まだいるかどうかはわからんが、会えたら、また話をしたい」
「でも、アリバイは成立していますから、それを崩さない限り、引っぱれませんよ」
「そうだが、何か捜査の手がかりを得られるかもしれないし」
 と、高野内の足は、山手線ホームへ向かっていた。
 園町も、高野内について行った。
 足はだんだんと速くなる。
 山手線ホームに昇ると、ちょうど、外回りの電車が入ってきた。
 高野内、園町の2人が急いで乗り込むと、電車は、まもなく発車した。
 電車は、新大久保、高田馬場、目白の順に止まり、池袋には、8時26分に到着した。
 池袋駅で電車を降りた、高野内と園町は、ホテルS池袋へ向かって走った。
(間に合うかな?)
 そう思った高野内たちの目に、ホテルS池袋の建物が入ってきた。
 高野内たちの足は、自然に、入口へ向かう。
 まもなく、入口から、小柄な若い女が出てきた。
 コートを着て、片手には、ハンドバッグを、もう片手には、大きな旅行かばんをもっていた。
 その女は、よく見ると、森本愛子だった。
 高野内は、
「森本さん、ちょうど良かった」
 すると、愛子は、高野内たちのほうを振り向き、
「刑事さん、また何の用ですか?」
 と、不快そうに言った。
「昨日、あなたが乗車された『富士』号の車掌さんに、あなたを憶えているかどうか聞いてきましたよ」
「で、あたしのこと憶えていたんですか?」
「はい。あなたは、確かに、『富士』が岡山を発車したとき、車掌から車内改札を受けていましたね。あと、名古屋を発車したあと、車掌から、頭痛薬をもらっていましたね」
「でしょう。それで、光恵が殺されたのは、9時ごろでしょう。だったら、『富士』に乗っていた、あたしには、光恵を殺すのは不可能ですわ」
 愛子は、はきはきとした話し方で言った。
「森本さん、あなたは、姫路に住んでいるのに、どうして、東京へ行くのに、わざわざ反対方向の岡山まで行って、『富士』に乗ったのですかね?」
「だって、『富士』は、岡山を出ると、名古屋まで止まらないのだから、岡山まで行かないと乗れないでしょ?」
 と、愛子が答えると、今度は、園町が、
「確かに、『富士』は、姫路には止まらないが、姫路からなら、『サンライズ瀬戸』か『サンライズ出雲』に乗れるし、新快速で、大阪まで行けば、急行『銀河』にも乗れます。なのに、わざわざ反対方向の岡山まで行って、『富士』で東京行くのは、不自然な選択だと、俺は思うのですが」
「誰がどの列車で東京へ行こうと、勝手でしょ! それに、あたしが、『富士』に乗っていたこと、車掌さんが憶えていたんでしょ。だったら、あたしが、光恵を殺せないことは証明されたじゃないの」
 と、愛子は、強気な姿勢を見せるような言い方をした。
 今度は、高野内が、 
「じゃあ、話を変えます。今日は、どちらへ行かれる予定ですか?」
「喫茶店で時間をつぶしたあと、10時から、サンシャインの展望台へ行くつもりですわ。そのあと、山手線と東急東横線に乗って、自由が丘へ行く予定です」
「今日も、東京に泊まられるのですかね?」
「いいえ。夕方の新幹線で、姫路へ帰りますわ。明日、仕事ですから」
「失礼ですが、お仕事は、何をされているのですか?」
「今は、神戸で、ファッション雑貨の販売をしています。社員登用制度があっても、未だに、パートのままで、なかなか正社員になれませんけど、それでも、今の仕事が気に入っていますわ」
「そうですか。わかりました。では、しっかりと楽しんで、仕事のほうもがんばってくださいね。朝から、引き止めてすいませんでした。失礼します」
 高野内は、頭を下げた。園町も、
「失礼します」
 と、頭を下げたあと、2人は、愛子の前から去った。
 そして、高野内と園町は、池袋駅まで歩き、山手線で、東京駅分駐所へ戻った。

 東京駅分駐所に戻った高野内と園町は、他の隊員に勤務を引き継いでもらい、帰宅することにした。
 そして、高野内は、京浜東北線の大宮行きの電車に乗った。
 時刻は、夜の9時を過ぎていて、帰宅ラッシュのピークは過ぎているが、それでも、かなりの乗客がいた。
 電車は、神田、秋葉原、御徒町、上野、鶯谷、日暮里、西日暮里、田端、上中里、王子、東十条、赤羽、川口、西川口、蕨、南浦和、浦和の順に停車していった。
 浦和に到着すると、電車を降りて、改札を出て、徒歩圏内にあるマンションに戻った。
 そして、翌日、浦和駅から京浜東北線に乗り、出勤した。
 その間も、森本愛子のアリバイが成立したことで、頭がいっぱいになり、昨夜は、あまり眠れなかった。
 高野内が、分駐所に着いて、まもなく、園町が出勤してきた。
 そのときは、朝の7時半前後だった。
「おはよう」
「おはようございます」
 と、挨拶を交わすと、園町は、
「高野内さん、犯人は、森本愛子じゃなく、違う人物なのでしょうか? 住川光恵は、多くの人に嫌われていたようです」
「確かに、住川は、同僚から総すかんを食っていたが、嫌いというだけで、簡単に殺すわけないよ。しかし、森本愛子は、動機がある」
「池谷哲雄が痴漢冤罪に遭ったことですか?」
「そうだ。池谷哲雄は、森本愛子にとって、大切な婚約者だったからな。婚約者が痴漢として、嘘の告訴されて、有罪判決を受けて、自殺したんだ。そのうその告訴をしたのが、住川光恵だからな」
 と言ったあと、
「俺は、殺された住川光恵よりも、森本愛子のほうの味方をしたいよ。でも、犯罪事件の容疑者には変わりない」
 そのときの高野内の顔は、苦悩を隠しきれていなかった。
「俺だって、あの人を犯人だと思いたくないですよ」
 と、園町。
「動機は十分あるが、アリバイが成立しているからな。どうやったら、崩れるかを考えよう」
 高野内が言うと、園町は、
「時刻表を見ながら考えましょう」
 と言ったあと、本棚から、時刻表を出してきた。
 森本愛子が乗車したという寝台特急『富士』は、九州の大分を16時48分に発車し、東京には、翌日の9時58分に到着する。
 なお、門司から東京までは、熊本発の『はやぶさ』と併結運転されている。
 森本愛子が、『富士』に乗車したのは、岡山で、『富士』が岡山に停車するのが0時46分、発車が0時48分である。
 岡山を出た『富士』『はやぶさ』併結列車は、名古屋、浜松、静岡、富士、沼津、熱海、横浜の順に停車し、9時58分に、終点の東京駅に到着する。
 高野内は、時刻表の寝台特急の時刻のページを見ながら、
「どうして、森本愛子は、『富士』に乗ったのだろうか?」
「他に適当な寝台特急がなかったからでしょうか?」
 と、園町が言うと、高野内は、
「アリバイ作りに乗ったのなら、そうなるな。姫路に住んでいる者が、寝台特急で移動しながら、東京行く場合、姫路を通過する『富士』『はやぶさ』に、わざわざ岡山まで行って乗るよりは、姫路に停車するサンライズエクスプレスに乗るほうを選ぶのが普通だろう」
 時刻表を見ると、『サンライズ瀬戸』『サンライズ出雲』の併結列車は、姫路を、23時35分に発車し、東京には、7時8分に到着する。
 また、時刻表のほかのページをめくると、大阪を22時22分に発車して、東京に6時42分に到着する、寝台急行『銀河』が載っていた。
 それを見た園町は、
「俺も、そう思います。もし、サンライズに乗れなかったとしても、新快速で大阪へ行って、大阪発の急行『銀河』に乗るほうががまだ自然でしょうし」
「だから、森本愛子が『富士』に乗ったのは、住川光恵が乗っていた中央線の通勤特別快速電車に乗れなかったという、アリバイを作るためだという確信が、ますます持てるようになったよ」
 高野内は、はきはきとしたように言い、園町は、
「なるほど、意図的に作られたアリバイである以上、必ず崩す方法がありますね」
「そうだな」
 と、高野内は、うなづいたあと、
「犯行のあった通勤特別改札に乗ってみよう」
 すると、園町は、手帳にメモした内容を見ながら、
「犯行のあったのは、列車番号724Tで、青梅発東京行きですね」
「これから、青梅まで行ったのでは間に合わないが、新宿の辺りなら、十分間に合う。新宿へ行って、例の電車に乗りにいくぞ。そうすれば、何か捜査に関するヒントが見つかるかもしれない」
 高野内は、張り切ったような言い方だった。
 そして、高野内と園町は、分駐所から、出て、中央線の乗り場へ向かった。
 なにか、捜査に関する手がかりなどは見つかるのだろうか。

 高野内、園町、貴代子、窈子の4人が、東京駅分駐所に戻ったときには、夜の7時前後になっていた。
 分駐所の中に入ると、貴代子は、
「あの自信満々な答え方、かえって怪しいわ」
 と、きっぱりと言い、高野内は、それに合わせるように、
「まったくです」
 と言ったあと、
「とにかく、森本愛子が言っていたことが本当かどうか、『富士』号の車掌に聞いてみます。今朝、東京に着いた『富士』の車掌なら、今日の晩は、品川の乗務員宿泊所にいると思いますから」
 と言い、
「園町、一緒に品川へ行こう」
 そして、高野内と園町は、本庁経由で入手した森本愛子の写真を印刷したあと、分駐所から出て、東海道本線のホームに向かった。
 東海道本線のホームに入ると、19時23分熱海行きの普通列車が停車していた。湘南電車と呼ばれる電車だが、かつての車体全体に、緑とオレンジの湘南色を纏った車両は、今はなく、代わって、銀色のステンレス車体に、緑とオレンジの湘南色のラインの入った電車が使用されている。
 電車は、15両編成で、うち2両が、2階建てのグリーン車である。首都圏では、高い料金払ってでも、少しでも快適な通勤手段を求めている人が少なくなく、グリーン車の人気が高い。
 高野内たちは、普通車に乗車した。
 高野内たちが乗った東海道本線の普通電車は、新橋、品川の順に停車した。
 品川駅に到着すると、電車を降りて、駅の外に出て、品川の乗務員宿泊所へ向かって歩いた。
 乗務員宿泊所に着くと、責任者に会って、警察手帳を見せた。
「今朝、東京に到着した上り『富士』の車掌さんに聞きたいことがあるのですが」
 と言うと、責任者は、すぐに車掌を呼びにいった。
 しばらくすると、JR西日本の制服を着た車掌2人が出てきた。
 片方は、50歳くらいに見え、身長が高い人だった。もう1人は、40代半ばくらいの人だった。
「私、警視庁鉄道警察隊の高野内といいます」
「同じく鉄道警察隊の園町です」
 高野内と園町が、警察手帳を見せながら言うと、50歳くらいの長身の車掌は、
「JR西日本・下関地域鉄道部の中原(ナカハラ)といいます」
 と言った。
 続いて、40代半ばくらいの車掌が、
「私は、同じ下関地域鉄道部の清水(シミズ)といいます」
 と名乗った。
 『富士』は、東京と大分を結ぶ寝台特急で、乗務車掌は、東京・下関間をJR西日本が、下関・大分間を、JR九州が担当している。
 また、東京・門司間は、東京と熊本を博多経由で結ぶ『はやぶさ』と、併結運転をしている。
 今朝、東京に到着した『富士』『はやぶさ』の併結列車のうち、『富士』編成の車内改札などは、中原車掌が担当したという。
 高野内が、中原車掌に、森本愛子の写真を見せながら、
「この女性の人、見覚えありませんかね」
 と尋ねると、
「ええ。憶えていますよ。昨日、いや、正確には、今日の0時48分に、岡山を発車したあと、私が切符を拝見しましたから」
「どの車両にいたか憶えていますか?」
「B個室寝台車の3号車に乗車されていましたよ。切符も岡山からでした」
「よく憶えられていましたね」
「その女性のお客様は、うちの娘となんとなく似たような雰囲気があったのです。だから、よく印象に残っていたのです」
 中原車掌は、少し照れたような顔になった。
「本当に、その女性は、『富士』にずっと乗っていたのですかね」
 今度は、園町が聞いた。
「当然でしょう。名古屋を出て少し経った頃に、その方が頭痛を訴えてきて、頭痛薬を差し上げましたから。あと、東京に着いたときには、降りてすぐ、私のそばまで来て、お世話になりました、と、丁寧に挨拶されましたし。いまどき、そういうお客様は、珍しいですからね」
 と、中原車掌は、軽く笑いながら言った。
(これで、森本愛子は、アリバイ成立か…)
 高野内の頭は、悩みでいっぱいになった。
 なぜなら、住川光恵が殺害されたのは、午前9時前後で、それまでに中央線の電車に乗って、住川光恵のバッグに凶器をしのばせなければ、犯行は成立しない。
 しかし、森本愛子が乗っていた寝台特急『富士』『はやぶさ』の併結列車が、東京に着くのは、9時58分である。
(ホシは別の人物なのだろうか? それとも、なにかあるのだろうか?)
 高野内は、必死で考えようとしていた。
 園町は、清水車掌にも、森本愛子の顔写真を見せて、
「この女性、見覚えありませんかね?」
 すると、清水車掌は、
「ええ。憶えていますよ。確か、6時頃だったと思います。頻繁に車内をうろうろされていましたので、声をかけたら、食堂車か売店はないのですか、と聞かれたのです。それで、ありませんと答えたら、わかりましたと言って、後ろの車両のほうへ行きました。中原さんが車内改札したと言っていますから、『富士』のほうのお客様ですね。そのときは、私が『はやぶさ』、中原さんが『富士』のお客様の担当をしましたから」
 と、言ったあと、
「弁当とか売っていないのかと、聞かれるお客様は、時々おられますからね。昔は、食堂車や売店があったのですけど、今はなくなりましたからね。そのたびに、申し訳なさそうに答えるのが、正直言って辛いです」
 それを聞いた高野内と園町は、頭が少し重くなった。
 これで、森本愛子が、『富士』『はやぶさ』併結列車に、岡山から東京まで乗っていたことが証明されてしまう。
 高野内と園町は、気分がすっきりとしないまま、中原、清水の2人の車掌に礼を言って、乗務員宿泊所をあとにした。
「森本愛子は、シロなのでしょうか。それに、俺としては、あんなかわいらしい感じの女性が犯人とも思いたくないですし」
 と、園町が言うと、高野内は、
「俺もそう思いたいのだが、あの態度や答え方が、かえって引っかかる」
 高野内と園町は、品川駅から、東海道本線の上り普通電車に乗り、東京駅分駐所へ戻った。

 ホテルS池袋に到着した、高野内、園町、貴代子、窈子の4人は、まずフロントのほうへ行き、係員の男性に、警察手帳を見せながら、
「私たちは、鉄道警察隊の者ですが」
「警察の方ですか」
 と、フロント係は、少し驚いたような声を出した。
「今夜、お宅のホテルに、兵庫県の森本愛子さんという女性が宿泊の予約をしていると聞いたのですが」
 と、高野内が言うと、フロント係は、宿泊者名を書いたノートを開きながら、
「えーっと、森本愛子様は、さきほどチェックインしました。1泊2日の予定です」
「どの部屋に泊まっていますかね?」
「703号室です」
 と、フロント係が答えると、高野内たちは、礼を言ってから、エレベーターに乗った。
 そして、7階に着くと、703号室へ向かった。
 「703」と書かれたドアの前に着くと、女刑事の貴代子が、
「森本様、ルームサービスの者ですが」
 と、言いながら、ドアをノックした。
 すると、ドアが少し開き、チェーン越しに、青いセーターに、黒いハーフパンツ姿で、黒いブーツを履いた、小柄な女性が目に入った。29歳にしては若く見え、少女的な雰囲気の顔の女性だった。
 高野内は、ドアの内側を手で押さえながら、警察手帳を見せて、
「警視庁鉄道警察隊の者ですが、森本愛子さんですね」
 すると、相手は、
「ええ。そうですけど、警察の人が、あたしに何の用ですか?」
 と聞き返した。
「今朝、東京都内の中央線の電車で、住川光恵さんが亡くなりました。警察では、殺人事件と見ています。それで、我々は、住川さんと面識のある人に聞いてまわっているのです」
「光恵がなくなったことは、さっき、テレビのニュースで知りましたわ。光恵は、たくさんの人に恨まれていたでしょうから、誰かに殺されても不思議じゃありませんわ」
「目撃証言や、遺体を調べた結果などから、住川さんが死亡したのは、今朝の9時前後と見ています。その時間、どこで何をしていたか、お聞きしたいと思うのですが」
 すると、森本愛子は、柳眉を逆立てながら、
「刑事さんたち、あたしを疑っているんですか?」
「いえ。住川さんが殺された時間に、どこで何をしていたかをお聞きしているだけです」
「そうなんですか。じゃあ、答えますわ」
 と言ったあと、
「あたしは、その時間は、寝台特急に乗っていましたわ」
 と、きっぱりと答えた。
「どの寝台特急ですか?」
 と、高野内が聞くと、
「ブルートレインともいうのかしら、『富士』という青い寝台特急です。個室車両に乗っていましたから」
「それを証明できる人はいますか?」
 高野内は、さらに聞いた。
 すると、愛子は、
「やっぱり、あたしを疑っているのですね。その列車の車掌さんに聞いてみたら、あたしが乗っていたことを証明してくれると思いますわ!」
 と、堂々と答えた。
「車掌さんの名前とかは知っていますかね?」
「えーっと、確か、ナカハラさんでしたわ。とにかく、疑うのなら、その車掌さんに聞いてみたらどうですか」
 愛子は、自信たっぷりの言い方だった。
「わかりました。突然すいませんでした。では、失礼します」
 と言い、703号室の前をあとにした。
「見かけによらず、自信満々で、強気な感じだったわね」
 と、貴代子が言うと、高野内は、
「あの態度と答え方が、かえって引っかかりますね。何かあると思って、徹底的に調べましょう」
 すると、園町は、
「あんなかわいらしい感じの女性が犯人なんて、俺は思いたくないのですけど、気にかかって仕方ないですよね」
 高野内は、
「俺も同感だよ」
 そして、高野内たちは、ホテルS池袋をあとにして、山手線で、東京駅分駐所へ戻ることにした。

 午後2時半頃、高野内と園町は、東京駅分駐所に戻った。
 分駐所に入ると、田村警部がいた。他の隊員は、聞き込みやパトロールに出ているらしい。
「池谷哲雄は、痴漢冤罪に巻き込まれて、自殺したものと、俺は、確信できました」
 と、高野内は言い、新宿駅分駐所での野崎警部とのやりとりの内容を説明した。
 すると、田村は、
「野崎君は、35歳と若いが、俺と同じ警部になった人間だからな。彼は、出世欲が強くて、警視以上を目指している。それで、検挙率アップに躍起になった結果、こんなことになったのだな」
 今度は、園町が、
「ひどい話です。少し調べたら、おかしな点に気づくはずなのに、検挙率向上しか頭になかった野崎警部は、裏づけを取らずに、住川光恵の発言を真に受けたから、こういう結果になったのですよ」
 それから数分後、貴代子と窈子の2人が戻ってきた。
 N生命丸の内支店に、再度聞き込みに行っていたらしい。
 貴代子は、田村のそばに来ると、
「住川光恵は、同僚のセールスレディから、総すかんを食っていたそうですね」
「そうか。高野内君たちには、池谷哲雄が住川光恵に痴漢をしたとして逮捕された件について調べてもらったのだが、それも、不審な点が見つかっている」
「同僚は、みんな、住川光恵が亡くなったと聞いても、誰も悲しそうな顔しないのですよ」
「森本愛子について、何か情報はあったか?」
「辞めた後、姫路の実家に戻っているという情報と、N女子大の学生の頃から、N生命入社の頃までは、仲の良い親友だったのが、どんどん不仲になっていったとは聞いていますが、それ以上、特にこれといった情報はありませんね。ただ1ついえるのは、住川光恵と森本愛子がトラブルになって、森本愛子のほうが辞めさせられたときも、同僚は、みんな、愛子のほうに同情的だったそうですが、住川光恵のほうが、売上成績が良かったという理由で、解雇を免れたのは確かです」
 高野内たちは、それらの情報をまとめてみることにした。
 住川光恵と森本愛子は、都内のN女子大の同期生で、入学時に知り合い、仲良くなった。光恵は、岡山県赤磐市出身、愛子は、兵庫県姫路市出身である。
 卒業後、2人は、N生命に就職した。
 N生命入社後、2人は、徐々に不仲になっていった。
 光恵は、銀行員の池谷哲雄とつき合っていたが、光恵のほうから、池谷をふった。
 その後、愛子が、池谷と付き合うようになり、2人の関係は上手くいき、婚約へ至った。
 しかし、光恵と愛子の軋轢は増大し、池谷と愛子との関係を妬んだ光恵はそれをぶち壊すために、池谷を痴漢として、突き出した。
 それに感づいた愛子は、光恵を責めて、それからさらにトラブルが増大し、光恵が怪我をする結果になった。
 それにより、愛子は、N生命を解雇された。
 今回の殺人事件は、住川光恵と森本愛子の間であった、それらの経緯が関係しているのではないかと、高野内たちは、見ている。
「森本愛子が、今回の事件に何か関係していると思いますから、森本愛子に直接何か聞きたいですね」
 と、高野内が言うと、田村は、
「森本愛子の実家の住所と電話番号を調べてもらっている。そろそろファックスが来るはずだ」
 それから、数分後、本庁から、ファックスで、森本愛子に関係する情報が送られてきた。
 田村警部は、姫路にある愛子の実家に電話をかけることにした。
「はい。森本ですが」
 と、中年過ぎの女の声がした。
「私、警視庁鉄道警察隊東京駅分駐所の田村といいますが、森本愛子さんのご自宅でしょうか?」
「はい。そうですが、娘の愛子が何かしたんですか?」
「いえ。実は、今朝、東京の中央線の電車内で、通勤中の女性が殺される事件が起きまして、何か手がかりになるような情報がないかをお聞きしているのです。愛子さんは、まだ帰宅されていないのでしょうか?」
「愛子は、今、東京にいるはずですけど」
「東京って、また、東京のほうへ就職されたのですか?」
「いえ。休暇取って、東京のほうへ旅行へ行っとるはずです。昨日の晩に、東京行きの寝台特急に乗りましたわ」
「今夜は、東京に泊まられるのですか?」
「はい。池袋のホテルS池袋に1泊することを聞いていますわ? ところで、愛子は、本当に何もしていないのですか?」
 と、母親は、心配そうに言った。田村は、
「今のところ、はっきりとは申し上げられませんね。また、何かありましたら、再度、電話させていただくかもしれません。どうも、ありがとうございました。失礼します」
 と言い、電話を切った。
 そして、田村は、愛子の母親との会話内容を、高野内たちに話した。
「森本愛子が、今回、東京へ旅行したのが、何かありそうですね」
「ああ、そうだな。で、森本愛子は、今夜、池袋のホテルS池袋に泊まる予定らしい。磯野君、高野内君、園町君、一時君の4人は、そのホテルへ行って、森本愛子に会ってほしい」
「はい。わかりました」
 と、言いながら、高野内たちは、聞き込みへ行く準備をし、分駐所をあとにした。
 分駐所を出た高野内たちは、山手線ホームへ向かった。
 そして、16時55分発の山手線外回りに乗車した。黄緑のラインの入ったステンレス車体の電車で、11両編成である。
 電車は、有楽町、新橋、浜松町、田町、品川、大崎、五反田、目黒、恵比寿、渋谷、原宿、代々木、新宿、新大久保、高田馬場、目白の順に停車し、池袋には、17時37分に到着した。
 高野内たちは、池袋駅で電車を降りると、駅東口から、徒歩で数分のところにある、ホテルS池袋に到着した。
 明治通りに面した10階建ての堂々とした建物のホテルである。
 そこに、今夜、森本愛子が泊まる予定と聞いている。
 高野内たちは、森本愛子に会うことができるのだろうか。

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