浜崎ヒカルのブログ推理小説

ブログを利用して推理小説を書いています。 鉄道ミステリーが中心になります。

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 10月19日土曜日の朝7時頃、高野内は、東京駅分駐所に出勤した。
 まもなく、園町、鶴尾、奈々美も出勤してきた。
 7時半頃、事件の捜査に関する話し合いを始めた。
 岡山駅と新千歳空港で発生した殺人事件、新幹線『のぞみ218号』の車内で発生した殺人事件のいずれも、ホシのアリバイが成立したまま、崩せていない。
「本当に、岩崎正信が犯人なのでしょうかね」
 と、鶴尾が少し自信を失ったような言い方をすると、
「今さら何を言っているんだ。俺は、ホシは岩崎正信に間違いないと確信しているよ」
 と、高野内は、はっきりとした口調で言った。
「でも、岡山駅の事件も、新千歳空港の事件も、『のぞみ218号』での事件も、すべてアリバイが成立しているのでしょう」
 と、今度は、奈々美が言った。
「そうだけど、そのアリバイを崩すのも、俺たちの仕事の一つだぞ」
 と、高野内は言った。
 それから、10分ほど経ったとき、高野内は、
「そういえば、今月の8日に、『のぞみ218号』の車内で、早崎裕允が殺害された件の殺害方法は、青酸化合物を皮下注射だったな」
 と、確認するような言い方をした。
「そうでしたね」
 と、今度は、園町が言った。
「ということは、早崎を殺害した実行犯は、注射器を持っていて、注射が手慣れている人物の可能性が高いぞ」
 と、高野内は、自信ありそうな言い方で言った。
「じゃあ、実行犯は、岩崎正信ではなく、共犯者で、注射器を自由に扱える人物ですか?」
 と、園町が言うと、
「俺は、そう思うのだが、どうだ?」
 と、高野内は言った。
「もしかして、実行犯は、看護師とか、医療関係の人ですか?」
 と、園町が言うと、
「そのとおりだよ」
 と、高野内は、はっきりとした口調で答えた。
「岩崎正信と共犯になりそうな人で看護師といえば…」
 と、園町が言うと、
「岩崎真実と親友だった黒坂由利について、再度調べる必要があると思わないか」
 と、高野内は言った。
「そうですね」
 と、園町は言った。

 そして、高野内と園町は、覆面車に乗り、由利が勤務するI病院へ向かった。
 午前10時頃、I病院に到着した。
 I病院の駐車場に車を止めると、高野内と園町は、受付へ行き、係員の女性に警察手帳を提示して、用件を言った。
「警察の方ですね。少々お待ちください」
 と、受付係の女性は言った。
 そして、5、6分ほど経ってから、1人の女性が姿を見せた。
 セミロングヘアーの女性で、看護師の白衣を着ている。
 間違いなく、黒坂由利だった。
「またお聞きしたいことがありまして」
 と、高野内が軽く頭を下げながら言うと、
「またですか」
 と、由利は、不快そうな顔で言った。
 すると、高野内は、
「今月の8日に、東海道新幹線『のぞみ218号』の車内で、早崎裕允という男が殺害された件で、再度、聞きたいことがあります」
 と、由利の顔をじっと見ながら言った。
「前にも言ったでしょう。その件なら、わたしは無関係ですし、何も知りません!」
 と、由利は、怒ったような声を出した。
「そうですか。警察が調べた結果、早崎は、腕に青酸化合物を皮下注射されて、殺害されたことがわかっています。つまり、犯人は注射器を自由に扱える人物だと、我々警察は睨んでいます」
 と、高野内が、少し強い口調で言うと、
「だからといって、それだけで、わたしが犯人だというのですか?」
 と、由利は、ますます怒ったような声を出した。
 すると、高野内は、
「まだ、あなたを犯人だと断定したわけではありません。参考までに聞いてまわっているのです」
 と、相手を制するように言った。
「じゃあ、わたしに何を聞きたいのですか?」
 と、由利が言うと、
「10月8日の午前10時前後、どこで何をしていましたか?」
 と、高野内は言った。
「アリバイ確認ですか?」
 と、由利が言うと、
「そうです」
 と、高野内は言った。
「それなら、答えますわ」
 と、由利は、強気の表情で言った。
「じゃあ、答えてもらえますか」
 と、高野内が言うと、由利は、
「京都市内を観光していましたわ」
 と、強い口調で答えた。
「それを証明する人はいますか?」
 と、高野内が聞くと、
「いいえ。ずっとわたし一人でしたので」
 と、由利は答えた。
「じゃあ、アリバイはないのですね」
 と、高野内が微笑しながら言うと、
「そうですけど、別にアリバイを作るために京都へ行ったわけではありませんし」
 と、由利は、怒ったような声を出した。
 すると、高野内は、
「そうですね」
 と言ったあと、
「では、京都市内には、何時頃から何時頃までいましたか?」
 と聞いた。
「その日は、朝まで、新大阪駅の近くのホテルにいましたわ。チェックアウトしたのは9時より少し前で、そのあとは、新大阪駅から新快速で京都へ行きましたわ。わたしが京都にいたのは、新快速を降りたときから、12時頃までです」
 と、由利は答えた。
「12時頃、京都市内を離れて、どうされましたか?」
 と、高野内が言うと、
「そこまで聞くのですか」
 と、由利は、不快そうな顔で言った。
「我々は、捜査のためには必要と考えています」
 と、高野内が言うと、
「12時頃に京都駅に戻って、12時06分発の『のぞみ224号』で、東京へ帰りました」
 と、由利は言った。
「しかし、それを証明する人はいないのですね」
 と、高野内が入念そうに言うと、
「そうですけど、さっきも言ったように、アリバイを作るために京都へ行ったのではないですから」
 と、由利は、ますます不快そうな表情で言った。
「わかりました」
 と、高野内が言うと、
「だったら、もうこれ以上、わたしに聞くのはやめてほしいですわ。わたしは関係ないのですから」
 と、由利は怒ったような声で言った。
「そうですか。では、失礼します」
 と、高野内は言い、それから、高野内と園町は、由利の前から去った。
 そして、病院の事務室に行き、黒坂由利の顔写真を1枚借りて、それから、駐車場に止めた覆面車に戻り、分駐所へ戻ることにした。
 覆面車のハンドルを握りながら、高野内は、
「黒坂由利という看護師、何か気にならないか?」
 と言うと、園町は、
「何か隠していそうな雰囲気でしたね」
 と答えた。
 すると、高野内は、
「園町もそう思うか」
 と言った。
 高野内は、黒坂由利は本当に京都へ行ったのかどうかと、もしそうなら、単純に観光のためなのか、それとも別の理由で行ったのかが気になって仕方がなかった。
 正午を少し過ぎた頃、高野内と園町は、東京駅分駐所に戻った。
 鶴尾、奈々美のほか、桑田警部もいた。
 高野内は、桑田警部に、黒坂由利に質問して聞いた内容を説明した。
 それから、病院で借りてきた黒坂由利の写真も出した。
 すると、桑田は、
「俺も、黒坂由利の10月8日の行動が気になるな。大阪府警と京都府警に協力をお願いして、本当に、新大阪のホテルをチェックアウトして、京都に行っていたかを調べてもらう必要がありそうだ。黒坂由利の顔写真の画像を、大阪府警と京都府警に送ろう」
 と言った。
 黒坂由利の10月8日の行動について知りたいのは、高野内や園町も同じである。

 10月18日の午後4時過ぎ、高野内と園町は、東京駅分駐所に戻っていた。
 分駐所には、桑田警部、鶴尾、奈々美のほか、スーツを着た初対面の男がいた。年齢は50歳くらいに見えた。
 スーツ姿の男は、弁護士の太田だという。
「岩崎真実が亡くなる2日前、岩崎正信と真実の2人が、太田弁護士と相談していたそうだよ」
 と、桑田警部は言った。
 そして、スーツ姿の男は、
「弁護士の太田といいます」
 と、言いながら、高野内に名刺を渡した。
 名刺には、『太田 康久』という名前が印刷されていた。弁護士事務所の所在地は、東京都新宿区になっている。
「警察の方は、岩崎真実さんが亡くなられた件を自殺の可能性が高いと言っていましたが、私は、腑に落ちませんね」
 と、太田弁護士は、真剣そうな表情で言った。
「その理由を聞かせてもらえますか」
 と、高野内が言うと、
「岩崎真実さんは、父親の正信さんと一緒に、私のところを訪ねられましたが、2人とも、西井紳二を告訴し、損害賠償も請求したいと、強く意気込んでおられました。私も、岩崎さんの依頼に応えるために、必要なことを進めてまいりましたし、こまめに岩崎さんにはそのことを伝えていましたし、岩崎さんも、私に対して、期待感を示していました」
 と、太田弁護士は熱っぽく答えた。
「なるほど。わかりました」
 と、高野内が言ったあと、それに続いて、鶴尾が、
「そのような方が、簡単に自殺するとは思えません」
 と言うと、
「同感だよ」
 と、高野内は言った。
「つまり、岩崎真実さんは、自殺に見せかけられて殺害された可能性が極めて高いということですね」
 と、園町が言うと、
「私には、自殺に見せかけた他殺以外考えられないのですよ」
 と、太田弁護士ははっきりとした口調で言った。
「岩崎真実さんが死亡した件が他殺で、それを父親の岩崎正信が感づいたとしたら、まずは、西井紳二を疑うでしょうね」
 と、奈々美が言うと、
「そうだな。自分の娘が、金をだまし取られたうえ、妊娠もさせられて、さらに自殺に見せかけた殺害までされたら、怒りの感情は言葉だけでは言い表せないぞ」
 と、園町は言った。
「確かに、岩崎正信の西井紳二へ対する恨みの感情は、言葉だけでは表現できないだろうが、罪は罪だからね」
 と、高野内は言った。
 すると、今度は、太田弁護士が、
「もしも、岩崎正信さんが、西井という人物を殺害する行為をしていたら、それは許しがたいことです。しかし、彼は、愛娘を酷い仕打ちで殺された被害者でもあるのです。ですから、岩崎さんが犯行に関わっていていたとしても、その点のご配慮をお願いしたいのですが」
 と言った。
「わかりました」
 と、高野内は返事した。
「では、私は、これで失礼します」
 と、太田弁護士は、分駐所から去った。
 そのとき、時計の針は4時30分に近づいていた。
 それから少し経って、1人の大柄な男が、分駐所に来た。年齢は50代半ばくらいだろう。その男もスーツ姿だった。
「何かご用でしょうか?」
 と、高野内が、男に聞くと、相手は、警察手帳を出した。
 そして、
「杉並西署刑事課の警部の江沢(エザワ)といいます」
 と名乗った。
「どうぞ。中へお入りください」
 と、高野内は、江沢警部を分駐所の中に入れた。
 それから、江沢警部は、高野内、園町、桑田警部や鶴尾、奈々美のほうへ眼を向けながら、
「遅くなってすみません。一昨年の岩崎真実が死亡した件と西井紳二が結婚詐欺をしていた件で、お話にまいりました」
 と言った。
「岩崎真実は自殺に見せかけられて殺害されたのですよね」
 と、高野内が、確認するように言うと、
「はじめは、自殺の可能性が高いとみていましたが、後で他殺の疑いも出てきました」
 と、江沢は答えた。
 それに続いて、
「杉並西署が、本庁の捜査二課とともに、調べた結果、西井紳二が岩崎真実に対して、偽りの婚約をしていたうえ、多額の現金を貢がせていた可能性が高いことがわかっています。また、岩崎真実以外にも、都内や神奈川、埼玉、千葉で同様の被害に遭った女性がいることも確認できました」
 と言った。
「典型的な結婚詐欺師ですね」
 と、奈々美は言った。
「そのとおりだよ」
 と、江沢は言った。
 すると、今度は、高野内が、
「どうして、西井紳二やその共犯者を逮捕できなかったのですか?」
 と、怪訝そうな表情で言った。
 すると、江沢は、
「杉並西署も、被害者の岩崎真実さんや父親の岩崎正信さんから、何度も相談を受けたのだが、詐欺罪や殺人罪とかで、西井を逮捕するための証拠が乏しかったんだよ」
 と、元気のなさそうな声で言った。
 それに続くように、
「そのせいで、岩崎真実さんが、自殺を装った殺害をされたのです。恥ずかしながら、私の不手際のせいで」
 と言った。
「そのあと、杉並西署では、どのように捜査されたのですか?」
 と、今度は、園町が言うと、
「岩崎真実が死亡したと思われる2011年の5月15日から5日後、つまり、20日に、捜索令状をとって、本庁捜査二課の捜査員と一緒に、西井が経営していた会社の捜索に行ったのだよ。奴の会社を捜査して、容疑が固まり次第、逮捕しようと考えていたんだ。しかし…」
 と、江沢は言った。
「しかしといいますと?」
 と、高野内が言うと、
「捜査員が着いた頃には、西井の会社の入っていたところはもぬけの殻になっていたんだ」
 と、江沢は答えた。
「西井のほうが先手を打って逃げたわけですね」
 と、高野内は言った。
「そのあと、我々は、西井が住んでいた東久留米市の賃貸マンションの捜索も試みたが、そこも、我々が着いたときには、もぬけの殻だったよ」
 と、江沢は、残念そうな表情で言った。
 今度は、桑田警部が、
「西井の会社は、はじめから女性をだますためのダミー会社だったのですね」
 と言うと、
「そうでしょう」
 と、江沢は言ったあと、
「でも、従業員に給料は支払っていたそうですね。西井の会社が入っていたビルがもぬけの殻になったとわかったあとも、4人いた従業員に任意で事情を聞いたら、みんな、いつもと同じように出勤したら、会社がもぬけの殻になっていたと驚いていたそうです」
 と言った。
「西井の会社は、情報産業だと聞いたのですが、具体的にはどのようなことをやっていたのですか?」
 と、桑田は聞いた。
「インターネットニュースの記事を印刷したものや、新聞の切り抜きをして、項目別にスクラップブックに貼る作業をしていたそうです」
 と、江沢は答えた。
 すると、桑田は、
「そんなことしても、カネになるとは思えないから、やっぱり、女性をだまして信用させるためのインチキ会社に間違いないですね」
 と、はっきりとした口調で言った。
「じゃあ、従業員に支払ってた給料は、どこから捻出したのでしょうか?」
 と、今度は、鶴尾が、怪訝そうな顔で言った。
「だから、多数の女性からだまし取ったカネからだろう」
 と、江沢は言った。
「西井紳二という男、ますます許せませんね」
 と、今度は、奈々美が腹立たしそうに言った。
「そうだろう。私だって、西井は許せない。その西井も殺されたが、奴には同情できない。だが、どんな悪い奴でも、殺されていい人間はいない。刑事は、殺人を容認するわけにはいかないんだ」
 と、江沢は、自分が思ったことを抑えきれないような言い方をした。
 すると、今度は、高野内が、
「私も同感です。西井紳二と共犯者の広塚貴明を殺害したホシも誰かがは、既に見当がついています。しかし、ホシには、アリバイが成立していて、まだ崩せていません」
 と、はっきりとした口調で言った。
「ホシは、岩崎真実の父親の岩崎正信だね」
 と、江沢が確認するように言うと、
「そうです」
 と、高野内は言った。
 それに続いて、今度は、桑田警部が、
「我々は、そのように睨んでいるのですが、私の部下が申したとおり、まだホシのアリバイが崩せないから、捜査が難航しているのです」
 と言った。
「わかりました。では、私は、これで失礼します」
 と、江沢は、会釈した後、分駐所をあとにした。

 時計の針が午後5時を差していたとき、東京駅分駐所では、事件の捜査に関する話し合いが行われていた。
 対象になっている事件は、2011年に、岡山駅と新千歳空港で発生した殺人事件と、2013年になって、『のぞみ218号』の車内で発生した殺人事件である。
 いずれの事件も、ホシは、岩崎正信だと睨んでいる。
 しかし、岩崎正信には、いずれの事件にも、アリバイが成立したままだった。
 結局、アリバイを崩す糸口が見つからないまま、高野内たちは、夜の9時頃、退勤した。

 10月18日の8時頃、高野内と園町は、羽田空港にいた。
 高野内たちは、8時30分発のJAL505便のチケットが取れたので、その便の飛行機で、新千歳空港へ行くことにしたのだ。
 JAL505便は、10時00分に、新千歳空港に到着予定である。
 しかし、天候が良くなかったため、その飛行機は、10分遅れて、新千歳空港に着陸した。
 高野内たちは、飛行機を降りると、北海道警察千歳空港警備派出所へ向かった。
 千歳空港警備派出所には、10時半頃より少し前に着いた。
 警備派出所に着くと、高野内は、長身の30歳くらいの制服巡査の男に警察手帳を見せて、
「警視庁鉄道警察隊の高野内といいます」
 と名乗った。
「同じく警視庁鉄道警察隊の園町です」
 と、園町も名乗った。
 すると、相手は、
「私は、北海道警千歳空港警備派出所の巡査の河合(カワイ)といいます」
 と言ったあと、
「どうぞ。中へお入りください」
 と、高野内と園町を警備派出所の奥へ案内した。
 河合巡査の案内で警備派出所の奥のほうへ入ると、50代後半くらいの男性警察官がいた。階級は警視のようだ。
 50代後半くらいの警察官は、
「私は、警備派出所所長の島崎(シマザキ)といいます。お待ちしていました」
 と言った。
 高野内は、島崎警視のほうに顔を向けながら、
「私は、警視庁鉄道警察隊の高野内と言いますが、一昨年10月29日に、新千歳空港で西井紳二という男が殺害された件が、我々が捜査を担当している事件とつながりがある可能性が高いことがわかりました」
 と言った。
 すると、島崎警視は、
「それで、私たちに聞きたいことがあって、来られたのかね」
 と、入念そうに聞き返した。
「そうです」
 と、高野内は答えた。
「もうすぐ、千歳中央署刑事課の捜査員も来るから、それから、説明するよ」
 と、島崎警視は言った。
 そして、11時より少し前に、体格のよさそうな男2人が来た。1人は50歳くらいで、もう1人は35歳前後に見えた。
 男2人が島崎警視のそばに来ると、島崎は、
「高野内さん、園町さん、千歳中央署の捜査員だ」
 と言った。
 続いて、50歳くらいの男は、
「千歳中央署刑事課の警部の松尾(マツオ)といいます」
 と言った。
 それに続くように、35歳前後に見えた男は、
「同じく千歳中央署刑事課の中井(ナカイ)です」
 と名乗った。
 高野内は、
「警視庁鉄道警察隊の高野内です」
 と、松尾たち2人に自己紹介し、園町は、
「同じく警視庁鉄道警察隊の園町です」
 と言った。
 それから、高野内は、松尾警部に、新千歳空港で西井紳二が殺害された件と、岡山駅で広塚貴明が殺害された件、新幹線『のぞみ218号』の車内で早崎裕允が殺害された件とのつながりについて、説明した。
 すると、松尾警部は、
「我々、北海道警も、新千歳空港と岡山駅の事件については、ホシは岩崎正信という長野県松本市に住む人物だと睨んでいるのだが」
 と言った。
「でも、岩崎にはアリバイが成立していますね」
 と、高野内が言うと、
「そのとおりだよ」
 と、松尾警部は、少し元気のなさそうな声で言った。

 西井紳二が、新千歳空港のトイレで殺害された日時は、2011年の10月29日の午後1時から午後2時の間である。
 そのとき、西井は、『新千歳空港着13時35分』という内容のメモを持っていた。
 高野内たち警視庁の捜査官だけではなく、北海道警の捜査官も、容疑者は岩崎正信だと睨んでいる。
 しかし、犯行時、岩崎にはアリバイが成立している。

 岩崎の主張する行程は以下のとおりである。
 羽田空港・7時30分→JAL503便→新千歳空港・9時05分
(札幌市内などを観光)
 札幌駅・13時00分→特急『スーパーカムイ19号』→旭川駅・14時20分

 旭川駅前・14時35分→路線バス→層雲峡・16時20分
(層雲峡周辺を観光)
 層雲峡リゾートホテルチェックイン・18時20分

 その日のJAL503便の搭乗者名には、岩崎正信の名前があったし、実際に搭乗手続きもされている。
 また、層雲峡のホテルにも、午後6時20分、実際にチェックインしていたという証言もある。
「13時ちょうど発の旭川行きの特急列車に乗っていたら、犯行時に、新千歳空港に行くのは、到底不可能ですね」
 と、園町が苦悩の表情で言った。
「そうなんだよ。だから、岩崎にはアリバイが成立するのだよ」
 と、松尾警部は、がっかりした表情で言った。
 すると、高野内は、
「岩崎は、本当に札幌市内を観光していたのでしょうか?」
 と言った。
 それを聞いた松尾警部は、何かを思い出したかのような表情で、
「そういえば、岩崎が札幌市内で観光したというところを何カ所かあたったが、岩崎の顔をおぼえている人は見つかっていないよ」
 と言った。
「なんだか妙ですね」
 と、高野内が言うと、
「そうだろう。しかし、犯行時に、新千歳空港にいたら、特急『スーパーカムイ19号』には乗れないから、14時35分発の層雲峡行きの路線バスにも乗れないんだ。だから、アリバイは成立したままだ」
 と、松尾警部は、残念そうに言った。
「でも、ホシは、岩崎以外には考えられませんね」
 と、高野内が言うと、
「我々も同じ考えだよ」
 と、松尾警部は言った。
 高野内と園町は、北海道へ行き、北海道警の捜査官と会って、話をしたものの、結局、岩崎正信のアリバイを崩す糸口は見つからなかった。
 だが、新千歳空港で西井紳二が殺害された件、岡山駅で広塚貴明が殺害された件、そして、新幹線『のぞみ218号』の車内で、早崎裕允が殺害された件も、すべて岩崎正信の犯行だという確信は変わらない。
 高野内と園町は、新千歳空港の飲食店で昼食後、13時30分発のANA64便で東京に戻ることにした。
 その飛行機は、羽田空港行きで、羽田には、15時05分に着く。
 飛行機が羽田空港に到着すると、高野内と園町は、モノレールと京浜東北線を乗り継いで、午後4時頃、東京駅の分駐所に着いた。

 分駐所には、桑田警部、鶴尾、奈々美がいたほか、スーツを着た50歳くらいに見える男がいた。
 高野内と園町が分駐所に戻ると、桑田警部は、少し険しい表情で、
「2人で北海道に行っても、まだアリバイが崩せなかったようだな。いったいどうなっているんだ?」
 と言った。
「すみません。確かに、まだアリバイは崩せていませんが、一昨年の岩崎正信が北海道に行った件で、妙なことがわかりました」
 と、高野内は言った。
「何だね?」
 と、桑田警部が聞くと、
「岩崎の主張だと、新千歳空港で西井紳二が殺害された日の昼頃は、札幌市内で観光をしていたそうですが、北海道警の捜査員から聞いた話では、札幌では岩崎の顔をおぼえている人が見つかっていないそうです」
 と、高野内は、怪訝そうな表情で答えた。
「観光地で仕事をしている人たちは、不特定多数のお客を相手にしているから、岩崎の顔まで記憶している人がたまたまいなかったとも考えられるだろう」
 と、桑田は言った。
「しかし、岩崎のアリバイにはどうも納得がいきません」
 と、高野内が不満そうな顔で言うと、
「気持ちはわかるが、そのままだといつまで経っても、岩崎のアリバイは成立したままだよ」
 と、桑田は言った。
「そうですね」
 と、高野内は言ったあと、
「ところで警部、そちらにおられる方はどなたでしょうか?」
 と聞いた。スーツ姿の男のことを聞いたのである。
「太田康久(オオタ・ヤスヒサ)弁護士だ」
 と、桑田警部は答えた。
「弁護士の方ですか」
 と、高野内が入念そうに言うと、
「そうだ」
 と、桑田警部ははっきりと答えた。

 10月17日の朝、高野内、園町、鶴尾、奈々美の4人は、東京駅分駐所に出勤した。
 分駐所には、桑田警部、貴代子、真希がいた。
 午前9時過ぎ、本庁から佐田真由子警視と岡田警部が来た。
 まもなく、新幹線『のぞみ218号』の車内で早崎裕允が殺害された事件と、新千歳空港で西井紳二が殺害された事件、岡山駅で広塚貴明が殺害された事件の捜査に関する話し合いが始まった。
「4人で岡山に行ったものの、結局何の進展もなかったわけだな」
 と、桑田は不満そうな表情を見せながら言った。
「でも、岡山駅での広塚殺害の件も、新千歳空港での西井殺害の件も、ホシは岩崎正信に違いないと、私は思います」
 と、高野内は、落ち着きのない顔で言った。
「しかし、岩崎のアリバイ、なかなか崩せないのはどうしてだ?」
 と、桑田は、怪訝そうな顔で言った。
「岡山駅で朝の7時から8時の間に広塚を殺害したあと、その日の13時35分に新千歳空港へ行って西井を殺害するためには、羽田空港には11時半頃までに着いている必要があります。そこで、岩崎が、岡山駅で広塚を殺害したあと、新幹線で新大阪へ移動し、新大阪駅からタクシーで伊丹空港へ行き、伊丹を10時ちょうどに出発する羽田行きの便に搭乗した可能性についても考えてみました」
 と、高野内は説明した。
「それで、どうだったのかね?」
 と、桑田が言うと、
「残念ながら、その日のその便の飛行機には、岩崎は搭乗していなかったそうです」
 と、高野内は言った。
「そうか」
 と、桑田は、残念そうに言ったあと、
「岡山空港発の飛行機はどうかね?」
 と言った。
 すると、今度は、真由子が、
「無理よ」
 と言った。
「どうしてですか?」
 と、桑田が言うと、
「当時の岡山発羽田行きは、午前中に羽田に到着する便は、岡山を7時10分に出るJAL1680便と、岡山を7時35分に出るANA652便の2本だけど、広塚殺害の時刻が仮に午前7時だとしても、空港へ移動する時間や搭乗手続きの時間とかをいれたら、到底どちらの便にも間に合わないわ」
 と、真由子は言った。
 それに続いて、貴代子が、
「岩崎正信が、羽田を朝の7時半に出る新千歳行きの飛行機に搭乗していた件はどうなるのでしょうか?」
 と、不思議そうな顔で言った。
 それを聞いた桑田は、
「岩崎が、7時30分に羽田を出る新千歳行きの便に乗っていたら、岡山駅で広塚が殺害された件については、アリバイ成立のままだな。このままでは、まったく捜査が進まないな」
 と、不満そうな表情で言った。
「そうだけど、搭乗者名に岩崎正信の名前があったし、実際に搭乗手続きがされていたのよ」
 と、真由子は言った。
「しかし、岩崎が羽田を7時30分に出る新千歳行きに乗っていたのなら、西井が残したメモの『新千歳空港着13時35分』の意味がわからなくなりますね」
 と、今度は、真希が言った。
 すると、桑田は、
「それじゃ、捜査が進まないぞ」
 と言った。
「そうね。ところで、わたしたち捜査一課は、他の事件の捜査でも忙しいの。いったん本庁に戻るわ」
 と、真由子は言った。
「他にどういう事件の捜査を担当されているのですか?」
 と、高野内が聞くと、
「長野県警と合同で、美ヶ原で起きた殺人事件の捜査も、僕たちが担当しているんだ」
 と、今度は、岡田が答えた。
 すると、真由子は、少し険しい表情で、
「岡田君、余計なこと話したらだめよ!」
 と言った。
「すみません」
 と、岡田は、真由子のほうを向いて言った。
「それ、八王子に住む男の人が美ヶ原で殺されたんでしょう」
 と、高野内が言うと、
「そうよ。だけど、あなたたちが担当している事件の捜査には関係ないでしょう」
 と、真由子は言った。
 そして、真由子と岡田の2人は、分駐所から出ていった。本庁へ戻るのだろう。
 そのあとは、貴代子と真希は退勤し、高野内、園町、鶴尾、奈々美、それに桑田警部の5人で、捜査に関する話し合いを続けた。
「2年前の岡山駅での広塚貴明殺害の件も、同じく2年前の新千歳空港での西井紳二殺害の件も、今月8日の『のぞみ218号』での早崎裕允殺害の件も、岩崎のアリバイが崩れてないんだろ」
 と、桑田が言うと、高野内は、
「そうですが、私は、ホシは、岩崎正信に違いないと確信しています」
 と、はっきりとした口調で言った。
「しかしなあ、高野内君、そのセリフ、俺は何度も聞いたが、岩崎のアリバイのほうが成立したままでは、捜査は進まんぞ」
 桑田は、少し険しい表情になった。
「今度は、新千歳空港へ行って、北海道警の捜査員に話を聞いてみたいと思うのですが」
 と、高野内が言うと、
「新千歳空港で西井が殺害されたときの状況とかについてかね?」
 と、桑田は言った。
 すると、高野内は、
「そうです」
 と答えた。
 それを聞いた桑田は、何か難しそうに考えるような表情を見せたが、少し経つと、
「わかった。高野内君、園町君、明日の便のチケットが取れるのなら、明日行きたまえ」
 と言った。
「わかりました」
 と、高野内は言った。
 それに続いて、桑田は、
「鶴尾君と桜田君は、明日、岩崎と接点のありそうな人物をさがして聞き込みをしたまえ」
 と、はきはきとした口調で言った。
 そのあと、高野内と園町は、旅行代理店へ行き、飛行機のチケットを買いに行った。

 10月16日の朝、高野内、園町、鶴尾、奈々美の4人は、東京駅の東海道新幹線のホームにいた。
 新幹線で岡山へ行くためである。
 高野内たち4人は、博多行きの新幹線『のぞみ15号』に乗った。
 その新幹線列車は、8時10分に、東京駅を出発する。
 11時30分に、途中の岡山駅に停車するのだ。
 時計が8時10分を指したとき、『のぞみ15号』は、東京駅を出発した。
 東京駅を出発した新幹線『のぞみ15号』は、品川、新横浜の順に停車した。
 その次の停車駅は、名古屋である。
 高野内たちは、山側の2列シートを向かい合わせにして座っていたが、天候があまりよくなかったので、富士山は見えなかった。
 9時51分に名古屋に停車し、53分に発車した。
 そのあとは、京都、新大阪、新神戸の順に停車し、岡山駅には、定時の11時30分に停車した。
 『のぞみ15号』が岡山駅に止まると、高野内たちは下車した。
 それから、岡山県警鉄道警察隊の分駐所に向かった。
 岡山駅構内の鉄道警察隊分駐所に着くと、高野内は、制服着た警察官の一人に警察手帳を見せながら、捜査のために東京から来たことを言った。
 すると、応対した若い制服警官は、
「少々お待ちください」
 と言った。
 そして、その制服警官は、いったん中に入っていった。
 それからまもなく、若い制服警官と一緒に、50代半ばくらいのがっちりとした体格の男が出てきた。その男は私服姿だった。
 高野内が、警察手帳を見せながら、
「私は、警視庁鉄道警察隊の高野内といいますが、殺人事件の捜査で協力をお願いしたいのですが」
 というと、私服姿の男は、
「私は、岡山県警鉄道警察隊の警部の安原(ヤスハラ)といいます。では、中にお入りください」
 と言い、高野内たち4人を分駐所内へ案内した。
 分駐所に入ると、高野内は、10月8日の新幹線『のぞみ218号』の車内で早崎裕允が殺害された件と、それより約2年前の10月29日に、岡山駅のトイレと新千歳空港のトイレで発生した殺人事件の捜査に関わっていることを、安原警部に説明した。
 すると、安原警部は、
「岡山駅のトイレでの殺人事件は、わしも現場へ行ったよ」
 と言った。
「害者は、広塚貴明という男ですね」
 と、高野内が入念そうに言うと、
「そうだ。その害者は、岡山県出身の男で、殺害当時32歳。詐欺罪で何度も逮捕歴があったよ。かなりのワルのようだ」
 と、安原警部は言った。
「ホシは、長野県の松本市に住む岩崎正信の可能性が高いと聞いたのですが」
 と、高野内が言うと、
「ああ。現場に、岩崎正信の指紋がついたボールペンが落ちていたし、岩崎には動機がある。しかし、アリバイが成立しているそうだから、わしら岡山県警も奴を逮捕して取り調べることができないんだ」
 と、安原は、残念そうな言い方をした。
 その内容は、東京で、佐田真由子警視から聞いた内容と一致していた。
 それから少し経ってから、安原は、
「高野内さんたちも、現場で撮影した広塚の写真を見てみるかね?」
 と言った。
「はい」
 と、高野内たちが返事すると、安原は、若い制服警官のほうへ顔を向けながら、
「安藤(アンドウ)君、害者の写真を持ってきてくれ」
 と言った。
「わかりました」
 と、制服警官は答えた。その警官は、はじめに応対した人である。
 それからまもなく、安藤と呼ばれた警察官は、数枚の写真を持ってきて、安原警部へ渡した。
 そして、安原は、
「高野内さん、その写真に写っているのが、害者の広塚貴明だよ」
 と、写真を指差しながら言った。
 高野内たちは、写真のほうへ眼を向けた。
 プリントされた写真には、トイレの個室で倒れている男が写っていた。もちろん、既に死亡している。
 写っていた男は、がっちりとした体格だった。首には、絞められた跡があった。
「殺害方法は絞殺だよ」
 と、安原は言った。
「殺害したのは、岩崎に間違いないのでしょうか?」
 と、鶴尾が入念そうに聞くと、
「我々は、その可能性が極めて高いとみているよ。しかし、警視庁と北海道警の捜査官から聞いた話だと、岩崎は、その時間、北海道へ向かっていたというアリバイが成立しているそうだな」
 と、安原ははっきりとした口調で答えた。
「そうです」
 と、鶴尾は言った。
 すると、今度は、奈々美が、
「岩崎は、本当に、羽田発新千歳行きに乗っていたのでしょうか?」
 と言った。
「どういうことだ?」
 と、安原が不思議そうな顔で聞くと、
「岩崎の主張だと、朝7時30分に羽田を出発する新千歳行きのJAL503便に乗っていたそうですが、実際には乗らずに、その時間は岡山にいたのではないでしょうか?」
 と、奈々美は答えた。
「それが、北海道警が調べたら、その日の羽田発のJAL503便の搭乗者名簿に、岩崎正信の名前があったし、実際に搭乗手続きもされていたんだ。それに、その日のその便は、予約者の人数と実際の搭乗者の人数も一致していたから、予約して実際に搭乗しなかったとは考えられない。だから、岩崎は、アリバイが成立するんだ」
 と、安原は、不満そうな表情で言った。
「そうでしたか」
 と、高野内は、がっかりした表情で言った。

 10月16日の午後1時頃、高野内、園町、鶴尾、奈々美の4人は、再び岡山県警鉄道警察隊の分駐所へ戻った。
 食事などのために、出ていたのである。
 岡山駅構内にある分駐所に入ると、再度、安原警部と話し合うことにした。
「安原警部、2年前の時刻表はありますかね?」
 と、高野内が聞くと、
「あるよ
 と、安原警部は答えた。
 そして、分駐所の奥のほうから1冊の時刻表を持ってきた。
「これでいいかね?」
 と、安原が言うと、
「はい」
 と、高野内は返事した。
「その時刻表で何を調べるのかね?」
 と、安原が高野内のほうへ眼を向けながら言うと、
「飛行機の時刻です」
 と、高野内は答えた。
 そして、高野内は、安原警部が出した時刻表を手に取ると、航空ダイヤの国内線のページへ眼を向けた。
 高野内は、ページをめくりながら、時刻表をじっと睨んでいたが、しばらくすると、
「あっ!」
 と、少し大きな声を出した。
「どうしたんだ?」
 と、安原が聞くと、
「13時35分に新千歳空港に着く飛行機、ほかにもありましたよ」
 と、高野内は答えた。
「本当か?」
 と、安原は言った。
「11時25分に、松山空港を出発したANA381便です。それなら、新千歳空港に13時35分に着きます。岩崎は、広塚を殺害したあと、松山方面へ向かう特急列車で松山へ行って、それから、松山空港へ行き、その便の飛行機に乗って、新千歳へ向かった可能性もありそうですね」
 と、高野内は、自信ありそうに言った。
 すると、安原は、
「我々もそのセンを当たってみたんだが、それは不可能だよ」
 と、否定するように言った。
「どうしてですか?」
 と、高野内が聞くと、
「我々も、岩崎が岡山駅で広塚殺害後、特急『しおかぜ』で松山へ行き、松山駅から松山空港へ行って、11時25分発の新千歳行きに乗った可能性について、調べてみたのだが、その日の7時23分に岡山を出発した『しおかぜ1号』は、途中、踏切事故で立ち往生したせいで、松山駅には、定刻よりも1時間近く遅れて11時頃に着いたそうだ。だから、11時25分に松山空港を出発する飛行機には搭乗できないんだよ」
 と、安原は残念そうな顔で言った。
「その次の『しおかぜ3号』は、定刻の松山着が11時14分ですから、なおさら無理ですね」
 と、高野内が言うと、
「そうだ。だから、岩崎のアリバイは成立したままなんだ」
 と、安原は、不満そうな顔で言った。
「ほかの飛行機で新千歳に向かったのでしょうか?」
 と、今後は、奈々美が言った。
「だとすると、どの空港から新千歳に向かったと考えているんだ?」
 と、安原が聞き返した。
「伊丹空港とかから新千歳に向かった可能性はありませんか?」
 と、奈々美が自信ありそうに言うと、
「そうか。伊丹空港か!」
 と、高野内は言いながら、時刻表のページをめくった。
 それからまもなく、
「だめだ!」
 と、はっきりとした口調で言った。
「伊丹空港からもだめですか?」
 と、奈々美が言うと、
「ああ。伊丹から新千歳へ飛ぶ飛行機は5本だが、新千歳空港に13時35分に着く便は1本もない」
 と、高野内は、時刻表に眼を向けながら答えた。
 事件のあった当時、伊丹空港から新千歳空港へ行く航空機の時刻は、次のとおりだった。

 伊丹発8時05分→新千歳着9時55分
 伊丹発8時45分→新千歳着10時35分
 伊丹発8時50分→新千歳着10時40分
 伊丹発13時55分→新千歳着15時45分
 伊丹発19時40分→新千歳着21時30分

 広塚が殺害された時刻が午前8時に近ければ、午前の便は搭乗できないことになるし、午後の便に搭乗したことになれば、新千歳空港で西井が殺害された時刻に、殺害現場に行けないというアリバイが成立してしまう。
 それに、第一、『新千歳空港着13時35分』という内容のメモとの関係も見いだせない。
「関西空港はどうですかね?」
 と、今後は、鶴尾が言った。
 すると、高野内は、
「関空からも無理だ!」
 と、またはっきりとした言い方で答えた。
「どうしてですか?」
 と、鶴尾が聞き返すと、
「関空から新千歳へ向かう飛行機も、新千歳着13時35分の便は、1本もないんだよ」
 と、高野内は答えた。
 すると、今度は、園町が、
「岩崎は、広塚を殺害後、伊丹空港へ行って、伊丹から羽田へ飛行機で移動した後、羽田から新千歳行きに乗り換えたのではないでしょうか?」
 と言った。
 すると、高野内は、
「そうか。伊丹空港を10時ちょうどに出る羽田行きのANA20便なら、11時15分に羽田に着くから、それから、羽田を12時ちょうどに出る新千歳行きのANA63便に乗ることができる。確か、それ、新千歳空港着13時35分の便だし」
 と言った。
 そのときの高野内の表情は、自信にあふれていた。
「伊丹発が午前10時なら、朝の8時頃、岡山駅で殺害後、新幹線で新大阪へ行き、それからタクシーで空港へ急げば間に合いますね。アリバイが崩せますよ」
 と、園町は、ややうれしそうな表情を見せた。
 すると、今度は、安原が、
「いや、無理じゃ!」
 と、はっきりと否定するように言った。
「どうしてでしょうか?」
 と、高野内が怪訝そうな表情で言うと、
「岡山県警も、警視庁や大阪府警に協力してもらって、その可能性も調べてみたのだが、その日のANA20便には、偽名で搭乗した者はいなかったし、岩崎という搭乗者もいなかったよ」
 と、安原は答えた。
「じゃあ、岩崎には、アリバイが成立したままですね」
 と、高野内は、残念そうに言った。
「そうなんだ。だから、我々岡山県警も、岡山駅のトイレで広塚が殺害された件が解決できないんだ」
 と、安原は言った。
 こうしているうちに、時刻は、午後2時を過ぎた。
 そのあとも、時刻表へ眼を向けたが、解決への糸口を見つけることができなかった。
 結局、高野内たち4人は、新千歳空港と岡山駅で起きた殺人事件も、東海道新幹線『のぞみ218号』の車内で起きた殺人事件も、容疑者のアリバイを崩すことができないまま、15時14分発の『のぞみ34号』で、東京へ戻ることにした。
 高野内たちが乗った『のぞみ34号』は、18時33分に、東京駅に着いた。
 それから、分駐所に行き、内容を報告した。
 また、明日、アリバイについて検証し直す必要があるだろう。
 岡山に行ったものの、容疑者のアリバイを崩せなかったまま、高野内、園町、鶴尾、奈々美の4人は、帰宅することになった。

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